第349話 第五王子、三度目の乙女探しの催しに出席する 2
三度目ともなると女官達も馴れたもので、大きな支障なく三度目の乙女探しは始まった。
ビセンタ婦人がもしかしたら今回もなにかはしているのかもしれないが、わかりやすい瑕疵が下級侍女のもとまで降りてはこない程度であるらしい。
司会進行に呼ばれているのは本人も貴族の家柄であるとかいう今をときめく役者の一人で、簡単なご令嬢の紹介にそれぞれ一言気の利いた褒め言葉を付け足したりなどでなかなか場を沸かせている。
「最初の三度は本式の宴のようにはせず、あくまで日常の楽しみの範疇で」という取り決めに反さないギリギリのところを差配した誰かが勝ち取ったのだろう。日常のお茶やちょっとした食事ではなく、遊興としてならしっかりした司会が居ておかしいことはないのだが、この三度目の乙女探しにいかに期待をかけたものがいるか、という証明でもあるのかもしれない。
とはいえ、仕掛け人側もそれを幸いとしたのかもしれないが、などとスサーナはいい感じに進行されていくらしい会場の方を見ながら思う。
――トパーシオ一座でしたっけ。お父様が後援してるとか聞きましたけど、関係あるのか無いのか……。まあ、大体人気の劇団なんてどこの貴族もお金を出してる気もしますけど。
ともかく、一度目は王妃づきの女官が取り仕切り、二度目は王子の侍従の一人が担った司会役はどちらかと言えば裏方の雰囲気で、ザハルーラ妃の意を汲んで予定通りに場を整えるという感じだったものが、今回はエンターテイメントに慣れた人間が場を沸かせているものだから、雰囲気はだいぶ華やかだ。
開始直後であるというのに少女たちは頬を緩ませ、王子、もしくは王妃に見初められる、という目的から少し目を離した雰囲気である。これまでの二度は少女たちの間に和やかさは発生せず、レオくんばかりを見ていたものだったが、今度はお互いを見渡したり、司会の盛り上げに従って同じタイミングで笑った者同士になんとなく親しみが生まれているらしいのが見える。
――すごいなあ……。これは技術だ……。
席についた時にはギチギチに硬かったお嬢さんたちから段々と力が抜けていくのにスサーナは感嘆する。張り詰めた場よりもこのぐらいのほうが絶対に御しやすいだろうし、レオくんだって疲れすぎず済むはずなので、プロの司会というのはとてもいいものだ。集められた少女の人となりを洗い出したいというのなら少しザハルーラ妃には残念なことかもしれないが、極限状態でその人の本性がみたいなやつはあまりあてにならないとかいう話も前世では聞いたので、諦めてもらいたいと思う。
そんな風に和やかに始まった集まりには、まずは軽くゲームをしながら摘めるような串に刺したピンチョス的なものに、セイボリーなクッキーや、チーズのミニパイなどが運び込まれ、凝った作りの双六盤が据えられる。
枠ごとがちょっとした彫刻のジオラマになっていて、そこに貴石を使った凝ったコマという、推定金額で目眩がするようなすごろくは、ルールの内容はぐっと卑近な作りであるらしい。マスに止まるたびになにかちょっとした命令を果たさねばならぬというもので、好きなものを指定の数語るだとか、詩歌を詠じるだとか、ご令嬢達が自然と自分を売り込んだりするのに良いようになっているようだ。
スサーナはそっと、引っ込み思案らしかったサラが慌てすぎやしなかろうか、だとか、レオくんの手番にお嬢さんたちが食いついて面倒なことにならないか、とか心配していたりしたのだが、とまったマスが少しややこしそうだとかで手番の誰かの表情が固くなるとうまく競争感を煽りつつほどよく司会からフォローが飛び、場が盛り下がる瞬間がないようなのだ。
賽子を振ったサラが良い出目にはしゃぎ、ゲームが始まる時にはそれなりに硬かったレオくんの表情が、だいたいスサーナの記憶の方に半分ぐらい寄ってきた柔らかさをしているのを認め、スサーナは安堵とも拍子抜けとも付かない息をほふうと吐いた。
