第359話 スサーナ、待機を始める。

 流石に、広間でキャンプはナシだったらしい。

 申し出たわけではないが、それなりに気楽に過ごせるようにしてやってほしいと言ったお父様の要望と国王陛下の提案が伝統と格式を重んじる女官長によって叩きのめされた、という話だけが当日伝わってきたため、スサーナはそっと遠い目になっていた。

 そういう点で一番強いのはその手の立場の人だ、というのはとても容易に想像がつく。突っぱねれば突っぱねられたようなのだが、スサーナが気楽に過ごすというのは大事な条件ではなく、公の令嬢を内廷に泊まらせようというのだから、女官長が身構えてしまってもそれは仕方ない。


 とはいえ、内廷で待機という予定自体がなくなったわけではない。レオくんと待機するにあたり、お父様によって国王陛下への許可と、スサーナがそうして内廷にレオくんといてもおかしくない理由は用意してあった。


 なんでも、年末はようやく一緒に暮らしだした娘と一緒に過ごすはずであったのに、年改めの宴の列席者に選ばれてしまったのでそれもかなわない。名誉なこととはわかっているのでとやかくは言わないが、大つごもりは家族と過ごすと縁起が良いと古来から言われているというのに同じ屋根の下にすらいられないとはたった一人の娘がなんと不憫なことか、云々、とお父様が嘆き、それならとご招待を受けた、ということになっているらしい。

 随分と滅茶苦茶な理由だと思ったが、結婚一年目のご夫婦だとか生まれてはじめて新年を迎える赤ちゃんだとかがそういう理由で内廷のお泊り招待を受けることは伝統的に「ある」話らしく、レオくんは疑っていなかったし、他の貴族に知られても十分言い訳が効く理由であるらしい。

 内廷の何処かで行う宴の列席者なのだから家族は内廷にいれば同じ家の中扱いなので家族と過ごしたことになるよね、というような割り切り方で完遂されたカウントになる縁起の良さは一体どういうシステムなのだ、超自然が存在していると知っているだけにわからん、とスサーナは少し遠い目になってしまったものだ。


 レオくんは宴に出るということになっているので――実際は身代わりのテオフィロが出るのだが――、二人が年改めの宴の終了を待つ場所はレオくんの私室などではなく、レオくんが宴に出る予定の時間を過ぎてそこにいても見咎められづらい、内廷に用意されている王家の私的なお客を招くための一室だ。

 宴に出ているのはレオくんではない、というのは表向きには極秘事項などではなく余興の一貫ではあるものの、女官たちは身辺調査をして、係累に謀反の可能性はないだろうと判断されたものをうまく理由をつけて使っているらしい。あと、万が一王子が別人と知ってご注進に走ったとして、会場に入る余裕はないだろう、ということだった。

 お父様によればセルカ伯からの希望で再調査をしたのだということだから、スサーナの夢までしっかり考慮してくれてあるようで、スサーナは注意喚起してくれたらしいレミヒオくんと、ただでさえデスマなのだろうになにか理由をつけて警戒を上に上げてくれたらしいセルカ伯に心から感謝する。



 夕方早めにお父様に連れられて陛下にご挨拶したスサーナは、そのまま待機する部屋に通された。

 宿泊もそのままここで、ということで、想定していた豪華絢爛な部屋ではなく、壁に青で絵付けされた陶器が飾られた趣味の良い一室で、お父様がほうほうと喜んでいたので、せめても部屋はお父様好みのものを選んでくれたようだった。

 打ち合わせで去っていくお父様を見送ったあと、お茶の準備がされたワゴンを持った女官と一緒に王子様達……レオくんとフェリスちゃん、二人になんだか邪険にされながらなウィルフレド王子までがやって来て、夜まではそれなりに楽しく過ごせた、と言っていいだろう。


 外が真っ暗になる頃になるとウィルフレド王子は時間経過で増える女官たちに追い払われ、フェリスちゃんも母上に呼ばれているのでと席を立った。


 よって、手持ち無沙汰になってしまったスサーナは、レオくんと礼儀正しい世間話を交わしながら、つらつらと考えている。


 なにを、といえば、レオくんが乙女を選ぶ……ということになっている、とはいえ実際はほどよく丸く、「この場に呼ばれた娘たちはザハルーラ妃の行儀見習いに選ばれる」と身代わりのテオフィロが告げる、という余興がある新年の宴が夜半に行われる、という件だ。

