第147話 お門違いな悲憤慷慨 6
「そこまで言っていただけるのでしたら仕方ありません。」
スサーナは覚悟を決めた。
「話さずにいようと思っていたお受けできない理由をお話いたします」
覚悟を決めた、と言っても、どんな材料を使っても言い逃れるという強い覚悟である。
正直スサーナとしては、今後主に仲良くしたいのは平民生徒たちだ。
ここで召使いになど抜擢されてはその目が無くなる気がする。あの勘違いした少年と和解する目だけではなく、全体的にだ。
それに正直、お嬢様達の予習復習で昼と放課後が飛ぶだけでも結構行動時間は制限される。それなりになあなあで許してくれるお嬢様達でそうなのだから、まともに召使いとして仕込むとか言っているこの上級貴族のご令嬢のところに仕えなどしようものなら自由時間など存在しなくなるかもしれない。
学院入学たった一月で自由時間0はさすがに嫌だ。スサーナは図書館ともっと仲良くしたい。
というわけでスサーナは使える材料をフルに使って言い逃れることを決めたのだった。
「私の一族は赤の強い茶の髪をしています。ご存知でしょうか、そういう一族からは時折髪の色が濃い者が生まれるそうで」
こめかみのあたりに指を突っ込み、髪覆いをずらす。
「このように、私も髪の色が濃く生まれつきました。尊い方が!こういう!見た目のものをお使いになるのは!外聞が悪いかと!」
全力で主張したスサーナを眺め、エレオノーラは言った。
「なんだ、そんなこと」
――鼻で笑われた!!!?
えっ黒髪って結構大きな要素じゃないのと驚愕するスサーナをよそにエレオノーラは言葉を続ける。
「あなたがそのつまらぬ髪に思い悩むのは自由ですが、いいですか、表ではけして言ってはいけませんよ。」
「は、はあ」
「……そうですね、確かに。何も知らず外で見れば、はっと身をすくめるぐらいはわたくしもしたかもしれない。例年でしたら確かに外聞が悪いと言われたやもしれません。ですが、今年であなたは運が良かった。今年はグリスターンの王族方が留学生におられます。」
「グリスターン……漂泊民が多いという、あの……」
「まあ。そんな事も言ってはいけません。いいですね。彼の国にいるのは汚らしい漂泊民ではなく黒翼の御方という尊い方々だそう。……ともかく、グリスターンでは黒は貴色。もちろん、平民のあなたの汚らしい黒髪とグリスターン王族のとうとい黒は全く別物としても、今年は黒髪を忌避するのはよくないことという風潮があります。黒髪のものを使っても今なら何を言われることもありません。」
ええー。
スサーナは見も知らぬ王族に何故今年入学してきたんだと八つ当たりしたい気持ちになった。
「そ、そうだったんですか。そんな方々がいらっしゃったんですね。全くお見かけしませんでしたので、知りませんでした」
「まだ異国になじまないと授業外でほとんど外に御出になりませんから。あなたもこちらのクラスに居るようになればお見かけすることになるでしょう」
「……あの、今なんと?」
「グリスターン王族の方はまだこちらに馴染まないと言いましたが」
「……そうではなく、そのう、私がええと、上のクラスに?」
「? それはわたくしの使用人なのですからわたくしの周りにいるべきでしょう? ああ、下級貴族達は授業に同年であっても使用人を伴わないのでしたっけ?」
ぜったいにおことわりしたい。スサーナは他に断れる材料がないか全力で頭を空回りさせ始めた。
うまく出てこない。最大要素を切り札として叩き込んだつもりだったのに不発だったので動揺しているのかもしれない。スサーナは慌てた。
とりあえず黒髪はお断り要素にならないらしい。そのことはわかったのでスサーナはしょぼくれて髪覆いをもとに戻した。
話は終わったと判断したのだろう、エレオノーラがまた歩き出したのでとぼとぼ後に続く。
どうやら白い建物巡りはあれで終わりだったらしい。今度向かう先は貴族寮だったようで、寮前の門扉に一行は辿り着いた。
じゃあここまでですね、おつかれさまでした~と逃げてしまいたいスサーナだったが、周りに他の使用人が位置するような立ち位置に立っているし、後ろに先程教育係だと言われた侍女がスタンバイしているしで自然にさっとその場を離れるという事ができる感じではない。
流石にダッシュで走って逃げても何の解決にもならないということは理解しているのでダッシュで走って逃げるということはしない。
貴族寮の門番が止めてくれないかな、とそっと期待したが、確かに最初彼らは難色を示したものの、エレオノーラが何か伝えたところ入って良くなってしまったらしい。スサーナは泣きたい思いになった。
とぼとぼとエレオノーラの後に続いて貴族寮に入る。
複雑な廊下を進み、初日では気づかなかったがだんだん豪華になる調度に階級ごとで大体部屋が別れているんだなあ、と悟る。
つまり、現実逃避に調度をよく観察しているスサーナだ。
豪華な廊下を歩いていた所で向こうからフェリスが一人でやって来たのが見えた。