気の利いた感じですごろくは進み、一位になったお嬢さんがブレイクタイムの際にレオくんの横に座る権利を得て、しかし、まともに感想戦をしているので何か役得という感じもしない。
ご令嬢たちにもレオくんにもそれなりに手番は周り、順位で席順が移動する上、左右の席とそこそこ絡む設問もあり、全体的に一体感が生まれていると言ってもいいだろう。
最初はおどおどしていたサラもゲームの流れに場に馴染み、レオくんはこういう友誼を深めるイベント自体の体験はあるのか、そこそこそつなく、たまに腰の飾りを触ってしゃらしゃら言わせたりもしているが、しかし一度目二度目よりは周囲に向ける表情はだいぶマシだ。
となるとスサーナが警戒するのはもう一人のセイスデドスの養女なのだが、すくなくともすごろくという遊びの上ではおかしな動きもなく、出目に一喜一憂するさまや手番があたったときの様子を見るにすこし気が強そうだぞ、というにとどまる。
――このぶんなら、何も起こらない気がする……。
ブレイクタイム用のお茶を運び込みつつ、スサーナは今回の展開はやはりとてもお父様達が気を使ったようだぞ、とにんまりする。
席についているのは13や4、年嵩でも15ぐらいの子供たちであるのだ。ゲームの形にされれば活気も絶えず、かつすごろくという形式であれば我が我がと出しゃばりすぎるものもいない。
ルールで縛ってしまえばそこからそれる動きには忌避感は出るし、皆が目を離す瞬間というのもない。よって、レオくんに埒外の接触をしようというものは出づらいだろう。
――一応、何かあったときの準備はしてきましたけど、これはいらない心配でしたね……!
スサーナはアンダードレスのさらに縫い目に沿って作ったポケットの重みに少し思いを馳せ、取り出すようなことにならなそうなことを喜んだ。
三度目の乙女探しにあたり、スサーナもただ見張っていればいいと思っていたわけではない。何か不測の事態が起こった時に備え、隠し玉なものを用意してはあったのだ。
それはレオくんの腰にぶら下がったオレンジのぬいぐるみに込めた魔獣よけの刺繍であり、夜越し祭りの後頃だったか、なにかの際にカリカ先生が用意してくれた「精神を損なうものを軽減する」という効果のある刺繍をひとつ流用した――思想汚染に効くかどうかはわからないが、文言を聞けば広い効果だし、万が一ということもあるし――、サラの下着の補正に使う紐であり、また、一昨日レミヒオくんと色々と試して用意した、侍女衣装の下、アンダードレスのポケットに潜ませた刺繍である。
万が一、なにかがあったときのために、と備えたものだが、なにもないなら明らかにその方がいい。
――特に、この刺繍はカリカ先生の監修もありませんし……使うのに結構集中力とか浪費しますものね。余計な労力を使っている気はするので、洗練させないで使いたくはないなあ……
レミヒオくんと試した結果、どうも自分が当初イメージしたものは重いと悟ったスサーナは、カリカ先生ならもっと便利に洗練させてくれる気がするのだ、と残念に思う。
ここのところカリカ先生が忙しいらしく現れない弊害だ。現状だとイメージするものがだいぶややこしいのが原因だろうと自分でもわかるので、使うなら最適化させておきたかった。
それに、会場の警備状態がわからなかったため、うっかり誰かにみられないようにと考えた結果、アンダードレスの側面の縫い目に沿って裏地に作った目立たないポケットに押し込んであるので、刺繍をしたハンカチを取り出すためには、着ているものをがさーっと持ち上げて裏地側にあるポケットの口に手を突っ込む必要がある。
流石にそれはあまりにも女性としてナシだとは思っていたのだ。足を見せるぐらいならともあれ、ぱんつまで晒すのはスサーナの感覚としてもできたらやらないでおきたい。
スサーナが警戒するような、レオくんが一人連れ出されるようなことなどはなにもなく、つつがなくレクリエーションは進む。
スサーナは山手線ゲームだ……と思ってしまう、物づくしなどというゲーム。
カードゲームと棒倒しと水飲み鳥が混ざったようなゲーム。
