第286話 偽物侍女、奔走する 2

 お茶会への参加者は予想以上に多かった。

 片手の指を超える数のご令嬢達が侍女の案内で優雅に入場し、控えの間には付き添ってきた保護者達が談笑する。

 今日集められたのは、初回ということもあってかそれなりに王宮慣れした貴族達のご令嬢であるようだった。

 控えの間に軽い飲み物と軽食を運んだスサーナは、レブロン卿が談笑の輪の中にいるのを目視する。


 一応開催側である彼は貴族達に挨拶を受け、気さくに話を振っては場を盛り上げている、といった様子だった。

 スサーナはそっと顔を伏せつつ、彼らの談笑するそばのテーブルに飲み物のグラスを並べる。


「ええ、そうなのですよ。私もあの日列席の栄誉を賜っておりまして、娘も伴っておりました。ですから、もしや、と……」

「いや、それは羨ましい。第三王妃様の覚えもめでたくなりそうで……」


「そういえば、サンダリオ卿のお連れになったご令嬢は」

「確かご独身では? そういえば演奏会にご親族が呼ばれたとか」

「ええ。妹の子でしてね、あの日ご招待を受けていまして……亜麻髪と言えないこともないでしょう。身内びいきですが見目もいい。王子殿下が見初めることも……」


 交わされている会話は「どのぐらい希望が持てるか」「どのご令嬢が選ばれそうか」というようなものだったが、レブロン卿はさりげなく実際にその場に居た者かどうかを話題に取り混ぜているようだ。


 ――なるほど、「王子妃探し」っぽい色を強めたのもやっぱりお父様の仕込みですね?

 会話を耳にしながらスサーナはなんとなく確信を深める。


 現状、「亜麻色の髪の乙女探し」には様々な貴族が関わっていて、レブロン卿が主体で進めているとは言いづらいようだ。参加する令嬢の正確な名簿だとか、参加理由だとか、事前に裏取りするにも実に面倒だろうことは想像に難くない。元のまま彼が主催であったならば、わざわざこんなところで聞いたりせず、きっともっと調べやすい形を取ったことだろう。



 この国には王位後継者が結婚するまで下の王子(本来王女も)は大っぴらに婚約相手を探せない、というしきたりがある。

 もちろん、外国との望まれた婚姻があればまた別の話なのだそうだが、とりあえず国内で相手を募るタイプの行為はしづらい、そして国費から予算が下りない、というものらしい。これはなにやら結構な昔に後継者問題でだいぶ揉めた時に生まれた習わしなのだという。

 そして、これは法制度があるわけではなく慣習であり、さらにだいぶ今や有名無実だ。

 つまり、なにか適当な理由をつけて候補を集めたり、口約束にとどめて支度をしておいたりするのがもう百年以上のスパンで一般的らしく――

 つまり、この手の催しにかこつけて妃候補を探す、というのは貴族達には想像しやすい。レオくんが先日愚痴っていたように、現状、彼に妃候補をあてがうことには得があるし、なにより第三妃殿下が期待しているらしい、ときている。飛びつかない理由はない。


 ――つまり、悪意なく悪びれず参加してくるし、自分のお嬢さんを推してくる、と……。結構な煙幕ですね。

 スサーナは先日、レオくんがくったり呻いていた顔を思い出す。当事者にしてみればどうしても意識が向くし拘りたくもなるだろうが、貴族達の大半はこじつけネタぐらいにしか思っていまい。もちろんこじつけられれば最高に箔がつくタイプのこじつけネタだから、こじつけられればここぞとアピールするたぐいの。

 整合性を着けて騙る者、お祭り感覚で飛びついてきた者。調査が基本的に手作業のこの場所では実数は増えれば増えるほどややこしい。


 レオくんにはおかれては非常に可哀想だが、やっぱりそのあたりまでしっかり仕組まれていそうだ、スサーナはそう思いながらティーウォーマーの蝋燭を揃え、給仕役の侍従に一礼する。


