第305話 スサーナ、キャパオーバーする。

「……――そうだな、ミランド公のご忠誠は疑いがない。ミッシィもあの方が尽力してくれたからこそ。」


 そう呟いた後にオルランドはうなずき、スサーナに目を合わせた。

 あ、いつの間にかミッシィさん本名呼びになってる、などと一瞬気を逸しつつもスサーナは優雅に微笑んで見せる。

 ほぼ完全に発作的なノープランの行動で、なにか心当たりがあるわけでもなく、事情を聞く大義があるわけでもない、というようなことは察されないようにしなくてはならない、と思う。

 ほんの少し冷静になった今ならしっかり着けるのもなかなか苦労する鬘をひっ剥いだのはちょっとやりすぎだったような気もするし、やや落ち着いた状態で常識的に考えれば「半月前に案内した魔術師」と一昨日の人物は別だと判断されるだろうという気もするのだが。

 ――まあでも、聞いておいて損はないですよね。本当にややこしい方面に関係がある話かもしれない。


「……説明させていただくけど、僕が教えたとは誰にも教えないで貰いたいかな、……本当は外の方にはしばらく止めてある話なんだ。」

「あら。もしかしてなにかお疑いが……? わかりました。誰にも申しません。ご信頼有り難く存じます。」

「いや、そうじゃないよ。恥ずかしい話だけど、余所とはあまり普段協調しないそうで。……父はそうでもないんだが、下の者達は面子だなんだ、とまあ喧しくてね。その絡みさ。まず自分たちだけで解決したいと思っているんだ。」


 僕のような外様からみると不要いらない対抗意識だと思うんだけど、無視もできない、と言いながら彼は脇にあるテーブルセットを示し、よければ座って。と言った。


「あの件に関係があるか、と言われれば僕には断言できない。ただ、ショシャナ嬢に話して問題が出るとは思わないし……もし外務に話が回ってもね。本来ならもっと連携していくべきだと父も思ってはいるはずだから。」


 ――これは、言下にお父様にお伝えしろと言っている……というか、そのために聞いたと思われてますね。

 人に言うな、でなく自分が言ったとは教えるな、ということはそういうことなのだろう。相手にとっても渡りに船だったということか。スサーナは増えた大義名分にほっとしつつ、てちてちと高い椅子に腰掛け、向かいに腰掛けたオルランドが口を開くのを待ち構えた。



 事が明らかになったのは一昨日の深夜なのだという。

 王の御座す王宮には古い時代に魔術師達の助力のもと作った安全機構がある。

 魔獣や悪霊の侵入を防ぐもの。古い時代に建設された出入り口の開閉。中枢部へは超自然の壁を生むことも出来、ごく一部に及んでは魔力の流れを操作することで魔術師や漂泊民などの神秘の力を弱め、封じることすら可能だと伝えられているという、「それ」の力が弱まっていることに寝所の護衛に入ったものが気づいた。


「わかるものなんですか」

「陛下の御寝所には常にその力が張り巡らされていて、見るべき場所を見れば分かると聞いたことがある。本当は細かに確認しなくてはいけないそうなんだけど……。今回わかったのは半分偶然、魔術師のあの道具の灯りを持っていたものが居てね。中で光が落ちなかった。」


 それは偶然で力が弱まるようなものではない。意図的な操作が必要で、それが出来るものは当然限られる。当代の王は特別な「鍵」でそれが出来る。それ以外にその仕組みに干渉できるのは魔術師である、と伝えられている。


「とはいえ、魔術師も手当り次第にどうかできる、というわけじゃなくて……説明しづらいんだけど、動きを変えるためには決まった風な場所と手順で儀式を行わないといけないらしいんだ。しかもその場所は時折変わって……陛下のご指示でどこをどうすればいいかは知らされる。」

「もしかして、半月前に案内せよと指示があったのは……」

「そのルートだね。」

「いいんですか!? ほいほいそういうものの指示書きを下級侍女に渡して!? 別の下級侍女からぱっと受け取りましたよ!? その者も下級の文官からと言っていましたし……!!」

「本当は良くない。軽んじられてきたことは確かだよ。ただ普段なら文官や侍女が知ったところでどうということもないわけなんだけど……」


 ともあれ、当代の統治になってからは「王宮を守る衛兵の意気は軒昂であり練度も高い、あんな物に頼るなど」という武門貴族達の声も大きく「王をお守りするのは王の臣民で十分、魔術師達の力など借りずとも良いのでは?」という空気もまた色濃いとはいえ、王宮の守りが弱まったというのは大きな問題となる。

