第344話 偽物令嬢、密談に参加する 2
さて、どうしたものかなあ。
スサーナは悩んだ。
ファイナル、最終日、ともかく、「乙女探し」の一番華やかな宴の日であり、スサーナよりずっと総合的な情報が集まる人々がなにか起こるエックスデイだろうと見込んでいるその宴に、地味に潜り込む、というわけではなく、お父様やその部下の皆様のバックアップ付きで、事情を説明された上で参加できる、というのはとても有利な事態だ。
なにせこれまで曖昧模糊として予想と推測で駆け回っているような状態だったのだ。それを、お父様の作戦下で計画の参加者として宴に混ざれる、ということは、俯瞰的に事態を把握している人々の全面的な説明がある……多分あるだろう、ということである。薄布の目隠しをいっきにひっぺがすように視界が晴れて、さぞせいせいすることだろう。
一も二もなく頷いてしまいたいところであるが、あるが、だ。
元々スサーナは、この最後の一度の宴には混ざり込むつもりはなかった。
――事情をいろいろ調べていたのは、本来、早く事態が解決するようにお父様達に調べづらい情報をリークできたら、と思っていたからなので、全体像を知るのは別に必須では無いんですよね。……早期解決も何も、罠の張り場が決まっていたみたいですから、乙女探しの最後の宴までは解決はしなかったんでしょうけど。
それはまあ、事情の全体像は知りたいが、説明してもらえる代償があまりに重すぎる。
深く考えずとも、そこで起こるのは盛大な大捕物である。そんな場所で自分が最適な動きができるとは思えない。騎士たちの足を引っ張るのがせいぜいだ、とスサーナは思う。
――混ざっておけば、サラさんに関することでなにか動く余地が出てくる可能性はあるんですけど……。こと事態がそこまで動いてしまっていたら、サラさんの立場をマシにするどころの局面ではないんですよね。それは明日までのリミットと考えていたほうが絶対にいいわけで……。
ならば、考えるべきは自分がどうしていたら事態が一番マシにまとまるのか、ということだ。勿論、提案してくれたお父様にも、これを選んで欲しいという正解もあるだろう。ただし、単純に考えれば屋敷で大人しくしているのがそれだと思われるのだが、伏せ情報などもあってリスクとリターンの見積もりがつかないため、どこを想定されているのかはちょっと謎ではある。
――信頼が置ける連絡役が必要だ、と言っても、そこは別に喫緊の問題というわけではなさそうなニュアンスなんですよね……。必要だと言ってくださるのは私に対する譲歩という気もする。
「信頼が置ける連絡役が必要だと仰っていましたが、そこまで信頼できると確信できる方は少ないのですか?」
念のために確認した問いかけには、予想通りいや、という返答が戻る。
「ああ、心配させてしまったか。済まぬな、そういうことではないのだよ。勿論当日には心から信頼できる者たちを配備するとも」
「そうなのですね。安心しました。テオフィロ様は、私が居たほうがやりやすいですか?」
「うーん……、うん、真面目に聞かれると、どちらでもいい、かな。一応、用意される連絡役を信頼する矜持はあるつもりだから。」
「矜持、ですか?」
「うん。父の部下や、国政を預かる公閣下達の采配が信頼できる、と信じるのも僕の立場では意味があることだ。だからショシャナ嬢が居てくれればそれは間違いなく裏切り者ではないひとがいると思えるけど、そうでない連絡役だって信頼するし、危険な場所には違いないしともだちが二度怪我をするかもしれないと思うのは落ち着かないから、安全なところに居てくれればそれはそれで嬉しいよ。だからどっちでも構わない。」
「なるほど……」
一歳上の友人のその思考の貴族らしさにすこし感心したりしつつ、スサーナはうなずく。これはどうしても居ないと場が回らない、というような状況ではなさそうだ。
お父様はスサーナが最後の宴にも関わりたいだろうと思っているようだが、スサーナが下級侍女としてこれまで混ざり込んでいたのは何も知らないレオくんが教団の謎の思想などに汚染されたりやしないか、という警戒のためだ。事情を知っていてしっかり警戒できるだろうテオがその身代わりとして立つというなら、プロフェッショナルたちの足を引っ張りそうな自分は引っ込んでいたほうがいい気しかしない。
