些事雑談 二の実りの月の満月の祭り 1

 一の実りの月九月が始まって数日。

 まだまだ暑い日差しに長く取った昼の休みの最中。お店に詰めたスサーナがはちみつ入りの麦湯を飲んでいるところに、フローリカがお客の顔をしてやって来た。


「スサーナちゃーん、お仕事はどう?」

「フローリカちゃん。お店に来るなんて珍しいですね。」

「うふふ、実は注文に来たの。 あ、お昼休みが終わってからでいいわ。その麦湯、一口頂戴?」


 スサーナの座った椅子の半分にぺったり座り、上機嫌に足をパタパタしたフローリカはスサーナのカップを受け取って一口麦湯をすすった。


「アサス商会のお使いです?」

「いいえ、満月の祭り収穫祭の衣装の注文だわ。12歳だからちょっとだけだったら夜祭りに行ってもいいってパパが言ってくれたの!」


 フローリカが胸を張る。

 来月の半ばほどに本島では満月の祭りと呼ばれる祭りフェスタがある。いわゆる収穫祭、実りに感謝するお祭りで、街の中央広場では夜通し篝火が焚かれ、日が昇るまで踊りの輪が絶えず、街路では着飾った踊りの行列パレードが出る。

 その日は一応朝から祭りをしているのだが、メインは夜で、昼間はいまいちこう盛り上がりきらない。現代地球とは違い遠い他所から観光客がぎゅうぎゅうに来るようなことがない島ならではの現象だ。

 諸島内では大きなお祭りなので周りの島の近いところから人は来るのだが、満月の祭りというだけあってそんな人達も夜を目指してやってくる。


 それで、子供にとって一番の問題は、お祭りに行っていいのは日が落ちるまで、というご家庭がほとんど、だということである。

 祭り客を当て込んだ屋台も、振る舞いの食べ物も、踊りも、月も。素敵なものの本番はみんな夜なのに、子供たちは昼間広場の周りにチラホラ出ている屋台なんかでお茶を濁されて終わってしまうのだ。

 まあ、この手のお祭りにありがちなことに、貴族たちの舞踏会なんかをぐっと土俗に寄せたような目的……つまりこう、恋人たちやカップル成立を狙う若者たちがであったり踊ったりの機会の場であるので、道理のわからない年の子供をうろつかせて邪魔をさせるのも悪い、というようなことなのだが。


 というわけで、島の子供たちはある程度年長になって夜祭の許可が出るのをみんな――早熟な、恋に憧れる女の子たちも、単純に屋台やら振る舞いやらとただの祭りの盛り上がりを羨むそうじゃない子供たちも――待ち望んでいるのだ。


「ああー、もうそんな時期なんですね。フローリカちゃん良かったですねぇ。」

「あら、何を他人事みたいに言ってるの? スサーナちゃんと行くんだから!」

「ふえ、私とですか? ……おばあちゃんがいいって言ってくれるかどうか。」


 スサーナはちょっと困った。スサーナのおうちもそのあたりはそれなりに厳格だ。

 ……セルカ伯のパーティーでした格好を教えたらおばあちゃんはひっくり返るかもしれないので、裏方でお仕事をしましたとごまかしたぐらいである。

 それに、満月のお祭りは歌と踊り、それから占いがとても意味がある。つまり漂泊民カミナの人たちの稼ぎ時で、他所からもいっぱいやってくる。

 治安が悪くなる、だなんて言うけれど、まあお祭りの夜は漂泊民カミナを気にする人は居ない。居て当然だからだ。

 ……つまり、スサーナは逆になんというかなんだか謎の肩身の狭さがあるし、おばあちゃんもあんまりいい顔はしない気がする。


「駄目? 私からもお願いするわ。二人が駄目だったらアンジェちゃんや男の子たちを誘いましょ。みんなでならいいって言ってもらえると思うの。」


 きゅうっとお願い顔のフローリカに手を握られたスサーナはうーんうーんと悩んだが、おばあちゃんがいいって言ったら、と結局返答することにした。


 大喜びしたフローリカはお祭り用のドレス……ドレスと言っても最近貴族のお嬢様たちが着ているようなものではなく、黒いショールを肩にかぶった下に白地のゆったりとぴったりの混ざりあった丈の長いブラウス。その袖には青い糸で幾何学模様化したつる模様を描き、布をたっぷりとった赤いドレスに緑と黒のライン刺繍。腰にはサッシュを大きく結んだ、という素朴で可愛らしいデザインの伝統衣装を自分の分と、何故かスサーナのぶんも注文していった。