 すぐにガラント公麾下の騎士団に、そしてオルランドに話が周り、調査が行われた。

 その結果、魔術師らしき人物の目撃証言があった。何者かと同行しており、そして下級侍女らしい娘に案内させているようだった、と。


「それで、下級侍女の統括の文官に『近々に魔術師を案内したものに心当たりはないか』と問い合わせたところ、紆余曲折あって」

「私にたどり着いた……と。」


 頷いたオルランドにスサーナはなるほどなあ、と納得する。


「つまり、一昨日の件は統括の方には心当たりがなかったんですね。」

「そうだろうと思うよ。少なくとも公的な形を装って命じたと言うような形跡は……このぶんだとなさそうだ。文官、でなければ侍女に案内されていないと違和感があるし手隙のものを見繕って使ったのかもしれない。」

「先程のご質問の内容からすると、案内した下級侍女が見つかるのにだいぶ期待がありました? 」

「恥ずかしながら。魔術師が伴っていた人物と会話の内容が断片的にでもわかればだいぶ違う。」


 迷惑極まりない話だが、そのおかげで偶然この事を知れたのだ、むしろラッキーだったとすべきだろうか。

 ――多分、知ったらお父様はお喜びになる案件ですよね?

 スサーナは思い、しかし、と考えを戻した。


「しかし、その魔術師の方は一体何を思ってそんな事を……」

「魔術師が何を考えているかなんてわかるはずがない。でも、ろくな意図ではないことだけは確かだな。祝賀の会の際の襲撃、あれは王族の方々が守りのある王宮から出たのを狙って行われたことだろう。王宮の守りが弱まったというのは同じことが王宮の中でも出来るようになったということだ。襲撃者を利する行為だということだけは間違いがないよ」

「そうでしょうね。」


 わからないのはそこだ。魔術師がそんな国家転覆の企てめいたものに力を貸してなんになるというのだろう。

 多分、やろうと思えばあのひとたちはもっと直接的に破滅的なことが出来る気がするし、王宮魔術師などといって明確に王権に力を貸している。……もちろん、個人では意見が違うひともいるのかもしれないが。


「一度守りを高めてみせたあとで力を弱めるというのも質が悪い。多分それで油断すると踏んだんだろうけど」


 思案するうちにオルランドの呟いた言葉にスサーナはんん?っとなる。


「いえ、いえ、待ってください。まるで半月前にご案内した方が一昨日の犯人みたいな言い方をされますね。多分違うと思うんですが……。」


 相手が言い終わっていないというのに口を挟んだのはだいぶ反射的だ。行儀の悪い態度だったが、ありがたいことに彼は特に気にしなかったらしい。


「同一人物で間違いないのではないかと思うよ。普段王宮に関わる王宮魔術師は女性なんだけど、半月前に現れた魔術師は男だったらしい。ショシャナ嬢、貴女が案内した魔術師はそうだね?」

「え、ええ。それはそうですけど……。」


 急に歯切れが悪くなったスサーナを不思議そうにオルランドは見る。


「顔を隠した男の魔術師、と聞いてる。それは王宮魔術師の門下のものだと通達があったそうだけど……一昨日の目撃情報も。顔を隠した男だった、と。」

「いえだって、そんなあやふやな……。いくらでもいそうじゃないです? それだけの説明だと……」

「魔術師は無から生えてくるようなものじゃないからね。そうそう簡単に姿を見せるものじゃない。普段姿を現す魔術師以外の魔術師が現れた、二度とも同じような姿の……なら同一人物だと踏むのが自然だと思う。」


 ――それは推理小説とかのセオリーだったらそうかも知れませんけど!!

 スサーナは内心叫んだ。覆面の人物が偶然同時多発にいっぱい現れたりしない、というやつだ。それで現れる場合はメフィスト賞とかそういうジャンルのやつ。

 でも、なにか意図があってやってくるなら顔を隠すこともあろうし、魔術師さんたちも肉体のつくりは男性と女性の二種類で構成されているっぽいので、それはあまりに乱暴ではなかろうか。

 一旦そこは切り離して考えられるだろう、と思ったせいか、違うのは自明だろう、とまず思ったせいか。ぱっとうまい説得の言葉が浮かばない。スサーナは目を白黒する。


「それに、先程言った通り……「どうすればいいか」は時折変わるんだ。頻度やどう変化があるかは流石に僕はわからないが。操作できるなら、それは直近に来ている魔術師が怪しい。」


 更にね、とオルランドは静かに言葉を続ける。


「王宮魔術師当人が裏切る、というのは流石に無いとは思う。ただ、その門人となると信頼できるものか……実は怪しいんだ。……昔、30年ぐらい前にも魔術師が国に背いた例はあるらしい。それも王宮魔術師の門人だったと。」


 なんだろう。もしや客観的に見て、絶対に違う、と断言しきれないような判断材料が提示されたりしてやしないか。これは。完全に否定できるようなこと、だと思うのに。

 スサーナは予想外の事態に足元を掬われたような気分になっていた。

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