第297話 スサーナ、頭を抱える。
こうなって来ると手が足りない。
スサーナは頭を抱えた。
ビセンタ婦人についていったパーティーから帰ったあと。
流石の婦人もお披露目前の娘を真夜中に連れ回すのははばかられたらしい。深夜前に家に馬車で送ってもらい、まずお父様に帰還の挨拶をする。
ビセンタ婦人はミランド公のご令嬢を伴ったということで貴族たちにちやほやされたせいか、それなりに機嫌よくスサーナを家に送り届けた。
第五王子に価値を感じている、という態度が周りで取られる度に気に食わない様子ではあったが、ショシャナ嬢がそのあたりの話題に対し、興味すら持っていないという態度をとったのも良かったらしい。
また、アブラーン卿が連れてきた下賤な娘に対して冷たく振る舞ったのもビセンタ婦人の価値感に合致したようだった。実は過度に冷たく接したつもりはスサーナには無いのだが、正体バレの可能性があるためフレンドリーにも振る舞えない中、なんだか一方的に怯えられていたのでそう見えたようだった。仕方のないことだがちょっとさみしい。
まあ、大体、ビセンタ婦人に懐いた、という建前を彼女自身に信じさせるためのお出かけ一回目としてはだいたい及第点だったはずだ。
ともあれ、一応今日のやるべきことはうまく行き、肩の荷が一つ下りたと本来なら思えるところだったのだろうが、スサーナは安堵する余裕もなく、外套を脱がせてもらいながら心ここにあらずでいる。
――とりあえず、とりあえずですよ? ええとええと。
侍女たちにねぎらいの言葉をかけ、部屋に向かいつつも全く落ち着かず、何回ええとを脳裏で繰り返したことか。
衣装室で着替えさせてもらい、それからミッシィを伴って自室に下がる。
ミッシィが部屋の灯りに火を入れるのを見ながら、勝手に右往左往おろおろと乱れる思考をひっつかまえ、スサーナはとりあえず最低限度、と考える。
――ええと、まずはビセンタ婦人の行き先と交友関係、ラウルさんに渡せるものを作って。とりあえずそれだけ出来ていればいいはず。あと今日すべきことはネルさんの報告があるか確認して……、カリカ先生は来ないはずだから、ええと。
それだけ出来れば後は開店休業でも許されるはず。スサーナはすーはーと数回深呼吸をし、さり気なく庭を確認してネルの符丁が無いことを確認してから机に向かい、ペンを執り、ラウルに渡すリーク資料を書く。
しゅっしゅっと羽ペンが紙をこするかすかな音を響かせ、そして。
しばし後、紙の最後に終点を打ち、それからスサーナはおもむろに一つ息を吐くと、
「どう考えても手が足りない!!!」
天井を見据えて呻き、それから椅子を勢いよく下りて、一心にぐるぐると部屋の中を回遊しはじめたのだった。
「ちょっとお嬢様、どうしちゃったの」
主人の突然の奇行にぽかんとしたミッシィに問いかけられ、スサーナは上目遣いに情けない顔をする。
「いいええ。ちょっと考えることが多くて……調べなきゃいけないことと確認しなきゃいけないことが色々あるんですけど、ちょっと体が一つしかないというか……」
「調べ物? アタシでよかったらやるけど……」
「ありがとうございます……、じゃあ、後で何かお願いするかもしれません」
そう答えながらもスサーナは、今回の件ではそうミッシィには頼れないだろうな、と判断していた。
スサーナが調べたいのはサラがアブラーン卿の養女になった周りの経緯と事情だ。ミッシィは世間の噂を聞いてきてもらうにはいいが、今回の件周りに深く関わらせるのははばかられる。
多分なのだが、あまり表沙汰になっている養子縁組ではないはずだ。噂を聞き集めるとすればサラの実家に関係のある貴族、もしくは関係する使用人を狙う、ということになるだろう。聞き回るものに対して警戒している者がいる可能性もある。
