第358話 スサーナ、盗み聞きをする。

 現状、第二王子の執務室には詰めている使用人の数も多く、護衛の数も多い。

 それは王族が三人過ごしているのだから当然で、規律正しそうな騎士や女官が扉前や壁際に並び、普段よりずっとボロが出ないよう振る舞わなくてはいけないスサーナは少し落ち着かない気はしたが、逆に言えばそれだけ安全が確保されているということでもある。

 ここ最近ある程度その手の目を養わされているスサーナにはなかなかの手練だぞ、とわかる衛兵と護衛がラウルとクァットゥオル、そして第二王子の護衛を筆頭に、部屋の内外に10人近く。一人に付き三人というのは行事期間の少し人数多めなだけの調整らしいのだが、集まると結構な人数となり――魔術師の姿を悪夢の産物とするなら――ちょっとやそっとの蜂起では十分時間が稼げそうな警備の量と言えよう。

 だから、レオくんとフェリスちゃんの勉学に付き合う間も、新年の祝いの警備の責任者であるというガラント公がやってきて新年パーティーの段取りの説明をすると聞いた時も、スサーナは落ち着いた気持ちで居た。

 流石にガラント公と一緒に国王陛下がやって来たときには壁に張り付いていたい心持ちになったものだが、それはまた別の話だ。


 内心カチンコチンになりながら令嬢らしくご挨拶を完遂したあとはご説明の邪魔はしませんよ、というていでできるだけ気配を殺し、できるだけ優雅に一礼したあとは続き間の方に上品に引っ込んでおくことにする。

 漏れ聞こえてくる会話からすれば、国王陛下はスサーナの先入観よりもずっと気さくに息子たちと言葉をかわしているようだった。

 しばらく雑談を交わした後に話題は新年の宴のことになっていく。スサーナはそのあたりはどうなっているのだろう、と気になっていたこともあり、無作法とわかりつつもそっと耳を澄ませた。

 ――まさか国王陛下がレオくんとテオフィロ様の入れ替わりの了承をしていないということはないと思うんですけど……。レオくんはまだその話を聞いていないみたいだし。まさか行き違いでレオくんを出さざるを得ないことになったりしたら不味いですよねえ。


「しかしレオカディオ、余はお前をフェリクスより先に夜会に出すとは思っていなかったぞ。お前は幼い頃より人の多いところを好まなんだ。宴での振る舞い方を教えるのはもう少し先でいいかと思っていたが」

「父上……そうであったらどれほどよかったことか」

「んん? なんだ、随分と乗り気ではなさそうだな。なぁに、夜会での暗黙の了解というやつは複雑怪奇であるが、身ごなしが多少野暮であったところで御婦人に見放される年はまだ先よ。お前が出るのは余興のようなものだ。どーんと構えておればいい! それとも諸侯の酒のつまみになるのが嫌か? はっはっはっ」


 そうだなそんな年頃であれば玩具にされるのは面白くないか、と笑った気配に、憮然としたレオくんの声。


「そういうわけでは……ありません、でも、催しに力を貸した諸侯の手前がなければ母上を説得してなかったことにしてしまいたいです。僕の妃候補を選ぶつもりなのだと皆が噂しているのを耳にします。結局決まるのは母の妃宮に置くご令嬢だというのに……。そういう見方が強くなるのは嬉しくはないです」


 まあねそれはね、と、残り二人の王子様達がそれぞれ相槌を打った気配。スサーナはうっすら、ああ、レオくんがこの話を言い出せたのはウィルフレド王子とフェリスちゃんはその点で味方だとわかっているからだな、と少し思った。

 それに、国王陛下にもこんなふうに言い出せるほどの信頼関係はあるのだろう。

 ――なんだかすっかり国王陛下とレオくんは難しい関係なのかと思いこんでいた部分があるんですが、これは、もしかせずとも、けっこうしっかり家族ですね?


