第326話 偽悪役令嬢、悪役じみた王子様に丸め込まれる。

 スサーナは落ち込んでいた。

 ――サラさんに信用して頂けなかった……。

 最初から対応に壁はあった気がするのだ。サラにしてみれば、ショシャナ嬢は一面識もない相手で、急に踏み込んだことを言われれば警戒するだろう、とはちゃんと思っていたのだが。

 下級侍女をしている時を知っているからこそ落差が際立つ、思いつめたような荒んだ目。同僚としてのサラは、一度もあんな表情をしたことはなかったように思う。

 ――一緒にお勤めしていたのからそう経ったわけでもないのに、どれだけ辛い目に遭ったんだろうと思ったら……焦ってしまいましたね……。

 それに。部屋には火の気もなくて、長く留めておくのには不適格だと思った。

 赤くなるのを通り越して指先は白くなっているのに、華奢なドレスは首も腕も晒している。そこで生まれる憐憫を意図したものであっても、どうにも気になってたまらなかった。

 ……誰かが寒そうなのは、多分、苦手なのだ。


 とはいえ、この失態は本当に良くない。

 幸いに、と言うべきか、まずその話し方に問題があってこの結末になったかは置いておくとして、侍女ばたらきのことはバレていなかった気配がするし、話した内容だけを鑑みると「アブラーン卿が嫌いでサラに心配だと言ってきた」という、世間の噂を重く見てのことだ、とも言い訳できる内容であるので、アブラーン卿がショシャナ嬢をそう認識するだろう、という位で済むかもしれない。

 ――それでも外務卿の娘が、となると警戒はされるでしょうか……? でもひどい目にあっていると思われるのもあちらの既定路線の気はするし……、思惑通りだと思っていただければいいんですが。


 どちらにせよ、サラをこちらの腕の内側に捉えられなかったその上に、洗脳の有無なども確認しきれなかった。あの物言いでは公の令嬢に対する反感なのか、スタンスそのものがあちらに酔ったものなのか、というのは確定できない。

 出来る小細工にはタイムリミットがあり、大人たちには思惑がある。

 大人たちのやり方は組織だとか手順だとかが関わるものだから、サラ一人をうまく優遇してくれ、ということは難しいだろう。

 ――酷い目にあってほしくはないのですけど。

 サラが乙女探しに出るのは明日だろうか、明々後日だろうか。大人たちが決定的に何かを予定しているのはいつになるのか。年内に名乗り出ている令嬢たちとは全員顔を合わせるということは、年内に大人たちの思惑も動くということだろうか。もしかしたらトーナメント制な第二回か三回になにかあるのかもしれないが。それまでに事が動かないならもう少しなにか出来たらと願う。



 一度会場に戻っていったものの、何かを感じ取ったかふっと戻ってきた第二王子殿下に畳んだマントを渡し、どうなったかを問われたスサーナはかくんと首を落とす。


「……というわけで、サラさ……アブラーン卿の養女には何も聞けず、怒らせて逃げられてしまいま……」


 かくん。

 説明しながら、カツラの縦巻きロールを前側にばさんとこぼしつつスサーナはもう一段首を落とした。

 マントを受け取りながら第二王子が苦笑する。


「まあ、こういう場に身を置くならよくあることだよ、お姫様。あまり落ち込みすぎないことを覚えたほうがいいかな。」

「はい……。うぐぐ、返す返すも迂闊でした……。一杯一杯の方にはもっと単語を選ぶ必要はありましたし……メリットをもっと明確にはっきり口に出しておくべきだったでしょうか……保身に気が行って、話の内容を曖昧にしたのもきっと信頼感を損ねる感じで……最初から少し不信感は見えていたので、畳み掛けずにもう少し……」

「……思ってたのとちょっと落ち込みの内容が違ったかな。知った仲のご令嬢をこちら……こちらと言ってしまうけど、こちらの陣営に引き込みたかったのかと思っていたけど。」


 友情にヒビが入ったのを悲しんでいるのではないのだね、とほのかに呆れたような表情で言う第二王子にスサーナはふるふると首を振る。


「伏してご協力をお願いしたほうが良い状況になってしまったので率直に言うんですが、この立場の私の知り合いというわけではなく、別人として知り合っておりまして、多分同一人物とはバレていないので……」

「ああ、そういう……。よくやらせるな、あの穴熊。」

「……お父様は関わっていなくて……これは私の先走りでして……だからこそお話したというか、これでお父様の支障になってはいけないので報告をしなければいけませんので……第二王子殿下にお力添えを頂いたことをご報告しても……?」

