第357話 スサーナ、王子様たちとわちゃわちゃする。
スサーナは、ミランド公との協議の結果、新年のお祝いまでの数日、レオくんとテオとなるべく一緒に過ごすという権利を勝ち取った。
より正確に言えば、不安だ心配だと囀ったところ、ミランド公がレオカディオ王子とテオフィロに打診をしてくれて、二人が快く受け入れてくれた、という次第だ。
とはいえ、色々折衝もあるのだろう、という感じで、事前にはその詳細はよくわからず、屋敷の一室で余暇時間を過ごすという感じになるのだろうか、とスサーナは思っていたのだが、流石にそうではなかったらしい。
――まあ、考えてみればそうですよね……。レオくんにも日課というものはあるわけですし、王子様ともなると、公務だって少しは振り分けられるんですよね。
当然のことであった、とスサーナが遠い目で現実逃避をしているのは外廷の中でもより内向きに近い一室。樹枝瑪瑙の間と呼び慣わされる部屋である。
執務室らしい設えの一室は、薄く削いだ樹枝瑪瑙が柱や壁の装飾に使われており、重厚ながら豪奢な雰囲気だ。執務机と、その前に備え付けた応接用の長椅子と小卓の一揃えが主な家具ではあるが、続き間にはもういくらかリラックスできそうな居間様の家具が揃っている。
ちょっと予想外だったことに、余暇時間だけ一緒にお茶でもして過ごす絵を想定していたものの、レオくんのおしごと時間から勉学時間から、その一通りを側で待機するというのが今日から数日のミッションだ。
――まあ、一番安心といえば一番安心ですし、テオフィロ様やフェリスちゃんも一緒なんですけど……でも、予想外の方が!
慣習として王族たちは各々の宮や内廷での居室以外にも、執務室を兼ねる部屋を外廷に持っているものらしい。その手の部屋は会見と呼ぶほどではない公式な顔合わせに使ったり、開放日に国民の観覧を許したり陳情を受け入れたり、また個人的な客人を入れたり私的な活動に使ったりもする半公半私的な役割を持っているそうである。
今回、突発的に一緒に行動するならなんの許可も要らなかったのだが、数日ぴったり張り付くとなると公務や勉学の時間もあるためになんらかの建前は必要で、形式的には貴族の子弟とのご交友となり、さらに言えばどうせ公的な記録を残るようなことをするのなら身代わりのテオがレオくんの挙動に寄せていく確認の場としても活用しよう、という目的もあるらしい。というわけで、過ごすならば外廷のそのような部屋が良いだろう、ということになったようだったのだが、年若いレオくんはまだそういう部屋の割当てがない。
ならば、と何故か部屋を貸してくれることになったのが、本当に何故かわからない第二王子殿下だった。
「しかし、我が国の気風を学ばせるため、というにしても、一日中こんな部屋でレオに付き合ってるんじゃ暇だろう、何か飲む?」
「いいええ、お気遣いなく……」
「つれないなあ。テオフォロ、君は飲むだろう? この頑固なご令嬢にお茶を飲む栄誉を与えてくれるように一緒に頼まないかい?」
「僕はレオカディオ殿下が休憩に入ったら一緒にいただくつもりですから」
「飲み物はさっき侍女に頼んだからねー、兄上が出張ってきていただくことはないよね!」
「おかしいな、私が部屋を貸したのは末の弟になんだけど、フェリクス、どうしてずっとここにいるのかな、ねえレオ。」
「……二の兄上、僕が頼んだのです。テオも僕も集中してしまう時間があるので、折角付き合っていただいているのにショシャナ嬢が手持ち無沙汰になってしまいますから」
「兄上も暇なの? レオとテオがいるところにボクがいてなんか不思議なことある?? それにショシャナ嬢は母上の妃宮に来てる子だし? 暇つぶしにボクが来ててもなんの不思議もなくない?」
「だったら私もいてもいい道理だね」
本当に何故かわからないことに、部屋を貸してくれたあと、では好きに使ってくれ、と去っていくというわけではなく、自分もなにかの書類を決済したり、長椅子でゴロゴロしたり、スサーナの前でとーととととなどと指を振ってみたり、ウィルフレド王子はすっかりリラックスした様子で弟たちの側に居座っている。
僕らは学業の時間には教師を呼ぶのだから、執務があるならうるさいし不都合だろう、と一度フェリスちゃんが追い出そうとしたものの、続き間でも仕事はできなくもないから大丈夫だよ、と柳に風で流されて失敗していた。
時折レオくんの書いているなにかの草稿をひょいと覗き込み、不備を指摘したり、この方が早いなどとなにかアドバイスをしているので、もしかしたら兄らしく手伝いをするために居てくれているのかもしれないが、暇で仕方ないらしい第二王子に非常に雑な雑談を振られたり、なぜかいきなりティーウォーマーを活用してスパイスと蒸留酒漬けの果物たっぷりのグリューワインを煮込みだしたものを勧められたり、戸棚を開けたところでごっそり出てきたリボンでその場のメンバーが髪や袖や襟元を飾りだされたりするたびにレオくんの集中力が派手に切れるらしく、だいぶイライラしているらしいのは可哀想なような気がするスサーナだ。
眺めているとむぎっと歯をむき出しにして眉間にしわを寄せたまめしばが頭の隅っこにポップアップするのだから、結構なイライラだと思う。
それに、一番暇でその場にいるだけなスサーナを暇仲間と見做したのか、そのあたりの暇つぶし行為はとりあえず大体スサーナに向けられるものだから、スサーナ自身も結構どうしていいか分からず、遠い目で現実逃避する回数が絶妙に多い。
――なんだかこう、一度しっかりわるだくみを共有した仲だというのはあまり表沙汰にはしたくないですし……。あまり親しげに振る舞われるのもどうかというか……?
