第166話 取り越し苦労右往左往 2
「今生の別れになったら首ぐらいは持って帰ってくださいね」
「大丈夫大丈夫、そしたらレッくんじゃなくてボクにするように言うし。」
特別棟に入り、魔術師達の連絡役に非公式の面会を求めることを伝えつつ、王子二人は軽口を叩いている。
流石に命をかけるようなことになるまいとは思っているし、だからこそ来たのだが、それでも恐れは残る。慣習として継承位の低い王の子なら複数人が同席し協調したほうが強い権利として扱われるためにフェリクスは同席を決めたものの、実のところ非公式な場所での魔術師相手にも通用するかどうかははなはだ疑問でもあった。
「しかし、今残っているというと、後方支援か交代待機、でしたっけ。」
「後方支援だとマシかなー。あんまり血の気が多いやつじゃないといいね」
「ええ。あまり位階が高くない者だといいですね」
魔術師というものたちのうちにもそれなりに差異があり、下位の魔術師と仮に呼ばれる、比較的強い魔力を持たぬ者たちが普段常民が目にする機会があるほぼ全てであり、魔術師全体の中でも最大数を占める。
各地からやってきている調査会の中でも後方支援に回されているのは能力の融通が効きづらい下位の魔術師達である、ということをレオカディオとフェリスは聞き知っていた。
多少なりとも常民と関わりやすいのが彼らであり、価値観が計りやすい。また、常民の武力――とはいえ、軍で、だ――でまだ対処がしやすく、多少の威圧が効かなくもないため、比較的与しやすく、それらは王子たちにとってある程度の希望であった。
しばらく待って通された部屋に座り、もうしばし待つ。部屋の作りは普段過ごす西棟とそこまで大きく変わらぬはずが、なんとも余所余所しく、落ち着かない。
「結構掛かるね……そろそろ午後の授業終わる?」
「あの二人、ずいぶん待たせてしまいそうですね」
言葉を交わしていると、ようやく学院側が置いた魔術師との連絡役が現れ、魔術師がやってくると告げた。
それから僅かな時間の後、供も連れずに現れたのは長身の魔術師だった。
長い髪を後ろで結い下げ、顔は紗幕で隠されて見えない。すらっと細身のようだが、どうやら男性だ。
――男か。
あまり良くない、とレオカディオは思う。
女性の魔術師なら良い、ということは全く無いが、彼らは体の作りが常民と近く、言うに憚る用途に女性を捧げ物に求めることがあり、つまり懸念材料として要素が一つ多い。
魔術師が身に着けているのは正式の――形を省略していない正装で、それなりに立場を持てる、いわゆる中位以上の魔術師だと伺い知れた。
――これも僕らにとっては良くない……ああ、でも、あの
いくつかの当てが外れる事柄の後、一つようやくマシそうな要素を見つけてレオカディオは少しホッとする。
蘇芳衣と呼ばれる魔術師達はその特性上常民に関わりやすく、多く交渉が可能で、なによりヴァリウサ王家と友誼を結んだ魔術師は蘇芳衣の上位の者だった。
彼らの中での上下関係はそれなりに重視するらしい魔術師達は、どうやら同じ系統の上位の魔術師と友誼を結んだ相手には多少なりとも寛容になりやすい。
静かな足取りで歩み寄ってきた魔術師をレオカディオとフェリクスは立って迎える。
(レッくん、あいつ金刺しだ)
兄が聞こえるか聞こえないか漏らした声に、レオカディオは顰めかけた表情をなんとかにこやかなものに保った。
――なぜ、上位の魔術師が。
遺跡調査にやってくる魔術師達は中位層が主体で、その補助を下位のものたちが行うというのが毎年の恒例だと王子達は把握していたのだが、数少ない例外の上位の個体が彼女を連れ去ったのか。
王子二人は短く目線だけを合わせ、困惑と不安を圧し殺した。
「呼び出しに応じて頂き、大変感謝いたします」
レオカディオの挨拶に答えて魔術師は浅く会釈する。
