第308話 スサーナ、さらにきりきりまいする。(読み飛ばして特に問題のない話)

 ミッシィに聞き込んでもらった話を聞く。


 彼女によれば、明日はアブラーン卿はアルパッサ候のパーティーに招待されているらしい。連日養女の紹介をしているようなので、サラも一緒だ、ということはほぼ間違いないようだった。


「お金遣いが荒くって派手好きなお貴族様よ。明日のパーティーも完全に出入り自由ですって。そう言う意味では目立たなくっていいけど、お嬢様みたいな子が出入りするにはちょっと心配よね」


 今の立ち位置になるにあたって貴族名鑑はだいぶ覚えさせられたものだが、なにしろ貴族というやつも数が多いために候ともなると「おもだった」家か、ミランド領と関係がある家かお父様と政治的関係がある相手の関係、でなければ政敵ぐらいしかしっかり記憶していない。そのうえ続柄と領地と称号あたりしかその手のものではわからないものだから、ミッシィの生の情報はありがたかった。

 ――そう言う立場の方ってことは、セイスデドスの顧客の方なのかもしれませんね。

 泥縄でもセイスデドスについて知っておいたほうがいいだろうか、とスサーナは思う。多分怪しいのはアブラーン卿やレブロン卿の個人ではなくそこ全体、もしくは彼らが属しているそこの派閥だ。まあ多分お父様がしっかり洗っているのだろうけれど。

 何が心配って俗っぽいのよね、あんまり品がない人間も一杯呼ばれてるし混ざりやすいってわけ、おかげで調べやすかったけど、と肩をすくめたミッシィにスサーナは笑ってみせた。


「多分大丈夫だと思います、教育に良くないものを見るなとはお父様も仰らないでしょうし」

「お嬢様ならそうでしょうけど、ねえ。」


 出会った頃にはご同輩……つまり、若手の娼婦扱いをして、普通にその手の会話やらにもスサーナがついてこられることは確認済みのはずなのに、なぜだかいつの間にか認識を大いに改めていたらしいミッシィがなにやら不満げな声を上げる。


「それで、セイスデドスの家柄の方が他に急に養女を取ったような話はあります?」


 それはお嬢様がとても頼もしいのは確かだがあんまり下卑たものを相手にするのはいたく問題を感じる、ということをぶつぶつ言っているミッシィにスサーナは構わず次の質問を投げた。


「ええ。お嬢様が気にしてる子以外は二人かしら。お嬢様の気にしてる子とあと一人は親類の孤児を引き取った、一人は隠し子を認知した、っていう感じ。でも貴族っぽいのは最初の子だけね。残り二人はいかにもって感じらしいわよ。適当な農家か孤児院から拾ってきたって丸わかりだそう。」


 そして引き取り手達もそう思っているらしく、一番周到にお披露目やらをしているのは「貴族らしく見える娘」サラだ、という。


「ともかく、乙女探しに全員一口噛もうとしているみたいだからその用途で取った養女よね。ただ、その子以外はよっぽどの奇跡が起きて王子様が一目惚れでもしない限り可能性がありそうにない、って感じみたい、って噂。」


 どうやらサラの本来の家柄については広まっていないようで、アブラーン卿はサラについてはそれなりに思わせぶりに箔をつける方向で振る舞っているらしい。

 ――んーむ。意図は――選ばれやすいように? でしょうか。それはそうか。選ばれそうな演出は多方面に盛ったほうが得ですよね。しかし、サラさんの実家、バレてないんですね。

 曲がりなりにも下級貴族の娘、元の知人なんかが居たりするのではないか、と思ったが、社交界に出る予定のない下級貴族の六人目の娘となるとわからぬものらしい。下級侍女でも身の上話をするぐらいに親しいのはスサーナぐらい、となると、侍女の推薦書きを見た文官ぐらいしかサラの身元はわからないし、その人だって顔と名前は一致しないだろう。下級侍女の娘たちなら顔を見ればわかるかもしれないが……どうだろう。スサーナ自身の変装ではないが、髪と化粧が変わるだけでだいぶ印象はかわるし、顔をじっと注視し合うような距離で日中長時間過ごしているのももしかしたらスサーナだけなのかもしれない、とも思い当たる。いやまあ、そのあたりは偶然だろうが。

