第337話 偽物侍女、地味な作業をする。

 二度目の乙女探しは賑やかに始まった。

 一度目のそれがそれなりの位の貴族たちの娘であったのに比べ、二度目、三度目に参加する娘たちは宮中に縁の薄い者たちで、それを反映してか、一度目のそれが貴族の子女たちに馴染んだ茶会の形式であったのに対し、今回のそれはもう少し気安い集まりの形をしている。

 ――離席OKな、スタンディングのティーパーティー、と。

 形式をそっと反芻しつつ、スサーナは使用人たちに混ざりしれっと立ち働いている。

 テーブル毎にお茶菓子を置き、縁起物の香草や常緑樹、飾りをつけた香り玉を飾る。


 宴の開始まで、実は今回は三悶着ぐらいあった。

 開催するはずだった場所が取れていなかった、だとか、什器が足りない、だとか。それをなんとか女官たちがとりまとめ、超ファインプレイを連発し、なんとか今の形にして開催までこぎつけた、という次第だ。

 相手が下級貴族や商家の娘である今回の乙女探しであれど、仮にも王の妃の一人がひとを招いた催しが不手際で開催できない、となれば、それは結構な恥で、しばらく社交界のお笑い草となるだろう。そんな事態を回避できて、侍女や女官たちの間にはあからさまにホッとした雰囲気が漂っている。


 今回の開催がここまで揉めたのは、当然ビセンタ婦人の嫌がらせだ。

 これは結局どんな思惑があるとされていたって王家の開く公式行事ではなく、まだ結婚年齢などでは全く無い第五王子であるところのレオくんのお妃探しなんかではない、第三妃の私費での催しだ。かつ、貴族の皆さんがノリノリのお祭り騒ぎであり、只今の噂の種でもある。というわけで、このぐらいの嫌がらせはギリギリ上に上がらず、かつ効果的という、宮廷おこんじょうバトルとしては筋がいいやり口であるらしい。

 対するザハルーラ妃は開催できなくては負け、ぐだぐだになっても負け、犯人だとは見做されていても物的証拠がないビセンタ婦人を下手に糾弾して彼女のサロンの上位者であるミレーラ妃を巻き込んでも負け、という具合らしい。

 ――ビセンタ婦人もなかなかやるなあ。……とはいえ、既知の嫌がらせ、なんですけど。

 スサーナは下級侍女の一人として控えつつ、女官たちがヒソヒソそんな噂話をするのを聞きながらそう考えた。


 事前のスサーナの報告やらなにやらで、今回ビセンタ婦人がやるだろう嫌がらせは程々にお父様やらラウルやら、関係各所に把握されていた。ほどよく混乱しているように見せつつ、最終的には形を整えるというのはラウルなどが信頼が置ける使用人を潜ませて調整した落とし所だ。



 ――やるとわかっていればこんなもの、ということも出来るんでしょうけど……いや、しかし。

 思いながらも、スサーナは会場の下働きをしつつ、主役たちをそっと眺めた。


 確かに、ザハルーラ妃はあまり貴婦人のご友人は多くないようだ。

 そのあたりの理解はこれまでふんわりしていたスサーナであるが、何となくこれで察せられた気がする。


 今回の席は、最初から立食型が考えられていたらしい。


 スサーナの感性ではだが、立食形式が映えるのは参加者同士交流をある程度したいと思っている場合ではなかろうかと思うのだ。

 参加者が女の子10人と男の子一人、そして女の子たちが皆、たったひとりの王子様を目的としている場合、女の子同士で交流したいわけもなし、場の持たなさが尋常ではない。

 ――レオくんの周りが渋滞しておられる……。

 着席形式のお茶会ならまだしも距離的には一定であるものを、立食などにしてしまったせいでレオくんの周囲には女の子が詰めかけ、ちょっとした人だかりになっている。

 人目を絶やさない、という目的があるとしてもあまりうるわしくない見た目であるし、レオくんの負担としては結構なものであろう。


 あまり身分のない娘たちばかりが参加する、というのが理由なのだろうか。一度目ほどの趣向揃えもなく、流れがスマートになるように配置を凝らすわけでもない。

 ――セルカ伯が見たら悔しがる気がするんですよね。ノーテーマで、おやつを食べてお茶をするだけ。まあ、だからこそ場所が変わっても機材が足りなくてもなんとか持ち直せたんですけど。