 ――おばあちゃん、良いって言ってくれますかねえ。

 スサーナは可否を聞く前に注文していったフローリカにすこし心配になったが、衣装があるんだからと押し切る作戦である気もする。

 フローリカ、そのあたり抜け目がない商家の娘である。


 ともあれ、どんな理由であれ、誰が着る服であれ、注文は注文。お金が払われる以上着ないかもしれないなんて言って作らなかったり手抜きをしたりするのは職人の流儀に反している。

 スサーナはしっかり採寸のとおりに型紙を作り、二人分の衣装をこしらえにかかった。

 簡単なドレスではあるものの、本当は見習いのスサーナが一枚を作ることは無いものなのだけれど、フローリカちゃんと自分の分であるので特別だ。おばあちゃんはスサーナがその手の意欲を見せると、おじいちゃんに似たのかねえ、と喜ぶので多分問題はない。


 てちてちとドレスを縫い、日々の業務をし、その合間に講に行ったり、最近なんだか比較的呼ばれる貴族の邸宅に顔を出してご機嫌伺いをしたりなどしつつ第一の実りの月は過ぎていく。

 なんだかだいぶ涼しくなってきて過ごしやすいなあ、などと思い出した頃、スサーナはふとあることに気づいた。


 ――あれ? 叔父さんもドレス縫ってる?


 収穫祭のドレスは作るのがそう難しくはない、と言ってしまうのもなんだけれど、もともと各御家庭で縫われていたものなので製法が素朴だ。

 それに、お祭りで使うものなのでお値段を抑えめに設定してある。


 なので、主戦力にあまり熟練していないお針子たちが使える。作るドレスの数が少ないうちは一人で一枚を縫うこともあり、数が増えてくるとスサーナやもっと若い徒弟を含めたお針子みんなでパート分けをした分担作業を行ってえっさほいさとまとめ縫いをするのだ。

 つまり、数が多くてもその程度のものなのだ。特に熟練した職人さんたちはその時期も大体別の仕事をしている。収穫祭のドレスに駆り出されることはない。


 というわけで、空き時間に叔父さんがてちてち縫う必要は、ない。

 ……さらに言えば最上級の裁縫師である叔父さんが一人で全部取り組んだドレスはなにそれ凄い高級、というようなもので、どんなに素朴なものであれ、お値段も馬鹿にはならない気がする。

 さらにさらに言ってしまえば、もちろんどっちも完璧にこなす叔父さんではあるけれど、叔父さんの専門は男性用の仕立てなので、なんというかふわっとした違和感がないでもなく――


 横目で眺めて一週間。ある日スサーナは空き時間に細かく素敵で更に言うと既存のパターン刺しではない刺繍を袖に入れている叔父さんのところににゅっと頭を突っ込んだ。


「ねえ叔父さん」

「なんだい、スサーナ」

「ブリダは去年サッシュをほどいてハタキにしてしまったそうなので、サッシュも要りますよ」


 叔父さんはぎぎっと動きを止めた。


「あれ? 違いました? でもこれ絶対ブリダの寸法ですよね?」

「その、スサーナ、ブリダには」

「ああやっぱり。……言いませんよ! でも叔父さん、あんまり秘密にするととブリダ別のご予定を入れちゃうんじゃないかって思うんですけど。」


 スサーナは慌てた顔の叔父さんににっこりとお返事する。


 ブリダはあんまりこの手のお祭りに興味がない。

 惚れた腫れたなんかどうでもいいですよ! みたいな顔をしているせいで、お針子たちのお祭りで素敵な人に出会ったら大喜利みたいなのにも参加しないし、『素敵な出会いを祈りながら自分たち用のを縫う休憩時間のお針子の集い』みたいなのにも参加しない。

