第306話 スサーナ、もっとキャパオーバーする。

「ううん、ええと……」


 スサーナは唸る。

 ――いえ、ええと、落ち着いて考えましょう。とりあえずやるべきこと……。

 とりあえず説得材料もなしの状態で潔白を強弁しても意味はない。

 思わずオルランドの予想する犯人像に反対意見を差し挟みたくなったものの、スサーナは抑えて話を戻した。


「予想、は、ともかく。そうですね。誰か案内したものは居ないか、それとなく下級侍女たちに聞いてみます。偉い人には話すなと言われているかも知れませんし。」

「ああ、それは助かる。」

「お父様にもうっかり口は滑らせておきます。ただ、もしお父様がその件をお聞きになった場合ですとか、その後どうお動きになるかは感知できませんので、申し訳ありませんがそう思ってくださいますと。」

「それこそ当然さ。ありがたいよ。」

「ええと、あと、その、守護の結界……? と言うべきなんでしょうか、王宮を守るものの効果がないのは大変なことだと思うんですけど、なにか対処とかって出来るんでしょうか?」

「ああ。とりあえず王宮の中の衛兵と傍詰めの騎士は増員する。王宮魔術師に召喚をかける予定だが……魔術師の判断はわからないからね。万が一のこともある。後は陛下のご判断次第で……もしかしたら立太子の儀は遅れるかも知れないな。」


 ――ええと、私情を除くとええと、「警戒しなくてはいけないことが一つ増えた」「襲撃者に都合がいい状況が一つ増えた」ですよね。

 スサーナはちょっと空回りしそうな思考を抑えて頭の中で呟く。


 良からぬことを企んでいる人物がいる、ということもその疑いが知り合いに掛かっているというのも問題だが、現状、疑いを晴らす手段は自分にあるかと言われれば多分無い。

 となると出来そうなことは主体となる事態の解決を図ることだ。黒幕が捕まればまあ、後は些細な問題でもあろう。

 自分がやるべきことは変わらぬはず。

 大人の立場では集めづらい情報を実際に動く人たちに渡すこと、それからやはり大局で動く人たちには取りこぼしやすい部分のフォローをすること。

 他の下級侍女たちの証言でついでに疑いが晴れるなら僥倖なのだが。


 ――だから、だからええと。今の時点で「犯人じゃないと思う」なんて変に口出しすることは良くないですよね。納得してもらえるようなお話はできませんし、なんに寄与するわけでもない。


 スサーナはそう唱えるとそれ以上余計なことを言うのはやめて、鬘をつけ直したいので外廷で待たせている侍女を呼んでくれないか、とオルランドに微笑んだ。


 頷いたオルランドが手近な使用人を呼びつけ、しばし。

「お嬢様がお呼びです」という伝言を受けてやってきたミッシィは部屋の主を見てキョトンとした顔をする。


「あら、オルランド!」

「ミッシィ!?」


 ぽかんとしたのはオルランドも同じことだ。見つめ合う二人が二人だけの世界に入らないうちにスサーナは待っていた衝立の陰からにゅっと首を出し、ミッシィに鬘をつけなおしてくれと声を掛けた。


「まあ、これってどういうこと? ちょっとオルランド、いくら貴方でも大恩あるお嬢様に酷いことしたら怒るわよ?」

「ミッシィ、誤解だよ!」


 腰に手を当て、愛らしいぽってり眉を最大限逆立てたミッシィにオルランドがたじたじになる。スサーナは恋人たちの関係に亀裂が入る前にちょっと変装を解いたほうが話が早かったので、と誤解の払拭に努めたのだった。


 椅子を借り、ミッシィに鬘をつけ直して貰う。

 彼女の言う通りに首を上げたり下げたりしながらスサーナは手持ち無沙汰に考えなおす。

 ――対処……これでいい、ですよね?


