第265話 偽物令嬢、報告を受ける。(読み飛ばして特に問題のない話)

 数日ぶりにひっそりと忍んで現れたネルの報告を聞きながらスサーナは眉をひそめていた。


「それは、なんというか……確かに怪しいというか……目的がなかったら逆に気持ちが悪いですね……。」

「ああ。俺も詳しかねえが、ラフェンネの系列のだっていうなら普通にやる、って事じゃねえだろう。まさか王都じゃ一歩潜ればそんな信仰ばっかとは言わんと思うが」

「一歩潜ったらそんなのばっかりって怖いですねえ……私もそれは違うと思います。」


 ここしばらく。ネルの定期報告を受けながらスサーナはそれなりに裏とりを試みてはいた。

 レミヒオが隙を見て剽窃してくる、セルカ伯の持っている資料やら現状の進捗やらからの情報――なにやら当人は「わかって漏らされてる気がする」などと呻っているが――と、幾ばくか正式な料金を支払って調べてもらう、聖人マルシアル信仰についてをネルの報告と合わせておかしなところを洗う作業だ。


 まあ、ほとんど頑張るのはレミヒオくんなわけだが、プロにお願いするしかない事態なのでそこは仕方がない。

 やる気100%に満ちたカリカ先生が「自分でできるようになれば色々と行き届きますよ」と、どうやらレミヒオ・ネル両氏の証言によれば通常の三段飛ばし……ことによると十段ぐらいすっ飛ばした勢いで「生命体の再現」のレッスンをしようとしてくるので、苦労をしていないということは全く無いので許してもらいたい、とスサーナは思っている。正直転生してから維管束の構造とかを講義されることになるとは思わなかったし、「覚えた上で忘れなさい」とかいう無茶振りを全力スウィングされるとも思わなかった。なんでも理解しておく必要はあるが、とらわれてはいけないのだそうだ。


 ともあれ。かき集めた情報からしてみると、ネルが潜り込んだ「教団」はかつて騎士たちが内偵していたものとは別のものだ。……少なくとも場所と団体名は違う。まあ、建前上そこは完全に壊滅した、ということになっているし、だからお父様が今極大苦労しているのだが。


 聖人マルシアル信仰、というのは聖人信仰としてはそれなりにほそぼそとだが続いており、完全な土着信仰の類のようだ。例えるならおばあちゃんが道祖神やお地蔵様に毛糸の服を着せるようなやつ。ただし自然発生的教団があってもおかしくはない。


 では、ハズレを掴んだのか、というと……どうもそうではなさそうだ、というのがスサーナの所見だった。


 元々の、かつて「邪教」として検挙された宗教団体も類似した思想を持っていた、ということは多分間違いないようだったからだ。


 悪口をいう程度では――本当に王権神授なものだから――少なくともこの国ではそこまで問題視はされない。それが検挙の理由ではなく、過程で偶然記録されていたものだ。

 当該団体はだいぶ急進的で、そこそこの規模の商家に押しかけて寄進を迫ったとか、ラフェンネの意志だとしてどこぞの財産を騙し取っただとか、世俗の法律に反した行動がまずあり、信徒が貴族の家人と騒動を起こすことも数度、入信者の家族と揉めることも数度、そこから訴えがあって、更に急進的な信者がアラウス公――中部に領地を持つ公の一人――に害をなす計画が判明し……という感じで騎士団が内偵に入るに至ったらしい。

その過程で騎士が取り込まれたのか、その前から参加していたのかまでは解らなかったが、それで傾倒している騎士がいると判明し、その洗い出しを試みている間に醜聞事件に至った、というのが当時の経緯で、そのあたりの証言が残されていた。


 教団が起こしたことはどちらかというと拝金主義のなんとやら、という具合で、なるほど当時対応した官憲の皆様が検挙と教祖処刑で全部終わりだと判断したのもわかるような感じなのだが、どうも王族と上位貴族の軽視思想が異常に強かったのは当時の記録……今見られる部分を見ても解る。