ちなみに、恐れ多くも第二王子殿下にリボンを結んでいただくというのは乙女たちが一斉にきゃーっと叫ぶようなことであるような気もしたが、どうにもリボンまみれレミヒオくんを思い出したので、スサーナはまったくシチュエーションを楽しめず遠い目になってしまい、なんとなく少し損をしたような気もする。
ともあれ、スサーナはこの初日で王子様のデイリールーティーンというのをいくらか知った。
午前中にはまず近々に処理しなければならない手紙やら書類やらの面倒を見、どうやら日によって役人や支持者との顔合わせもあるらしい。
昼食を摂り、午後は家庭教師が訪れ、勉学を数時間。夕方になって余裕が出来たところで、この時期なりの会食のお誘いやパーティーへの招待状を侍従が持ってくるので、どれかに出るか、それとも宮中の集まりに顔を出すのか、「王の食席」に列席をするかを決め、それから余暇時間。余暇とはいえ、その時間を狙ってやってくる誰かの相手をしたり、妃宮に顔を出したりなど、それなりに考えることもあるのだという。
先に決めた予定通りに夜の時間を過ごし、次の日の予定を確認した後に就寝。
なんとまあ、とスサーナは想像してすこし遠い目になる。為政者というのは本来そういうものなのかもしれないが、生活のだいたい全てが政治と派閥調整ではないか。
――なるほど、学院はそういう意味では気楽だったんでしょうね……。
「……寝る前に司祭を呼んでお祈りしたりすることもあるけど、まあなんでもない日にはあまりしないかな。どうかな、故郷とはだいぶ違う?」
「王族の方々は日頃からそのように自覚を持って過ごしておられるのですね……。わたくしは政治とは縁遠い育ち方をしてきましたので、驚くばかりです。」
暇が極まったせいか、それともこれはこれでお兄さん気質だったりするのか、ちょいちょいと解説をしてくるウィルフレド王子に感想を聞かれ、屋敷でもあまりそのような考慮が必要なことはありませんから、と言いつつ、お屋敷にレオくんが来ている時は極力リラックスしてもらっていいからね、という気持ちを込めておく。
あまりまめしば度合いが上がるのはどうかと少しだけ思っていたのだが、多少まめしば化が進んだほうが精神衛生にはいいのかもしれない。
「そこまで厳格なのは二の兄上までですよ」
「本当はお前たちもそう振る舞うはずなんだけどねえ。」
「ボクらはこれまでそんなに関わっても旨味がなかったしねー」
「兄様にだけややこしい世渡りをさせておいて、お前たちは申し訳無くないのかい。こんな呑気な弟たちでは、テオ、お前も苦労するだろう」
「僕は楽しくやらせていただいています。このまま気楽に過ごせればと願うばかりです」
「でもさ、なんだかんだ言って一番派手にそーゆーのサボってんの、兄上お前じゃん、最初からゆるいボクらよかちょっと周りが目を離したすきに脱走するほうがひどくない?」
「ははは、見解の相違だな」
とはいえ、こうして一箇所に集まったのを見ていると、少なくとも二番目の王子と下の王子たちはなんだか想像よりずっとなかよしに見えるので、第一王子の立太子さえ無事に済んでしまえば、もはやそう気にしなくてもいい問題なのかもしれなかった。
それからしばらく、大体雰囲気はそんなふうで、夢で見た不吉な気配など騒がしいわちゃわちゃですっかりかき消され、スサーナは、ウィルフレド王子にわちゃわちゃちょっかいを出されつつ、打ち解けているレオくんとフェリスちゃん、テオを眺めながら、さすがにミアは対面させてはいけなかろうが、アルとエレオノーラもここにいればいいのになあ、などと考えていた。
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