 ――人の身元、案外簡単にあやふやになるものだなあ。

 なんとなく自分の身の上も合わせてスサーナは感嘆した。


 隠し子だなんての、誰も信じてやしないわね。面の皮が厚いったら。と言ったミッシィになるほどと思いつつスサーナはちょっと気をそらす。


「そういうものなんです? 隠し子と言えば私も似たような経歴ですけど。」

「あら、お嬢様が生まれながらの貴族以外に見えたらそれって節穴もいいところよ。」


 似たような、と言うかほぼそのものなのだが。少なくともミッシィは一切疑っていないらしい、一体どういうラインで判断しているものなのか。スサーナはそう思いつつおとなしく話を戻した。


 ともあれ、セイスデドスの関わりで乙女探しに関わりそうなのは三人。一族内でも立場の差、親しさというようなものはあるらしく、アブラーン卿といわゆる同派閥なのは一人、一人はだいぶ外様の立場。

 ――じゃあ、基本的には全員気をつけるとしても、しっかり気を張るのはサラさんともう一人と判断していいのかな。


 ちゃんと気をつけて、それからお父様にどうにかなるものかと聞いてみるのもすべきだろう。残り二人ももしかしたらサラと同じように意に沿わずそう言う立場に据えられているのかもしれない。

 ――後でレミヒオくんが来た時に一緒に頼んでみましょう。

 セルカ伯には申し訳ないが、後二人多く調べてもらうことは出来るだろうか。駄目で元々だし頼んでみよう、とスサーナは決めた。物のついでで出来る範囲だったらいいのだが、そうでなかったらあとで平身低頭謝ろう。


 それから、ミッシィの立場で見たセイスデドス家の説明を聞きながらスサーナはレミヒオの訪れを待つ。

 流石に彼女も全貌だとかは知らなかったが、交易商で培った金を交友関係の派手で金遣いの荒い貴族、特に下位中位の者たちに貴族であることを生かして貸し、結果影響力を強めた……らしい、という話は有名だという。


「基本的に一族経営なのかしらね。色々手広くやってるところよ。元々交易商人で、今は部門ごとに兄弟だので分けてるんだっけ? 有名なのは金貸しだけど。貴族には簡単に金を貸して、それで弱みを握るようなやり方をしてるって話、結構聞いたわ。」


 貴族は困窮してもプライドがあるので簡単に平民に頭を下げられない。というわけで一応貴族の血筋である、という彼らへの伝手は救いの手に見えるそうで、その上にまず担保を非常に軽く貸すのだそうだ。困ったときはお互い様、という事を言って。

 そしてずるずるべったり頼り切りになってふと気づくと利息が利息を呼んで大変なことになる、と、そんな話を高級娼婦として貴族の懐事情に首をたっぷり突っ込んだミッシィはだいぶ聞いたらしい。


「20年だか30年だか……。そんぐらい前からだから長いわよね。でも表向きにはまだ交易商ってことにはなってて、「特別に知り合いのよしみで貸す」って言うんだそうだわ。コネがなきゃ借りられないみたいな雰囲気で来るから、ありがたがっちゃって、下手に文句も言えないみたいな。」


 そう言う経緯の話はあまり表沙汰にはなりづらい。


「利息に利息が掛かるなんてなかなか思わないでしょ、文句を言おうにも神殿式のちゃんとした契約書を書いて、それに書いてあるんですって。そう言う約束で貸した、って。」


 わあ複利。ミッシィによると一般的には高利貸しですら単利のようなので、そう言う形の借金に慣れない貧乏貴族は読み飛ばしてしまっても仕方ないのかもしれない。きっとすごく小さい字で書いてあるに違いないな、とスサーナは内心そっと決めつける。




 それからしばらくして。夜半過ぎに、今夜はもう、少なくとも公的な形では来ないのではないか、と思われた時間にレミヒオはやってきた。


「遅くなりました。」

「レミヒオくん。……ネルさん? ご一緒だったんですか?」


 使用人に訪れを告げられ、玄関に向かいレミヒオを迎え入れたスサーナは彼の後ろを透かし見て疑問の表情を浮かべる。

 少年の後ろに影のように従っていたのは一人でやってくるはずのネルだったからだ。


「ええ。町中で会いまして。……色々とお話することがあるようですよ。」


 少年はちょいと肩をすくめ、後輩の方に目をやった。

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