第186話 摘み草に安全でも適切でもありません 3

 警吏の動きは鈍いものだった。

 血相を変えて飛び込んできた学生たちが話すことを聞いて苦笑し、夕方までに戻らなければ巡回してやる、と言うばかりなのだ。


「夕方じゃ遅いかもしれないんですよ!」

「はいはい、落ち着きなさい。そんな危ない魔獣なんぞこのあたりにはそうそう出ないよ、他所から来た学生さんには心配だろうが、このあたりは安全なんだから。」


 今すぐ人を出してくれと騒いだ一同はうるさげにあしらわれ、市場で粗悪品を掴まされたと言いに来た人が居たのを期に詰め所から出されてしまう。

 ぞんざいに追い出された一行はすごすごと詰め所のある広場の真ん中付近に移動し、とりあえず相談をすることにした。

 とはいえそう建設的な意見が出るわけでもない。

 スサーナはいっそ貴族のつてを頼るのはどうかと思い立ったが、まだ冷静な部分を残している先輩たちにうっかり貴族を動かしてもし違ったらそっちのほうが大事だぞと止められた。貴族……この場合領主から発布された通達を破っているわけだから、と言われればスサーナにはぐうの音も出ない。学内の建物の立入禁止よりも罪が重そうに違いない。



「ちっくしょー、自分たちで立入禁止にしてんだからちゃんと果たせよ、職務をさあ……」


 ジョアンが唸る。

 広場の真ん中にある水盤の周りに座って一同が歯噛みしていると、瓶詰めの酒を手にぶらぶらと詰め所に入っていったボリスが手ぶらで戻ってきた。


「あの人達、立入禁止の理由、信じてないみたいだ。立入禁止の理由、貴族が狩りをするためなんじゃないかみたいに勘ぐってる人が居たよ」

「魔術師がどうのってのは伝わってないのか? 俺たちも事務がそう言ってた、って噂を聞いてるだけだが」


 先輩の一人が問いかけ、ボリスが首を振る。苦笑とともに小さく肩をすくめた。


「聞いてるみたいだけど、実感は無いみたいだね。まあ、仕方ないんじゃない? 実際姿を見たことがあるわけでもないだろうし。年一で来てるのは知ってるみたいだけどこれまではそんなこと言ってきた覚え無いらしいし。」

「ずっと?」

「まあ、ここずっと。判る限りは。第一、前立入禁止になったのってネーゲ崩壊直後の何が起こるか分からない一年ぐらいだけだったって」


 おのれ断絶。スサーナはそっとぐぬぬとなる。

 まさか魔術師に馴染みがないことがこんな問題を招くとは。


「まあ、でも。救いは森の浅い部分でベリー取りするおばさんたちとか、森の手前のところで兎狩りする人たちなんかには特にいなくなったりした人は出てないみたいだってことだね。魔獣を見たって話も他にはないみたいだし。もしかしたら本当に見間違いかもしれない。夕方になったら巡回はしてくれるみたいだし……。」

「だったらいいんだけど……」

「夕方までは大人しく待つしか無いんでしょうか……」

「俺たちで探しに行くのは?」

「どこに居るかわかんねえだろ。森がどんだけ広いと思ってるんだよ」

「それに、「魔獣がいる」のを前提にすると、うかつに森の中を歩き回ると俺らのほうが出くわす可能性もあるしね」

「だなあ。どっちにしろ警吏が夕方まで動いてくれないんじゃそれまでは帰ってくるのを待つばかりか……。」


 手詰まり感ある雰囲気を出しつつ先輩たちがため息を付いた。ボリス先輩も水盤のフチに座る。

 ミアが待ってるしか無いのかなあ、としょんぼりした声音で言う。


「何か私達で出来ることってないのかな……」

「うーん、猟師さん達に協力を求めるとか? 森の中に詳しい方がいれば夕方警吏の方々が探してくださるときにも安心とか……」

「猟師さん……そうだ、魔獣について調べられないかな!」


 話していたミアが名案を思いついた、という風に声を弾ませたので、調べて何かいいことがあるのだろうかとスサーナはちょっと首を傾げ、確かに火に弱いとか特定の苦手なアイテムが有るとかそういうことが魔獣の種類ごとにあるなら調べておくに越したことはないな、と納得した。