 ――まず多分、疑いの払拭とか名誉回復とかそういうのは……王宮魔術師さんがしてくれそうに思いますし。

 王宮魔術師さんはこちらに関わる理由があるひとで、多分王族に聞かれたら返答ぐらいはするのではなかろうか。第三塔さんは彼女の弟子なのだし、呼ばれて事情を聞いたなら多分そのぐらいの説明はしてくれるだろう、と思う。


 それに、平たく、身もふたもないことを言ってしまえば。

 容疑者を誤認して困るのは、どう考えても純粋に「こちら側」だけなのだ。

 大人たちの推理とかに影響が出たり、なにか手間や警戒が増えたりする、もしかしたら的外れになる、という問題。それも王宮魔術師さんが呼び出されるなら解消するだろう。証言があるだろうし。手がかりを探す魔術的手段ぐらいありそうな気もしなくもないし。

 さらにだ。魔術師さん達のルールはよくわからないので少し怖いものの、もしも疑いが晴れなかったとしても、魔術師が常民に疑いをかけられたところで多分どうもなりはしないだろう。

 魔術師さん達側から突き出されるといういまいち考えづらいことさえなければ、一体こちらに何が出来るというのか。処刑とか拘束とか、出来る可能性があるんだろうか。いやない、と言ってしまって良い気がする。

 だから、疑いをかけられたのが第三塔さんであったところで――なにか見知らぬ魔術師Xが犯人と仮定される場合と変わるのか、と言うと、何も変わらない。はずだ。スサーナの気持ちがいくらかもやもやした程度。


 それに、墓穴を掘る、ということもある。下手に触った結果変に注目されて魔術師さん達的には普通の怪しくないところを怪しいと思われたりしたら良くないし。

 変に身の潔白を調べよう、なんてことをすると、そういう問題が出てきかねない。


 ――お手紙を出すことは出来ますけど。

 王宮の防護をどうにかした実行犯の疑いがかけられています、とお手紙を書いたところで……いったいどうしろというのか。特に返事をしてくれる義理はよく考えてみたら無いし、潔白を証明する義務も無い。

 それに。

 スサーナはミッシィが自分の髪を手早くまとめ、鬘を固定していきつつ明るい声でオルランドと会話しているのを聞きながら伏せていた目を閉じた。


 ――変に藪を突付くの、ちょっと、怖い。

 99.99%無いと思うのだけれど、もし、万が一があったら。


 肌感覚でわかることがある。

 魔術師さん達は王族を尊重はしているが、その理由は多分、なにか常民とは違う理由だ。国の平和とか、王への崇敬とか、そういうものが重要というわけではない気がする。

 もしかしたら、万が一だけどもしかしたら、襲撃者のほうが味方すべき相手だったりすることもあるかもしれない。


 少なくとも島の時点では、ヤローク貴族に関わりのあった者たちには魔術師の仲間は居なかったはず。居ればあんなやり方での再装填はしなかったはずだから。

 魔術師でないと操作できないらしい王宮の防護が弱められた、という事実。


 魔術師という存在が一体何を重要視するのか、一体何を考えているのか。島に育った身であっても、結局なにも判っていない。


 絶対にそんな事するはずがない、と言いたくてもよく考えたら根拠など無いのだ。ただそう思いたいだけ。

 ――でも、敵対するなら演奏会のときに助けてくれたりするのは理屈が通りませんし。

 杞憂ですよねえ。

 スサーナは断言できない不安をなだめながらそう胸の内で呟いた。




 ◆  ◆  ◆




「はい、出来た……あら、お嬢様? お嬢様、寝ちゃった?」

「きっと疲れておられるんだね。エッレと同じ年……まだまだ子供なのに第五王子殿下をお守りする任についているとは。驚いたよ」

「お嬢様はすごいのよ。アタシもお嬢様のおかげでここにいられるんだから。」

「そうだね、感謝しないと」


 会話の気配にスサーナは目を開ける。

 起きていますよ、と言おうと目を上げるとラブラブカップルがいちゃついている現場を目にしてしまったので慌てて目を閉じ、キスシーンが終わるのに十分なぐらい待ってからいかにも目覚めかけのように、う、ううんと声を上げた。

 ぱっと距離を取る二人に生暖かく微笑ましい目線を向けた後にぐっと伸びを一つ。


「さて、私はもうすこし下級侍女のほうをやってから戻ります。ミッシィさんどうします?」

「えっ、ええ、じゃあアタシも待てる場所に戻るわね」

「すみません、このまま休暇を差し上げられたら良いんですが、ミッシィさんには屋敷に戻ってまだ頼みたいお仕事があって。年末にはお二人で過ごせるよう取り計らいますね」


 なにやら頬を染めて慌てた様子のミッシィにそう声をかけると、執務机の方に戻ったオルランドがごほごほと咳き込むようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る