どうやら話の通じる相手らしい、と彼はまず内心胸をなでおろした。
「第四王子殿下第五王子殿下ご両名におかれては、ご健勝のようでなにより」
返した魔術師と数言挨拶を交わす。声はまだ若いように思われたが、彼らは外から判る要素から年齢を察すことが出来ない、ということをレオカディオは宮廷魔術師で思い知っている。
「済まないが、忙しい折でね。そう長くは時間を取れない。形式的な挨拶は不要だ。」
促され、第五王子は用件を切り出すことにした。
「では、率直にお話させていただきます。使いの者からもお聞きになったでしょうが、お連れになった学生を帰して頂きたいのです。」
「ふむ。その理由は?」
「……メディオ候令嬢、ロメーロ候令嬢を無事にお返し頂けたこと、感謝しております。しかし、代わりにお連れになった学生、彼女をただの平民だとお思いでしょうけれど、彼女はミランド公の後援を受けた者なのです。こちらとしては、食いつぶされては困る人間です」
「ミランド公の後援を? ガラント公の使用人、ということでは無くか」
何か確かめるように言った魔術師の言葉にレオカディオは頷く。
「そのつもりでお連れになったのですね。ガラント公の使用人、というのは正確ではありません。彼女はガラント公令嬢の裁量で雇用されたものです。責任を負わせるのには無理があります」
「なるほど。……しかし、何故……ありきたりの平民がミランド公の後援を得ている?」
魔術師の疑問に口ごもりかけたレオカディオに割り込んでフェリクスが口を開いた。
「それはボクが。ええと、アウルミアとの間で起こりかけた問題の解決に大きな功績があったからだと聞いてます。」
「なるほど、大きな功績が……」
なぜかため息混じりのようにも感じられた魔術師の言葉の真意は二人にはよくわからなかったが、やりとりに何らかの意味があったのは間違いない。それが証拠に魔術師は何やら思案し、口を開いたのだから。
「要求は理解した。しかし、何か誤解があるようだ。」
「誤解……とは。」
「私は学院の方には事務作業の助手として学生をひとり借り受けると連絡したのだがね」
何か聞き違いのような言葉にレオカディオは思わずオウム返しに聞き返した。
「じ、事務作業の助手……?」
「ああ。学院の担当者はそうは言わなかっただろうか」
「い、いいえ。申し訳ありません。はじめて今聞きました。」
「なるほど、遺跡調査の際、それほど学生を蕩尽するのが常態化していたか。」
言われたレオカディオはなんと返答するか迷い、結局首を振った。
「いいえ、然程――然程では無いと聞いています。過剰な疑いを掛けました。申し訳ありません」
「無いとは言わないのだな。申し訳ないがこの集まりの規律や行儀に強く意見できる立場ではないのでね、心中お察しすると言うのに留めさせてもらう。」
一旦言葉を切った魔術師はまた少し何か思案したように見えた。
「用が済めば、そう、明日の朝には無事返そう。それで何か問題は」
レオカディオはその穏やかな話の運びに同意しかけ、それから慌てて待ったをかけた。
話に聞いた遺跡調査のやり方なら確かに夜間作業になっておかしくはない。しかしあまりいい気持ちのしない条件なのも確かだ。
「申し訳ありませんが、彼女の級友たちがとても心配しています。一度会わせていただいてもよろしいでしょうか」
奇跡的にこちらの事情に理解のある相手と思えたが、それでも言葉をそのまま鵜呑みにすることは良くない。
実際に顔を合わせることが出来れば意に沿わず囚われているものか判断がつくだろうと彼は考えた。
「……いいだろう。連れてきたまえ」
ゆるく揺すられて意識が浮上するのを感じる。
スサーナが目を開けると魔術師がこちらを覗き込んでいるのが見えた。
「ん……」
瞬きして身を起こす。頭は鈍く痛いしぼんやりするし、なんだか逆に調子が悪くなったような気さえするが、それなりにこれは疲れを自覚した、というやつなのかとスサーナは考える。