「ふうぅむ。確かに噂雀がかまびすしいな。だがな、その程度右から左と聞き流せるようでないと政治など出来ん。我が息子たちは皆妙なところで繊細よ。ま、だがそれもおいおいでいいわい。よし、テオフィロ卿!」

「はっ」

「そなた、影武者としての経験を積んでみよ! いい機会であろう? 年改めの夜会でのレオカディオの代役を任せる」

「ありがたきお言葉に存じます」

「は!? 父上!? その、母上に申し訳が立ちませんし、娘を参加させた諸侯たちも……」

「なーに、余が望んだと言えばいい。右から左に聞き流せと今言ったであろう? 余興でのこと、と元々周知してあるのだ。それ以上の意味を読み取ったと文句を言われたとて、そう恥じらいもなく言ってのけた時点で愚かよ。……ザハルーラ妃には後に一席詫びの席を取らせよう。それに、そうだな、よし、レオカディオ、お前とテオフィロ卿を見分けた娘がいたら、余から褒美をとらすことにしようではないか。……ザハルーラもそのような余興であれば好む」

「それは、その、参加したご令嬢たちに誠実では……」

「なんだレオカディオ、やはり本心では参加したいのか?」

「全く! 参加したくありません!」


 どう言ったとしても絶対に亜麻色の髪の乙女とやらには選ばれぬのだから娘たちにしてもおなじことよ、と笑い含みの声で国王陛下は言う。皆同じくザハルーラ妃の妃宮の「行儀見習い」に選ばれるだけなのだから、余興だとみればその最終的な選定役はご令嬢達の自尊心からしてもレオカディオ王子でないほうがいいし、「目の良さ」で褒美をもらうぐらいの方が彼女たちにも気が楽なことだろう、と言われてどうやらレオくんもそれに納得したようだった。

 ――こ、これは……

 衝立の影でスサーナはうむ、と頷いている。

 ――親子の会話かと思いきや、国王陛下の手のひらの上でころころと転がされている!!

 今の話でレオくんはテオフィロが代役を務めることに全く疑問を抱かなくなったようだった。話運びは完全に国王陛下が意図したとおりなのだろうし、となると第二王子がこの執務室を貸してくれたのも、それを口実に同席したのも、レオくんの不満を引き出すためのつっつきかもしれず、となるとここは国王陛下とぐるだったのかもしれない。フェリスちゃんは多分違う気はするが。

 なるほど王のうつわというやつだ。東京ドーム複数個分ぐらいある。


 そこでするっとガラント公が警備の話を始めたので、こちらもきっと話が通っているのだろう。

 一致団結してまめしばをケージにしまい込んでいる。

 とはいえ、レオくんの「余興」がある新年のお祝いのその宴席はまず国民の前で祝う正式な席ではなく、すこし前に予定された比較的小規模な、しかし由緒はあるというもので本決まりしたらしい。であるので、余興として出るはずだったレオくん以外の王子たちもその席には出ない、本来大人たちばかりの夜半の宴であるらしい。

 スサーナは、王子様達が出なくてもおかしくはないところに押し込んだのは大人たちの配慮なのかな、とか、それとも敵を一網打尽にする上での策略の一部なのだろうか、とか、いやもしかしたらこれもなんらかの超自然的な意味があるのかもしれないぞなどとしばらく考え、それからふと、待てよ、宴が夜中だというのならもしかしてその時間にレオくんと待機しているということは自分は内廷にお泊りということになるのではないか、という恐ろしい事実に気づき、思わず椅子をひっくり返して立ち上がりそうになるのを我慢した。


 ――つまりそのう、宮廷の? いわば中央にお泊り……?

 良いドレスを着て数時間だけでもかなりの精神力が消費されそうなのに、お泊りなどどれだけの胆力が必要とされるのだろう。

 絶対に伝統の謎のナイトルーティーンがあり、女官たちの言う通りに着替えさせられたり身だしなみを整えさせられたり、恐ろしい手順があるに違いない。

 スサーナは、非常時なのでレオくんと徹夜でゲームします、だとか、広間で二人でキャンプします、などの礼儀正しくない行為がどの程度受け入れられるものか、本筋と違うところでうっかり思い悩む羽目になった。

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