後日談
第46話 魔術師は真夜中の庭で、もしくはゆかいな魔術師生活(暴力・残酷あり)
夜半すぎ、晴れた夜空に巨大な獣の影を横切らせ、自らの塔に付随する「庭」に降り立った第三塔の魔術師は、わずかに眉をひそめた。
手を振ると、横に控えた巨大な異形の獣は遊戯の駒めいた人形に姿を変える。
それを袖の中に入れると、彼は庭の半ばを占める硝子の温室に足を踏み入れた。
鳥かごを思わせる骨組と板硝子の組み合わせでできた大温室には、栽培植物と共生するたぐいの鳥や昆虫が多数放し飼いになっている。
それらが時ならずざわめいているのを魔術師は感じ取っていた。
「遅かったではないか」
降ってきた声に目を上げると、大木の枝の一本にうつくしい女が一人座っている。
「第五塔の二」
わずかに呆れを含んだ声で魔術師が呼ぶ。
第五塔の二と呼ばれた女魔術師は、とんっと枝から飛び降り、優雅な仕草で着地した。
「本島にばかり入り浸りよって。儂をこれほど待たせるとは度し難いぞ、なあ。」
笑み含みの、ふるいつきたくなるような妖しい甘い声にも第三塔の魔術師は特に反応せず、女魔術師の降りてきたその向こうの下生えを眺めやるようだった。
「これはどういうことだ」
ひどく面倒臭そうな声に応えたのは、また別の男の声だった。
「掃除した。」
声とともに奥から現れたのは、髪に装飾的な紐飾りを編み込んだ大柄な男の魔術師だ。
言いながら彼は引きずってきたぐったりした人影を無造作に下生えに放り投げた。
「第八塔もか」
第八塔と呼ばれた男はまた別の人影を手前の方にごろりと蹴り転がす。
倒れた影は合計4つ。彼はそのすべてを雑に第三塔の前に並べた。
「まさかお前の客ではないんだろう? 硝子を割って侵入し、温室に潜むのが最近の都会の訪問客の流行りだと言われたら困るが。」
「黒装束で顔を隠すのが流行りとは世も末じゃのお」
第三塔は転がった人間を一瞥する。特徴のない黒装束と、顔を隠した布。あるものは佩刀し、またあるものは首締め紐を下げ、揮発薬や劇物を入れる特徴的な小袋を身に着けているようだった。
塔本体へは許可のないものは入れぬために、無精して防犯用の識別認証を怠っていた温室に潜んだのだろう。
「殺したのか?」
「あん? まさか本当に客か? まあもう少しは息はあるだろうがよ」
「喋らせる」
言うと、第三塔は倒れた男の一人の前にしゃがみ込み、中空に魔術式を描き出した。
すっと光る図式が男の頭に吸い込まれる。
顔をおおう覆面を引き剥がす。特徴のない、中年手前ぐらいの男の顔。
ぱっと目が開き、ぐるりと虹彩が上がる。次いで完全に弛緩していた顎の筋肉が緊張する。口がぱかりと閉じ、そして開き、泡が溢れた。
「目的はなんだ、誰に頼まれた?」
「ぁ……ぐ……まじゅつし、を。……おどすか、らちして、いゔ、ことを、きかせよと。 さ、さいあく、ころしてしまっても、いいと……きょ、きょおりょく、ずる、かも、しれない……がっぁ……」
「ふむ。」
「りょうしゅ、ぅ゛、の、ふっけん、 びょおき、が、なお゛っでしまえ、ば、 だいがわりが、がっぁ、なぐなぁ、て、ふつごう、が。あ、がががががが」
眼球が零れ落ちそうなほどに瞼を開いたまま全身を痙攣させる男を無表情に覗き込んでいる第三塔に第五塔の二が声を掛ける。
「おい、それはそろそろ駄目じゃろうて。こっちのがもすこし保ちそうだ」
「こっちへ貸して欲しい。覆面は要らない」
笑った華奢な女の姿をした魔術師は、片手で黒装束の影を一つ掴み上げ、軽々と第三塔の前に投げてよこし、返す腕のひと揺らしで泡を吹く男の喉が爆ぜた。
第三塔は血飛沫を避けながらうんざりとした声で苦情を言ったが、第五塔の二は楽しげに笑って知らん顔をした。
