些事雑談 二の実りの月の満月の祭り 3

 ともあれ、酔った商工会のおじさんの与太話みたいな経緯の由来譚だろうと、実際に行われているお祭りはステキなものだし、実際の恋する男女には福音である。


 なんとなくモヤモヤする由来譚――実は昨日読みたて仕入れたてなのでまだ噛み砕き終わっていない――をいいところだけ話したり内心突っ込んだりすることでなんとなくサッパリした気持ちになったスサーナは、授業が終わった後に駆け込みでやって来た二人ほどのおまじないを縫い終わり、帰りの馬車に乗りこんだ。


「スイ、よくやるよなあ。今年もお祭りには行かないんだろ?」


 斜め向かいに座ったドンが棒揚げ菓子を齧りながら言う。

 馬車は今日はドンとリュー、アンジェと一緒だ。受ける授業が揃っている時はみんな同じ馬車で帰る。


「あ、今年は行けますよ。」

「えっ、そ、そっかよ。誰かと行くのか?」


 揚げ菓子を口に入れたまま喋ったせいでぼろぼろこぼれた菓子クズをもはや慣れた顔で横に座ったリューが避けた。


「あらスイ、行くの? 私とドンはドンのうちの上の兄さんと一緒に行くのよ。」

「俺も一緒だけど。まあアンジェはいつもそうだからいいけど……。行く人が決まってないならスイも一緒にどう?」


 誇らしげに言ったアンジェにツッコミを入れたリューが提案してくる。

 ドンががくがくと首を縦に振る。アンジェも嫌ではなさそうだ。

 スサーナは悩んだ。

 叔父さんのためにブリダをフリーにする、という目論見のためなら、一番ブリダが納得してくれそうな他の子達とその保護者と行く、という言い訳はとても最適だ。

 ただ、久しぶりにフローリカちゃんと二人遊びという形にもしたいし、実はスサーナは叔父さんがちゃんとブリダと踊れるのか顛末を見届けたいと思っているのだ。

 フローリカちゃんと二人ならともあれ他の子達と一緒だと、流石に他の皆の予定をぶっちぎって叔父さんの後を付け回す訳にはいかないだろう。

 それに、ちょっとアンジェがドンとお出かけする邪魔をするのは悪いかな、という感じもないでもない。まあリューも一緒なのだし気にすることでもないのかもしれないが。


「実は、うちの……お姉さんみたいな人と、あとフローリカちゃんと行く予定なんですけど。……とりあえずフローリカちゃんに相談してみますね。」

「えっ」


 反応したのはあにはからんやリューだ。

 ――あー。

 リューは以前からなんとなくフローリカちゃんを気にしている様子をみせていたのだが、フローリカの方は完全にその手の素振りを見せない。基本的にスサーナにべったりである。

――これは、うん。まあ行ってあげるのもなんらかの功徳の一種かも……?


「そ、そう。うん、俺らもドンの兄貴に人数が増えてもいいかって聞いておくからさ」


 急にそわそわしだしたリュー――普段は一見落ち着き気味の雰囲気なだけにそわそわするととてもわかりやすい――に、フローリカちゃんがOKかどうかわからないですけどねーと釘を差しつつ、スサーナはとりあえずうちに帰ったら丁度遊ぶ予定だったフローリカに相談してみることにした。




「ええーっ。他の子達と一緒?」


 最初に他の子たちと一緒でもいい、と言った割に、なんとなくスサーナが予想したとおりフローリカは盛大な不服の声を上げた。


「この間もその前も二人でお出かけは出来てないのよ? 急にどうしたのスサーナちゃん? ブリダが行ってくれるって言ってたのに。」


 ぷすーっと頬を可愛らしく膨らめてみせたフローリカに、スサーナは実は、と叔父さんのたくらみのことを説明した。リューくんが楽しみそうで、とはとりあえず言わないでおく。


「実は今日会った時にもともと説明しようと思ってはいたんですけど……実はこっちの人と一緒に行くからブリダはこなくてもいいよーって言ってブリダが納得してくれる保護者が必要かなって思ってて。」

「うーん、なるほど、そうね……」


 話を聞いて、フローリカは腕組みをして難しい顔をする。


「たしかにそれは気になる……。言いたいことはわかるわ。下手な言い訳だとブリダが気にするかも知れないわね?」

「ええ、ブリダって強情でしょう? 叔父さんのために別の人に頼んだ、なんてバレたら」

「フリオさんがお説教されるのね。間違いないと思うわ。」

「でしょう」


 頷きあった少女たちは、スサーナの自室で二人きりなので特に必要もないもののそーっと小声になり、額を突き合わせてヒソヒソささやきかわした。


「ねえスサーナちゃん、まず、フリオさんはブリダにお出かけの申し込みはしたの?」

「多分まだだと思います。最初どうも当日まで秘密にするつもりだったみたいで、一昨日釘は刺しておいたんですけど、その後ちょっと早めにしないといけない仕事が入ったので多分、後二三日は遊びの話はできない雰囲気かなって……」