眼の前に水のグラスを差し出されたのでありがたく頂く。自覚はなかったがのどが渇いていたらしく、飲み干すと多少はさっぱりした気分になった。
「悪いが、一旦起きて貰わなくてはならなくなった。」
「ん……む、大丈夫です、ええと私どのぐらい寝てました……?」
「二時間半と言ったところか。……君の友人たちが君の身柄を心配しているらしい。会って危機感を払拭してくるといい」
「心配……ああ、ジョアンさんになにも言わず来ましたしね……でも連絡してもらったのに……」
「悪しき前例があったようでね」
わかりました、と頷いたスサーナは身繕いをし、学院の人だろう、常民らしい取り次ぎの人に連れられて特別棟の入り口
途中、取り次ぎの人に災難だったね、今年は例年と違って魔術師が多くて色々雑務も多いようだから、などと言われたので事務作業に動員された子供だという認識は共有されているらしかった。
部屋に入るとそこにはミアとジョアン、そしてなんだか通常の五割増しできらきらした格好のレオカディオ王子とフェリスが待っていた。
――れ、礼装……ですよね? なんで?
スサーナは反射的にそうたじろいだ。
レオカディオはきっちりしたジャケットめいた形のものを、フェリスはガウンドレスともジュストコールともつかないちょっと宝塚の男役を思い出すような衣装を身に着けている。
金糸と銀糸、そして黒の糸を元の絹地がわからなくなるぐらいに重ねて繰り返し模様を織りだした生地に、生地の縫製の縦ラインを縁取る縄模様と宝石ボタン。マントは白貂の縁取りで王族にだけ許された紋章の象形が背に飾られているデザイン。
王族なら誰でも身に着けられる略式のもののようだったが明らかに礼装で、とんでもない金額がかかっている代物だ。
「スサーナー!」
ぴょんと飛びついてきたミアをなんとか受け止め、スサーナはなんだかよくわからないながら一同を見渡す。
ぶすくれた顔でジョアンが唸った。
「なんか……すごく平然としてない? 俺の勘違いじゃなかったらなんで呼ばれたかわからない、みたいな顔したよね?」
「スサーナさん」
豪奢な金襴の衣装を身に着け、更に剣まで佩いたレオカディオ王子が側に歩み寄ってくる。
「大丈夫ですか」
「レオく、レオカディオ殿下。いえ、ええと、大丈夫ですけど……」
「何事もなかったのならよろしかったです。取り越し苦労ならそれに越したことはないですから」
ホッとした表情に首を傾げたスサーナにフェリスがたっと駆け寄り、未だぺったりくっついてべそべそしているミアの上から軽くハグをする。
「ん、ホントになんともなさそうー? うんうん、足りないパーツとかないね! よかった! そうそう、皆心配したんだよー。」
「心配……といいますと……」
むむーっとした表情のジョアンが歩み寄ってきてぐいっとスサーナの頬をひねった。
「いひゃいです! いひゃい!」
「お前さあ」
摘む。
「あの状況からさあ、頭からインクかぶってだらーんとなってさあ」
引っ張る。
「魔術師に引きずられていって、それで心配されないと思ってる? なあほんとに思ってる!?」
「あの、憤りは最もですがそのぐらいに……」
「いわれひぇみればそのとおりへふ! すみまへんえひた!! はなして!」
スサーナはほっぺたを左右に引き伸ばされてたまらず叫んだ。
「はーまったく、骨折り損のくたびれ儲けかよ。んじゃ帰るぞ。もう放課後じゃん、はーもう、はー!」
ジョアンが憤懣やるかたない、という風にブツブツ言い、レオカディオ王子とフェリスがほんのり苦笑する。
「ええと……」
スサーナはそおっと挙手し、微妙に目をそらす。
「まだしばらくやることがあると言いますか……ええと……終わりが夜中とか? もっと後とかになりますので……皆さん先に帰っていてくださると……」
