第246話 偽物令嬢、社交の準備をする 5

 貴族女性が服を買う、というのは、大抵は屋敷に仕立て屋を呼び布をさんざん見比べた後に一から作らせる、ということだ。

 とはいえ、店舗を構えている仕立て屋に出掛けていってもやることがない、というわけではない。

 店でも布は見られるし、お針子がどれだけすばらしい腕を持っているか、を示すための完成品だって飾られている。貴族階級の女性は仕立て上がり品をほとんど買わないが、貴族を顧客に見込んだ店であっても多くは急ぎのための半仕立て上がり――例えば、明日までに急いで新しいドレスが必要だとか――の品もそっと揃えられているものだ。

 だから店舗くんだりまで出向いて服を見よう、というのは大抵成り上がったばかりで忙しない商家の奥様のやることだが、たまに気が向いた貴族が現れないこともない。

 例えばその日、服屋の並ぶ通りに事前の先触れもなしに豪華な馬車が現れ、国内有数の大貴族が気まぐれに来店した時のようにだ。


 時ならぬ大貴族の訪れに服屋の店主たちはみな目を剥いたが、地方から呼び寄せたばかりの娘のドレスを作らせる店を探しているのだが、何しろ女性の服を作らせることなど長く無かったものでいっそお忍びで見回ることにした、などと言われて売り込みに躍起になったものだった。

 どの店も自分のところの品をと熱烈に勧めたが、流石に大貴族ともなれば売り込みにも慣れている様子。それにまた、異国生まれだとかいう姫君の目線の冷たさたるや。

 ほんの少し古いデザイン、ほんの少し劣る品を勧めた店は気が無い様子ではねつけられた、と店主たちのしばらくの語りぐさになる。



 ミランド公お父様がスサーナを伴って姿を表したのは、貴族街のすぐ外。商業区のなかでもいっとう華やかなあたりだ。

 既製服でも買うのだろうか、と思っていたスサーナだが流石にそういうことはないらしい。高級店にすっと入り、スサーナに気に入ったデザインがあるかどうかぱっと確認させて、気に入りました、と言った店で侍従に合図をすると店主が後日やって来て採寸することが決まる、という具合だ。

 ――ウインドウショッピングのスケールが大きい……

 最初スサーナは遠い目で付き従っていたが、それでも数店を超えたぐらいから微妙に楽しくなりだしていた。

 ――ここはおばあちゃんの方が糸の処理が丁寧。

 ――ここは……染めと模様の合わせ方が光るものが……。

 ――ふむ、好みとはちょっと違いますけど布地の合わせ方とデザインが斬新でなかなか攻めた……ふむ。

 ――ははあなるほど! 基本は今年の流行デザインですけど袖とかの作りでオリジナリティを出していく方針ですね! なるほど!

 ふと気づくと5店も6店も後日やって来ることが決まっており、正気に返ったスサーナはいやいやいや、と首を振った。


「その、すみませんお父様」

「うん?どうしたねスサナ」

「先程から……少しはしゃぎすぎておりました。まさか全部で服を作らせるというわけではないのでしょうけど……何店も屋敷にお呼びになるようなお話になってしまって……。」

「ふうむ、まあ体は一つだからな。あまり採寸採寸というのも良くはない。まだ心当たりの店はあるが、疲れすぎるのも良くないな。今日はこの程度にしておこうか。呼ぶ仕立て屋には日中のドレスと訪問用のものを考えさせるように伝えさせておく」

「それは、デザインを考えていただいて一番良かった店で作る、というような」


 コンペティション方式は確かにセンスの優劣がわかりやすいものの、お店が無理をしやすいからなあ、とスサーナは考えたのだが、ミランド公にあっさり首を振られる。


「いや? どの店も良いと感じるポイントが有ったのだろう。ならば全部に作らせてみねば損ではないかね。本当は夜のドレスも作らせたいが、それは14を超えてからでないとサイズが合わなくなってしまうからな」


 作る側の家の出身なのでよく分かるのだが、この手のドレス、というべきか。公が想定しているだろうと思われるドレスはどう見積もっても最低一着500デナル100万円を下らない。

 一瞬本当に買ってもらっていいのか、と聞きかけたスサーナだが、いや公の娘ともなるとそうやって経済を回すものだろうか、とか、数着着回しというわけには行かないんだろうな、と考えて聞くのをやめた。代わりにありがとうございます、と一つ頭を下げる。


「なあに、娘を着飾らせるのも父親の楽しみだと言うからな。それに先日ドレスを贈ると言ったのだから、まずは早いほうが良かろう」


 しかし確かになかなかの目利きだ、私には女性服の良し悪しは解らぬと思っていたが確かにそなたの選ぶ店は他とは違うなにかがあるように思えた、いや楽しみだな、とミランド公がニコニコした。