そうして数人の黒装束を使い潰しながら第三塔が聞き出した話は、魔術師たちにとっては実に面倒くさいとしか感想を抱けぬものだった。
彼らは、エステラゴ領領主の治療を請け負うかも知れない第三塔の魔術師を害せよ、という命令を受けていた。更に言えば、彼らの雇い主は
領主代行殿の御威光に魔術師がほいほい跪くなどということはありはせず、また、それが別の貴族だろうと、それどころか王でありさえしても大差はないのだが。
命令者は近隣の中領地であるアービオン領の貴族の誰かである、ということしか彼らは知らなかった。
まあ、アービオン領で
「領主の快復とは、面倒な話を受けたものだのお、第三塔よ」
「受けた覚えはないな。……昏睡状態に陥った時に延命機構だけは請け負ったことがあるが、脳が傷んでいるから回復には無理がある」
「なあんだ、愚か者の先走りかよ。こやつらも命の捨て損よなあ」
第五塔の二がつまらなさげに言いながら、華奢なつま先で物言わぬ骸となった黒装束の身体を蹴った。
「しかし馬鹿者どもめ、我らを御せるとでも思うておるのかのう。小競り合いのつまにされるとは思わなんだわ。ちいと大人しくしすぎたか。200年ばかり大人しうしておったが、丁度島々からも程良う遠いようだ。そろそろ一地方程度、焼いてやるのもいいやもしれぬな、なあ第三塔」
「面倒くさい」
「やめてくれよ、あとの始末がどれだけ大変だと思ってんだ」
「ひひ、
うんざりした声を上げた第八塔に第五塔の二が笑いかける。
「しかし、どうしたものかな、この死体は。」
第三塔が溜息を付いた。今は夏のさなかであり、放っておけば昼には傷んで膨れることだろう。
「うん? ここに埋めれば肥料になろうが」
「やめてくれ、果物の味が落ちる」
「ちくと腐らせてやれば堆肥と大差ないぞ」
まずここで腐るのが嫌なんだ、と第三塔が異議を申し立てる。
「次が来られても面倒だ。第八塔、頼んで構わないか」
「お? このゴロツキに俺の人形を組めと? 自分ではやらんのか」
「私は早々に寝るつもりで帰ってきたんだ。……息があればまだやりようがあったものを、面白半分にとどめを刺されてはね。」
第三塔はうんざりした声で言った。
「珍しいな」
「当番でね。……馬鹿共が地脈をかき回しているようで、疲れた。同根かな、同根だろうな」
「間借り人の陣取り合戦のとばっちりを受けるのは癪だよなあ」
「国と国でならまだわかろうものを、同国内どころか同領地で争うのだから愚かなものよなぁ」
関わりのないところで勝手にやってほしい。魔術師たちはしみじみと頷きあう。
「まあいいが、俺は今骨組ぐらいしか持っておらんぞ。死にたてだから接続はどうにかなるだろうが」
「再利用する予定もないだろうし十分だろう、代金は後で払う」
第八塔は頷くと、懐から針金のようなものを取り出すと屍体の首後ろから差し込みだした。
ややあって、ぐらりぐらりとした動きで襲撃者達が立ち上がる。
「よーし、お前ら依頼人のところまで戻るがいい。それで、次魔術師に関わろうだとか、そういう余計なことをするとこうなると伝えてやってくれ、いいな?」
第八塔がぱん!と手を打つと、ぐらりぐらりと屍体たちは行儀良く一列に並んで外へ向かって歩いていく。
「目立たないか、あれ」
「そういやあそうだな。アービオン領までは宅配しとくか」
第三塔が眉間を抑えて溜息を付いた。
「そういえば、なんの用だね」
「肝臓の賦活剤と酒精の分解速度を早めるやつくれ」
「儂にも」
「帰れ、寝る」
数日後、アービオン領の領主補佐を任ぜられたとある封臣が、錯乱状態で歩く死者が訪れたと喚いているところを発見された、と噂が流れてきたが、魔術師たちにはそれこそどうでもいいことだった。
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