スサーナにどうやら気づいたらしく、ぎょっとした顔で立ち止まったのでスサーナは彼女に飛びつきたくなる。
「えっ、スサーナ? どしたの!? ちょっとレーナ! どうしたのさスサーナこんなとこに連れてきて! アレは勘違いだったってわかったでしょ!?」
「あら、フェ――」
「フェリスちゃん!!!!」
「フェリス様、この娘をわたくしの使用人にすることに決めました」
「……は?」
フェリスが口をぽかんと開けるのを見て、スサーナはどうかそのままなんとか彼女に思いとどまらせてほしい! と強く願った。
「えっと、ちょっと、ちょっと待って? その事誰かに話した? レッくんには了承取った?」
「フェリス様が平民に親しめと仰いましたからよい機会だと思ったのです。レオカディオ殿下にですか? いいえ? わたくしが使用人を決めることについて殿下に関わりはありませんでしょう? 」
「そっ、そっかあー。ちょっと相談してほしかったかなっていうかー。ええっとー。スサーナはそれで了承してるの?」
いいえ全然!と言おうとしたスサーナだったが、一瞬早く胸を張ったエレオノーラが口を開いていた。
「ええ。愚にもつかない事を色々思い悩んでいるようでしたが、それら全てわたくしにとって歯牙にも掛けぬ些事だと思い知らせて差し上げましたので。」
えへん感のある語調にスサーナはそこにいいえ全然!を差し込むのはなんだか悪い気がしてうっと詰まる。
それからいやここで頑張らないと駄目だ、と思い直してひょろひょろと口を挟んだ。
「ええとあの、色々まだ悩んでいる……んですよね! ええと、そう、学生の本分は勉学ですし!」
なんだかフェリスがそれにあからさまにホッとした顔をした気がする。
どうも上級貴族の子女らしいフェリスはきっと平民を思いつきで上級貴族や王族が居る場所に入れるという大変さに気づいているのだろう、とスサーナは思った。
「そ、そっかー。うん、簡単に決める話じゃないよね。レーナ、ねえ、そういうことみたいだし……」
そうそう、とスサーナは無言でうなずく。
「まあ、それこそそんな事です。貴女。名前はフェリス様が今言った……スサーナ? でよろしいのですか?」
「あ、は、はい。」
「わたくし達は余暇時間にそれぞれ個人教師を雇って予復習を行っています。貴女もそれに同席すればいいこと。個人で行うよりもずっと効率よく勉学できます」
また一つノーの理由を潰されてスサーナはからからと頭を回す。
「ええと……それに、今気づいたのですけど、わたし、貴族寮に出入りできる身分ではありませんし……」
「わたくしの使用人部屋には一人分空きがあります。貴女の名で登録すればよろしい。わたくしの使用人ならば私の使用人部屋に住む。当然のことでしょう。」
「え、ええと……庶民ですものでこちらに来られるような身の回りのものも何も……」
「使用人のための身の回りのものは一通り揃っていますよ。今日からおいでなさい。」
スサーナとエレオノーラの会話を聞いたフェリスがぎょっとした顔で間に首を突っ込み、口を挟んでくる。
「レーナ、ねえレーナ。待って、この話、いつ決めたの? 条件通達もまだしてないみたいだけど……」
「先程ですが。」
「さっき! ……ね、ねえレーナ。使用人頭じゃないからボクにはよくわからないけど、普通とりあえず先に雇用条件取り交わしからするものじゃない? 一気に決めることじゃないよね? ね?」
「でもフェリス様、これはもう決めたこと。わたくしの責任でこの娘を雇用するのは決定事項です。後のことはおいおい通知しても構いませんでしょう。」
「き、決めちゃったかあ……」
フェリスが顔を引きつらせ、人差し指で頬をかく。
――決めちゃったかあー。
スサーナは遠い目になった。
このタイプが「決めた」と言うことは多分覆すのはとてもとても面倒だと直感していた。
とりあえず急ぎ過ぎだってば、彼女だって色々用意があるんだから、明日、ね、詳しい話は明日にしなよ! ええっとそう、レーナのご実家から手紙が来てたから、そっち読むのを先にしなよー雑事は明日にしたほうが良いよ! とフェリスが強く主張し、首を傾げながらもエレオノーラが実家からの手紙と言うなら仕方ないですね、とそれに了承したのでなぜだかスサーナはそこで一旦開放されることになった。
一瞬ホッとしたスサーナだったが、エレオノーラはでは明日午前の授業が終わったあとで迎えをやらせますと言い置いて去っていったので、どうも逃げられたかと言うと全然そんな事はなさそうだ。
スサーナは貴族寮の内部に居るのをいいことに、お嬢様達のところへ行ってとりあえずご相談することにする。
遠い目になったフェリスが、
「うわあ、もうめちゃくちゃ面倒なことになっちゃったぞお……まさかレーナが目をつけるなんて~……」
と呻きながら去っていったが、とりあえずめちゃくちゃ面倒なことになったということだけはよくわからないながら同意のスサーナであった。
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