第139話 触らぬ貴族に祟りなし 6

 後から前に見た取り巻きらしい二人が入ってきて、先に居たピエリア侯令嬢は同じぐらいの貴族と思われたが彼らにも目下の礼を取る。どうも貴族の位とはちょっと違う女子内での階級みたいなものもあるのかもしれない。


「よろしくて、聞いて後悔なさい? 」


 中級貴族の少女たちが非常に勝ち誇ったような表情で胸を張る。


「こちらのお方はガラント公様のご令嬢、エレオノーラ様ですの。テオフィロ様のご婚約者であらせられますわ!」


 ――ああー、婚約者。そういうのが居るなら怒っても仕方ないか。難儀だなあ。

 思ったスサーナだったが、


「婚約した覚えはないのですが」


 エレオノーラ様とやらの短いため息混じりの声におやっとなる。


「ご冗談を! お家柄もお美しさもテオフィロ様と釣り合われるのはエレオノーラ様だけですわ!」

「ええ、それはどうも。」


 気がなさそうに言った彼女になんとなく光明を見出したスサーナだったが、目を上げたエレオノーラに厳しい目つきで見すくめられてぴいっとなった。


「婚約者ではありませんが、幼馴染のよしみです。テオの甘さに漬け込んで、うぬぼれて入るべきではないところに入り込んでくる躾のなっていない平民にはちゃんと立場というものをわからせて差し上げなくてはなりませんね。」


 ぱちん! と音を立てて扇が閉じられる。

 慌てて下級貴族の令嬢たちがスサーナとミアの腕や肩を抑え直した。


「学院は本来、わたくし達が賢者の叡智に倣い、王の牧者たるつとめを円滑に果たせるようになるための場です。先人の慈悲で下々にも知恵を分け与えんがために平民の入学が許可されているのは事実。しかし、浅ましく貴族に擦り寄って甘い汁を吸おうとする虫けらが許されているわけではありません。」


 彼女は鋭い目で二人をねめつける。ミアが物言いたげに唇を震わせたがなにか言う前に目ざとくそれを見つけた下級貴族の少女が口を抑えたので、むーっという空気の漏れる音を響かせるだけに終わった。


「本分を外れた行動をしている平民は学院の秩序をいたずらに乱すだけで何の益もありません。ただでさえ本来居るべきではない者がお情けで許されているというのに。その事はいかに愚かでも理解できるはず。 ……わたくしの一存のみではいかに恥知らずな虫けらとはいえあなた方を退学させることは出来ませんが、学院に意見書をお送りすることは出来ますし、わたくしの家も学院をより良い場所に保つためには力を惜しまず居てくれるでしょう。」


 スサーナは少女の言葉に再度微妙におやっとなる。なんというか予想より温和な内容というか、言っていることはだいぶ脅しなのだが、その内容はスサーナの予想よりもだいぶ常識的だったのだ。


 首を振ったミアが下級貴族の少女の抑えた手から脱する。


「横暴です! 浅ましいって、わたし――」

「お黙りなさい!」


 ピエリア侯令嬢(多分)がぱんとミアの頬を張り、勝ち誇った目をした。

 わざわざ昨日ミアが叩いたのと同じ方向のほっぺたを叩いているので、よほど根に持つタイプらしい。

 冷めた目でエレオノーラが二人のそのやり取りを見、それから口を開いた。


「ですが、わたくしも慈悲がないというわけではありません。まだ入学して一月、どれほどの寛恕をもってあなた達平民がここに存在を許されているのかを知らずとも愚蒙で無思慮な平民であれば仕方ない、そう言われればそうでしょう。」

