第320話 偽悪役令嬢、冬至祝いに行く。

 結局、集合時間に集まることが出来たご令嬢は4名だった。

 二人は家人に止められてしまったらしく、スサーナが同行する直接の原因であったニナ嬢はそちらに含まれていた。お家の話を聞くにどうも厳しいのかなという雰囲気だったので仕方ないかなあ、と思いつつ、ちょっと可哀想になりつつも複雑な気持ちになるスサーナだ。

 ――グラシア嬢はいますねえ……。向こうで目を引かないようにしなくちゃ。

 彼女こそ止められておいてほしかった、と思うのはちょっと性格が悪いかなとスサーナ自身でも思うのだが、それなりに重要な目的がある以上不確定要素は減らしたいのは人の常なのだ。せめてもスサーナと全く関わりのない所で今晩は楽しくやってほしいと思う。


 用意された馬車は二台で、第二王子と引率を申し出た貴婦人は同じ馬車である。一台目の馬車に後二人乗るか、三人ずつで二台に乗るかという状況で、もちろん第二王子と同じ馬車に乗りたい女子たちは残り二席を奪い合ったのでスサーナはいそいそともう一台に乗り込んだ。

 もう一台の馬車を羨ましがるご令嬢に適当に相槌を打ちながら走る馬車の窓から外を見る。

 これから行くお屋敷の持ち主、アルパッサ侯とは、スサーナが泥縄なきもちで調べたことによるとどうやら伝統のある貴族の家系だという。それ故に大きな冬至祝いの席を開くし、貴人が訪れても驚くべきことではない。

 だが――とはいえ、そういう経緯は言うほどに珍しいものではないのだが――赤土風邪によって当時の当主と後継者がまとめて死去し、残った席に放蕩者だったらしい現当主が入ったということがあり、賭け事が好きだったりあまり褒められない界隈との付き合いが緊密だったりもするのだとか。結果、彼らが主催するのはミッシィも言ってはいたが清廉で格式高いというタイプの催しではないらしく、厳しい親御さんがご令嬢を行かせるのに躊躇うような要素も無いではないパーティーであるようなのだ。

 前世で例えるならなんというかモンマルトルだとかソーホーだとか好みのやつ、華やかで流行を追い、程々に俗で大衆的とでも言うべきか、色々と付け入る隙がありそうな具合であるようだ。


 ――いかにもお金とか借りそうな経歴ですし、アブラーン卿と親しいかもしれないと注意はしておこう……。

 猥雑なパーティー自体はサラと接触する余裕も多いかもしれないので歓迎だが、余計な邪魔が入るかもしれないのは問題か。ミッシィの事前の情報だと使用人皆が忠誠度が高いようなタイプではなさそうなのでうまくやれば買収して邪魔されない場を作れるかもしれない。一応ある程度対応できるように隠しポケットにはカリカ資金から買ってある宝飾品の類も入っている。

 あくやくれいじょうのめんもくやくじょというやつだ。

 スサーナは首の後でくるくる巻いて固められた髪を意識してふんすと息を吐いた。




 到着した屋敷は貴族街の外れのほうにある一軒だった。

 立地は王城から離れた場所だが、町人街に接した新興の貴族たちの屋敷たちよりも広く、古い作りで重厚に見える。

 アプローチから談笑する人に溢れているさまからすれば、今日開放されているのは玄関から直通のホールであるようで、一歩入れば常緑樹の枝がまるで花束のようにそこここに飾られ、高い天井のくぼみはクリスタルグラスか宝石を数え切れずつなぎ合わせたシャンデリアから散乱する光に照らされている。


 会場のそこここに配置された弦楽器弾きがテンポの早い陽気な曲を奏でるなか、会場いっぱいの客たちはあらゆる有力者たちと挨拶をしようという意気込みを溢れさせながら濃い影をお供にあるき回り、微笑み、お辞儀しては扇の影で囁きあっていた。


