第348話 第五王子、三度目の乙女探しの催しに出席する 1
三度目の乙女探しの催しは、レオカディオ王子も立ち働く者たちも慣れたろう、ということで、一度目二度目よりそこそこに遊戯性の高いものが用意されていた。
とは言え、一度目は本来ご令嬢参加型の見せ場のあるお茶会だったはずなので、二度目ばかりがなんの芸もないということになるけれど、参加する娘たちを推す者の身分と発言力からすればそうなることも仕方のないことだろう。
――公平性を考えればどうかというところですけど、このほうが明らかにレオくんは過ごしやすいので改善してくれてよかったとしか。
スサーナは立ち働く侍女たちの一角で支度をしつつ、とりあえずしみじみとうなずいた。
三度目の催しは、ちょっとしたレクリエーションゲーム会に近いものだ。
いわゆる鵞鳥のゲーム、卑近な言い方をするならすごろくのようなゲームや、繊細な細工の彫刻が水杯をいくつも支えて、重くなりすぎるとかたんとなって水を零し、水の重みで細工が動くという優雅な遊具を使ったゲーム、レオくんが鬼となるハンカチ落としなど、合コンかな?というような遊戯を合間に挟みつつ、優雅におやつを食べる、というのが企画内容である。
レクリエーションゲームであるので、席順などを決めたりの手順もあり、両隣はぎっちり令嬢に囲まれるものの、それを超えての接触は白い目で見られるはずだ。
お誕生日パーティーやクリスマス会という印象のあるレクリエーションというやつは王宮で宴としてやるのには卑近すぎて不思議な、とスサーナはちょっと思うものの、どうも貴族の大人たちの宴会でもこの手の遊びは行われるらしいので、日本人感覚に邪魔されているだけなのかもしれない。
「あら、ハンカチ落としは結構際どい遊びよ。狩りの余興の時なんか特にね……」
「そういうものなんです……?」
「それはそうよ。外だと二人で転ぶこともありますし、体に触れる遊びですもの。ま、狩猟服ならともあれ、盛装で遊ぶなら行儀よくするものですけど、それでもそういうイメージの遊戯ですから、今日は期待を盛り上げるのに長けた者を使っているわね」
純真な年若い下級侍女に大人の視点を教えようと気が向いたらしい女官によれば、残りのゲームもごく軽い接触を伴う機会があったり、順位で横に座れるなど、なかなか心憎いところを攻めてくるチョイスであるらしい。そこそこの家柄で色気を出す必要がない一度目とも根回しの出来ない二度目とも違い、それなりにそれなりな貴族達が関わる三度目とあって、多分噛んだ貴族達がとても頑張ったのではないかということだ。
頑張ったのはアブラーン卿か、それともそれなりに人を動かせる他の貴族だろうか。
どの娘が特別に得する、という構図もなさそうであることからすると、関わる貴族達がしっかり競り合い牽制し合った結果、誰の思惑でもなく均衡した、というのが正解かもしれぬ。
その分、たしかに思春期の少年少女をどきっとさせるぐらいの要素はあるものの、それこそ予測されるのはバニラなものだ。正攻法で攻めてきていると言えなくもないが、女の子が押し寄せてくるたびにまめしば化していたレオくんであれば、あまり効果はないだろうと言わざるをえないだろうとスサーナは思う。遊戯として行われる程度の接触は大人たちの企画時の相互監視が行き届いた結果か、聞いてみてもそれなりに節度を守ったものになりそうで、二度目のお嬢さん方の殺到よりもレオくんに負担は少なそうなので、むしろ歓迎できるものであった。
――サラさんと一緒に参加するあと一人のセイスデドスの養女も、これならそこまでの心配はいらないのかな……
手順を確認し、席の準備をしながらスサーナはほっと息を吐いた。
ここのところずっと気を張り詰めつづけていたものの、サラをこちら側に誘導する目論見はここに来てなんとか成功しそうな雰囲気であるし、今日の宴席は関わる貴族達の意地の兼ね合いのため、むしろ平穏そうだし、最も意味がありそうな最後の一回はスサーナはお留守番でいいようだしで、なんだか早々と肩の荷を下ろしたような気持ちだ。
準備を済ませたところで女官にエスコートされて乙女候補達が入室し、彼らが席で落ち着いた頃にレオくんとザハルーラ妃がやってくる。
今回は後援の貴族の皆様は別室でちょっとしたお酒と軽食ということになっており、この場にいないのは気楽でいいのだが、そちらに付くことになった召使いたちはほのかに遠い目になっていたので、向こうではきっと何らかの魑魅魍魎な駆け引きなどが発生しているのだろう。
ご令嬢達と同じテーブルにレオくんが着き、ザハルーラ妃は少し離れた、しかし同じ室内で私室付女官とお茶をするということになっている。
