第318話 スサーナ、やむを得ず妥協する。

 優雅な歩みで令嬢達が集まる席の側までやってきたウィルフレド王子は少女たちが口々に挨拶をするのににこやかに返している。

 スサーナもいそいそと渋滞する少女たちの口上が固まるあたりを選んで実に無難に挨拶をしておいた。まずはとても注目されるという様子はなかったので第一関門はクリアしたのかもしれない。


 王子の正面を取りたがる乙女たちがわしゃわしゃと位置取りを競う間にスサーナはすうっと人垣の後ろで視線が通りづらそうなところに移動した。

 一通りご令嬢達が挨拶をするのを待ち、それから第二王子はなにやら楽しげに口を開く。


「実は、わたしが今日こっちに来たのはね、お嬢さん方にお願いがあってのことなんだ。」


 まあ、だとか、何でも仰ってくださいませ、だとか、色めき立ったご令嬢たちを見回し、ウィルフレド王子はそっとほどよくわざとらしそうな憂い顔をしてみせ、額に指先を当てる。


「そうかい? ありがとう。実はね、冬至の祝いの時期だろう? わたしも色々顔を出したいのだけれど、不甲斐ないことにわたしを導いてくれる冬の妖精さんに心当たりがなくてね……」


 冬の妖精さん、というのは冬至の妖精とも言う言い回しで、冬至の時期に祝い事にやってくる未成年者達のことを指す言葉なのだそうだ。どうやらその時期に訪れる少年少女は冬至の妖精とやらの化身として縁起物として喜ばれ、同伴者も歓迎される、というような慣習があるらしい。


 そうして彼は女性的にも見える長いまつげを伏せてふっとため息をついてみせ、それからぱっと目を上げて鮮やかな瞳をふっとみはって、実に人懐っこそうな表情で微笑むのだ。


「ほとほと悩んでいたのだけれど、母の妃宮には美しい令嬢達がいると気づいてね? 糸をも掴む気持ちで恥を忍んでお願いに来たのさ。わたしを哀れと思ってどうか今夜の同伴者になってくれる美しい妖精さんは居ないかなってね」


 ――う、うわあ、なるほど。これはわるいおんなたらし……

 完全に魅せられた顔で固まる少女たちの後ろでスサーナはそっと戦慄した。

 フェリスに似た、女性的な線の細さと同居するいたずらっぽい表情の似合う整った容姿。そこに浮かぶ表情の柔らかさと、くるくると変わる鮮やかさ。それで導かれる親しみやすさに、わかりやすくおどけたわざとらしさに滲む一匙の男性的な不穏さまで、全部がどういう効果を少女たちに与えるのかを計算した態度であるのだろう。

 ――ミアさんには刺さらないと思うんですけど、でもこれはなんというか会わせなくてよかったやつですよ……


「まあ、是非ご一緒させてくださいませ!」

「私も参れますわ!」

「わたくし、今夜はパーティーに是非出たいと思っておりましたの!」


 きゃーっとなる一同を眺める第二王子に、先程の貴婦人と、王子を発見したらしい別の貴婦人たちがすすっと寄ってくる。


「まあ、殿下、そのようなご用件でしたらサロンのほうにいらしてくださった時に仰ってくだされたらいくらでもご同伴いたしましたのに。」


 少し諌めるように肩をすくめた雰囲気で言った貴婦人の一人にウィルフレド王子はふっと目元を細めて微笑んだ。


「ぜひとも、と言いたいところだけれど、やはり冬至の祝宴となると、女神の化身ではなくて愛らしい妖精を伴うものだろう? わたしも一応王子だからね。国の伝統に従って、つつがなくと季節の巡りを祝ったり国の安寧を願ったりしたい気持ちもあるんだよ」

「あら、殊勝な事を仰っしゃりますのね?」

「まあ、素晴らしいお心がけですこと」

「ひどい人たちだな、真面目だよ?」

「そんなこと仰って、今宵はどちらに伺われるんですの? 」

「うふふ、美しい方が主催してでもおられるのではありませんかしら?」

「はは、困ったな、信用してもらうにはどうしたらいいのかな? そう、今晩はアルパッサ候のパーティーを狙っててね。是非に愛らしい冬至の妖精達を伴って、素敵な連れとしてただ酒を楽しみたいな、と思っているんだ。」