「エレオノーラ様、お優しすぎます!」


 不服げに取り巻きらしい少女の片割れが叫んだのをエレオノーラは手の動きで抑える。


「イングリッド、今は黙っていて。」


 そして彼女はスサーナとミアの前まで進み出てきて二人を見回した。


「まずは謝罪をなさい。そして二度とこちら……貴族の学び舎と、テオ達……いいえ、全ての貴族子弟には近づかぬという誓いを立てなさい。」


 明らかに無理なんですが、とスサーナは内心突っ込む。どうやら彼女はスサーナがお嬢様達の侍女だということを認識していないと見える。まあ上位の貴族が下級貴族の侍女まで把握しているはずもないが、うんうんと頷いている下級貴族のお嬢さんたちはそのあたり思い当たってもいいのではなかろうか。そこまで考えて下級貴族のお嬢さんたちがド心酔している目をしていたのでスサーナはああうん、と諦めた。


「あなた達の愚行に心を痛めたナタリア嬢達が用意してくれたものがあります。」


 エレオノーラの言葉に応えてピエリア侯令嬢(仮)がいそいそと二枚の羊皮紙を取り出す。どうやら彼女の名がナタリアと言ったらしい。

 その羊皮紙には飾り文字で枠線や題字がすでに書き込まれている。ミアがすっと青くなった。


「退学届!? なんでこんなもの……!!」

「誓いを済ませたら署名なさい。あなた方が誓いを破ったと見たらその時はわたくし達がそれを提出します。」


 結構理性的なやり口だなあ、とスサーナは他人事のように感心する。

 というのもあまりに思春期女子正義臭がごうごうに立ち上っているからである。


 多分、これを本人以外が提出しても受理されない。その提出を行ったのが大貴族の子女であれそのはずだ。スサーナが調べた感じ学院の独立自治というのはさほどに強い。

 寄付金やらの差はどうにも覆りようがないので生活環境の整い方はだいぶ差があるし、住居は厳然と分けられているが、与えられる教育は同じ。適応される学則も同じ。あくまで学院内の明文規則にのみ則るなら貴族と平民は就学時間中は同格だし、いかに親の権威が高い学生が提出しようと退学届は本人が提出したものでなければ受理されない。

 もちろん委託を受けた代理人の規則もあるが、本人が否と言えば無効になるのだ。


 つまりその手段ではいかな平民とは言えスサーナたちを退学させられる権利は発生しないし、彼女たちが取る手段が学則に則った退学行為なら――彼女たちが学院の中の規律みたいなものに従って個人対個人でなんとかしようと考えているうちは一族に波及する心配は少ない。


 この問題において恐れるべきは学校外から学校外へのノールールご実家アタックで、スサーナはそこそこ警戒しているが、直接目の前にいる相手への殺傷行為ならまだしも流石にこの程度のことで遠距離に居住する平民家庭にわざわざ刺客を送って無体を働きに行く大貴族というのは常識的に考えるとそこまで居るようには思われない。

 貴族令嬢たちがなりふり構わず実家にお願いをするという事にならない限り――特に島にあるスサーナの家では――そこまでの危険性はないと言えるだろう。


 もう一つヤバそうな貴族ご実家から学内にいる学生へのアタックだが、学生に落ち度がないなら学院からは明確な処分は下りづらい。公的に出来るのはお気持ちの表明ぐらいで、公的な生命や尊厳のブレイクが出来るかと言うと無理がある。もちろん嫌がらせや重圧レベルでなら色々出来ることもあるだろうが、手間に対するリターンが充分あるとは思えない。非常な親馬鹿であるとしても天秤が釣り合わなければ流石に手出しはないだろう。無いと思いたい。


 直接暴力だけはいかんともしがたいが、スサーナに関してのみなら問題にならない条項であるのでここでは問題にしない。


 そして、どうもこの高位貴族のご令嬢は取られると詰む権力由来のダーティーな暴力手段を取る気はさらさら無いようだった。


 ――ええとこの子、なんとなくですけど結構に委員長気質なんですね……?