 明るい金茶がきれいな髪も目も、出るところが出て引っ込むところが引っ込んだ華のある体型も、笑うとすごく可愛くなる気の強そうな顔も、すごくモテそうなのにそんな話を全然しないものだから、あんまり深い付き合いではないお針子にはお高く止まってるみたいに思われているぐらいだ。


 スサーナは早く叔父さんが告白しないかなあ!と思っているのだが。


 二年前にスサーナがこれはと思ったお見合いからこっち、叔父さんとブリダの間にはスサーナが見た感じでは進展はない。

 叔父さんはときどき断りきれないお見合いに出かけていってはお断りして帰ってくるし、そのたびにブリダにお説教をされたりしているし。

 ルブナ叔母さんが目を輝かせて二人一緒に出掛けさせたりしているけれど、元々ブリダは叔父さんの補佐みたいな仕事を良くしていたので、二人で買い付けなんかにも元々良く出ていた――つまり、ちょっとしたお出かけなんかでお互いを意識する段階は明らかに通り過ぎているのだ。


 だが、これは、うむ。

 ――叔父さん、これは一歩進む気ですね!!

 スサーナはそっと拳を握り、叔父さんに内心エールを送った。


 そういえば去年も叔父さんはこの時期に何やらコソコソしていた気がするのだけれど、島に来た貴族の人たちの注文がまだ落ち着ききっておらず、運悪く急に急ぎの仕事がたくさん入っていたので、お店ではお祭りの日にお休みを取れる人が誰も居ないような状況だったのだ。


「別の予定か……。でも今年は今の注文が終わったら少し穏やかになるだろう予定だし、満月の祭り周りにはお店ごと休めるよう調整しているから」

「お仕事の話なんてしてませんよ叔父さん! 例えばブリダが別の人とお祭りに行くかも知れない、ってお話です」

「あ……うーん。行くかな? あいつは祭りに行くぐらいなら家でゆっくり休むっていうような――」

「何仰ってるんですか叔父さん、行きますよブリダは。高確率で今年は行きますよ、知ってますもん。ブリダもお約束があるんですよ」


 複雑そうな顔をした叔父さんにスサーナは悪い顔でニヤリとした。

 ――これはなにやら男の人との約束だと思いましたね!

 その方面でヤキモキさせてもとてもいいと思うのだが、変な方向にすれ違われてもたまらない。スサーナは早々に種明かしをすることにした。


「ですから叔父さんがブリダのご予定が欲しいなら、ドレスのことは直前まで言わないにしても、お出かけの申し出は早くして予定を開けておいてもらわなきゃ!」

「約束があるのか……。それは――それなら――」


 なにやら遠い目をして刺繍を再開し、口ごもった叔父さんに、渾身の溜めの後にスサーナは一撃した。


「ええありますとも、例えば私とか!」


 あの後おばあちゃんにおねだりしたスサーナとフローリカは、あんまりいい顔をしなかったおばあちゃんに「誰か大人と行くこと」という条件を突きつけられたのだ。

 その結果、じゃあ私が行きましょうか、と言ってくれたのがブリダだった、というわけだ。


 というわけで、早めに叔父さんがブリダにお出かけを申し込まなければブリダはスサーナとフローリカちゃんとお出かけをすることになってしまい、叔父さんの目論見は子守を優先するブリダにすげなくされてしまう、ということになりかねない。


「スサーナ……」


 なんだかふにゃふにゃした叔父さんを楽しく眺め、スサーナは胸を張った。


「ふふふふ! ブリダがお目付け役をするからダンスなんてとんでもないって言い出す前にちゃんとデートを申し込んでおいてくださいね!」


 直接ついてくる保護者は別に誰だっていいのだ。スサーナはうっかり運針を誤って刺したらしい指を咥えた叔父さんに力強く宣言した。

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