やること、と言ってもなんのことはない、貴族寮に戻っても寝ないだろう、ということを看破されたのと、朝出した手紙について問いただされるという用事が待っているだけなのだが。
微妙に周囲の雰囲気、主にミアとジョアンのものがピリッとしたのにスサーナは首を傾げる。
「ええっ、なんでスサーナ!」
ミアが青くなり、悲鳴みたいな声を上げた。
「なんでと言いますかええと、事務作業……的な……」
スサーナは半ばきょとんとして返答する。
嘘ではない。一応事務作業らしきものは先に待っている、と言えないことはないのだ。主に手紙の内容について問いただされるのと、メニューについて聞く(予定)程度であり、この後の予定はほぼ「寝なさい」であるものだが、それは説明するとややこしそうなのでスサーナは黙っておくことにした。
「ほんとに? 変なこと命令されてない?」
「変なことって……?」
「それは……その、変なことだよ! 夜まで残すなんておかしくない?」
しばらく考えても全く思い至らない様子のスサーナにフェリスが助け舟を出した。
「カワイイ女の子と夜中二人きりになってーってやることっていえば、って言ったら想像するような話のことじゃない?」
それでも数拍あってからようやくスサーナは思い至る。そして一体何を言っているんだ、という顔になった。
「いえ天地がひっくり返って三回転半ぐらいしたとしても無いと思いますよ……。事務作業ですってば。」
なんと言っても向こうの認識は5歳児なのだ。いや、ミアにそんな事を言っても仕方のないことだが。
「事務って魔術師がそんなことするの? それにそんなのスサーナじゃなくったって……わざわざ怖い目に遭うの我慢することないよお……」
「いえ、怖い目だなんて。そんな事は全然ないんですよ。ええと、元々知ってる方で……ええと、昔からおうちと懇意の方なんです。」
「知り合い。」
「あぁ……スサーナさん、もしかして、島の……?」
ミアを宥めかけたスサーナの表情を覗き込み、どうやら嘘がないかを推し量った後、レオカディオとフェリスが目を見合わせ、なんとも複雑そうな表情をし、それが気が抜けたような苦笑になるのをスサーナは見る。笑うしかないみたいな表情でがっくり脱力したレオカディオをフェリスがよしよしと撫で、ジョアンがはあっ!?と声を上げた。
「お前、おっまえなあ、知り合い!?」
「え? ええはい。ジョアンさんならお分かりになるんじゃ? お店で契約してる……ええと、付き合いのある魔術師さんで……」
キョトンとした顔をしたスサーナにジョアンがプルプルと震える。
「そりゃ……くっそーなんとなく分かってたけど金持ちはこれだからさ! そりゃ金持ちのうちは魔術師となんか商売やってるのは知ってたよ! 知ってたけどさあ! 判るよ? 常民使わなくちゃいけなくて表だの読ませるなら島の人間だよな! 島の魔術師ならそりゃ判ってるだろうよ! 付き合いがあるならなおさらだよ!! なんでそんなのが調査会とかいうやつに混ざってんだよ!!!!」
ジョアンの分析はだいたい正解なのだろうが、実際本当に何か手伝いをと申し出ても寝なさいと言われる気しかしなくはある。そう思いつつもスサーナはジョアンの勢いに押されて訂正するのはやめておいた。
体調を崩していて寝るように言われていて、と言ってもいいのだがそれはそれで何か妙な勘違いを招く気がうっすらしたし、本当のことを信じてもらえてもなんだか気を使わせる気がした。
「なんだか今年は用事が多くてお手伝いに呼ばれたとかで……」
「くそっ、知り合い、はあ!? ああもうくそ! あーもう、」
ジョアンは天井を仰いで叫んだ。
「心っ配して損した!!!!!! 馬っ鹿じゃないの!!!!」
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