「……丁度いいわ? ブリダの事だからいっぺん断っちゃったらその後ぜったいうんって言わないと思うもの。」

「私達から推せば行けないこともないと思うんですけど、仕組まれてるっぽくしたら駄目っぽいですよね。」

「つまりいかにもスサーナちゃんが一緒に行きたがりそうで、すぐに頼める保護者かあ……」


 フローリカはもう一つ腕を組んでうーんと唸った。

 スサーナは大人の知り合いが多くない。まあ商家のこどもとはそのようなものということもできるが、親しい大人は大体店で仕事をしている従業員、もしくは関係者だ。

 街中で顔を合わせると挨拶をしてくれるぐらいの大人、他所の商店主や船主ふなぬしはそれなりにいるようだが、お出かけを頼めるほど親しくはない。


 フローリカの両親に頼む、というのも選択肢の一つだが、母は忙しいだろうし、父は頼めば張り切って行きたがるだろうが絶対によくわからないうるささを発揮する、とフローリカは思っている。


「ううーん。仕方ないなぁ」


 講の子たちはスサーナの家族にも親しいと通っているし、実際言い訳をする場合最適なのだ。別にフローリカとしても一緒に行きたくないとか嫌いだとかそういうことはないのだ。一緒に行ったらそれはそれで楽しいに違いない。それはともかくとしてスサーナと二人でお出かけがしたかっただけで。


「ドンくんのお兄様がいいって言ったらだけど、それでいいことにしてあげるわ。でもスサーナちゃん、そしたら埋め合わせに二人で一緒に何処かに遊びに行ってね?」

「はい、それはもう!」

「ふふふ、約束ね? 」

「エラスに誓いますとも。」


 真面目くさった顔で胸に手を当てるスサーナに、絶対絶対ね!と念を押し、フローリカは今回はブリダのしあわせのために譲ってあげることにした。


 次のスサーナの講は明後日だ。フローリカはそれに合わせて本島に来ることを約束し、それまでブリダとフリオ叔父の様子をしっかり見張ることをスサーナに念を押した。



 次の講の日、今日は別の授業のはずのドンとリューが教室に駆け込んできて、


「あっスイいた! 一緒に行っていいそうだよ!」

「スイ! ええと、兄貴が人数が多いほうが愉快でいいだろって言ってたし、俺はどうでもいいけどさ! ええっと! 来たかったら来たっていいんじゃねえかなって」


 あとを追いかけてきた乗馬の教師に捕まえられ引きずられていったので、スサーナはその嵐のようなドタバタに呆然としつつもそっと前世でいういわゆるガッツポーズを小さくキメた。


 講から帰ってすぐに、先に来て待っていたフローリカに報告する。

 頷きあい、さて後は叔父さんが首尾よくブリダを誘えるか否かにかかってきたぞ、とスサーナは思う。

 そのためにはあんまり早くブリダに断りを入れるのは良くない。別の予定……仕事とか、でなかったらインドアのやつ……をブリダが入れてしまうかも知れないからだ。

 そして、叔父さんが断られるほど遅くてもいけない。

 最善はその場に居合わせて、そういえば講の子たちと行くことが決まってたんでした!と力強く宣言すること。

 そのためには仕事終わりに叔父さんとブリダに張り付いているのが一番いい。

 とはいえスサーナがいないときでも叔父さんとブリダは大体セットで仕事をしているので監視できないタイミングがとても多いのだ。

 そこが一番の懸念事項だった。


 懸念事項は力技でなんとかするに限る。



 夕ごはんを食べてフローリカが帰る前に、二人で手をつないで作業場にいる叔父さんのところに行く。


「叔父さーーん!」

「フリオさーん」


「おや、スサーナ、フローリカちゃん。仲良しだね。揃ってどうかしたかい?」


 型紙を切っていた叔父さんが二人の方を振り向いて笑った。


「叔父さん、お仕事そろそろ終わります?」

「ああ、これを切り終わったら片付けるところだよ。」

「じゃあえっと、秘密のお話いいですか!」

「秘密のお話かい?」

「はい! 叔父さん、いつブリダを誘うか決まりました?」

「タイミングがとても重要だわ。」


 口々にいった子供たちに叔父さんフリオは動揺した。


「スサーナ!? その話をフローリカちゃんに」

「しました! だって私だけで決めていい話じゃないので。」


 スサーナは確信犯で胸を張り、それから重ねて言う。


「だって他の保護者を探さなくちゃいけないでしょう? 講の子たちとそのお兄さんが行ってくれることになったんです。」

「……僕としては、スサーナたちのお目付けに僕もついていくって形でも良かったんだよ。」

「駄目ですよ叔父さん。それじゃダンスしてられないじゃないですか。ブリダは真面目なんですから。一旦保護者を引き受けたら私達から目を離すなんてしないのに決まってます。」