「ま、ほら、そんな魂胆ではありませんの!」


 少女たちを他所にさらっと粋めいた雰囲気な会話を集まったご婦人たちと交わす第二王子の言葉にスサーナはんっ? と短く息を詰める。

 ――第二王子、アルパッサ候のパーティーに行く予定なんですね……。

 この状態で自分がそっちに行ったら第二王子に注目されてしまうだろうか。いや、まず貴婦人たちにそこのパーティーにとねだる行為に別種の文脈が付いてしまうというのも考えられる。

 ――だからどうということもないと思いますけど……。

 流石に止められはすまいとは思うのだが、なんだか向こうで顔を合わせることになるだろうご令嬢達に妙な勘ぐりをされそうで少し面倒かもしれない。

 考える間に王子は貴婦人たちとの会話を一段落させたらしい。自分こそが同伴者にと名乗りを上げるご令嬢達に向き直り、楽しげに笑いながら思わせぶりになにやら思案するような仕草をしている。


「おや、そんなに名乗り出てくれるとは嬉しいな。こんなに美しいお嬢さんたちを引き連れて行ったならさぞ面目が立つだろうね。……そうだな、折角だから、どうかな。美しい冬至の妖精達、皆わたしと冬至の祝いに祝福を授けに行ってくれないか」


 まるでダンスに誘うような仕草で一礼するウィルフレド王子にご令嬢達の間からきゃあーーっと黄色い悲鳴が上がった。


「まあ、皆でですって。ショシャナ様はどうされます? ああ、私は行けるかしら。父が許してくれればいいけど……」


 一連の流れを半ば呆れたような半ば感心したような気分で眺めていたスサーナは横の位置に立った少女に興奮気味に話しかけられてんんっとなる。


「えっ、ええ。私ですか……」


 ――あっ、どうしよう。行く気がない、とここで言って別々に行くのってこれちょっと変になります?


 名乗り出た少女は大体4人ほどで、話の流れ的に一緒に行きたいと言えばおまけに連れて行ってもらえそうなそんな雰囲気だ。

 ――王子に気づかれるのも困れば、グラシア嬢も混ざっているのが少し厄介ですけど……

 ここで断っておいて向こうで鉢合わせするよりもここでひっそり混ざっておいたほうがよかろうか。

 ――集団の中のひとりとして連れて行ってもらえるほうが貴婦人方の誰かと行くより注意を払われなくていい、かもしれませんよね……


「そうですね、興味はありますね。」


 スサーナは一思案してうなずく。


「こういうことは人数が多いほうが楽しいものだからね。どうぞ一緒に。」


 特に声を潜めずに話していた横の娘とスサーナにウィルフレド王子から快活な声がかかる。スサーナは抜け目なくその少女とペアなのだぞ、というような顔をしてみせた。

 15歳組の一人で特に普段交流が深い相手というわけでもないが、こういう場合王子の目から見れば友人が行くから行くのだという風に振る舞ったほうがぱっと興味を引いたりしなくて済みそうだと思ったのだ。


 おやと言うような顔をした気がしたウィルフレド王子から目をそらしたいなという気がしたものの、頑張って何食わぬ顔で微笑む。


「あら、じゃあニナ様、一緒に参りましょう。皆ならきっとお父上にも許していただけますわ。」


 そのあと貴婦人の一人が同伴役として名乗りを上げ、支度をしてからまた集合し、妃宮から馬車を出す、とそういう方針で纏まった。

 結局第二王子と同行する令嬢は6人。最も年かさの二名を除いた、この日奥の間にいた全員だ。年かさの二名が同行しないのは適齢期のご令嬢らしくどうやら予定があったりしたようで、冬至のパーティーはいくつも顔を出すようなこともするので普通にそこに顔を出すかもしれない、というふうに笑っていたので向こうで顔を合わせる可能性はある。


 ――まあ……あの第二王子殿下が女の子の一人ひとりに細かく気を使うという気はしませんし、これはこれで良かったのかもしれません……ね?

 スサーナはやや偏見混じりでそう考え、あとの予定について算段した。

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