第343話 偽物令嬢、密談に参加する 1
くうくうと泥のように眠り、さっぱりと目を覚ました、といいたいところであるスサーナだが、目覚めはあまり快適と言えるものではなかった。
なにか不安な夢の序盤を漂っていたような気がするが思い出せない。
次の間に控えさせていた侍女――ミッシィではなく、今日はただただ寝るつもりだったので急な話だがミッシィには良ければと休暇を出した――に揺り起こされて目覚めたスサーナは、寝台の向こうに広がる部屋の景色にあかるい冬の日が差し込んでいるのを確認し、重たい頭を振った。
――まだ夜にもなっていない? 何時間かは寝た感じですけど……
ぐうと呻いたスサーナにすこし申し訳無さそうな顔をしながらも、侍女は一礼し、着替えをと促した。
「どうか……しました?」
「お休みのところ申し訳ございません、お嬢様。旦那様がお呼びです」
「お父様が……?」
一旦出仕していったはずなのに一体どういうことだろう、とふらふらとドレスを身に着け、人前に出られるように一通り見た目を整えられて案内された応接間には、一分の隙もない外務卿の装いのお父様とテオが向かい合っていた。
「お父様、お呼びでございますか。……テオフィロ様?」
「おお、済まないな、スサナ。……体調を軽く崩している程度だそうだと言っていたから動けそうなら呼んできてくれと頼んだのだが……」
スサーナがあまりの眠気に目も半分開けられずふらふらしているのを目視したお父様が少し咎めるような視線を執事に向けたのがわかったのでスサーナは慌てて首を振ってみせた。これは良くは分からないがとても大切な用事の気配がする。執事さんや侍女さんが少し無理をしてでもと判断したとしても全く間違いではないし、ちょっと体を冷やした程度と使用人たちに伝えたのも自分、第一ただの寝不足なのだ。ちょっと慌てたら血圧が上がったようで、まぶたもなんとか開いたので結果オーライだ。
――入眠剤は少しもったいなかったですけど、あれは万が一すぐ起きなくちゃいけない時は眠気が長引かないように作ってあるのが特別なところのはずですから、むしろ面目躍如ですよね。それに、ええ、多分四時間は寝ていますし。
「すこし寝不足だっただけですので……。お気遣いありがとうございます。」
「そうか。気分が悪くなりそうならば言うのだよ。さあ、そなたも座りなさい。」
スサーナは少し迷い、ミランド公が手で勧めた彼の横の席に座る。テオが小さく目礼した。
「テオフィロ様はどうしてこちらに?」
「ミランド公とお話する用事があって。レオ……殿下にはしらばくれておきたい用件だったから仕切り直しだね」
疑問を表情に浮かべたスサーナに微笑んでみせたテオは学院の頃となにか変わるようには思えなかったものの、口にしたのはスサーナの疑問を更に深めるような物言いだ。
「レオ……カディオ殿下にはお教えできないようなご用件です?」
「うん、黙っていてくれると嬉しいかな」
そこで使用人たちが下げられ、部屋の中には三人だけになる。
――なんだろう。これ、本格的な密談の姿勢……?
「スサナ、そなたを呼んだのは、伝えておくべきことがあったからだ。「亜麻色の髪の乙女」を見出す催しごと、テオフィロ卿が殿下の身代わりとして出てくださることになった。」
「え、それは、明日の?」
予想外の言葉に思わず聞き返したスサーナに、お父様はおっとという顔をしていや、と言葉を継ぐ。
「ああ、済まぬ。最後の一度のことだ。……そういえばそなたには詳しい予定を話してはいなかった。一連の催し、これまではままごとのようなものであったが……。最後の一度はレオカディオ殿下……ザハルーラ妃殿下に繋がりを持つ娘を選び出す、という催しゆえに諸侯が関わりを求めているからな、内外の者たちを入れるそれなりの規模のものになる」
「一応耳にいたしました。なんでもザハルーラ妃がこれまでの催しの席でこれと見た令嬢を一堂に会させて、一人をお決めになるとか……?」
それで集まるのは結局数人、それぞれ複数人の候補をザハルーラ妃が選んであったとしてもせいぜい十人以下ではないだろうか、それで宴というのは一体どういうことか、とこれまでもうすうす思っていたスサーナの疑問にここで主催者側からの回答がはじめてもたらされた。
なんでも一枚噛みたい貴族が沢山いるということと、冬至の祝いというパーティー三昧の時期であるわけで、つまりスサーナが決勝戦などと内心呼んでいる最後の一度の宴席は、亜麻色の乙女候補とレオカディオ王子、ザハルーラ妃だけではなく、大人たちも参加する……ついでに、彼らがあわよくばと連れてくるお嬢さんたちも混ざる、すこし大きな席になるのだという。
――なるほど、内廷で行われる祝日のパーティー、と聞いていましたけど。そういう形で人を入れるんですね。
「形としては年が改まる祝いの宴席の余興、ということになるのだがね。これはザハルーラ妃殿下の催しであるが、陛下も認めたことでな。スサナ、そなたも察しているかもしれぬが、夏のことに関わった者たちが、内通を知らせた娘の身柄を求めて…もしくは、王宮深くに入り込むよい機会として、襲撃を目論んでいる可能性が高い。……ゆえに、レオカディオ殿下の代わりとしてテオフィロ卿に出ていただくこととなったのだ」