 秩序とか正義のためならその手段で通ると思っているところも、まず出してくるのが退学という現世利益とはちょっと離れた部分の話なのもそれらしい。

 スサーナは、早めにお嬢様達に当該の家がどういう家なのかを聞いておけばよかったなあと考えた。ミアのことでそういえばそれが後回しになっていた。上位の貴族は国政になんらかの席があると言うが、きっとなんらかの正義と秩序の関係の家に違いない。


 後は個人的闘争と根気比べで済むな、と判断したスサーナを他所にミアは真っ青な顔をしている。

 学則を深堀りしたことがあるわけでもない特待生のミアとしては退学届けを見せられるだけでショックだし、退学は恐ろしい単語なのだろう。そういう意味では13歳女子の取る示威行為としてはジャストの選択肢だったわけだ。

 突っ込んでやりたいが、ここでそれを言い出した場合もっと効率的な手段を取られかねない。スサーナはやや悩んだ。


「そんな、書けません! 第一わたしこんな風にされるようなこと、何も――」

「この期に及んでまだ言うのですか。みなさん、書かせなさい」


 スサーナたちを抑えるのに従事していなかった貴族の少女が進み出、羽根ペンをそれぞれの手に握らせる。

 筆跡を大きく変えてついでに綴りを間違えて書こうかな、などと思考したスサーナの横でミアが身を捩った。

 持たされた羽根ペンを投げ出し、持たせようとした下級貴族の少女の顔に怒りがのぼる。


「ミアさん、この場は大人しく……」

「いやだよスサーナ! あなた一方的に怪我させられかけたのにこんな人達の言うこと聞くことない! こんなの絶対正しくないよ!」


 ミアが叫ぶ。顔を赤くした彼女の腕を抑えた下級貴族の少女がミアの手首を取りひねり上げようとする。



「はいはーい、そこまでー。」


 その時、鍵がかけられていたはずの扉が開きいたずらっぽい声が響いた。スサーナは13歳の少女にしてはものすごい圧力を放っていたはずのエレオノーラがびくっと跳ねるのを見る。


「なんだーい、皆で一時間目サボりー? ボクも混ぜてよ~。」


 するりと入り込んできたのはフェリスだった。


「フェ――」

「レーナ、「フェリスちゃん」。」

「……フェリス様、何の御用なのですか。あなたが面白がるような事はなにもありませんよ。」

「フェーリースーちゃーんーー。それ以外の呼び名はノーサンキューだよ!ま、今はいいや。それなんだけどねー。レッくんがご用事なんだって! はーい、入っといでよー。」


 ばばーん、と言いながらフェリスがドアを開け放つ。その向こうに立っていたのは事の元凶だとスサーナが思っているテオフィロとアルトナル、それからスサーナが絶対何が何でも直接顔を合わせたくなかった人物であった。


 ――げ。レオ君……もとい、王子様!

 島で見たときよりもキラキラ三割増の雰囲気で優雅に部屋に入ってきた王子様はキラキラしながらエレオノーラに微笑みかけた。

 貴族の少女たちが皆ざっと姿勢を正す。


「エレオノーラ、おはよう。」

「レオカディオ殿下……」

「珍しいですね、真面目なレーナが一時間目からサボりだなんて。」

「申し訳ありません殿下。ただ、蔑ろに出来ない問題があったのです。殿下もテオになにか甘ったれたことを言われていらっしゃったのでは?」


 エレオノーラが優雅な礼を取る。スサーナはうわあやはり本当にこの相手は王子様なのか、とくらくらするような気分になった。


「テオには何も言われていませんけど、そうですね。レーナ、あなたが平民生徒に大変な迷惑を掛けられていると女の子たちに呼ばれていったらしいと言うことはいろんな方に聞きました。それで、どのようなご迷惑があったのかを聞きたいと思って此方に。」

「まあ、殿下。殿下のお耳を汚すようなことはなにもありません。これはわたくし達だけで解決すべき問題です。テオには言いたいことはないでもありませんが、殿下の前で申し上げるようなお話ではありません。」

「いいえ、ぜひ言って頂けなくては。」


 レオカディオ王子はにっこりと人懐こそうな笑みを浮かべる。


「なにせ、そこにいる平民たちは我が後見、ミランド公が後援して学院に入れた者たちなので。後見人の落ち度は僕自身の疵瑕です。」

「えっ、それは、それは――」


 エレオノーラが目を瞬く。ミアを抑えていた少女たちが熱いものに触ったかのようにぴゃっと飛び離れた。

 ミアもえっと声を上げかけたが頑張って口を閉ざした気配がする。

 入学式の日に転ばされた女子二人は目を見合わせたものの、なんらかの度胸は備えているらしく、つんとスサーナを見下ろしながら、まあ、そんな優秀な方にはとても、などと囁き交わしてみせ、スサーナをむしろほのぼのさせた。

 ――レオ君、じゃなかった、王子様、ものすごく大げさに言ってますね!? 良くないですよ、真面目な方にそういう針小棒大なことを申し上げるの!

