第250話 偽物令嬢、暗躍を試みる。

「ほーほほほほ……うーむ。ほほほ? ほほ……けほっ、けほっ」

「何をやってらっしゃるんですか季節外れの鶯か棒読みの鳩の鳴き声のような声を立てて」


 スサーナが部屋で高笑いの練習をしていると、よくわからないものを見かけたという困惑を声に滲ませつつ、庭からレミヒオが入ってくる。


「あ、レミヒオくん。お呼びたてしてしまって申し訳ありません。」


 びくっとしたスサーナは急いで振り向き、レミヒオを迎え入れた。

 日中セルカ伯が来ていたのを良いことに、付き従っていたレミヒオにそっと声を掛け、後で話がある、と来てもらったのだ。

 彼は魔術師の認識欺瞞の付与品をこだわり無く使うので隣の部屋に侍女たちが控えていてもあまり気にせずに会話できていい。


「いえ。セルカ伯も王城に戻ったので、僕は帰るだけでしたから。それで、今のは?」

「引っ張りますね!? ええと、高笑いの練習……的な?」

「高笑いの練習……?」

「……まず形から入ってみようかな、と言いますか、必要になる時が来るかもな、と言いますか……」

「すみません、なんの形? それが必要になる局面が全く想像がつかないんですが……?」


 スサーナはすうっと目を逸らした。

 ノリでやった行動を人に見られているというのはなんとも説明がしづらい。それが説明しても一切共感がない事柄であればなおのこと。

 まあいい。高笑いスキルはどっちかというと悪役令嬢よりも悪の女魔導士とかのアレかもしれないし。ボンデージを着れなければ出来ない高等技能なのかも知れない。余計一切共感が発生しそうにない益体もないノリ100%の思考をひとつ脳裏に浮かべ、スサーナは聞いてみたら余計わからなくなった、という顔のレミヒオを誤魔化した。


 あれからまた数日。ミッシィにうわさ話を聞いてきてもらったり、お疲れのお父様を労ってみたり、ネルに街中に出てもらったりしながらスサーナがなんとなく外形をかき集めてみたところによると、どうも今、王都を守護する騎士団達は「治安を騒乱する集団、集会」なるものに警戒をしているらしい。

 他、神殿を介さない宗教行事、個人宅で行うようなものに対して警吏が気にしているとかいう話もある。ミッシィが聞いてきた噂ではそういうものについて根掘り葉掘り警吏に聞かれた、という話が出ていると。


 同時に、あの日刺客に混ざっていた中に騎士が数人いた、ということ、その人達は三年前ぐらいに騎士団の配置換えがあった人たちだった、ということにはネルが簡単に行き当たった。

 彼らの名前にはミッシィが心当たりがあった。

 騎士団員が邪教とやらに汚染され、傾倒した、という事件。その内偵の最中にミッシィが情報を対立貴族に漏らしたことでガラント公が騎士団汚染の責任を問われることになったという出来事があった。

 その中で、邪教に関わった騎士団の分隊に所属していたメンバーの名だ。

 邪教に傾倒していたという騎士は辞めさせられたが、彼らはそこまでの汚染はないとして配置換えになった、という。

 ヤロークとの繋がりはその後ヤロークの走狗となったあとでもミッシィは知らされていない情報だったが、転職の恨みで三年置いて王族の命を狙った、と解釈するよりもその邪教とやらが何かヤロークと王族を殺したい人間と関わりがあった、という方が素直だという気はする。


「ええ。実のところ……。私、何方かに命を狙われている、ということは知っているんですけれど。その何方かが一体どんな方で、どういうふうに命を狙ってくる可能性があるか、というのは存じていないんです。ヤロークに関わりがあるんでしょうが、それだけではないんですよね?」

「はい。」

「それって、体験してみるととても落ち着かないものなんですよ。ですから、とりあえずお父様達がなにを危惧していて対応しようとしているのか、みたいなことを調べてみようと思いまして。」


 スサーナはとりあえず呼ばれた理由を説明してくれ、というレミヒオにそう聞かせる。


「……というわけで、私の命を狙っていたり? 王族の方々を殺そうとしていたりするのはその邪教? の方々なんじゃないかと思って。」



 誰かが自分と友人を殺そうとしている、ということだけを知らされて、守ってもらえるからあとは普通に生活して大丈夫だよ、と言われて普通に生活できるほどスサーナの肝は太くはない。