「別にダンスすると決まったわけじゃ……」

「ダンスをするつもりでもなく大人の人がお祭りに行って何をするんですか? 私達は屋台を覗いていたら楽しいですけど。叔父さんはブリダと踊りたいでしょう?」

「いや、その……」


 叔父さんがなんだか困ったようにふわふわと目を泳がせる。

 なんだか歯切れが悪いな、と思ったスサーナは後ろに来た気配に振り向き、その理由を悟った。


「まあお嬢さんたち。フリオさんとなんだか妙なことを企んでるんですね!?」

「ブリダ!? 帰ったはずじゃ」

「仕事の締切が厳しいので手伝いに来たんですよ。全くもう、油断も隙もないんだから。」


 腰に手を当てたブリダに、額に手を当てた叔父さんが困ったように苦笑した。



「えーっと、そのう。ブリダ、これは――」


 もぞもぞなんと言い訳をしようか考えながら弁解をはじめたスサーナにかぶせて叔父さんが声を上げる。


「うん。と、いうわけなんだ。ブリダ、僕と一緒に祭りに行ってもらえないだろうか。」


 いたずらっぽい笑顔でスサーナを眺めていたブリダが鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「ちょっと、フリオさん! お嬢さんの悪ふざけに乗って、もう。」

「元から誘う予定だったんだよ」

「困りますよ、そんな急に! お嬢さんたちだって一緒に行く大人が必要だって――」

「それは講の子たちとお兄さんと行くって今聞きませんでした? ほんとに誘われたんですよ!」

「ほんとうよブリダ。当日はお役御免なの。予定が開いてるのよ!」


 ここぞと援護射撃にかかった女の子たち二人にブリダは困った顔をする。


「でもねお嬢さん、フローリカ、満月の祭り用のドレスなんてもうずいぶん前にほどいちゃってますし、サッシュなんかハタキですよ。行くだけならそりゃ行けますけど。」

「行くだけなら行けるんだね?」

「フリオさん、もう! お嬢さんと話してるんです、フリオさんになんか言ってませんからね!」

「ねえブリダ、叔父さんとお出かけしてあげてくれませんか。せっかくお祭りの日がお休みなのに一人っきりで予定もないんですよ。可哀想ですよね?」


 無垢な表情を装ったスサーナにお願いされてブリダは頬を染めて困った顔をした。

 とはいえ嫌だとは思っていないやつだ。さっきから聞いていて、行けない理由は言うけれど嫌だとは言っていない。そのあたりブリダは普段とてもはっきりしているのに。


「そりゃ、行くだけなら行けますけど、私と行ってもべつにフリオさんは楽しくないでしょうに。他に行きたい女の方だって声を掛けたらいくらだって」

「楽しいと思うけど」

「っ、ダンスだって踊れないんですよ、今言ったとおり何年も前にほどいちゃって、急にこしらえられるものでも無いでしょう? ドレスもないのに踊るだなんてそんなこと恥ずかしくてできやしないですし。フリオさんだって、折角祭りに行くのに踊らないだなんてそんなこと――」

「いや、僕は正直な事を言うとスサーナたちのことを眺めて屋台を冷やかすだけでも十分楽しいだろうと思っていたんだけど。……欲が出るなあ。ブリダ、ドレスがあれば踊るのかい?」

「そっ、そりゃあれば踊ったっていいですけど! 無いですから! まさか今更作るだなんてフリオさんだって仰らないでしょうに。後何日だと思ってるんです。他の仕事だってまだ沢山あるんですよ。仕事を放り出して縫うような人じゃないって私が一番知ってるんですからね。」


 ふんふんと勢い込むブリダに叔父さんが頬を掻く。

 スサーナは見せていい?見せていい?と叔父さんとアイコンタクトをしたけれど、すこし考えた叔父さんが小さく首を振ったのでまだ我慢することにする。

 たしかにいっぺんに追い詰めすぎるのも良くない。


「じゃあブリダ、頼むよ。他にそんな予定一つもない僕に付き合うと思ってさ。」

「うっ……ええええ、わかりましたよ! 構いませんけどね、私なんかより他の人を誘ったほうが絶対楽しいと思うんですけどね!」


 やぶれかぶれめいて言ったブリダに叔父さんが小さく笑った。


「あいにく他の人の予定は全然無くてねー。」


 わあい意味深。にこにこしたスサーナはそおっとフローリカちゃんとともにこの場は撤退することにした。

 予想外の事態だったがなんとかうまくいきそうな気配がする。怪我の功名である。


「いやあフローリカちゃん、当日が楽しみですねえ」

「本当に楽しみね。ねえねえスサーナちゃん、フリオさんどこまで行くと思う?」

「流石に慎重派の叔父さんですからいきなりプロポーズはないと思うんですけど」

「そうね。まずはお付き合いから? まさかお友達からということはないと思うんだけど。」

「私、ブリダのなにかに恋の叶うおまじない縫って持ってってもらうことにします!」


 作業部屋から出た少女たちはぽんとハイタッチ。

 中から茹で蛸みたいになったブリダに聞こえてますよ!と叫ばれ、笑いながら部屋に駆け戻った。

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