 スサーナはミランド公に学費は出してもらっているはずだが、後援というほどではないだろうし、ミアも普通の特待生のはずだ。

 スサーナは内心考えたが、実に都合がいい状況なので何も言わないことにした。


「存じておりませんでした……」

「そうですか。レーナ、教えてください。どのようなことを彼らはしてしまったのです?」

「それは……わたくしも良くは……。彼らは高位の貴族に取り入ろうと許可がないと入れない教室に許し無く入り込み、浅ましい色仕掛けを試みてテオ達の勉学の妨害をし続けていると……ナタリア嬢、そうでしたね?」

「は、はい! ええっと、わたくし達も近寄れない演奏室に勝手に入り込んでいたのは確かです! その……」

「演奏室ですか? あそこは――」

「それは僕が頼んで呼んだんだよ」


 そこで後ろに控えていたテオフィロが苦笑しながら前に出てきた。


「まあ、テオ」

「レーナはアルと僕が何故親しくなったか知っている?」

「いいえ、そのことが関係あるのですか?」

「はい。我が国はウーリ領に木材の輸出を行っています。」


 アルトナルがテオフィロに続ける。


「それでね、クヴィータゥルフロンの質のいい材木を活かして父が新しく計画している産業が、楽器の制作なんだ。父は領を楽器の一大産地にするつもりなんだよ。もともと母のわがままで学院内に演奏室を私財で作るような事をしていた家だからね。金にあかせて集めた職人とノウハウを使うつもり。ただでは転ばないつもりなんだよ」

「……それで平民を? 演奏室に?」

「うん、彼女には新しい楽器の忌憚ない意見を聞かせてもらってた。」

「なんでわざわざそんな事を! どうせ神殿が主な顧客なのでしょうから神殿の楽師にやらせればいいでしょう?」

「神殿は駄目だよ。寄付金が欲しいものだから「全く素晴らしいです」しか言わない。素晴らしいと言ったって実際買うのは質の良い他国の楽器なんだから……。それに、輸送を経た楽器でなきゃ正確な判断は下せない。領内だけで完結させるのはうまくない、学院の教師待遇の楽聖達に先々関わりも望みたい、でも、まずは弾くのは一般の音楽を志す人がいい。元々そう思っていたところだったし……学院に持ち込んで特待生に弾いてもらうのは良い判断だと思ったんだ。……まさかそういう見方をされるとは思わなかったけど。女の子たちの考えることは予想がつかないな、先に何か言い訳しておくべきだった」


 白熱する貴族たちを他所にスサーナは完全に注目の外になったのをいいことにミアとコソコソと会話を始めていた。


「ミアさん、そんな事やってたんですか」

「うん、ごめんねスサーナ、説明して無くて。産業のことだから他言無用って言われてて……」

「いやまあそれはそうでしょうねえ……。でももっと早く仰ってたらこういう目には遭わなかったのではとは思うんですけど。」

「だって変な勘違いをされてそれが自分が頼んだことのせいだなんて嫌でしょ……。それに、楽器の改良に口を出せるのにその事でもうやらなくていいなんて言われたら嫌だったし……。」

「楽器の改良ですか……。」

「うん! 凄いんだよ。まだ一回だけだけど、ここが変じゃないかって言ったら目に見えて歪みが無くなるし、こうして欲しいって言ったところがちゃんと使いやすくなって……あ、でも今は言ったほうが良かったんじゃないかって思ってる。ごめんね、あんなことまでされるって思ってなかったんだ……」