 入り口に陣取った奢侈なお仕着せの案内人が客の出入りを管理しているようだったが、かれはじろりと客の身なりを上から下まで眺め、顎先で小さく会釈するだけで、招待者の名前も招待状も出さず出入りが可能であるようだったからこれは本当に招待状など建前に過ぎない催しであるようなのだ。

 それでも第二王子がそれに近づき、冬至の挨拶と寿ぎに冬至の妖精を連れてきた、と名乗ったその時には中に向かって厳かに声を張り社交界の重鎮の到着を告げる。


 わっと集まった注目の中なんでも無いことのような顔で第二王子はちいさく手を振り、さっと割れる人垣の間を悠々と歩いていく。

 スサーナは他の令嬢たちと一群の小魚の群れめいてその背を追いながら第二王子を見に集まってきた参加者たちを眺めた。


 華麗に着飾った貴婦人。初老のそこそこ位が高そうな貴族達。すこし着崩した格好の若い貴族、もしくは貴族子弟達。スサーナよりいくらか年かさで、一人で夜会に出られるようになった年齢の令嬢達。貴族達とは趣の違う流行りの格好をしているのはどうも気鋭の商人達で、それ以外にも市井のものと思われる男女達。

 ――さすがの人数ですね。確かに服装からしたらいろいろな方が居るみたい。

 サラはどこだろう。もうアブラーン卿は到着しているだろうか。招待客であるようだから来るのは間違いないのだ。


「突然押しかけてすまないね。冬至の妖精が足りていない催しを回って祝福を届ける慈善事業をしているんだ、どうだい、美しい妖精たちだろう?」


 ホールの真ん中の丸テーブルの側に陣取って談笑していた主催者らしい男性に歩み寄ったウィルフレド王子が親しげにかつ高慢に声を掛ける。

 小さく飛び上がるような動きすら見せた赤ら顔の男性は第二王子に慌てて深い礼を取り、気遣いに深い感謝を述べた後にわたわたと給仕を呼び寄せるようだった。

 酒盃を受け取りながら王子はぞんざいとも言える態度で連れてきた令嬢達のほうに手を広げ、わたしと一緒に来てくれた妖精さん達だよ、と紹介する。


 自分たちこそが王子の同伴者であるぞ、という自負に満ちた様子で少女たちが驕慢に華やかに胸を張るのに合わせてスサーナも同じように手元に持った籠を持ち上げる。

 それには出発の前にウィルフレド王子が用意してあった万年香マンネンロウの枝がたっぷり入っていて、それを渡すことで冬至の妖精の祝福がなされたということにするらしい。

 ――一人ひとり紹介するようなことはしないんですね。好都合。

 スサーナはそっとほくそ笑む。

 ここでミランド公の令嬢と紹介されて人に囲まれるというのもある程度覚悟はしていたのだが、この紹介のされ方なら――黒髪の隠し子の話はある程度広まってはいるに違いなくても――注目の度合いは多少は減るはずだ。

 好都合と言えば馬車に乗るときにも降りたあとにも王子が自分に注目するような様子もない、ということも好都合だ。ミランド公の娘にもあまり興味がなければ、自分があの日部屋に押しかけた娘だということにも気づいては居ないだろう、というのはこの状況ではとてもとてもありがたい。


 ――万年香を渡すというのもいい。これなら中をウロウロしていても怪しくありませんし、誰に話しかけても変じゃない。

 王子も連れてきた娘たちの監督をまともにしようという様子ではなく、多少端の方までうろついていった所で気にはされないだろう。もちろん他の令嬢達は彼の周りから離れないだろうが、元々この宴席に参加しているご令嬢達もちらほらと小さな万年香の束を携えていたり小籠を手にしていたりするため、そちらに紛れて一人だけ王子から離れて万年香を配っているという悪目立ちはしないはずだ。


 お誂え向き、というやつだ。

 スサーナは無垢なふうに微笑むと、近づいてきた者たちに万年香の小枝を渡そうとしているという様子を装って、こちらに目を向けた参加客に向けてててっと歩みだすのだった。

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