「私が居たほうがお役に立てるというのならばいくらでも務めさせていただきたいと思うのですが、捕物のお邪魔になるかもしれないのでしたら、大人しくしていることにも異存はありません。ですから、お父様が良いようにご判断くだされば喜んでそのように振る舞いますけれど……」
であるので、全面的にほぼ逃げていた猫を捕まえてひっかぶりなおし、スサーナはとりあえず待つのが最適だと言われるのならちゃんと待っていられるのだ、と令嬢らしく主張してみせる。
別にスサーナだって、建築基準法に違反している橋の上で軽業を行いたい性癖があるわけではないのだ。
学院での非常に穏当で事なかれ主義のスサーナをよく覚えているらしいテオはさもありなんという顔をして頷いてくれたが、何故かは不明であるがお父様が軽く片眉を上げ、びっくりしてみせたというような顔をしたのが解せない。
「ふむ? スサナ、そなたそれで構わないのかな? そなたにはたっぷり負担を強いてしまっているからな、ことここに及んでは、納得の行くよう取り計らうことぐらいはするつもりだぞ。もちろん、極力危険が及ばぬように努力もするとも」
「……そもそも、侍女のフリをしていたのも、事情を知らぬレオく、レオカディオ殿下がご令嬢達に心を許されて、結果良からぬ目に遭うかもしれないと、フェリ、クス殿下が取り計らってくださったからなのです。テオフィロ様が事情を心得た上で備えてくださるのでしたら、下手に首を突っ込まない分別ぐらいあるつもりです……」
解せぬまま言い募りかけ、スサーナはふと言葉を止めた。
「……そういえばレオカディオ殿下は当日どうされるのでしょう。なんとなく説明無しでテオフィロ様が代わられるのかと思いましたけど、流石にご説明を受けて待機されるんでしょうか……?」
「いや、レオカディオ殿下にはお知らせせずにこちらの屋敷か、妃宮に居てもらうことになるだろう。」
「うん。元々とても嫌がっておられたそうだから、出席せずに構わないということになれば喜ばれるはずだし、嫌だとは言わないと思うけど……。」
――やっぱりまたもや何も知らないレオくん!
予想はしていたけれど、やっぱり全部終わったあとで怒るレオくんが見られてしまいそうな気がするし、知らせないで待機してもらう、というのもなんともややこしい。
そう考え、スサーナはふと首を傾げた。
「流石に、最後の宴の時にはご説明をしても良さそうなものだと思うのですけれど、そういえばどうしてレオカディオ殿下には事情をお伝えしないのですか? ……途中の時点では、ザハルーラ妃にお話が行ってしまうとまずいのと、お知らせしてしまうと挙動が不自然になってしまって謀反を企む方々にバレてしまうからかと思っていましたけど……」
「ああ、そうか、普通にしているときはあまり気にかけることじゃないものね。ほら、呪いというのは知って恐れるのが一番力を増すものだから」
――はい? 今なんだか呪いとか言いました?
あまりに当然のようにテオが言った言葉に、これはもしや貴族的には常識の部類だったりするのかとスサーナは表に出すのを我慢しつつ、静かにぴえっとなった。
「呪い……ですか? えっ、どなたか、レオくんを呪っている方が!?」
「と、決まったわけではないのだがな。謀反者もどのような手でも使いたいだろう。恐れの形がはっきりとするほどに災いは力を増し、身と心を損なうものよ。元々王宮という場所は市井よりもその類の話が多い所だがね。力ある呪いなどそうそう現れるものでもないが、これほどのことがある時であれば警戒して損はない。殿下はザハルーラ妃殿下のお血筋でもあるし……、節日も重なることだしな。節目であれば良きも悪しきも大きく動くと故事の告げるとおりだ。成人しているのならまだしも跳ね除けやすいが、殿下はまだ年若いゆえ。」
スサーナがついていけていないのを察したのだろう、お父様がそっと不自然でない程度の注釈を入れてくれる。
つまり、状況的に呪いとやらが使われる可能性があり、自分が狙われていると知って怖がると呪いは強くなる、ということなのだろう。詳細を知らせないということは情報が詳しければ詳しいほど駄目なのだろうか。
――超自然! そんな超自然な理由が……。
スサーナは昨日ぶりにたじろいだ。
