第319話 スサーナ、どたばた準備する。

 一旦妃宮から離脱したスサーナが時間を見て向かったのは内廷側の一室だ。

 ――そろそろ時間ですね。ああ、即時通信をなんとか魔術師さんが普及させてくれないものか!

 レオくんのの調査した事前の乙女の身元調査の内容をとりあえずまとめて教えてくれる、と朝ラウルから手紙があったからだ。


 連絡手段に乏しいここではちょっと情報交換するにも手間がかかることが多く、思い立ってぱっとというのは難しい。顔をあわせて話す以外の手段は伝達効率が著しく落ちるため、ちょっと複雑な事を聞きたければ時間を見てどこかで落ち合わなければいけないし、そのためにはまず相手の居場所や予定を把握しておく必要があったりもする。

 離れた場所同士での連絡に簡単に一月単位で掛かるのでスサーナの感覚だとびっくりするほど事実関係があやふやなままで物事が進んだりするのも特徴だ。

 ここのところ時間を無駄にしたくないスサーナは魔術師がなんとかしてくれればきっとそのあたりまとめてなんとかなるだろうに、などと八つ当たり気味に思いつつラウルと落ち合う。まあ、魔術師達としては常民にその手の技術革新を与える利点もないのだろうし、差し出せる対価も思いつかないのでグラハム・ベル相当の発明家が生まれてくるのを待たなければいけないのだろうが。



「アーミント……ですか。」

「ええ。」


 スサーナは見せられた身の上調査の結果を眺めながら渋い顔をする。

 ――きな臭いなあ!

 その地名は昨日聞いたばかりだ。ラエティアとの密貿易をしているとかいう話題で名前の上がっていた神殿の一つがある場所。


 辺境の開拓地であるその場所を任された小貴族が亡くなり、その領地は親類が引き継ぎ、それに際してアブラーン卿が娘を引き取った、という経緯であるとその紙には記されている。

 困ったことにどうやらそんな話は辺境の開拓地であれば結構ありふれていて、実際にその引き継ぎは起こっていることまでは確かであるらしい。

 内偵中らしくその地名に関わる問題は外務から表に出ず広く共有されていないため、身の上調査ではあんまり怪しさは把握されていないようだ。

 ――事前に情報共有しておいてとか、簡単に言えないですもんねえ……

 スサーナはそっと判断に悩み、遠い目になる。

 王子づきの調査員と外務卿府は多分別の部署で、きっといまスサーナに見えている件以外の関係だとか牽制だとか裏事情だとかそういう物だってあるに違いないのだ。


「そちらに問い合わせを送る事もできますが、数日中にはなかなか。」


 ラウルの補足に、自分が実娘として引き取られた経緯に近いごまかしの手法の気配がするなあ!とスサーナは今度はそっと目を半眼にした。

 ――きなくさあい! というかお父様が取った手と同じ感じのやつですよねえこれ!

 そろそろ目の筋肉が酷使されている気がして、眉間を揉む。

 ――いや、もしかしたらこの貴族がサラさんのご実家の可能性すらあって、そうすると法務上は全然問題ないまで行く可能性すら……

 そうなると何故か最適なタイミングでサラの父親が不審死を遂げている、ということになるのでそうではないといいなと少し祈った。


 どちらにせよ、どうとでもなる息のかかった場所の出だということになっているのか。

 これはお父様の方で何が出てくるか次第だ、とスサーナは考えつつ残りを読み進める。別にサラだけを調べてくれたわけではないので、候補者達の出自がずらずらと並べられている。大体が王都周辺に住む貴族や郷紳で、そこそこの数に養子縁組などの注釈。のこり二人のセイスデドスの関係者の名前はミッシィに聞いてあったが、そこは記憶にピンとくる地名が記されているということはなかったもののほどほどに取って付けたような引取りの経緯が記されていた。


 ――とりあえず、「簡単な身の上調査」での結果はわかった。

 何もわからないより随分マシだな、とスサーナは息を吐く。

 お父様が抱えている調査できる人間が一体どういう調べ方をしてくれるのかは不明だが、現地調査をするには日数がかかりすぎるだろうか。こんなところでも立ちふさがるのは連絡手段である。

 とりあえずまずは今晩だ。


 ――あとは……本人に聞けることを祈ろう。


 スサーナはそっと肚を決めると、ラウルに昨日今日とビセンタ婦人が妃宮に現れていないことを連絡すると慌ただしくミッシィを待たせた場所に向かった。


 ――やっぱりかえすがえすも必要なのは即時通信と横断的網羅的な諜報員の確保ですよ!


