第248話 偽物令嬢、まずは非公式の訪問を受ける。

 貴族の承認を受けてしばし、スサーナは承認を受けた日に訪問した貴族の方々から非公式の訪問を受けつづけることになっていた。

 何が非公式かと言うと、建前上はスサーナへの用件というわけではなく、父親のミランド公のところにお茶に来る、もしくは夕食に来る、またはちょっとした夜遊び――おうちカードか、ボードゲーム――をしにくる、というのが理由であるからだ。


 どれだけ興味を持とうともショシャナスサーナは未だお披露目前の子供である。

 未成年であってもお披露目を過ぎていれば名指して招待することも可能であるし、正式な紹介を受けることも可能であるが、お披露目前の子供は原則として員数外として扱うのが貴族社会のマナーなのだ。

 そのような場合、貴族の子供と知り合いたければ母親か父親のお茶会、もしくは食事に招かれて「偶然」その場に居合わせた子供に挨拶し、お土産を渡す、という手順が一般的だ。

 いわゆる「家族ぐるみの付き合いだから仕方ない」というやつだ。


 そんなわけで、あれからはや7日。ミランド公が在宅の日のお茶の時間と、夕食の時間、夕食後の遊戯の時間にはミランド公の私邸には一人か二人ずつの訪問客が続いていたし、スサーナは正装で「偶然居合わせた」という顔で貴族達に挨拶し、程よいところで品よく奥に下がる、ということを毎回毎回繰り返していた。


「ロコーっ」


 流石にこれまでとは別ジャンルのストレスがたっぷり溜まったスサーナはその日のお茶の時間後、奥にある調理場に突撃していた。

 令嬢らしい行動にうるさいスサーナづきの侍女たち――殆どが田舎生活を一緒にした者達だ――であるが、調理場に人目を盗んで時折近づくのはなんとか目こぼししてもらっている。


「なーん」

「ショシャナお嬢様、餌はもうやり終わりましたよ」


 それは、田舎からかごに入れて連れてきたロコが台所番の目に止まり、ネズミ捕りの大役を仰せつかったためだ。

 本猫も台所周りが気に入ったらしく、台所や台所から出られる裏庭で好き勝手に振る舞っている。

 王都の屋敷でもスサーナの部屋で寝るように仕向けたいものだが、若い侍女たちや台所番が順番に部屋に引き込んでいるようで、なかなか思惑通りにはいかない。


 ともあれ、スサーナはおなかをぽんぽんにしているロコの腹毛に鼻先をうずめ、しばらくもふもふもふもふすることでストレス解消を図った。


 さすがに非公式の訪問とはいえ他の公がいらっしゃる、ということはなく、訪ねてくる者達は伯や候であり、ほとんどがミランド公の趣味つながりの友人で、少数は学生時代の友人であるという、本当に内輪のつながりの人々のようではあったが、それでスサーナのストレスが軽減される、というわけでもない。


 礼儀正しくお客様の相手をする、というのはスサーナとしてはそれなりに得意なジャンルではあるのだが、それでもこれまでとは違う環境と立場、礼儀作法で、ともなると辛い。

 とはいえ侍女たちには及第点を貰えているので、礼儀を失するということもなく、求められるイメージに従ってこなせたはずだ。


「はあ…………。」


 ロコの腹から顔を上げながら、スサーナは開放感に溢れて息を吐き、お茶の時間のことを思い返した。

 今さっき送り出した最後のお客様はお父様の若い頃からの友人の一人だ、という話だったのだが、スサーナのことがよほど気に入ったらしく、挨拶一つで奥へ下がらせてくれるというわけではなかったのだ。

 なにやらミランド公の亡くなった奥方にスサーナの雰囲気が似ていると上機嫌で、横に座らせてはお茶を勧め、好きな菓子を聞き出そうとし、最近流行りの物語だの最近王都で流行の歌姫の話などを散々した後に――スサーナはだいたい笑顔で相槌を打っていた――ようやく下がらせてもらえた、という次第だ。

 極めつけにはくまのぬいぐるみ(こちらのその手のものは写実度が高いものが主流なのでスサーナとしては苦手だ)まで押し付けられ、もといいただいてしまった。侍女に託してきたが、部屋に飾られないといいと思う。


 ところで、これはもしや「奥方は」親戚程度には血縁パターンだったりするのではないかと二秒ぐらいドキドキしたスサーナだったが、奥方は見事な金髪だったそうなので、完全に他人の空似が確定しており、ほのかに残念だったりしなくもない。