三度の祝宴とかいう概念であったり、呪いであったり、スサーナは当然のように挟まれる超自然な判断基準がやっぱり比較的苦手だとここ数日思い知っている。悪霊が居て魔獣がいる世界だ、とはわかっているし、自分自身どちらかというとそちら側の人種のはずなのだが、たやすく触れられる魔術や魔法の因果ははっきりして見えるし、魔獣とか魔物とか呼ばれるものは単に猛獣じみた驚異であるような気がするし、普段目にする世界ではどちらかと言えば即物的な判断がなされているように感じるので、ぱっと因習じみた超自然がやってくるとたじろいでしまう。
「っ、あの、でしたらテオフィロ様は大丈夫なのですか? お一つ歳上なだけで、お若いには代わりないのに」
「僕はそれなりに対処しているし、憎まれているわけでも狙われているわけでもないからね。それに少しは強い体質なんだよ。腹心候補を選ぶ時の基準にはそういうものへの耐性が強いというのもあるから。」
――体質! 超自然なのにそういうのも関わってくるんだ……。
思えば鳥の民は呪いやら悪霊に強いとかそういうこともあるのだから、常民であれ対抗力に差があっておかしくはないのだが、体質と言われるとなんだかとてもイメージが違う。
正直よくよく思い返せば、今思えば詰め込まれた貴族らしい常識の教本にそういう記述のかけらがあった気もするのだが、度胸や胆力のことを指しているのか、と解釈していたスサーナだ。超自然っぽいところはとてもふわっとしていたし、比喩として理解すればそうとしか思えない程度のものであったので、半ば無意識にそうとして読み流していた。
「ええと……その、レオカディオ殿下にお教えしない理由は納得しました……。……これまで、触れることの少ない場所におりましたので、あまり意識しておりませんでした……」
「そうか、市井だとそういうものだよね」
「ああ、そうか、そのようなものか……。本当はそれもあってそなたも詳しい成り行きとは離れていてもらおうと思っていたのだがな。」
「そ、そんなご理由だったのですね……。」
そんな気遣いで情報をシャットアウトされていたのか。
スサーナはそっと首をすくめる。あんまりに何もわからないので勝手に色々調べ始めてしまったが、気遣いを無にしていたなら申し訳ない。現状を薄布の目隠しをしているようだと思っていたものだが、ひっぺがしてはいけない目隠しであったらしい。とはいえ大人しくしていた場合、それはそれで我慢ならずストレスを溜めることになっていただろうので仕方ないことだったと主張したい。
「その、では、私も今聞いてしまっているのは良くないのでは……?」
「いや、乙女探し自体にこれだけ関わっているならば、さほどの差異はないと判断したのだ。勿論、警戒は怠らぬほうがいいのだがな。怨嗟の声を聞いたりおぞましいものを見たりしたという覚えはないだろう?」
念のために聞いた確認への答えで、呪いとやらがホラーじみた起こり方をするらしい、という確信を得て、スサーナは自分の血筋についてこれまでで十本の指にはいるぐらいに感謝した。
「な、ないです。あの……その、呪いというのは、万が一でも標的になっていたら、周りにいる人に影響したりするでしょうか?」
「場や血筋を呪ったのならばそういう事もあるというがな、このような場合であればそういうことはないだろう。」
安心させてくれるように頷いたお父様にスサーナは微笑み返す。とりあえず意図とは違う気はするが安心である。鳥の民ゆえに呪われているけれどわからないとか、弾いて周りをウロウロしているということだと大問題だと思ったのだ。
「あの、でしたら……当日は……できれば。レオカディオ殿下のお側で控えていても構いませんでしょうか?」
「おお、スサナがそうしてくれるのならば安心だ」
「ああ、それは嬉しいな。レオカディオ殿下のお側にショシャナ嬢が居てくれれば心強いよ」
スサーナの答えにあからさまにホッとした顔をするお父様とテオにスサーナはうむと頷く。レオくんの方にだって護衛はいっぱいいるのだろうが、気心がしれた相手が時間つぶしに付き合えるのは悪いことではないだろう。念のためにもきっと悪くない。多分ここで選ぶべき最適解はそれだ。
それに、脳の片隅になにもしらないまめしばがしょんぼりと一人でお留守番をさせられる図がさっきから引っかかっていてなんだかとても可哀想だったのだ。
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