 ふぐぐぐと唸りながらばばっと着替えさせてもらい、用意してもらっていた茶菓子を引っ抱えて下級侍女の控室に向かう。


 冬至の祝いで貰ったのだと下級侍女のまとめ役を任される侍女に茶菓子を振る舞い、昨日聞いた話に誰か名乗り出てきたかを確認、もののついでと言う顔で、サラに手紙を出したいのだがとりあえずもとの実家の家名なぞを聞いているか、などと聞いておく。

 そこで教えられた家名は先程聞いたものとは別で、とりあえずスサーナは胸をなでおろした。


 そんな具合で駆け回って昼の猶予時間を使い切り、屋敷に戻って侍女たちに急遽冬至祝いのパーティーに行くことになったのだと宣言した時には気分的には結構へろへろだ。

  甘えた娘が父親に書き送るものじみてお義父様に書き送った、パーティーへ行く許可を求める手紙にはあまり羽目を外さないように、という許可の言葉があったので侍女たちに対して言い訳を考える必要はなさそうだ、と思っていたスサーナだったが、精神疲労にはずしんとくる逆方向の試練が待っていた。


「まあ……! 本日、これからですか!?」

「ええ。実は人に誘われて。支度をお願いしても? 急なことですが、可能ですか?」

「……ええっ、おまかせくださいませ、お嬢様! わたくしたちの腕の見せ所でございます」


 気色ばむ侍女たちにわっと囲まれ、数名は衣装室に走っていき、同時に急遽浴室に湯が準備されるようだ。


「あの、気軽な席だという話なので、ドレスも気取らないようなもので」

「わかっておりますわ、お嬢様。でもご同行される方とある程度は揃えませんと。どなたとご一緒されるのでしょう? もしや第五王子殿下と……?」

「いえ、あの、第二王子殿下が……」

「まあぁ!?」


 すごい顔をした侍女たちに、あっ第二王子は女性関係で評判が悪いのかな、と、スサーナは妃宮の行儀見習いの令嬢達皆一緒に行くのだと説明したのだが、何かがもう遅かったらしい。仕事の鬼のような顔になった彼女たちは何故かむしろ加速した。


「今浴室の支度ができますからね。アドルファに湯沸かしを急がせなさい!」

「冬至祝いのパーティーですのね。ではドレスのお色は青の系統に致します。化粧部屋に運ばせなさい。用意を!」


 ――魔法で洗えるから大丈夫、とは言えませんし……っ!!

 垢擦りのようにぎゅいぎゅいこすられている間にドレスの候補選定は済んだらしい。驚くばかりのチームワークで下着を身に着けさせられ、胴衣をつけて化粧をし、ドレスを試着するまではほぼ流れ作業である。

 スサーナはへろへろを通り越してぐったりしながらも、こんなに急に言い出したのにベストを尽くそうとしてくれる侍女たちに感謝した。

 ――思えば昨日のうちに行きたいと思っているぐらいは言っておけましたね……! そこは反省しておこう……!

 驚くべき速度で三着ばかりが交代で着付けられ、目まぐるしく仕上げ化粧を施されてたっぷり薔薇の香水を吹きかけられる。


 スサーナはなんとなく、カツラだけはしっかり後ろに巻きを作った悪役令嬢スタイルにするようにそっとお願いをしておいた。


「ふふ、完璧です。飾りの少ない気取らぬドレスのようでも生地は最上、地の織りに見紛う刺繍の豊かさはきっと目利きだと言う第二王子殿下ならおわかりになるはず」

「ええ、どこに出しても恥ずかしくない出来ですわ。でもお嬢様、次は……いえ! シーズンごとにお呼ばれを想定したドレスを仕立てるよう旦那様にお伝えしておきます。他の殿下方とお出かけする機会もこれからお増えになることでしょうから。本来そうすべきでしたわ」


 ――なぜ……ヒートアップしてしまったんでしょう……


 感謝はすれども、ぐるぐる回されぎゅうぎゅう締められ白粉と香水に攻め立てられ、ぐったりを通り越してへんにょりになったスサーナは魂が抜けかけた気分を叱咤してなんとか立ち直る。何故そんなにも侍女たちが情熱に満ち溢れてしまったのか解せない気持ちで一杯だった。カツラだって普段より巻きが三段ぐらい多い。

 やり遂げた顔の侍女たちが言うことには、なにやら第二王子にエスコートされるのはなんらかのセンスを認められた的な側面もあったりするらしい。

 自分がお披露目前の身だということを忘れてやしないか、とスサーナは思ったし、そういう感じのお出かけではなくて一緒くたにわちゃわちゃ連れて行かれるようなものの気配がするのだが、そう言ってみたところ、侍女たちによるとそういうときに示威行為というか、ミランド公令嬢の底力を見せつけていくのが何やら大事なのだそうだ。

 なんだか解せないままに侍女たちに送り出され、スサーナはまた妃宮に向かうのだった。

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