「ええっ、そ、それは大丈夫なんですか……!?」
危険は重々承知であったつもりなのだが、危険性に言及されつつそう言われれば、スサーナは思わずぴゃっとなった。
「まがりなりにも僕も腹心候補、だからね。このぐらいはね」
スサーナの言葉に苦笑したテオが応える。
彼もウーリ公という上位貴族の息子だ。もし何かあれば大問題になってしまうのでは、と考えたのだが、いや、違うのか、とスサーナは考えを改める。なんとなくミランド公がこの件を動かしているような気持ちでいたが、ガラント公の協力があるとも聞いたし、テオの父であるウーリ公もこの件に噛んでいるのだろう。つまり、親御さんの了解のもとでそうしているのだ。
――そうか、よく考えたらそうですよね。子供同士おおやけに親しくしていたんですから、派閥とかそういう上で信頼関係はあるのか。
スサーナはこれまでなんとなく単純な友人関係のような感覚でいたものの別の面を見たような、いやでも仲は間違いなく良いんだからそれは役に立ちたいだろうし、だとか色々ぐるぐると考え、結局眠っておらずうろんになったままの思考で、非常に単純な感想を口に出した。
「バレたら、レオくんはとても拗そうですよね……」
「うん。終わったら多分すごく叱られる覚悟はしてるかな……」
スサーナの単純極まりない感想に釣られたらしく、これまでは固い表情だったテオも友人の不興を想像した少年の目をしてこくりとうなずく。
お父様がもの言いたげにうなずき合う子どもたちにぶふっと笑いを溢し、その時は自分がとりなそうと口を挟んだもので、思わずの脱線から正気に戻ったスサーナたちはそれぞれ居住まいを正した。
「失礼致しました、閣下。そういえば、ス、いえ、ショシャナ嬢にはどれほどお話しても? まず、何故説明を……?」
「私によく似た気質の娘ゆえ、教えなければ勝手に侍女の格好で潜り込んだ先で困ったことになったろうからな。なあスサナ。」
言われてスサーナは首をすくめる。なるほど、この場で情報を与えられたのはこういう事情だから先走らないように、という釘刺しか。
あと、スサーナがこっそり潜り込んだ際にすぐにテオの方で心当たれるように、というのもあるのかもしれない。
お父様の危惧と対策はとても正しく、ぐうの音も出ない。
「潜り込むって……」
「こほん! ええとその、フェリスちゃんの協力もあってそのう、これまで数回の開催のぶんは侍女として見張っておりまして……、お、お父様もわかっていたことなんですよ? レオくんが心配だったので、ええ……」
スサーナがへどもどしたり、テオがなんてことをという目でお父様を見たりした――多分お父様の指示だという冤罪が降り掛かっている気がする――あとで、なんとなく仕切り直しだ。
「さて、それなのだよ。この話に同席してもらおうと思ったのはね、スサナ、そなたの当日の身の振り方をどうするか、というためなのだ。『亜麻色の髪の乙女』とそなたという人間とは、噂にならないほどには関わっているという考えは薄れさせられたはずだ。その上で、当日は護衛を増やして屋敷にこもるのか、護衛の目の届く内廷に居てもらうか……危険度はあがるが、私とともに我が一子として出席することも可能だし、テオフィロ卿が必要なら「信頼できる人間」として連絡役を担ってもらうのも選択肢に入れていい。……身内で役目を固めるのは本来望ましくはないのだが、私が推薦できる人間の中で最もテオフィロ卿にご信頼いただけるのはそなたではあろうしな」
そなたはどうしたい、と問いかけてきたお父様に、スサーナはむ、と首を傾げた。
「それは、私が選んでもかまわないのですか?」
「私としては屋敷か内廷をお勧めしたいところだがね。そなたへの目くらましを厚くしたというのに襲撃の場に出すのは本末転倒ではあるだろう。ただ、そなたが会場にいることには利点もあるのだ」
苦笑交じりのお父様の言うのを聞けば、まず島での誘拐事件――だいぶぼかした言い方で示されたのはそれだ――に関わった人間が居ればわかる、という部分が当然あり、さらに使用人な選択肢では、そこそこの期間使用人に混ざっていたため、違和感なく混ざれるし、挙動がおかしいものが居てもわかりやすく、あまりに見慣れない人間にも気づきやすい。このあたりはもちろん「使用人に混ざる護衛」でも可能なことだが、なにせスサーナの雇用経緯は外務の息が一切かかっていないので、万が一があってもあまり警戒されない可能性が高い。そして、なによりテオやお父様にとって謀反関与の疑いが一切ない人間に入るので、その点が安心だ、ということらしい。
それと、そうしておけば当日どこで何をしているのか、お父様が把握できる。冗談交じりに言われたそのセリフが一番の理由のような気がして、スサーナはぎゅりぎゅりと首を縮めたのだった。
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