第34話 契約式の準備をしよう 2

 それからスサーナは全力でカットワークレースづくりに取り掛かった。

 余った麻布に図案を書き。薄い絹布を重ねてチョークで写し取り。

 それからラインをかがり縫いして、穴を切り開ける。


 いくつか予想外のこともあった。

 まず1つ目は、カットワークレースの作り出しを見たおばあちゃんには最初あんまり評判が良くなかった、ということ。

 首を傾げたおばあちゃんに、まるで穴の空いた生地の繕いかがりのようだ、という感想をもらってしまったのだ。


 だがよく考えれば布の端に3つずつ穴を開けたものをかがっただけなのだから、それは似てくるのは仕方ない。指摘されてみるとうったしかに、と思ったスサーナだったが、穴が一つだけ空いているのではなく並んでいるのだし、つけたら絶対可愛いはずと心を強くして縫い続けるつもりであった……


 ……ところで二つ目の予想外だ。

 ここで妖怪姪バカが参戦してきたのだ。


「ううん、そんなに変かなあ……でも、まあ、私しか見ないようなものですし……自己満足だし……まあ、気分の問題ではあるんですけど……でも、確かに言われてみればそう見える……きっともっと穴を増やしてチラチラするようにしたら可愛いはず……でも、工数を増やしたら完成しないだろうし……」

「スサーナ、どうしたんだい、独り言なんか言って。」

「あっ叔父さん、えっと、装飾付きの中覆いを足したいんですけど、ちょっと……問題があって……」


 おばあちゃんの指摘を受けてしょんぼりしているスサーナを見た叔父さんは、作業場に乗り込んできて布を一瞥。スサーナにどうするつもりなのかの理論を聞き出した後に僕が手を加えてもいい?と問いかけてきた。


 スサーナが頷くと、三角形に切っただけの布の端が、みるみるうちにシダの葉にも似た大三角と小三角の組み合わせになり、端っこに3つ穴を開けてかがったレースと言い張りたい部分にチョークで穴のアタリが足されて、これまたシダの葉のような葉っぱ型の穴を優美に連ねた幾何学模様になった。

 更にそれを先端として、布の中央に向かって、藤の枝垂れ房めいた優雅なラインが入れられる。まるで白い孔雀の羽のようだ、とスサーナは思った。


 スサーナは忘れがちだが、叔父さんは普段は采配ばかりをしているけれど、自分で自分の高級スーツを仕立てられるしデザインも出来る一流の職人なのだ。


「お、叔父さん、すごくきれいになったとは思うんですけど……私、こんなの縫い切れるんでしょうか」

「僕が手を出したんだから半分は責任持って僕がやろう。残り半分、無理そうだと思ったらこうするのはやめておくけど、どうかな、スサーナ?」

「ううん、これ、着けてみたいです」

「ようし、じゃあやろう! 初の根詰め仕事だ。」


 夕食を食べて縫い。身体を清めて縫い。他の人が寝る時間にランプを部屋に持ち込んで縫い。

 朝食を食べて縫い。昼を食べて縫い。流石に目が痛くなって目の上に濡れタオルを置いて昼寝をしてからなんとか起き出して縫い。夕食を食べてまた縫った。


 その合間に、叔父さんが手伝ってくれるなら、と可能工数を多く見積もれたスサーナは、入れてくれた模様の合間合間にもっと意匠を増やしていって、叔父さんに苦笑された。


 鬼気迫る勢いで縫い続けるスサーナ……と、仕事を終わらせたあとは店に詰めもせず帰ってきて縫う叔父さん、を見て呆れたおばあちゃんだったが、スサーナ達が縫っている布を見てなにか納得したようにうなずくと、無理はしないようにと言いつけながら、縫い上がるまではと毎日の縫い物の修練の時間をナシにしてくれた。


 3つ目の予想外は、日に日に参加者が増えたことだった。

 次の日の夜にはブリダが来た。その次の日の夜にはブリダとマノラ。さらに次の日には家でお針子の修行をしているテレサも混ざった。

 皆黙って布の端を持ち、アタリに沿って縫い上げていく。


「いいんですかねこれ……みんなお仕事あるのに……」

 甘やかされている~~~、と、疲労のために表層思考がそのまま口から出るようになったスサーナが呻くと、まったく手を止めず、すごい勢いで縫い続けながら叔父さんが笑った。


「みな来てるのは空き時間だけだよ。……手間のかかる大きい仕事を誰かが抱えているときは、手伝えそうなら手伝うのが通例だ。仕上げる前に倒れられたら困るからね」

「ふええ、でもいいんですか? これ、お店のお仕事じゃなくて私の勝手なやつですよ?」

「うん、それは謝らなくちゃいけない。実は、半分仕事みたいなものなんだ」

「うえ? ええっ、私、みんなにお賃金払えるでしょうか……」

「あはは、スサーナがお賃金を払ってくれたら嬉しいけど、その心配はいらないよ」


 たじろぐスサーナに。ブリダが笑って声を掛けた。


「奥様の指示なんですよ」

「えっ、おばあちゃんの?」


 あ、甘やかされている!

