第247話 大人たちは暗躍をする

「やあブラウリオ、調子はどうだね」

「どうもこうもありませんよ。閣下のお陰でどれだけまとめて寝てないんだか。ああ奥さんがどれほど機嫌を悪くすることか、どれだけの衣装を強請られることか。」


 ミランド公は執務室に入ってきたセルカ伯旧友に声を掛ける。

 目をしょぼしょぼさせたセルカ伯が嫌そうな声を上げた。


「年頃の娘には睡眠不足が良くないと聞いたゆえ、そなたの娘御達が寝ていないと言うなら心配もするが、お前ではなあ」

「私どものような爺でも睡眠不足は良くないですよ閣下。」


 そちらもずっと仕事詰めだそうですが、なんとも生き生きしておられて、などと言い、ミランド公が勧めた濃く煮出した茶をぐっと飲み干しつつ、セルカ伯が半眼になる。


「ははは、それはな。可愛い娘が買い物に付き合ってくれるわ食事を一緒にしてくれるわ、疲れも飛ぶというものよ」


 続こうとした皮肉とも愚痴ともつかない言葉を楽しげにミランド公が一蹴し、セルカ伯はしょぼしょぼと背中を丸めてみせた。


「ああ娘に会いたい……レティシア、お父様は家族のために一生懸命お仕事をしているよ……、こほん。しかし閣下、スシー……ショシャナ嬢が随分お気に入られたようですな。養女に迎え入れようとお決めになったのは去年だったと仰っておられましたが、それでもしっかり顔を合わせて一日二日。そう簡単に入れ込むタチでもないでしょうに。」


 なにやら商業区のブティックでドレスを買い占めて回っただのいう噂を早速耳にしましたが、とセルカ伯は言う。勿論娘を王都に呼び寄せた、という噂を広める手っ取り早い手段だと理解しているものの、それでもなかなかに景気のいい話に違いない。

 駒としては大切に扱うとは思っていたものの、なかなか好かれようと努力しているらしい気配がするものだ。


「はは、随分と大袈裟な噂になったものだな。なに、去年の夏に見かけたときから聡明な娘だとは思っていたとも。子を持つのは念願だったゆえな。息子を持つ夢は殿下が叶えてくれそうだから、持つならば聡明な娘がいいと常々思っていた折。その上に度胸があるのがいい。王家の一大事であっても普通の娘ならああは動けぬ。」

「聡明ですか。確かにスシーは飲み込みが早い良い子ですが。ああー、聡明。無邪気そうに見えてあれでしたたかなのも、土壇場で妙な肝の座り方をして突拍子もない行動に出るのもアサレア奥方様に思えば似ていなくもない。」


 そういえば去年の夏も、彼女がただの可哀想な被害者などではなく、能動的にベルガミン卿を嵌めに掛かったのだ、と騒ぎの後明かされてから俄然興味をもった様子だったか。

 容姿もまあ、全く似ていないということもない、と何かに思い至ったらしいセルカ伯が生暖かい目になった。

 まああの子は我が娘達の大事な友人ですし、私自身恩がありますから、閣下が肩入れしてくださるのは願ってもないのですが、とうそぶく。

 ふん、とミランド公は鼻を鳴らしたが、特にその事について話を続ける気はなかったようだった。手元の羊皮紙を眺めながら話を変える。


「それで、どうだ。そちらの進捗のほどは」

「そうですな、なかなか難しい。」


 彼らが今、日々追われているのは祝賀演奏会にて王族を殺害しようとした「東の方」の影響を受けた人間の洗い出し、そして「東の方」の潜伏場所の調査だ。

 勿論彼らだけの仕事ではないが異国に対しての折衝と調査は常からミランド公の職務だし、事態の発端に多少関係があったことから大きく関わることになっている。



 事態を起こした……少なくとも動いていたことが確かだったヤロークの貴族は領地を持たぬ三男で、事件の後はらわたを食い破られて発見された。ドロクイと呼ばれる何処にでも居る小さな魔獣を誤飲して腹の中で暴れられた、そういう状況に見えたという。

 ヤロークの外交ルートを介してその家に抗議をしようにもヤローク王家には強権はなく。知らぬ存ぜぬと言われれば強硬に事を構えることはし難かった。そして更にヴァリウサが直接調査の手をということは他国への干渉になるため、火種の口実を撒くことになり、難しい。

 そしてまた、ヤロークの辺境諸侯の助力を受けているのは確かなようだったが、それだけで無いようなのが厄介だった。

 獣師と呼ばれる魔獣を使う獣使いの類は、ヤロークにも居ないことはないがもっと南、内海を挟んだ南の大陸の技術だったし、かつて「東の方」が消息を絶ったのも南の大陸だ。そちらが全く無関係だとは思いづらい。

