第353話 偽物令嬢、プロの仕事を垣間見る。
なにもかも知っている、というわけではなさそうだったが、ルカスさんは程よく話が早く、ショシャナ嬢がスシーとして下級侍女として潜り込んでいるあたりの了解は済んでいた。
お父様を専有できる余裕ある時間はそれで限界だったので、こちらもとても忙しそうなセルカ伯のお仕事場に移動して簡単にあとの説明などを受ける。
娘とおうちに帰りたいとお父様がしょんぼりしていたものの、どうやら外務卿は今日は帰れない日であるようだったので、スサーナはお部屋を辞す前にそっと元気づけておいた。
「なるほど、乙女候補として年改めの祝いに参加できる権利は、セイスデドスの候補ではサラさんとあと一人に渡ることになっているので、それまではアブラーン卿はそれを周知しに社交に出てくるだろう、と……」
王宮というのは不思議なところで、政務の場でありつつ貴族の生活の場でもあるし、社交の場でもあるもので、特にイベントのある日でなくとも王宮に出てきて外廷でうろうろするというのは名を売りたい貴族の定番であるそうだ。
まあ、年末はイベントがない日がないのが王宮という場所でもあるので、より好都合なのだと訳知り顔でセルカ伯が笑う。
「まあ、ああいう手合の動き方なら大抵想像は付きますな。……あの御仁ならそれなりに最近に関わったこともある。」
自己顕示欲の強い人間なのでどう行動するかは予測ができる、と言ったセルカ伯はどうやら島での生活で迷惑をかけられたことぐらいはあるようなニュアンスを漂わせており、そういえばこの人は位は低いけれど洒落者として一目置かれる、みたいな立場の人だったな、と久しぶりにスサーナは思い出した。
ともあれ、腹に一物ある状態であれ、これまでの動き方を見れば養女が乙女候補と選ばれたというのを活用して自分を売り込もうとする行為を自重するような人物ではないという。そして、流石にそこで謀反成功に全ベットして既存の権威を捨てにかかるほど愚かな御仁でもない、と。
サラを連れて、か、サラは残して、かは正直見てみないとわからないが、連れてならば当日それなりに引き離す手段はあるし、残してなら、町中まで連れだして内実を聞くというやり方になるだろう、ということだった。
――そこは相手の出方次第で結構臨機応変に、という感じになるんですね。
「出てくる日があれば、下級侍女を使うという名目で私がショシャナ嬢……スシー嬢に使いを出します。その際はみかけ上の序列に従って振る舞いますので、どうぞご容赦を」
「ええ、はい。それは当然心得ております。……ええと、わたくしが下級侍女の真似事をしていない時でしたら……?」
「屋敷に使いを出します。ですが、そう致しますとそれなりに時間を取られてしまいますので、下賤の身分に扮するのはお気が進まないかと思われますが、できるだけのご協力をお願い致します」
「あ、いえ、そのようなことは……。ええ。できるだけ下級侍女として詰めているようにします」
そして、サラが屋敷に残されている場合についても話が及ぶ。
その場合は、その時に動ける人間を見繕い、商人かなにかとして扉を開けさせた後、サラに信用されるためにスシーの名前を出して連れ出す、ということになるという話だったが、スサーナはできればその時にご一緒したい、と控えめながら主張した。
「屋敷の外、町中でも全然構わないので、確かに私の手引だという証拠がないとサラさんもご心配されるでしょうから……」
「しかし」
「構いませんよ。そのときはうちからも侍従を一人出しましょう」
「父上」
「そこでその養女に渋られたり騒がれたりするほうが困るだろうに。なに、私も上司のご令嬢を危険に晒そうだなどと思いやせんよ。もののわかった者を付ける」
アブラーン卿の屋敷でサラに監視がついているかどうかは分からないが、もしついていても、なりふり構わぬ借金のお願いに来た客やら、不意の押し売りやら、意識がそれるタイミングはいくらでもあるだろう、とわるい大人の顔でセルカ伯は言う。