 そのためにバニラな宴席を企画して備えていたのかもしれないが、それにしても素朴なのだ。

 正確なところはわからないのでイメージで語る感じになるが、貴婦人のご友人とやらがいればこういう、あまり凝れない条件の宴席を開かなくてはいけないという局面でもアイデアを出してもらえたり、スマートに取り仕切ってもらえたりするのではなかろうか。

 ――ザハルーラ妃御本人が何もかもわかってご協力してくださっている、というのとも違うでしょうし、多分、ある程度はこの展開は素で……。 嫌がらせの成果、とは言い切れない気もしますから、なんというか構造的欠陥と言うか、ザハルーラ妃側でクリアして貰った方がいい問題なんでしょうねえ。

 周りを囲む女性たちがいない、ということでビセンタ婦人の嫌がらせが素通しになっているという要素もこれはきっとあるのだろう。


 そうはいってもそこはスサーナの関与が一切可能な分野ではなく、とりあえず宮中女性関係怖いなあ、と思うぐらいしかやることはない。


「でも、ヒヤヒヤしましたわねえ。まさか青檸檬の間が使えないなんて。流石に会議をしているところを使えませんものね。」

「魚絵の間が開いていて良かったけど、まさか扉が修繕に出ているなんて!」

「うまく格好がついてよかったわ。……少なくとも、乙女候補たちに侮られることだけはないでしょう」


 開いている広間を確保した女官の一人が褒め称えられ、曖昧な表情で微笑む。

 スサーナは呼ばれる彼女の名をそっと覚えておく。


 今回、スサーナがすべきことは、ビセンタ婦人が他人には告げずの会心の嫌がらせを用意してある、だとかいう事態と、今回、ひとり混ざったセイスデドスの擁立した乙女候補が予想外の動きをしないか、という事態に対しての警戒、それから「ファインプレーをした使用人」に混ざっているビセンタ婦人の関係者を把握する行為だ。


 今回の乙女探しで、ファインプレーが出来た者には、三種類種別が存在する。

 一種は本当の偶然。伝手などを有効に働かせられたもの。

 一種はラウルなどが仕込んだ予備の準備を握らされた使用人たち。

 そして、最後の一種は、ビセンタ婦人に関わりのある者たちだ。

 どういうことか、といえば、それも嫌がらせの一環なのだ。

 彼らが用意するものはなにか瑕疵があったり、いささか劣るものだったり、ともかく後日の難癖や嘲笑の種になりそうな要素が含まれているといっていいものばかり。


 とはいえ、普通なら限られた条件でなんとか格好をつけようとした善意の者たちと区別はつかず、あらわになることもない嫌がらせなのだが、そうする、ということをスサーナはパーティーの席上の雑談で聞いているので判断がつく。

 ――あとでくさして笑う種と、あとよほど開催できなくて面倒な方に話しが回る前に手前で止める手段と、一石二鳥ということですね。


 ラウルの仕込んだ使用人は明確に判別がつくので、残りは二種類。その中でこれはあちらのものだな、という相手を把握し、どういう立場の人間で何を提案したかを覚えておく。

 これをリスト化し、ビセンタ婦人の関係者を把握し、ラウルに提出するのだ。もしかしたらお父様にもお出ししたほうがいいかな、とスサーナは思っているのだが。


 ――まあ、これは余録みたいなもの、のはずですけどね。

 同じことは多分、ラウルの息の掛かった使用人や護衛も行っているので、スサーナのこれは複数リスト照合用の念のためというやつだ。

 メインの働きは、依然、レオくんがおかしなアプローチをされないか、という警戒で、今回セイスデドスの擁立した乙女候補が混ざっているため、そこそこ気をつけなければならない。

 とはいえ、セイスデドスの乙女候補への警戒と言っても、おかしな方にレオくんを連れ込むのは少女たちが一瞬も目を離さずレオくんの周りに人垣を作っている現状不可能であるし、そうでない直接的行為ならば護符が防ぐ。直接加害なら会場に護衛も控えているので、この現状だとそこまでの警戒はいらないかもしれない。



 とりあえずスサーナが気にすべきなのは、若獅子モードのはずのレオくんが爽やかな笑みを浮かべつつも目がこっそりとだいぶうつろで、慣れない小型犬の群れに囲まれた上品なしばわんこ、もしくはコーギーみたいになっているという点であるようだった。


 ――屋敷にレオくんが今晩戻ってきたら、お好きなお菓子を用意させて……あとお風呂のプレゼンもしておこう……。


 スサーナはそうっと遠い目になった。


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