 ――さて。後はあちらの部屋で……レオくんにもしものことがないように見張っていましょうね。

 アブラーン卿は控えの間の中にはおらず、レブロン卿も今日は誰も伴っていないようだが、他に協力者が居ないとも限らない。

 陰謀に対して備えるならこちらの部屋で彼らの会話を聞くというのも手だが、それ自体はスサーナがする必要は無いだろう。いきなりこんなオープンスペースで思想汚染は発生しないだろうし、蝋燭に火をつけてお茶の支度をしだした、しばらく下級侍女をしていても一度も顔をあわせた覚えのない侍従なんかは、なんだかすこし給仕に慣れていないような雰囲気を感じさせる割に、とっても動きが綺麗な気がしなくもないのだからして。




 外廷とはいえ華やかな調度に色とりどりの花が飾られ、甘い菓子と馥郁たる茶の香りが漂う空間。そしてそれらに囲まれて咲き誇るのは着飾った妖精のような少女たち。

 何やらいろいろな思惑が動いた結果、「乙女」の年齢はやや曖昧にされているというのに皆年齢は13,4ぐらいであるので、艶やかな美女たち、というよりはまだ可憐で愛らしい、と言ったほうが正解だろうが、それはご愛嬌というやつだ。


 その小さな肩に家の未来を背負っているという意識故か、単純に慣れぬ環境故にか、多くは笑いさざめく、と言うには少し硬い表情の少女たちはそれぞれ瀟洒な椅子に座り、お互いの様子を見るように談笑している。


 スサーナは求められる支度をちょいちょいこなし、同時に目立たないよう、賓客たちから目につかない導線と空間――それなり以上の貴族ともなると使用人の認識は空気のようなものだが、それでも寛ぎやすいように長くなる気軽な席では作ってあるのが不文律だ――を覚え込む。さすがにずっとレオくんの前に出ているというのは問題がある気がするので、目の前で働くのは最低限度に抑えたいところなのだ。


 そして下準備を終えると、直接給仕の栄誉を得た上級使用人にその場を任せ、使用人の動線の側、柱の裏にするりと引っ込むことにした。

 この位置ならばただ待機しているようにも見えるし、使用人通路にも近く、レオくんが万が一誰かご令嬢と移動したとしてさりげない追随も先回りも可能だろう。


 ――さて、後はなにもないかどうか。控えるだけで済めばいいんですけど。

 何かあった際、出ていって騒ぐ、というのはだいぶ最終手段、一回こっきりのブレイクスルー特技めいたものだ。

 レオくんにバレたら多分お父様に話が行くし、そしたら侍女のフリは続けられまい。今後数回お茶会だとかなんだとか、レオくんとご令嬢たちを引き合わせる催しはあるわけだから、できるだけ温存しておきたかった。

 ――なにより、アブラーン卿が用意したっていう「乙女」は多分今回は来ていないわけですし。

 警戒すべきはそこだ。順番を逸しては目的を仕損じる。とはいえ、やっぱり目の前で誘惑行為などが起こったらさり気なく妨害しないとな、とは思うのだが。

 スサーナは今回は何も起こらないで欲しい、と祈りつつ茶会の開幕を待つ。



 そして僅かな時間の後、ザハルーラ妃と、彼女をエスコートするレオカディオ王子が会場に現れ、しめやかにお茶会は始まった。


 王妃と王子の登場で緊張感は増す、かと思いきや、そう経たぬうちに場の雰囲気はほぐれ、和やかに打ち解けた雰囲気が広がる。

 ――レオくん、場あしらいがうまいなあ……。

 柱の陰で控えつつ、スサーナはそっと感心した。


 昨夜、予防注射の順番待ちのまめしばみたいになっていたレオくんだったが、今はそんな雰囲気など微塵もない。

 あれ程嫌がっていたのが嘘のようににこやかに微笑み、令嬢達が話しかけるのに如才なく答えている。

 ――実はお通夜みたいな雰囲気になるんじゃないかって、ちょっと心配していたんですけど。

 この分ではその心配はなさそうだ。


 お茶会の席で頬を染めてレオくんとより多く会話すべく口々に話しかける少女たちと微笑んで話題を主導するレオくんはちょっとパブリックイメージより幼いものの「王子様を囲むご令嬢達」そのものの絵だ。あと4,5年年齢を足せば前世のお伽噺の挿絵で見たような華やかな光景である。