これも前回の催しで、ザハルーラ妃のほうに万が一にも失礼がないように、殺到するお嬢さんたちに対してレオくんが気を張ってしまい、個人の印象が一切残っていなかったと白状したことに対する対策であるらしい。子供は子供同士で打ち解けてもらい、距離を持ってそれを眺めて良さそうなお嬢さんを判断しよう、ということであるようだ。
レオくんもさながら、ビセンタ婦人とアブラーン卿に関わりがあると知った以上、ビセンタ婦人側のザハルーラ妃への嫌がらせの延長でなにかあるのをそれなりに危惧していたスサーナにはこの配置はこれまたありがたい。
――少なくとも、嫌がらせの顔をした何かがある、というのと、サラさん……は大丈夫でも、もう一人のセイスデドスの養女がなにか第三妃様にする、というのは可能性がありましたものね。その心配がないのはいい……。
スサーナは待機をしている下級侍女の顔で、円卓に居並ぶ少女たちを眺め渡した。
十指には少し足りない数の彼女たちは、二度目のように押し合いへし合いをするわけでもなく、しかし期待と不安に満ちた表情で、彼女らを選別するはずの王子に視線を向けている。
――今回、セイスデドスの影響があるのは……サラさんと、それからその横の焼いたパン皮みたいな色の髪の女の子。とても頑張ればこちらの子も亜麻の色と言い張れないこともないんでしょうか。
彼女たちの髪色は、亜麻色要素を完全に投げ捨てたこの国ではとてもスタンダードなブラウンや鬱金染めのような金から、一応募集要項を口実よと振り捨てはしなかったらしい数人は亜麻近似の色。とはいえそのものとは言い難く、その中にたった一人淡い亜麻色に色を抜いた髪はとても目立った。
本当に亜麻色の髪というものはこの国ではどうもあまり多くない。特にあの日スサーナが着けたかつらのような、赤みも黄みも薄いお人形のような色はさらにだ。
――もとを正せば……尾花栗毛の馬の毛があのタイミングで安かったのが原因だと思うとなんかしみじみしてしまうんですが……、まさかこんなことにねえ……
かつてエレオノーラに借りた服がミッシィのためのもので、彼女に似合うよう作られたひまわり色の服に合うかつらの選択の中で、そのタイミングで一番お買い得だった、というのが夏の髪色の選択理由だったのだから、そこからこんなことになるのなら、スタンダードな栗毛あたりを選んでおけば何か違ったものだろうか。
成り行きというものについてしみじみと考えていると、まさにそのとばっちりで髪の色を抜く羽目になった亜麻色のひとりがちょちょっとこちらに視線を向け、手を振ろうとして途中で思い直したという風なふわふわとした動きをして戻っていったのが見えたので、スサーナは場違いにすこしほのぼのする。
サラがこうサラな感じであるのなら、警戒はもう一人メインで問題ないような気がした。
サラの動きに釣られたように、本日もっとも注目されるところのかわいいまめしば、もとい若く美しき王子が視線をこちらに向けかけたので、スサーナは慌てて何の変哲もない下級侍女の顔をして正面を向いた。
視線を揺らした王子様に、目線が向いた方向にいる娘さん達の表情がふわっと湧く。
今日の第五王子は、淡いピンクとグレーの混ぜ織りに金糸で繊細なパターン柄を入れた一式、シルバーリーフのようなベルベットの厚手の上着という、日常の衣装にイベントごとらしい一匙の豪華さを加え、冬らしさを損なわずにキャラメル色の髪と海の青緑の目をよくよく生かしたというような衣装係の矜持を感じる仕上がりで、別に乙女探しという「選ばれれば大変な名誉が」などというイベントでなくとも少女たちがわっと群がるだろう、という美少年ぶりであった。
ご令嬢たちの視線におやっと目を伏せるように微笑み、そのままレオカディオ王子は律儀にくるりと円卓を見渡した。少女たちが一斉に夢見るような瞳になる。
今日のレオくんはそれなりに整えられた手筈を事前に聞いたのだろう、二度目ほど表情が硬いことはなく、しかし腰の飾りベルトの房飾りにオレンジのぬいぐるみが足されているところを見るとお守りに頼りたいぐらいには不安ではあるらしい。
それでも何も知らない目から見れば落ち着いた空気を漂わせる高貴さに溢れる美少年に見えるわけだから、王子として育つ身の自制心というのはとてもすごいものだ。
――レオくん、多分これで気詰まりな乙女探しの会は最後ですからね!頑張って……!
スサーナは内心でレオくんを激励し、乙女探しの催しが始まるのを待った。
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