それらはだんだんと子供たちの間の距離がつまり、接触を気にしなくなるように組まれたものであるらしい。最初はそれでも余所余所しさがあった参加者たちは肩が触れ合うほどの距離を気にしなくなっており、なるほど合コンの際にゲームを行うのは理にかなっているのだなあ、とスサーナは謎の納得をしながら立ち働いた。
しばらくして、多分一番の盛り上がりどころなのだろう、ハンカチ落としの最中のこと。
これはもう最初からレオくんが過重労働することは目されていたらしい演目で、同じ人を二度続けて狙ってはいけないルールと、前の手番の鬼を即座に狙ってはいけないルールが付加されていた。
とはいえご令嬢達が狙いたいのも狙われたいのも当然レオくんで、とはいえこれまでのゲームで打ち解けたぶん和やかになっているために雰囲気が保たれる、というようなものだった。ここまでのゲームの運びからすれば、大分野性的な方向に振れたゲームなので、少女たちと王子殿下が普通に打ち解けるだけでは足りないと見た貴族の誰かがこれだけはと入れ込んだものなのだろう。
レオくんが走る頻度が上がると、適度に司会からミニゲームが入ったりなどしていたので、司会もここの扱いには気を使っているのが見えた。
幾度目かのレオくんが鬼のターン。
自分の後ろにハンカチが落ちたと判断したらしい少女の一人が先走ってレオくんに飛びついたのだ。
「っ、わっ」
「捕まえた……!」
まだハンカチを手にしていたレオくんが少し慌て、身をひねる。
少し引かれた形になっていた椅子の装飾にじゃりっと腰飾りが擦れ、鎖輪が歪んだらしく、吊るされていた飾りがばらばらと転がった。
「あっ、ごめんなさいませ……!」
「っ、ふふ、焦られましたね。大丈夫ですよ。……少し待ってくださいね。落ちたものを拾ってしまいますから」
レオくんがいかにも王子様らしく恥じ入る少女をなだめ、その手番は仕切り直しということになる。
言われるまでもなく、その場にいた侍女や女官たちが飾りや鎖を拾って回ったし、見覚えのあるオレンジの飾りがころころと転がるのを追いかけたスサーナはお茶をしながら見守っていたザハルーラ妃のほうまでそれが転がっていってしまい、恐れ多くも第三妃殿下が拾い上げてしまったのでちょっと回収を諦めたが、同時に僅かな違和感に眉をひそめた。
――椅子に擦っただけであんな部屋の向こうまで勢いよく飾り物が飛んでしまうこと、ある?
まるで弾けたかなにかしたかのようだ。
普通ならそんなこともあるだろう、と気にしないものかもしれないが、そうした相手がきつね色の髪の、あのセイスデドスのもう一人の養女であるのが気に入らぬ。
スサーナは急いで散らばったものを数点拾い集め、レオくんの手の中に押し込みながら異常がないかどうかじっと観察する。
「ありがとうございます。」
――怪我とかは、ない……、具合が悪そう、とかは? 手を握っても変な感じはしない……
不手際が恥ずかしかったものか、ちょっとはにかんだレオくんの表情には異常はない。
――まあ、発動したとしたなら……確かはっきりわかる反応が出るとカリカ先生も言っていましたし……、偶然かなあ……
もしそれが魔獣避けの発動なら、夜光虫のような青白い光が現れるというのだからこれは違う。セイスデドスの養女がわざわざ魔獣避けの護符を蹴るかしたとも思いづらく、まず気づける理由もない。
それに、お守りとして渡したものが警戒していた相手の干渉で少しおかしな外れ方をした、というだけで、かねてからの警戒の内容であった思想汚染などではないのだ。
「これ、渡したらすぐお戻りなさい!」
「す、すみません、緊張して……!」
女官に小声で叱られ、スサーナは慌てた下級侍女の顔で壁際に駆け戻る。
セイスデドスのもうひとりの養女はミスプレイのペナルティで一ターン休みになり、壊れた腰飾りに苦笑したレオくんが母君の方を伸び上がり、いくつかそちらの方に転げていったものがその手元にあるのを確認した後に和やかにゲームに戻っていった。
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