 最近すっかり忘れがちでいたけれど、レオくんは同年代のご令嬢たちの憧れの的だ。そういえば学院にはファンクラブ的なものもあった。

 甘そうなキャラメル色の髪にブルーグリーンの海みたいな瞳といい、やや女性的で繊細な造作といい、長いまつげといい、結構に「憧れの王子様」ライクな見た目をしている気もする。そういえば社交界では「若鹿のような」とか呼ばれているとか。

 ……スサーナ的には最近すっかり若鹿というよりまめしばかコーギーのイメージだが、こうして見ると継承位は低いながら容姿端麗、聡明で、習い始めた剣技の覚えもよく、そつなく社交も出来る、という、理想の王子様像の体現と言ってもいいプロフィールだ。


「レオカディオ殿下は冬の狩りは致しますの?」

「ええ、年が改まって式典が落ち着いたら、冬兎狩りを。……僕はあまり狩りは得意ではありませんが、女官の手袋の足しぐらいにはなるでしょう。もしかしたら皆さんに見ていただけるものもあるかもしれませんね」


 折からの話題は冬の狩りの話のようだった。新年に行う狩りでは獲物の毛皮でちょっとした小物を仕立て、年賀に訪れた宮中や貴族の女性たちにくじびきで配るという慣習があるのだという。


「素敵、わたくし、殿下の手袋を賜われるよう祈ることにいたします」

「まあ、私も」

「ふふ、では、よく獲物に恵まれるよう狩りの鍛錬をしなくてはなりませんね。僕も、縁ある方々に使ってもらえればこれほど嬉しいことは無いと思います」


 南洋の海のような目を柔らかく細めて微笑まれたご令嬢がパッと頬を染めて恥じらうのが柱の陰からでもよく見えた。

 完全に別世界の会話だ。

 最近侍女の方にすっかり馴染んでいたせいか、一応公の令嬢であるものの、偽のつくスサーナはどこから聞いても非の打ち所がない社交な会話にちょっと圧倒される。


 ――なんと言いますか、一昨日見た時も思いましたけど、レオくん、ちゃんと王子様なんですねえ……。

 なんとなくしみじみと思う。

 ――思い返してみますと、最初は学院の端と端ぐらいの距離で居たいと思っていましたっけ。

 レオくんもフェリスちゃんも妙に付き合いやすく、そこらへんの貴族男子たちよりもずっと気安い関係になんとなくなっていたが、考えてみれば、令嬢たちとキラキラと社交するこちらの姿こそ本来の常態に近いのかもしれない。



 そういえば遠い世界の生き物だったのだなあ、と思う。本来、一介の仕立て屋の娘が気軽に口をきける相手では無いはずなのだ。

 何やら首を振ったりなどしていると、近くに控えた、こちらは上級の侍女がそっとたしなめるような声を掛けてくる。


「浮つくのはおやめなさい。いくらお素敵だからって王子殿下の目に触れられるような所に出ようとしたりそういうことをしてはいけませんよ。偶にいるんですよ、慣れていない侍女はもう、これだから……」

「いえ、そういうわけでは」


 ――なんというか、本当に妙な縁というやつですよねえ。

 今の格好の方が随分本来に近いし、そうであれば関わり合いになるような相手ではなかったはず。そう思うとなんとも妙な心持ちがする。

 スサーナはここのところの水仕事でやや荒れ気味になった手先など眺め、柱の陰でそっと述懐した。

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