 そしてしばし。スサーナとミアは少し頬を引きつらせたエレオノーラに向き直られている。


「そのような事とは知らず、迷惑をかけました」


 貴族らしく首こそ下げないものの、これで今後の意地悪は収まることだろう。

 どうもエレオノーラが主犯ということではなくてこの場で呼ばれてきただけの気配がするので彼女に謝らせるのも違う気がするが、一番威力があるのは彼女の謝罪であるので特に何も言わないスサーナである。


「いえっ、あのっ、わたし、もう高いところから花瓶を落とされたりしなければそれでいいです。」

「ですが、わたくしが平民の分不相応な行動を許したというわけではありませんから、その勘違いはしないよう……花瓶ですって?」


 ミアの言葉にエレオノーラが眉を寄せて口元を抑えた。


「あなた達、そんな事をしていたの」

「いえっ、致しません! そんな直接的なことをしなくてもただ追い出したいだけならいろいろやりようがありますもの!」


 ナタリアが急いで首を振った。後ろに控えた少女たちも同様である。

 ひどい言い草だなあ、と思いつつもスサーナは多分そうだろうなと頷く。彼女たちはその一例以外では直接的に心を折りに来ていたのだ。警告のない形でガチの危害が入ったのはあれだけだった。

 アレの方向性で行くならその前にちょっと人を頼んで殴らせるとか、たとえば水辺なら突き落とすとかとか危害レベルアップチャートを経てもいいはずだと思う。なにせ貴族とはいえ13歳の少女なのだ。振り切れるのも段階を踏まなければなかなか大変だろう。


「ほんとですか? スサーナが大怪我をするところだったんです。事務棟の三階から頭の上に水の入った花瓶を落っことされて、頭が潰れちゃうところだったんですから……!!」


「それは……」


 王子様が絶句する。スサーナはいやあ大丈夫だったんですけどね!!ともしょもしょ呟いた。


「うわあ、ヤバイことするやつがいるね、怖かったでしょ」

「フェリスさん! 苦しい!苦しいです! なんともなかったので! ほんとなんともなかったので!!」


 フェリスが同情顔でぎゅっと頭を抱きしめて来たので豪華なドレスで窒息しそうになったスサーナはしばらくジタバタして脱出する。


「レーナ、それは少し見過ごせません。あなた方の行動が誰かがそうする土壌になったとするならそれは良くないことだ。」

「心に刻みます」


 レオカディオが眉をひそめ、エレオノーラが悄然と首を落とす。

 スサーナは慌てて口を挟んだ。


「レッ、その、第五王子殿下!恐れながら、ええと、ガラント公令嬢閣下は今日はじめてこの件の話をお聞きになっていらしただけで、ええとこの件にも、なおさら花瓶のことにも関わりがないと思います」


 エレオノーラが少し驚いたような顔をして顔を上げ、ピエリア侯令嬢が逆に引きつったような顔をした。


「わ、わたくし達も花瓶なんか落としたりはしていませんわ!」

「じゃあなんでスサーナは怪我をしかけたの? 駄目だよスサーナ! 怒らなきゃ!」

「でも、おかしいな。」


 テオが首を傾げた。


「僕らは書類のことは使用人に全部やらせるから事務棟には近寄らないよ。わざわざ花瓶を落としにだけそんなところに登るかな」

「そだねー、貴族の生徒がそんなとこにいたらもうメッチャクチャものすごく目立つもんね。まあ聞き込みしてみてそゆのがいたら確定ーー! ってことでいいから楽だけどー。」


 フェリスが頷く。


「そう……なの?」

「ええと」


 スサーナはできるだけ目立ちたくないな、と思いながらそっと声を上げた。


「その、見ていた方がいらっしゃいまして。落としたのは男の方だったと……」

「ほらっ! 絶対違いますわ! わたくし達使用人に男性は連れてきておりませんもの、お調べになってください!」


 ピエリア侯令嬢が叫び、高位貴族の子どもたちと王子様はそっと目を見交わす。

 スサーナは最近敏感になってきたなんらかの面倒ごとが一つ増える予感を感じ取っていた。

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