 相手がヤロークの辺境貴族だけだというならいろいろやりようはあるものだが、対象を定めきれぬ今は慎重に事を運ばざるを得ない。


 セルカ伯が紛れ込んでいたエステラゴ領後継弟の「とりまき」、後継弟をそそのかした者たちの中でも特に急進なものたちはそちらの影響を受けている可能性が高く、リストアップされた急進派に属していた貴族の動きは監視されてはいるし、正式な捜査に至れた者もいるが、現状はかばかしい成果はない。

 これは、エステラゴのお家騒動に東の方の根が絡んでいるとまで予測できず、暗殺沙汰をおおやけにして事を収めよう、と考えたセルカ伯の責でもあると彼自身は考えており、悔やむところでもある。


「国外は閣下の騎士達の報告待ちですな。国内は……前の騒ぎの際の『邪教』。あれを洗わなくては始まらないんですが、この一月というものあちらでごね、こちらでごねで。……ガラント公により一層の協力を依頼するべきでしょうなあ」

「やはりか」


 肩をすくめたセルカ伯にミランド公が小さく眉間を押さえた。

 演奏会で反旗を翻した騎士達は皆、三年ほど前にとある邪教に関わったとして元の部隊から外された経歴のあるものたちだった。

 この事件は内偵途中に世間に明らかになったこともあり、醜聞として当時扱われ、いろいろな人間の面子が関わる事態になった。内密に処置すべきものが数多くあからさまになり、また、そのままなら掴めたはずの真相がいくつも闇に葬られたはずだ。

 その過程で責任を問われて下級の武官と文官が数人自ら命を絶ち、――実際彼らに責任があったのかもわからないが――責任の所在や情報自体もだいぶ曖昧になった。今更手を差し込むにはなかなか苦労する蜘蛛の巣だ。


 本当にいろいろな所が関わっておられるもので……私のような下っ端の文官が手を出せる仕事じゃありませんよ、とセルカ伯がしょぼくれてみせ、溜息を吐いたミランド公が解った、と返す。


「そちらはおいおいなんとかしよう。やれやれ……まさかこのような事態に繋がるとはな。」

「全くですな。」


 ミランド公がまた一枚羊皮紙を持ち上げる。


「まさか「ちゃちな煙幕」に期待する事態になるとはな。ブラウリオ、「亜麻色の髪の姫君」の方はどうなっている?」

「自称に噂まで含めて今のところ三名ほど把握しております。それぞれに人を付けて異常があれば報告するように手配しましたが。まあ、これはとりあえずのところですな。一人はほんの少し触れば分かるちゃちな宴会詐欺師。これは期待薄ですねえ。一人は最近羽振りがいい商人の娘で……箔付けに言って回っているようですが、これが色々と……例えば治安役人だの、別件で話を聞きたそうな者が多い商売をしているようなので、多少ノイズは多いかと。最後は人の噂でそうだと言われているご令嬢です。エナーレス伯のご息女で、見事な亜麻色の髪をしているそうで。」


 ふむ、とミランド公が顎を撫でる。

 彼らは会食の場で王子たちを庇った娘をかたる、もしくはそうらしいと噂で語られる娘たちだ。

 勿論、実際に庇った娘は彼らの庇護下にあり、元々王子たちとも面識がある。噂を払拭しようとすれば簡単に散り消える程度の風聞にすぎないものだが、大人たちはあえてその噂をそのままに放置していた。


 庇った娘の身柄、ひいてはそのは演奏会を襲った者達には喉から手が出るほど欲しいはずだった。

 なにしろ、獣師は希少な職能だ。そのうえ実行者は長く仕えた人間だった。二重に隠蔽したはずの計画を露見させたのだ。一体何を知っているのかを吐かせたい、もしくは持った情報ごと消したいと考えるのは当然のはずだ。

 ほんの少し深く調べれば「違う」ということは露見する程度の誤情報だが、念の為、もしくは先走ったものが彼女らの誰かに対して働きかけないとも限らない。そうすればそこから情報を引き出せるかもしれなかった。

 つまりは囮だ。

 最終的には本人を炭鉱鳥カナリアとして使うつもりもあるが、それは本当に最後の手段。見通しのいい場所に堅牢な鳥籠と番人を用意して、万が一が無いよう備えてから行うべきことだ。「煙幕」で引っかかってくれればそれ以上のことはない。


「とはいえ、こちらは放っておけばもっと増えるでしょう。いっそ増やしてしまうのも手ですがね」

「さて、どうしたものかな。殿下達にも協力を仰ぐべきか。」

「殿下たちに? ……ああ、ザハルーラ第三妃殿下の……。」

「うむ。これはやりすぎると可愛い義息子殿下に私が嫌われかねぬ故、もう少し考えたいところだがね」


 小さく肩をすくめたミランド公にセルカ伯が半眼になる。ご自分ばかりいい顔をしようとせずどうぞ泥をかぶって頂けると、と言った彼にミランド公はとても嫌そうな顔をし、舌打ちすると濃く煮出した茶のポットを取ってたっぷりとカップに注ぎ出すようだった。

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