 田舎にいたうちはまだマシだったものの、王都に来てからは目にする大人たちが日に日に疲弊していくし、雰囲気がピリピリしている気がするものだからなんとなく我慢しづらくなってきたのだ。


 護符も戻ってきたしネルも護衛についている自分をそう簡単に殺せるとは思っていないものの、実家が探し当てられるかもしれないのは恐ろしいし、レオくん達王族の皆様は心配だし、「ミランド公の隠し子」の自分は明確にターゲットになっていないだろうと予想できても、何処かから殺したいほどの悪意を向けられているのが確定というのはあまり気分がよろしくない。

 それはストレスも溜まって「悪役令嬢デビューしたときのための高笑いの練習」とかをはじめてしまうというものだ。


「それで、レミヒオくんはセルカ伯にお仕えしているわけでしょう。うまく伝か何かを辿ってなにか情報を調べられないかなあ、と思いまして。」


 現状、スサーナがこの世界で一番触れづらい情報は「公的な場所に保管されている機密情報」だ。

 なにせスタンドアロンにもスタンドアロン。複写が認められていないものなら、綴じられた羊皮紙の冊子一冊の中にしか無い、ということはザラにある。

 噂と誰かの主観事実、状況証拠へはだいぶアクセスできそうだ、と当たりをつけたスサーナだが、その手の情報へは触れられる立場の人間でないとどうしようもない。


「ええと、スサーナさん。それを調べてどうされるんです?」

「うーん、とりあえずは知りたいなあと。」


 すこし目を鋭くしたレミヒオにスサーナは首を振る。


「さっき言ったとおり、何もわからないというのは怖いので。……何か途中で良いことが解ったらレミヒオくんからセルカ伯に教えていただければとも思いますけど。」

「……ご自分で下手人を倒しに行こう、とする、とかそういうことは……」

「しませんよ。だって、王家に関わるようなお話でしょう。」


 そうですか、と少しホッとしたような顔でうなずいたレミヒオにスサーナはこれはそういう事をすると思っていたな、と少し半眼になる。

 まあ、国の調査機関を信じて祈って待つ、ということをせずに別方面のアプローチが出来そうな人を動かして備えよう、とかしている時点で余計なことはしているのかもしれないが。


「でしたら。……国の機関が調べているのは確かに3年前の事件に関わりのある邪教だそうですよ。」

「あ、やっぱりご存知だったんですか。」

「ええ。セルカ伯も一応それに関わっていますし。」


 レミヒオが言うのを聞くと、その邪教とやらはラフェンネ商業神の下位神を奉じている、という建前の集団で、三年前、ミッシィの主人だった貴族が事半ばで糾弾の俎上に上げたせいで色々と関係や責任の在り処が混乱したまま、拠点に踏み込んで教祖を捕縛することでそれ自体は終わった、という形になった、ということだった。


「それは……なんとも。つまり、ずさんな処理だった所為で残党とかがいる可能性がある、みたいな?」

「ええ。演奏会の際に謀反を起こした騎士は今に至るまで繋がりがあったのではないかと疑われているそうです。」


 やっぱりなあ、と頷いたスサーナにレミヒオはやれやれと小さく手を上げてみせる。


「当時はそれで一旦終わった事になっていて、騎士団内部の醜聞から火の粉が飛んだ責任問題の方に当時の関係者が注力せざるを得なかったような案件だったそうですよ。そういう事情ですからね。当然糾弾した側も後ろめたい話ですし、ガラント公の派閥の方でも済んだ醜聞を今更掘り返す、という印象も強いようで、いい顔をされなかったり、騎士団の皆様も口が重かったりするそうで。それに、元々特務騎士が調査するような所ですから、貴族が関わっているような疑惑も当時持たれていたそうで……。色々調べづらいそうですよ。」


 ミランド公外務卿ガラント公王軍長の旗下の方々が協力して捜査しているそうですが、あちらにしてみれば当時たっぷり顔に泥を塗られた案件ですし、外務が口を出してくるのも面白くない、だとか緊密な協力にも支障が出ている……というような話をセルカ伯が愚痴ってました、という話をしてレミヒオは肩をすくめた。