「勿論折を見て他家で評判の仕立て屋も呼ばせよう。今のうちに色々試して贔屓の店を作っておくといい。それでお披露目のドレスを作るのだからね」





 屋敷に戻った後、ミランド公は家令を呼んで使用人たちをホールに呼び出させた。

 皆が並んだ所でスサーナの肩を押して前に出し、朗々とした声で言う。


「皆理解はしているだろうが、グリスターンより呼び寄せた我が娘、ショシャナが今日ヴァリウサの貴族として認められた! 我が後継として皆のものよく仕えるよう!」


 貴族の承認を得たということは、王家と神殿が認めたということだ。他に子供の無いミランド公であるため、つまり継承権は順当なら異国から呼び寄せたこの姫、もしくはその伴侶にあるということとなる。


 一斉に礼をする使用人たちを見ながらスサーナはそっと、

 ――という建前、なんですけどね! ……実際情勢上後回しになっているようですけど正式な跡継ぎなのはレオ君なんでしょうから、使用人さん達の意識がそうなるのもなんとなく申し訳ない気がするんですけど。

 そう思うのだった。


 ミランド公の後継者と言えば、長くレオカディオ王子が継ぐものだということになっていたが、王家の人間が狙われた先日の事件のせいでレオカディオ王子の臣籍降下は現在保留になっている。第一王子が皇太子として即位する年明けまでは王の血を引く子を後継者候補として保持しておこう、という判断らしい。

 よって、ミランド公の後継者になれる者は現在建前上血縁の隠し子の娘だけ、ということになっているが、実際年明けを過ぎ、無事に第一王子が地位を固めたらミランド公の後継者にはレオカディオ王子がまた戻ってくるはずだった。



 噂をしたから、というわけではないだろうが、夕方遅くに第五王子殿下の訪問がある。

 例の事件から、レオもフェリスも学院には戻らず王都に留まる事になった、ということはミランド公から聞いていた。大変だなと思う気持ちもあり、彼らも仲のいい友人と引き離されて辛いだろうとも思うが、学院に戻る年明けにいきなり進級試験を受ける同士がいるということに多少心強かったりもするスサーナだ。


 ミランド公は後援者であり代父であるということで、正式な訪問という形ではなく、もっと気楽なものなのだろう、時間の空きを見て顔を出した、という様子だった。


「ミランド公、ご令嬢が承認を無事得られたこと、お喜び致します」

「おお殿下。この爺、今後は親子ともどもお力になっていく所存で御座います」


 それでも礼儀に則った挨拶を交わした後に使用人たちを下がらせる。

 すーはー、と深呼吸をしたレオカディオ王子がスサーナさん、と呼ぶのにスサーナは小さく一礼した。


「ええとですね、スサーナさん、お久しぶり、と言うのも変ですね。承認の儀式お疲れさまです。祝いの品を持って来ましたので、お口にあうかどうかはわかりませんけど。良かったら。」

「レオカディオ殿下。お気遣い有り難く存じます。」

「かしこまらなくて結構です。ええとその、今後は身内も同然なわけですし……レオ

 と是非呼んでいただけませんか。」

「よろしいのでしょうか。……臣下に降られるということは暫く無くなったと父が。……きょうだいが出来るかと楽しみだったんですけど。」


 スサーナが思わずぽろりとこぼすとレオカディオ王子はなにやらぐぐと呻く。

 昔からきょうだいは欲しかったのだ。妹がとても欲しかったこともあったし、兄姉や弟だっていたらいいなと思っていた、そうスサーナが続けると王子は何かアンビバレンツに駆られたような表情をしたようだったが、小さくふるふると首を振ると言った。


「その、……い、まは、きょうだいではありませんが、ミランド公が父も同然なのは確かですし、今後予定通りにミランド公が養父となるなら僕らは非常に近い立場になるということには間違いないと思います。ですからその、人前で親しく振る舞って貰うのにも意味があるはずですよ。」


 ああ、対外的な問題、というやつか、とスサーナは気づく。王家に留められたとはいえ、後継者問題などを発生させるような余地はなく、予定通りミランド公の後継者になるというポーズが必要なのだろう。


「勿論余人の居ない時でもそう呼んでくださって構いません、ええ。あの、きょうだいにならなくとも別に呼んでいけないということはないわけですから……」

「わかりました。でも、異国から招かれた隠し子がいきなりレオくんなんて呼んでいいものなんでしょうか? ええと、じゃあ、レオカディオ様? レオ様?」

「いえっ、全然問題ないと思います! ああいえ、呼びやすいように呼んでくださって構わないのですが、別にレオくんでも、僕が許したと言えば良い訳ですし……その、ミランド公の隠し子とは元から面識があったとすれば色々と便利では?」

「なるほど。では、謹んでレオくんと。」


 納得したスサーナがそう答えるとレオカディオ王子はなにやらやり遂げたような表情をしていたようだった。

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