 呻いたスサーナに叔父さんが首を振った。

「違うよスサーナ、採算がとれるって判断されたんだ。誇っていいぞ」

「えっと……つまり?」


 つまるところ、布に穴を開けて縫いかがった装飾が「売り物になる」かもしれない、と商人の鋭い目が当たりをつけた、ということらしい。

 そして、スサーナが身につけて契約式に出ることで宣伝になる、という判断がなされたために手伝いが投入された、と言うことのようだ。

 ――叔父さんとかがメインの仕事になるわけじゃなくて、お手伝いって形なのは私の顔を立ててくれてるんだろうなあ。

 ぼんやり思ったスサーナははっと気づく。

 ――あっこれ、もしかして知識チートでなんとやら、ってやつなんじゃない?


 よく考えたら全然そんな気はしなかった。

 結局おばあちゃんに認められるに至った素敵な図案は叔父さんの描いたものなのだし、作っているのはみんなでなのだ。


 8日目にはとうとうレーレ叔母さんまでやって来た。


「へええー、なるほどねえー、布に穴を開けて下地を見せることで刺繍をしつつも軽く見えるのねえー。あらあら、へえー。向こうが見えて、こう、ちらちらと。」


 しごく感心したレーレ叔母さんは、一旦スサーナにかぶせて様子を見たあとで、何やら頷きながら帰っていき、戻ってきたときには淡い緑から紫の間の色の、芥子粒みたいな細かい真珠を沢山携えていた。


「ブリダー、手伝って頂戴ー。 フチは紫。中心に向けて緑ね。」


 ブリダに手伝わせて真珠の色と数のアタリをつけていく。刺繍部分が終わったら全体に散らすのだという。


「どんどん豪華になっていく……私で宣伝塔が務まるんでしょうかこれ……」

「だいじょうぶよー。母さんも言ってたわ。スサーナは所作が綺麗だから、きっと映えるーって。うふふ、一番素敵に見えるようにしなくっちゃねえ」


 これやっぱり、甘やかされてない? 眠くてフラフラになりながらもスサーナは内心突っ込むのを忘れなかった。


 そんなふうにして、レースの中覆いは前々日には完成した。


 前日はひたすら寝て、体調を戻して。クマやなんかが消えるようにボディクリームをたっぷり何回もすり込まれる。浴槽にお湯をためて体をほぐし、全身を洗い、それから、自分で作った髪覆いとみんなで作ったレースの中覆い、叔父さんの買ってくれた髪飾り、おばあちゃんの縫ってくれたドレスをあわせて試着した。

 刺繍した上一枚だけだと豪華で重々しく、中覆いを足すとかろやかな柔らかさが足されて、どちらもいい感じに思える。

 ――あ、中覆い一枚だと白のレースに真珠だし、ちょっと花嫁さんみたい。でも、多分ベール文化はないんですよねえ。ちょっと残念だなあ。

 ヴァジェ村の特産のシルクは、基本はほとんど白に見えつつも重なったところや影が生成りがかったピンクに見えるのが特徴で、薄く、光沢が強くて、刺繍を入れた穴周りときれいに光沢差が現れる。それだけ被ってもニュアンスがあって美しい。

 これがもし流行ったら、何かの式でレースの白ヴェールを被る文化を流行らせられないかな、とスサーナは思案した。なんと言っても女の子の夢である。


「どうだいスサーナ。」

「あっ、おばあちゃん。」


 にこにこと上機嫌のおばあちゃんがやって来る。


「なんか、こうしてみんな着けてみると、お店のみんなの共同作業って感じがします」


 結婚式からの共同作業の連想だったけれど、言ってみてからうん、みんなで作ったんだよなあ、としみじみ実感する。ぱっとした思いつきがよくもまあこんな素敵なものになったものだ。

 

 言ったスサーナにおばあちゃんが笑う。


「そうだねえ。その仕上げは明日の本番だよ。お店の顔としてしっかり式に挑んでくるんだよ。」

「うわあ、責任重大ですね!」

「そうともさ。沢山色んな人が見るからねえ、胸を張って行っておいで!」


 もともとは悪目立ちをするのは嫌だなあ、と思っていたスサーナだったけれど、お店の技術をいかんなく発揮するのだ、と言われれば誇らしい。みんな素晴らしい職人だとわかっているからだ。


 スサーナは、明日の式が楽しみだった。

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