なにせ、この件に関わっているアブラーン卿や関わっていそうな周辺貴族たちは怪しい教団、それからミッシィの雇い主であった者もきっと含まれる怪しいヤローク貴族達に関わっている可能性が高いのだ。彼女の顔に心当たりがいるものもいるかもしれない。
ミッシィが屋敷の奥向きでスサーナの侍女なんかやっているのは彼らの接触を防ぐという目的もあるので、リスクがありそうな場所に出すわけには行かない。
走狗だったころとは別人レベルの諜報適性をカリカ先生に叩き込まれてしまったらしいネルさんとは違うのだ。
――ええと調べたいのはサラさんのお家の事情とアブラーン卿との関係……教団に関わっているかどうかも出来れば。あとは養子制度についてもちゃんと調べなくちゃ。
とはいえ、と必要事項を頭の中で再度リスト化しつつスサーナは思う。後使える――安心して事情を問わず手伝ってくれそうな人はレミヒオくんとネルさん。
ネルさんは現状下手に動いてもらうわけには行かない。サラの家が教団にどう関わっているか――多分司祭とやらが用立てたのがサラなのだろうからなにか関わりはあるのだろう――はついでの範囲で可能なら調べてもらえたら嬉しいが、それでも警戒されそうな範疇には手を出してもらってはならないと思う。せっかく現状うまく行っているのだ。裏切りは最も効果的な時に一度とかいう慣用句もあることだし。
レミヒオくんには本業がある。話に聞いた感じ、お父様の部下っぽい働きをしているセルカ伯は日々とっても忙しそうで、レミヒオくんも昼の時間余裕はあまり無さそうに見える。
どうにも手が足りないのだ。
いっそもうこれはレミヒオくんの仲介で鳥の民を雇う時が来たのだろうか。なんだか組織的なものに関わる覚悟を固めるべきか。スサーナは思案しつつぐるぐると部屋の外周を歩き回り――そっと聞こえたノックの音にぴたりと止まった。
はいはい、と応対に出たミッシィが、あら、と戸惑った声を上げる。
ややあって、なんとなくワクワクするような落ち着かないような顔で室内に戻ってきたミッシィの後から顔を覗かせたのは第五王子その人だった。
「すみません、スサーナさん、まだ起きてらっしゃいますか?」
「レオくん。」
いそいでドア傍まで移動し、ええ、大丈夫ですよ、どうかされましたか、と問いかけたスサーナの声にレオくんは屈託ない様子でにっこりと微笑む。
「冬至祝いの菓子が届いたのですこし持ってきたんです。明日食べていただけるようにと思ったんですが、ギリェルモ……ミランド公がスサーナさんは今日はどなたかの随伴ではじめてパーティーに行って、緊張しているだろうからごはんを食べていないだろうと言っていたので。よかったらご一緒しませんか。今夜のうちのほうが味は落ちませんから。」
「――ええ、はい、よろこんで。」
スサーナは短く思案した後そうありがたく答えることにした。
――レオくんが来ているんだったら丁度いいですね。いえ、丁度いいのかわかりませんけど、気になることはいろいろありますし、考えとか、まとめられるかも。
それに、パーティーではオレンジジュース数口しか結局口にしていない。状況の混迷具合のせいですっかり忘れていたが、この時期にしか出回らない祝い菓子の類にはそういえばスサーナも興味があったし、このままでは丸一日オレンジジュースしか口にしないで眠る瀬戸際だったのだ。
「じゃあどうしましょうか。ええと、ミッシィさん、どなたかに小居間の暖炉に火を入れるよう頼んでください。温かいところでいただきましょう。ええと、あと、台所にお茶も。」
「はぁい、かしこまりました!」
なぜか非常にワクワクしたような雰囲気で、さらに何故か騎士式の――恋人であるガラント公のご子息に教わりでもしたのか――敬礼をして駆け出していったミッシィを見送り、スサーナはレオくんにじゃあ行きましょう、と言って部屋から出るのだった。
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