「へえ、なるほど。一体なんと説明するんだい?」

「とりあえず……マントをお貸しいただいたことと、それをセイスデドスの養女に掛けて誤認を誘ったことをお話する必要があるかと思っております……。第二王子殿下がわたくしに関わりがあると向こうが思うかもしれないこと、ひいては父と親しく交流していると思うかもしれませんし……。第二王子殿下がなにかお調べになっている、ということは父は存じてはいないと思いますが、話さないほうがいいことですね?」

「まあ、そうだね。ショシャナ嬢、じゃあ交換条件だ。マントを貸してあげたことは話してもいいよ。その代わり、君が何をしようとしていたのかの詳しい話をゆっくり聞かせてよ。さっき聞きたがってた私の方の遊びの内容もそうしたら教えてあげる。ただしこれは誰にも秘密で。どうかな?」


 スサーナはなぜだか少し思案して、それから実にいいことを思いついた、というような表情で言った第二王子にぎぎぎと頑張って首を上げる。

 ――いろいろと捨鉢な気持ちですから、いいですよと頷いてしまいたいですけれども。

 さて、これを受けたとして一体なにか不味いことは起こるだろうか。


「あ、勿論、信用してもらえるかどうかはわからないけど、私の方も聞いた話は黙っておくよ。……誰かのカードになるのも手元のカードが大幅に取り替えになるのも、今はあまり楽しくないものだから、自分で見える範囲ぐらいに留めておきたくてね?」

「むぐぐ、お受けします……」


 スサーナは上げた首をたしんと落として頷いた。

 王子同士の力関係などは留意すべきなのかもしれないけれど、レオくんがこの件でよくない目に合わないように動いている、ということは言ってしまってもいいだろう。どうせお父様が後援者なのだ。娘の自分も肩入れしてなんの不思議もない。世間的には不仲の話も出ているにせよ、この王子様にまで判断を迷わせることもない気がした。

 ――レオ君やフェリスちゃんの言う感じだと、評価は散々だけど、政敵だとかそういう意味で深刻に対立している、という風ではなかったし……。

 隠し子になるときに学ばされた政治的な関係色々の話でも、そこまでの不仲の話は出てはいなかったはずだ。

 ――どちらにせよ、セイスデドスに関わる話で、謀反にも関係することを調べておられるようだし、物言い的にお父様……この件で動いている方々には伝わっていないのだから、聞いて損はしないかもしれない。

 聞いた話をそのまま誰かに教えられなくとも、それから導き出せたことなどがあれば役に立つかもしれないわけだ。

 現状、特大の失点をしたかもしれないスサーナとしては一つでも把握しておける事情というものは多いほうが気持ちがいい。勿論知らないほうがいいことというのはあるのだろうけれど、判断材料の少なさで失敗した直後である。


「よしよし、決まりだね。ああ、言い忘れていたけど、やはりある程度内実を明かし合うわけだから、他人行儀はやめておくれ。その第二王子殿下っていうのは好まないな、私のことはウィルでいいよ?」

「ウィル……殿下。」

「呼び捨ててくれて構わないんだけどな? さて、じゃあ戻ろうか。中抜けするのはこのぐらいだと気づかれる割合も減っていいと覚えておくと得するのかな。大体、庭だとか窓辺だとかで少しお話しよう、というとこの程度……みたいな感覚があるからね。ま、途中でいなくなるのもパーティーの常套だから、気にするものは少ないけど。」


 さてと当然のようにエスコートの手を出してきた第二王子がなんだか満面のニコニコだったのでスサーナはすすっと手を引いた。


「よくわかりませんが、そうして戻ると衆目を集めたりしません?」

「おや、私と浮き名を流すのは名誉なことらしいよ?」

「謹んでお断りさせていただきます。父との関係を勘ぐられるだとか、ウィル殿下がお嫌だと今仰ったばかりのカードが混乱する事態になるのでは……?」

「でもまあ、ほら。一度二人で静かな部屋に入った時点で噂雀は囀るだろうし。そう大差ないと思わない?」

「噂でしたら、アブラーン卿の養女を連れて姿を消したほうが広がりやすいのでは? 私はお披露目前の子供ですし、ウィル殿下は責任を持って引率してくださった方ですから、うまく言い訳してくださると信じております」


 ははは、これはやられた。とにこにこするウィルフレド王子にスサーナはなんだか深く知り合いにならないほうがいい相手にうっかり丸め込まれたのだろうか、と、お空の彼方を見るような遠い目になった。

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