 ともあれ、スサーナは脳内でミランド公のところに来ていた訪問を知らせる手紙を思い返す。


「……これでお客様の予定は終わりのはず……!」


 ミランド公の「気のおけない友人たち」の訪問はたしかこのお茶の時間で一通り終わりのはずだ。

 ここの所午後は全体的に気が抜けなかったが、今日はこれでもう部屋に引っ込んで一休みできるはずだった。


「書庫からなにか本でも出して……いえ、何か縫いましょうか。ロコにねずみの玩具……要りませんね。本物をたくさん獲ってるんですから……。」


 算段しながら部屋に戻る。

 もう絶対今日はどんな来客の相手もしないぞ、という決意で溢れたスサーナだったが、その決意はほんのしばらくで覆された。


 書庫から本を出してきて、ほんの数ページめくったところで、


「恐れ入ります。お嬢様。」

「……なにか?」

「旦那様がお呼びでございます」


 侍女によって呼び出されたからだ。


 なにやらお父様はお客様の応対をしているらしい。

 あれで訪問客は終わりだと思っていたんだけれどな、とスサーナは侍女について行きながらすっと深呼吸をして気持ちを整えた。


 サロンに入り、そっと一礼する。


「お父様、お呼びだと伺いました」

「来たか。」


 上品に目を上げたスサーナはそのまま表に出さずにひきっと固まった。


「閣下。この度王都に呼び寄せた私の娘です。ショシャナ、こちらはガラント公アロンソ・フォルテア閣下とご令嬢のエレオノーラ嬢だ。ご挨拶を。」


 ――わあ、エレオノーラお嬢様!?

 夏の騒ぎの際に顔を覚えたガラント公の横、数歩下がった所に立っているのは見間違えようもないエレオノーラだ。

 ――この場合は。ええ初対面の挨拶、そうですよね!?


「拝謁を賜り、光栄に存じます。ショシャナと申します。」


 できるだけ動揺を顔に出さないように優雅に挨拶をしたスサーナの手を取り、少し持ち上げる形の挨拶をガラント公が返す。


 挨拶後、一体何事かと内心びくびくしていたスサーナだが、どうやらガラント公が用事があったのはミランド公お父様らしい。

 エレオノーラお嬢様は事件の余波や14のお披露目前の打ち合わせなどで王都に居たらしいがこれから学院に戻るらしく、その前にお出かけに伴っている、ということのようだった。

 一瞬ホッとしたのもつかの間、お父様が目を上げてこう言ったのでスサーナは再度内心でヒエっとなる。


「我々老人の会話に付き合うのではつまらぬだろう。スサナ。エレオノーラ嬢を庭にご案内差し上げなさい。丁度園丁が秋薔薇と百合を植え替えたばかりのはずだ。」


 否を言う理由など表向き何処にも存在しない。


「はい、お父様」


 内心はともかくスサーナは丁重に頷き、侍女を呼び寄せる。


「エレオノーラ様にお庭を案内します。用意を。」

「お庭にお茶をご用意致しますか?」


 応えた侍女にスサーナは少し考えたが、大人の話を邪魔してはいけないのは確かで、お茶はお庭紹介で場が持たなくなっても飲んでいればいいので、まあ悪い考えではない。


「お願いします」



 とりあえずエレオノーラと共に庭に出る。

 新しく植え替えた秋バラのアーチをくぐり、早咲きの秋クロッカスを地植えした場所を歩く。

 噴水の横を通り過ぎ、マルメロの甘い香りがする立木のところまで来たところでそれまで黙って付いてきていたエレオノーラがふと口を開いた。


「ショシャナ様……と仰るのですね。」

「エレオノーラ……様?」

「本当のお名前。」


 エレオノーラがつんと顎を上げる。


「わたくし、見損ないました。」

「え、あの……」


 スサーナはからからと思考を回転させる。

 ――ええとこれは……卑しい身分が公の娘を名乗るなどなんと不遜な、みたいなことでしょうか?