 島育ちのスサーナには馴染みがないが、魔獣と言うやつはどうやら普通の動物と同じく種の概念があるようなのでそういう知識は常識としてあるのかもしれない。


「そういや猟師の爺さんに話って聞けるかな。どんな魔獣だったかとか……場所とか、時間とか。」

「ああ、それはそうか。おい、ボリス」

「まあただ待ってるより気分はマシかな。えーと、どこに普段居るかは知ってるけど、大分ガラが悪い酒場だから初等生は留守番して貰ったほうがいい」


 年かさの三人がそう言って立ち上がり、初等生達は寄宿舎に戻っているように指示された。


「君らは戻ってて。その間にあいつら戻ってくるかもしれないし」


 そう言われれば否を唱える理由もない。ジョアンなんかは不服そうな顔をしていたが、大人しく寄宿舎に戻る。


 戻ってみてもランド達は帰ってきていなかった。

 彼らが森にこっそり行ったらしい、というのは寄宿舎内に広まりかけているらしく、顔を合わせた先輩や同級生にどうだったと聞かれて警吏が夕方になったら見回ってくれるらしいと説明したりしながら、部屋に戻る気にもならず、スサーナも貴族寮の方に行く感じでもなく玄関ホールや食堂で手持ち無沙汰に座ったりウロウロしたりする。

 しばらくそんな感じで時間を潰して、一時間もしただろうか。


「先輩方、まだ戻ってきませんね」

「来ないねー……」


 この季節、そろそろ夕方が遅いのが救いだな、とスサーナは思う。

 暗くなりだすのは7時ぐらいで、真っ暗になるには夜9時ぐらいまでかかる。

 魔獣が皆夜行性なのだったらそのぐらいまでは安全かもしれない。

 どうかそれまでに採集を切り上げて戻ってきてくれれば良いのだが。


「ランド達、あまり森深くまで行ってなきゃいいけど……」

「多分明日採るはずのものを集めに行ったんですよね……明日、どのあたりまで入る予定だったんでしょう……」


 彼らが早く戻ることを祈りつつ、窓からまだ初夏の午後の日が差し込む外を眺めていると、ジョアンが何やらハッとした表情をしてがたんと椅子を揺らしたのが視界の隅に見える。


「ジョアンさん?」


 彼は思いつめたように立ち上がった。


「やっぱり俺探しに行ってくる」

「へ?」

「はいっ!?」


 慌てたミアとスサーナはジョアンに座るように促す。


「何言ってるのジョアン。どこにいるかもわかんないんだよ?」

「そうですよ、さっき先輩方も言ってたじゃないですか。探している間にこちらが魔獣に出くわすことだってあるかもしれないんですよ」


 ジョアンは首を振る。


「いや、多分俺わかるんだ。ランド達だろ? 情けない事に今まで全然思いつかなかったけど……多分、ランドの兄貴が教えてくれたっていう秘密の場所だ。俺もその地図は持ってる。魔獣は夜行性なんだろ? 暗くなる前に戻ってくるように伝えて、引っ張ってさっさと帰ってくればいい、そうだろ?」

「で、でも。もしそこに居なかったら……?」

「そうだよジョアン、無茶だよ」

「そしたらそのまま帰ってきたらいい。俺だってそこまで向こう見ずじゃない。さっき気づいて先輩たちと一緒に行ければ心強かったんだけど……」

「でもジョアンさん」

「せめて先輩たちが戻ってくるまで待とうよ」

「あんまりちんたら待ってて夜になっちゃうほうが不味いと思わないか? その酒場から先輩たちがどのぐらいで戻ってくるのかも分からないんだ。昼間のうちなら危なくないだろう、って先輩たちも言ってたろ。地図はあるんだから、一直線に行って戻ってくるだけだ。」

「じゃ、じゃあ、心当たりを思いついたって先輩達を呼びに行って、一緒に……」

「お前ら、先輩達の行き先にあてなんか無いだろ、俺も無いけどさ…… 一軒一軒探すにしても酒場なんかどこに何軒あるのかもわかんないし、その間に夜になるだろ」


 スサーナもミアもジョアンに思い直すよう言ったが、彼の決心を変えるまでに至らなかったようだった。

 ジョアンは部屋に上がり、巻いたボロの羊皮紙を手にまた降りてくる。


「じゃあ、スサーナ、ミア。もしランド達が行き違いで戻ってきたら森は魔物が出るみたいだから絶対戻るなって伝えて」

「うっ、うん……」


 ミアが飲まれて頷き、スサーナはぐごごと呻いた。呻き、唸り、そしてええいと声を上げて扉から出て行きかけたジョアンの後を追う。


「待ってくださいジョアンさん、私も行きます!」


 正直、森に探しに行く、と言うなら明らかに自分が適役なのだ。

 もし万が一魔獣に襲われたとしても自分だけならお守りが護ってくれる。


「おい、何いってんだよお前……」

「えっ、ちょっと、スサーナ!」

「この間ジョアンさんも言ってたじゃないですか、一人より二人ですよ。私は絶対怪我はしませんし。魔物もクマも一人で出遭うより複数人で大きな音を鳴らしていたほうが良いに決まってますもん!」


 スサーナは半分やぶれかぶれで声を張り上げた。

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