 そんな夜半に宴を開きさえしなければ、スサーナはまあ多少の夜更かし程度でお屋敷に戻ってミッシィを隣室に置くだけでせいせいと眠れた可能性が高い。

 いや、悪夢で起きたことが起こってしまえばそれどころではないのだが、少なくとも外廷で使われている女官たちとは練度が違いそうな、間違いなく上位貴族の御婦人がその役目を拝命している、いかにもうるさがたらしい女官たちに囲まれて、眠るときまで気が抜けないことが決定する、ということはなかったはずなのだ。


 確かに、前世の知識を思い出してみれば、シンデレラだって24時で舞踏会はたけなわだったし、高校の卒業旅行で見物したウィーンの”シーズン”なぞ、9時頃始まって朝5時に終わる、なんていうものばかりだった。こちらの一般的な夜会も夕食後から深夜、明け方まで、ということもあるとは知っている。

 とはいえ、まだ13の少年と、同い年ぐらいの少女たちを呼んだ余興を行う、というのなら、もっとふさわしい時間……晩餐前ぐらいに始めたところで、別に興ざめというほどのこともないはずなのだ。この時期、日さえ落ちれば条件は満たしたとばかりにまだまだ夕方という時間帯から各種の宴が企画されているのだから。


 というわけで、非常に不本意なことに国内貴族の大半が経験したことのない、王族の私的な生活場所である内廷にお泊りなどという実績を解除してしまい、しかも予想に違わず非常に格式高い生活を強いられそうだ、と気づいてしまったスサーナは、せめて納得だけでも得たいぞと、謀反者たちへの罠でもある宴なのだから危険な事が起こるであろうその場に未成年である王子たちを出さないための備えなのか、夜半の宴であるということを口実に、夜らしい逸脱だとか、警備の不備だとか、謀反人達への誘いと釣り餌を置いて罠を張り巡らせるつもりなのか、それともまた宴が三回というような超自然なのか、と再度執念深く内心で検討しているのである。


「お茶をもう少し入れましょうか」


 呟いて湯沸かしに手を伸ばしたレオくんが、さっと横手から女官にポットを奪われておっとり苦笑した。

 些細なことだが、冬至の祝いが始まりだす頃から、屋敷でまめしばになっている時のレオくんが自分でお茶を入れるチャレンジらしいことをしているのを知っているので、スサーナはなんとなくむうとなってしまう。

 ――お屋敷の召使いの皆さんなら、……いえ、行儀作法には厳しいですし、気詰まりなことも多いですけど、レオくんがお茶チャレンジするのを邪魔されたりはしないんですよね。

 もにゃもにゃしているスサーナを他所に、レオくん本人はお茶をしているテーブルの両側にズラッと並んだ女官の圧を感じてはいないらしく、完璧に注ぎ分けられたカップを受け取って一口啜る。


「そういえば、もうあと何時間かで年が改まるのですね。今年は……本当に色々なことがありました。去年のこの日には、こんなふうに今年を越すことになるとは思ってもみませんでした。そう思うと不思議な気がします」

「ええ。……当たり前のことですけど、今日で今年って終わってしまうんですね」

「ふふ、年改めとはそういうものですからね。ス、……ショシャナ嬢は明日もゆっくりして構わないということになっているそうですから、新年の祝賀の儀が終わったらフェリスも一緒にお茶をしましょう」


 ――そう、そういえば、今日って大晦日なんですよね。

 話の流れでスサーナは大晦日という単語を脳裏に上げる。

 転生してから13年。数えで年を数えるという慣習からすれば、もう数時間で14になんなんとする、そのぐらいの間過ごしてきたので、すっかりこちらのやり方に馴染んでいたのだが、こちらでは大掛かりなカウントダウンパーティーをして年の変わった瞬間に花火を上げハッピーニューイヤーと叫ぶ、というような習慣はない。除夜の鐘もつかねば、紅白だって見ない。商家では新年の準備をするのでそれで大晦日感は出るのだが、貴族のお嬢さんな今年はそれがないものですっかり実感がなかった。冬至前後からお祝いと宴席はずっと続くのだが、大晦日固有の行事という感じではないので、あまり今日!感はない。