「レオカディオ殿下は知っておられたそうですね。どうしてお話してくださらなかったのです」

「それは……」


 ――あ、違う。これは公の娘というのは信じておられるパターン。


「おかしいとは思っていたのです。ミランド公の後援があるとはいえ、殿下がわざわざ仲裁にいらっしゃるのですから。」


 ――いえあの、それは本当に偶然というか、レオくんが心優しいと言うだけだったんですけども。


「それに平民があれほど礼儀作法にかなった動きができるはずもありませんでした。ええ、さぞわたくしの目を節穴だとお思いでしたでしょうね。」


 ――いえあの、出来るはずがないということもないと言いますか。マレサさんがどれだけスパルタだったことか。


「エレオノーラ様……どうぞお許しくださいませ、あの時はどうしてもお話するわけには行きませんでした」

「道理は理解できます。そうせねばならなかったのもわかります、ですが……小間使いにと望んだ時にせめてミランド公閣下にご相談させてくれれば。」


 ――そんな事実無かったですからね!しかしどうしましょう。プライドをいっぱい傷つけちゃってますよね、これ。

 エレオノーラにしてみれば、いきなりお前の使用人はお前と同格だ、と言われたようなものだろう。スサーナは彼女の矜持の高さはよく知っている。それはそれはとても侮辱されたような気持ちだろうと思う。その上同格扱いしなければならないその相手は正式な婚姻を結んだ同士の子供ではない、ときた。妾の子ですらない、不義の子。あの潔癖さなら忌避して当然だろう。

 ――なんとか穏便にやり過ごす方法は……

 とりあえずこの場でのエレオノーラの怒りをうまくそらしつつ、ガラント公にパスするまで時間を稼ぐ方法は無かろうか。スサーナはからからと思考する。


「いえ、別にすぐという必要はなかったのです。夏休みにこちらに呼んだ際にでもどうか相談するよう告げてくれれば……ええ、その、つまり、ゆ、友人という名目で屋敷に呼べたではありませんか!」

「はい?」


 ――はい?

 スサーナは思わず目をパチパチさせた。なんだか予想外の一文が聞こえた気がするぞう、と首をかしげる思いのまま思考する。


「どうせ本当は……あの事件がなければ夏に親子とお明かしになる予定だったのでしょう。水面下で周知する必要があるならば我がフォルテア家は適役だったはずです。そうと知っていれば父も否とは言わなかったでしょうし、正式に屋敷にお招きしました。演奏会だって……」


 なにやらぷるぷると震えつつどんどん早口になっていくエレオノーラにスサーナは慌てた。


「エレオノーラ様。あの。あちらで侍女たちがお茶を用意しております。まずは座りませんか」


 とりあえず侍女たちのいる茶を用意している席を示し、手を取る。

 エレオノーラはふるふると首を振り、早口で一気に言い切った。


「そうすればプロスペロ様にあんな扱いをされることもありませんでしたし、護符をお持ちになっていたのでしょう。ならばあのような怪我をすることもなかったではありませんか! どうして信頼して話してくださらなかったのです!」


 ――あー、委員長気質!

 なるほどあんな光景を見せてしまったせいで気に病んでいたのか、とスサーナはようやく納得する。実際は護符があったとしても多分アレは防げなかっただろうが。


「エレオノーラ様、申し訳ございません。ご心配をおかけしてしまっていたのですね。」


 でも、とスサーナは首をふる。


「あのようなめぐり合わせでなければレオカディオ殿下……ええ、私にとってきょうだいのような方をお救いすることは出来ませんでした。これも神々の思し召しだと思うのです。それに、ええ。」


 ダメ押しに言葉を継ぐ。なんとなくいい話調に纏めればこの姫騎士気質のお嬢様は弱いのも経験則でよく知っているのだ。


「あのような立場でなければ、皆様と親しく知り合うことは難しかったでしょう。私の身分が異国から我が父が呼び寄せた隠し子と知らされれば皆様はきっとあのようには思ってくださらなかったと思うのです。」


 得難い日々でした、と斜め45度を見上げつつスサーナが呟くと、一旦はぷるぷるが収まったと思われたエレオノーラがまたぷるぷるしだしたようだった。

 ――あれ、何か言葉運びを間違っ……


「……っその! ええ、確かに良くは見られないお立場だと思います、しかし! ええ、私は誇り高きガラント公の娘です。テオもウーリ公の家のものとして一度結んだ友誼を蔑ろにするような真似はしないでしょう。アルトナル殿下も、当然フェリクス様でも代わりありません! ですから、その、戻ってこられた時にそのようなことを気にしているような素振りはわたくしたち皆に失礼になりますこと、覚えておかれてくださいませ!」


 怒りとも羞恥ともつかない真っ赤な表情で言い切り、ぽかんとしたスサーナがゆるく握ったままだった手をてしんと振り払い、エレオノーラは胸を張った姿勢でやや早足でお茶のテーブルに向かって歩いていく。


「ええと」


 ――結果オーライ……?


 久しぶりにガチのええとを漏らし、スサーナは一つ首をひねってエレオノーラの後を追った。お茶のテーブルでは丁度湯気の立つお茶と温かいレモンのタルトがたっぷり用意されたところのようだった。

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