「つまり……セルカ伯とお父様が死にそうな顔をしておられるのは、どちらかと言うと政治案件……?」

「偉い方の仕事はそういうものでしょう。国というやつは大きくて重くて大変そうですね」

「王族が関わってるような事柄なのに、いいんですか、そんな事で」

「僕にはそのあたりの思考はわかりませんけどね。事態を軽く見てるんですよ。どうせならあの日スサーナさんじゃなくて王子の誰かでも腹を破られていれば…… っと、すみません。」


 嫌だなあ、とスサーナは半眼になる。

 政治というのはたいがいややこしく、いろいろな所の利害や面子が絡んで簡単に解決しなかったりするのだ。

 話を聞いたあとでレミヒオに詳しく聞き直してみると、その邪教の調査、ではなくて、調査の過程で掘り返されるのが嫌な人たちが横槍を入れてきているのと、当時にいい思い出のない人たちが他所の部署が関わってくるなんて、といい顔をしていない、というのがお父様その他の人たちの疲弊の原因らしい。

 そんな理由で解決が遅れているだなんて、被害者候補としては非常に愉快ではない。


 ――3年前中途半端に終わった未解決事件、みたいなのに今回の下手人の人たちが関わっていて、それで3年前の事件を調べ直す過程で色々揉めている……と。


「あ。……レミヒオくん、邪教について調べている、って、具体的にはなんについて調べているんです?」


 眉をひそめて、それからふとスサーナはぽんと手を打った。


「なんについて、って……ええと、そうですね。まずは当時の参加者、詳細な行い、現存しているか……。調べたいのは演奏会の事件に関わりがあるかどうか、演奏会の事件の黒幕との関係、後はアジトの場所とか? 大体そういうことでは?」

「現存するか、というところからなんですか?」

「ええ。どうやら。」


 スサーナはうなずく。

 ふと思ったのだ。政治で揉めているのはどちらかというと外周の部分のようだ。


 政治のややこしさに一瞬水曜21時系の刑事ドラマのBGMが脳内を流れたのだが、こと事情が王家に関わることだ。別に教団的なものに踏み込むのに調査による裏付けや正当性が必要とかそんなことはない。別に当時の何を詳らかにする必要もない――話の感じ、政治で揉めているのは直接の何かではなく、付随して出てくるような後ろめたかったりするなにかであって、仮称テロ組織に関わった人間の隠蔽、とかそういう緊急のことではないようなので――。


つまり今政治で揉めている調査部分は調査として一番最初に必須かと言うとそうではなさそうだ。「まずは見えているそこから手を付けた」「そしたら不都合がある人が文句を言ってきた」という形とすると、後でゆっくり出来たりしなかろうか。


 とりあえずまずは「現存するのか」。そこからレベルの話の様子。

 ――つまり、現存がはっきりしたりしたら、調査が進んだりしませんかねえ。

 まず政治に引っかからずとも、別ルートのアプローチが十分可能なのではないだろうか。なし崩しというやつだ。


 ラフェンネ信仰の邪教。であればもしかしたら自分が手を出せる事があるかもしれない。スサーナはちょっと思うのだ。

 貴族や騎士が思いつかないアクセス手段がある系統だったりしないだろうか。いや、多分特務騎士とかその手の調査機関には商人の協力者とかも居るのだろうけれど。


 ――潰しに行く、とか下手人を倒しに行く、とかそういうのよりまだ捜査を混乱させたりしないですし、手を出してもまだ問題ない範囲なのでは?

 調べて、教える。それだけにとどめれば政治とかの方面でややこしくなる、ということもない……と信じたい。誰かに思惑があるとしても、まあセルカ伯とミランド公の意向さえ押さえていればスサーナの損になるということもあるまい。


「とりあえず、その邪教について詳しいお話をちょっと聞いてみたいなあ、なんて思ったりするんですが。どういう信仰でどういう事をしていたか、とかそういうことってわかっていたりするんです?」


 ねだったスサーナに、ああ、この子また何か思いついたな、という顔をレミヒオはする。

 先程までと裏腹に、娘の自分を映した夜空のような目がなにやら輝いている。

 何をするつもりか知らないけれど、多分止められないんだろうなあ、と彼はそうっと遠い目になったようだった。

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