スサーナとしては最悪鳥の民のお香あたりを放り込んでおけばいいのかな、とそっと算段したのだが、そんなこととは思っても見ないだろう大人たちはもそもそとしばらく揉めていたようだった。しかしやはりセルカ伯のほうが何枚か上であったらしく、ルカスさんがとても気をつける、ということで結論となった。
――というか、セルカ伯がこういう時につけてくれる侍従で、もののわかった、で、私と動かして問題ない、となると、レミヒオくんなんだろうから、それこそ本当に問題ないんですね。
ルカスさんがレミヒオくんのことをどのぐらい知っているかでなんらかの心労とかの度合いが変わったりする、というのが問題ぐらいだろうか。父親が謎の特殊技能異民族の少年を側使っていると知った時に真面目そうなこの男性がどれほど胃とかを痛めるか。気にすべき点はもはやそこでしか無いな、スサーナはそうそっと頷く。
スサーナの内心の心配を他所に、サラに話を聞く際の作戦はさくさくとまとまっていった。
とはいえ、ショシャナ嬢のかかわりはこれまでとは打って変わっての、ささやかなものだ。スシーとして、サラを安心させるために付きそう、それだけ。
実働のほとんどはルカスさんと、信頼できる同僚や部下の仕事となるらしい。
組織が関わるというのは意思決定が分裂するので不安だがとても分業が効いて便利なことだなあ。スサーナはこれまでの駆け回った記憶を思い出し、しみじみと詠嘆した。
その後、ルカスさんの手前ショシャナ嬢は待たせていた侍女を呼んで大人しく帰宅する、ということになったが、そのルカスさんがこのあとビセンタ婦人の調査に参加する、と聞いたので、ラウルにリークする予定のビセンタ婦人周りの人間関係のことを一通り横流ししておくことにした。流石にこうなってはあちらの依頼だし情報の二重売りは、などと言っていられない。レオくんが助かることなのだし、帰りにそうしたと連絡を言付けていけばいいだろう。
何やらぎょっとした目をされたため、第二妃殿下のサロンで可愛がっていただいておりますけれど、レオカディオ殿下のお母様とお仲がよろしく無い方ですから、と微笑んだところちょっと引かれた気配がしたので、この人は本当に真面目でレティシアお嬢様とは似ていないのだなあ、と認識をもうひとつ新たにしたスサーナである。
とはいえ、この御仁は本当に有能ではあったのだ。
絶対に一波乱あるに違いない、と半ば覚悟していたのに、いきなりの二日後に巡ってきたチャンス――本当にサラを自慢に現れたアブラーン卿に、一体どう手を回したのか、彼が話したがりそうな相手が差し向けられ、邪魔になった
ひやひやする事態も、綱渡りも、何一つ無く、あっけないほどに簡単に用事が済んだ。
勿論、アブラーン卿がサラを迎えに来ようとしても、話の相手は一度はアブラーン卿を引き止めるし、女官は一度は彼女を案内した部屋を間違える予定だという。そしてその間にこちらに事情を知らせてくれる給仕、なるものも同時に用意されているというのだから至れり尽くせりだ。
こう息のかかった人間をさくっと用意できるのは一体どういう職務の人だろう、と思ったスサーナだったが、ルカスさん曰く、外国の大使の引き止めだとか、国内で取引する外国商人の監査だとか、ともかく実働のひとに便宜を効かせて貰う必要はままあり、多少顔が利いたところで別に後ろ暗い要素ではない、という。
スサーナは話半分に頷いておいた。
やはり有用なのは色々な立場の協力者であり、横断的網羅的な諜報員なのだ。
――なるほど……。状況を支配すれば不確定要素に慌てなくて済む的な……。これが組織が絡む社会戦とかいうやつなんですね……?
謹厳な声で、長椅子にちょこんと座ったサラに向けて秘密は絶対に守るし危害が及ばないよう尽力すると誓う事務官の声を聞きながら、スサーナは、ははあなるほどこれはセルカ伯の息子!と、遅ればせながら心から納得するのだった。
この感じであればレミヒオくんの存在で父子関係に亀裂が入る、ということはなさそうで、それはそれでレミヒオくんが嫌な顔をしそうな気はしたが、とりあえずなによりであると思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます