第304話 スサーナ、さらにばたばたする。

 騎士たちに周りを囲まれて歩き、たどり着いたのは政庁を行う区画のうち、外務卿府とはまた別の一角だった。

 ――ええと、こちらは……

 掲げられた紋章を見ればどうやら王の武具と盾。国軍、ひいては国防治安に関係するものたちが入るあたりと思われた。


 扉の一つの前で騎士たちが立ち止まる。それなりに役職のある立場の誰かの執務室のようだ。


「お探しの下級侍女を連れて参りました」


 重そうな両開きの扉が開き、騎士たちに促されてそれなりに緊張して中に入ったスサーナはそっと目をしばたたく。

 ――おや。


「驚かせて済まなかったね」


 部屋の中に居たのは見覚えのある人物だ。

 黄みのつよい鮮やかな金髪にブルーグレーの瞳、妹とお揃いの色彩をした青年の名は確かオルランド、エレオノーラの兄であり、ミッシィの恋人だ。


 ――オルランドさん? 一体何の用件なんでしょう。


「私はオルランド・フォルテア。君がスシーだね。」


 スサーナは一瞬彼が自分のことに気づいて呼んだのか、と考えたが、彼が続けて自己紹介をし、偽名を呼んだことでいや気づかれているわけではないな、と思い直した。

 ――これは私のことには気づいてらっしゃらない感じ、ですね? まあそうか。一度お顔を合わせただけですと普通そんなものですよね。


「はい。あの、一体どのような……」


 となると本当に彼に呼び出されるような用件が思いつかない。

 ――確かオルランドさんが今やっておられるお仕事は……ガラント公の補佐と……


「客人……魔術師の案内に当たったのは君だと聞いたのだが、正しいかな?」


 そう、魔術師の管理とやら。


「は、はい。相違ありません。」


 スサーナは小さく息を呑み、こくりと頷いた。


「君が魔術師を案内したときのことを教えてほしい。どのような経緯で案内を? 同行者は何人いて、どのような会話をしていた?」

「ええと、他の下級侍女たちが別の仕事を抜けられないと言うので代わりました。ええと、地図を頂いて、獅子の間でお待ちいただいていたお客様の元に伺いました。お一人だったように思います。」


 質問の意図をうまく取れずスサーナは少し悩み、それから答える。まさかお説教されたと言われても相手も困るだろうし、多分そういう事を聞きたいのではないだろう。


「なるほどね。間違いなく一人だったのかな? どのような様子だった? 何か気になることや不自然なことはなかったかい? 思い出せる限り教えてほしいんだ。」

「どう……と仰られましても……」


 というか、特に普段接点もないのだろう下級侍女に魔術師の挙動の自然さ不自然さなど分かるものだろうか。スサーナにだって普段と比べてどうかぐらいは分かるものの、王宮でなんらかの勤めを果たす際の彼らの自然な態度というのは全然わからない。

 眉をひそめたスサーナの様子に一体何を思ったのか、オルランドがうなずく。


「賓客のことを詮索するのは礼儀に即した態度ではない、ということはよく判っている。よい侍女なら問われても職務の上のことは話さない、という矜持もね。ただ今はすこしそれを忘れてもらいたい。実は、君が案内した魔術師には謀反の疑いが掛かっている。」


 ――……謀反!?


「謀反!? 何を仰るんですか、まさかそんなはずが……!」


 気色ばんだスサーナの腕を周りに居た騎士の一人が抑えた。


「落ち着くんだ。君が疑われているというわけではないから。」


 なだめるような表情でオルランドが首を小さく振り、子供を怯えさせてはいけない、と騎士に手を離すよう指示する。


「謀反なんて……、……第一ですよ。魔術師さん達がそんなことを企んでなんの得があるというんですか。何かあったのですね? 一体何が?」


 腕が離れる前に早口で問いかけ、もう一度ぐいと後ろに引き戻されてから騎士への再度の叱責。体格のいい騎士に『失礼、思わず』と小さく謝られたものの、とりあえずそんなことはどうでもいい、とスサーナは聞き流す。


「落ち着いて。申し訳ないがそれは話せないんだ。広まると問題があってね。ここに呼ばれたこと、聞いたことも外では話さないでほしい。すまないがよろしく頼む。いいね?」


 スサーナは喉の奥で唸った。

 謀反って。一体何をしたというのか。一体どういう事情があればあのひとが常民が見て分かるようなそんな稚拙なことをするっていうんだろう。ただ翻意があるというなら王城ごと更地に出来そうなひとが。いや、どんな事情があるのかもわからないからそんなこともあるのかもしれないが。


「じゃあ、一つ一つ聞くよ。まず、君が案内に入ったときには魔術師は一人だったんだね?」

「……はい。誰かご同行者がいた、という記憶はありません。お会いしたところからお帰りになるまでお一人でした。」

「案内のルートを途中で変えさせるようなことは?」

「いいえ。頂いた地図にあった場所を順にご案内しただけですので、それ以外の場所は私自身新米ですからわかりませんし……」

「案内先でおかしな様子はなかったか?」

「ちゃんとは見ておりませんが、なにか丸いものを壁に嵌めておられる様子でしたが。……まず何が正しくて何がおかしいのかも……」

「……それもそうか。」


 眉間にシワを寄せ、腕を組んだオルランドは一つ息を吐き、目を上げてスサーナの後ろに居た騎士に指示を出した。


「とはいえ、内部では一人だったというのは収穫だ。目撃者に時間の確認を。スシー、君が案内したのは夕方より早い時間だったかい? 一昨日いっさくじつは……万年香マンネンロウを撒くのに夜下級侍女たちを動員したと聞いているからそれよりは前だとはわかりやすいが」

「……一昨日?」


 後ろに居た騎士が二人出ていくのを尻目にスサーナはオルランドの言葉を繰り返す。


「待ってください、あの、一昨日の話なんですか!? あの、一昨日私は案内しておりません!」


 そして何かを遮るような気持ちで声を上げた。何か決定的に情報の齟齬が起こっている気がする。そうだ、齟齬がある。そうあってほしい。


「何?」

「一昨日は私はこちらの仕事には出ておりませんでした。私が魔術師様をご案内したのは半月前のことです。」

「なるほど、昨日どこに居たか証言できるものはいるかい? 一応一昨日君は何をしていたのかは聞かせてもらえるかな」

「はい……ええと。」


 スサーナは目まぐるしく考える。


「あの、オルランド様。」

「なんだい?」

「その……他家の男の方にあまり聞かれたくないこともございます、人払いをお願いしてもよろしいですか?」


 スサーナの頼みにオルランドは短く思案したように見えた。目線が手元と腰のあたりを流れ――一応武器のたぐいを持っているかどうかの警戒だったのだろう――そして一つうなずく。


「わかった。若いとはいえご婦人の身、配慮が足りなかったな。――今聞いたとおりだ。外で待機をお願いする。」


 年幼い下級侍女に対してそう警戒もしてはいないのだろう。騎士たちは異を唱えることもなく彼の言葉に従って外へ出ていく。


 ――こういう場所だと静かに聞いておける死角があったりするって最近わかりましたけど、そういう気配もないですね?

 よほど静かにしているのでないなら、部屋に多分もう他の人もおらず、隣室から見届けている人間が居る、という感じもない。


「一昨日は私は屋敷と妃宮に。証人は父と使用人、第四王子殿下と第五王子殿下です。時間についても証言していただけるはずです。」


 言いながらスサーナは鬘を引っ掴む。結んだ髪に紐で結びつけてあったパーツが引っ張られ、そこそこ痛かったがとりあえずこの際そんなことは問題にしない。


「第四王子殿下と第五王子殿下?」


 ――謀反、だなんて話、詳細を聞かずに我慢できるはずがないじゃないですか!

 事情を聞かなければどう考えても納得できやしない。もしかしたらこちらの状況にも関わってきているのかもしれない、と理論武装する。魔術師さん達の事情なんかわからないので、もしかしたら全然関係なく同時多発的になにかあったのかもしれないけれど。

 不特定多数に話せない、秘密の事象だ、というなら横紙を破ってもらうしか無い。侍女のふりが公認みたいな形になったところで良かったと思う。こういう時に必要なのはハッタリと身分とそれから少しの貸しだ。


 スサーナは鬘を引っこ抜き、乱れた黒髪をがさっと撫で付ける。


「君は……」


 そして重々しい口調で半分ぐらい口から出任せに近い「事情」を吹いた。


「私がこうしていることは父も知っております。第五王子殿下をお守りするためのことです。どうぞご内密に」


 ぽかん、としたオルランドを執務机に手をついて見上げる。


「そちらのご事情はまだ私には知らされておりませんのでこのような形になりましたこと、お詫び申し上げます。わたくしが魔術師の案内あないに回ったことに関して父の側の作為は一切ありません。そのうえでお聞きしますが、この度の謀反のお話、もしかして父が調べている――メリッサ、ミッシィさんに陰りを落としたあの件、祝賀の演奏会の際の騒ぎに関わりがあることではありませんか?」


 どうぞお教え願えませんか。

 オルランドはそう嘯いた娘の眼にひたと見据えられ、短くたじろいだ。

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