 市井では大晦日の夜は暗く、庶民は各々の家で静かに年の変わり目を過ごすのだ。

 敬虔なものは祈りを捧げ、そうでもない一般のご家庭では年越しの料理を食べ、灯りを絶やさず過ごす。島ではあまりそういう習慣はなかったが、この王都でならもしかしたら神殿の行う祭儀に参列したりするのかもしれない。


 花火を鳴らすような派手な新年のお祝いは一日の朝からで、王宮でも新年の祝賀が行われるわけだが、大晦日になにも行事がない、ということはないだろう。ややひっそりと行われる宴席は、きっと庶民でいう灯りを絶やさない行為に当たるものではなかろうか。

 なにせ、日付の変わり目は、朝ではなく真夜中なのだ。

 ――カリカ先生に聞きましたね。ええと、暦の変わり目には、世界が揺らぐ。

 呪いについて言及していたときのお父様もそんな事を言っていただろうか。


 つまり、スサーナには曖昧模糊としているのだが――鳥の民としてのその手の色々は多少習い始めているものの、常民の、特に貴族の習俗が一致するかどうかというと全くわからない――、多分そういうタイミングで余興を行うというのは行事的に縁起担ぎ的な意味などがあり、その時にそうする、という説明はどこかから疑われるようなものではない。そしてその宴席はきっと謀反人がとても入り込みたくなるような場所だったり、人選だったり、なにか隙ができそうな儀式があったりするのではないか。


 ――まあ、それなら仕方ない。

 常識を共有していないというのはとても心もとないものだなあ、と内心思いつつスサーナは今晩のお泊りはコラテラルダメージとして受け入れることにする。


「グリスターンでは祝賀の儀をご覧になったことはないと聞いていますが、我が国の新年の儀式は華やかですよ。是非ご覧になってください。外務卿とご一緒に出席されてもよろしいでしょう」

「ええ、レオカディオ殿下。お心遣いありがとう存じます」


 諸侯の血族である女官達の手前、王子様と異国から呼び寄せられた公の娘として節度ある受け答えをしなくてはいけなくても、まあ、仕方ない。


 どうせあと何時間かは気を張らなくてはいけないのだ。万が一、あれが予知夢で、襲撃があるとすれば、多分それは宴が始まってから終わるまでの間だ。

 夢の中で、乙女候補達は着飾った姿だったし、襲撃者も盛装だった。

 たぶんそれは今宵の余興の姿なのだろうし、襲撃者が胸に飾った万年香はみずみずしく新しいものだった。

 万年香の青枝を服に飾るのは冬至の祝いの習慣だ。それは新年を過ぎたら行われない。

 ――だから……、もし万が一があるとして、レオくんに類が及ばないように警戒するなら、あと……8時間ぐらいでしょうか。ともかく、宴が終わって他の方が戻ってきたら大丈夫だと思っていい、はず。


 護衛の数だってしっかりしているし、何と言っても内廷の客間は襲撃に強い作りをしている。

 最悪、本当に最悪な場合、スサーナを警戒する人間もいないだろうからカリカ先生に仕込まれた――あまりの酷さに点数が付けられない、から、落第、までは進歩した――鳥の民流の護身術をお見せすることだって出来る。それに今日も下着のポケットには念のための刺繍が忍ばせてあるのだ。

 鳥の民だとはバレたくなぞ無いので、それこそそれは本当に最悪な場合の対策だが。


 ともあれ、ここで粘ればいい、とスサーナは考え、お茶を飲み込んだ。

 ほんの少し、幼い願掛けじみて、ここでの我慢が、謀反人に直面する者達へのなんらかの幸運につながればいい、と不合理に願う。


 それはとても甘い考えだったのだが、その時のスサーナには知る由もなかったのは、どちらにせよ、確かなことだったのだ。

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