 王の軽視はラフェンネの信仰に乗る類のものではなく、淫祠邪教の標準装備というわけでもない。その「教団」であっても教義そのものではなかったようで、それゆえ当時はあまり気にされなかったようだ。


 ラフェンネの下位神、それから王の軽視。二つ揃っている集団がぽこぽこあったらちょっと気持ちが悪い。


 ――多分後継団体……みたいな感じですよねえ。確信は無いですけど……怪しいのは確か。前の方も、最初は普通の草の根系の団体さんだったみたいだ、みたいな話もあったみたいですし……今のネルさんのほうも既存団体の上乗りなのかなあ。


 しかし。

 スサーナはネルの報告を聞きながら難しい顔をする。


 なんというかやり口が気持ちが悪いのだ。

 教義で決まっていてそうなる、というのはわかる。

 教祖様的な存在がそうせよ、と強く説いてそうなる、というのもわかる。

 ただ、ネルの話したやり口はもう少し巧妙な気がする。

 ――どっちも教義の部分は全然関係ないのが気持ち悪いし、共感と仲間意識をフックにしてそう言う考え方を刷り込むのも気持ち悪い。これ、教義に疑問を抱いたり教祖様に失望したりしてもは残るやつでは? やり口がなんだか素朴な教団というより……大学のオリエンテーションで注意される要注意団体みたいな……。


 こちらでは市民生活レベルでは情報媒体もそう発達していないし、その手のノウハウが流通している、とも思えない――鳥の民みたいな広域の情報網はあるわけだから、広まる手段がないと言うわけでもないのだろうが――のに、妙にこなれた手段で世界的に考えると何の得があるかもわからない思想を刷り込んでくる、というのは全方面的に異常な気がする。


 ――まずなんで「邪教」の方々は王族を暗殺なんてしようと思ったんでしょう。レオくんかお父様に聞いたら答えてもらえますかね……?

 スサーナはそのあたりの詳しい話は実のところ聞かされていない。ヤローク貴族に協力していた(?)あの場で術式付与具を持って蜂起した騎士たちがかつてその「教団」に関わったもので、偉い人達はそこの関与を知るため辿り着こうと調べている、ということは分かっているのだが、詳しい関係なんかは不明なままだ。まあ、陰謀とかそっちに触れる話題なのだろうから聞かせてもらえないのは仕方ない。

 高度に政治的な問題は触れるとひどいことになりかねない。勿論ちゃんと対応できる大人の人たちでなんとかしてもらって、一切関わらず生きていきたいのだが、お家の皆を守る、というのを最終目標としつつ、国家は安寧でいて欲しいし当然レオくんもフェリスちゃんも安全で居て欲しい以上、もしかしたら把握しておいたほうが取れる手段が増えたりするだろうか。


 考え、そこに踏み込むのは好奇心猫を殺すだぞ、ととりあえずスサーナはセルフツッコミを入れた。そうであっても首を突っ込んで状況が良く出来るなら迷いはしないが、大人たちの邪魔になるなら何の意味もないし、この「政治的判断で調査しづらい部分の情報を調べてリークしてショートカットしてもらおう計画」ぐらいならともあれ、そこまで高度に政治的な事象、自分が関わってなにか出来るはずもない。



「お嬢さん?」


 ぷるぷると首を振ったスサーナにネルが怪訝そうな声を掛ける。スサーナは慌てて聞く姿勢を取り戻した。


「いえ、なんでも。少し考え事をしただけです。」

「ああ……? そういやそろそろ遅いな。疲れてんならもう寝るか? あと話すことはほとんどねえ。明日、大きな集会とやらがあってどうやら貴族が来る、ってのはもう話したな。その名前がちと引っかかるんで、確かめる……ってぐらいだ。」


 それを聞いてスサーナは頷く。「大きな集会」とやらが多分宗教団体の行事としては本番なのだろうし、とりあえず一度は参加してもらったほうが解ることも多いだろう。

 今の状態では非常に怪しいものの状況証拠ばかりのため、大人たちに情報をリークするには少しだけ足りない。ヤロークに関わりがあったネルさんが引っかかることがあるなら調べてもらうに越したことはない。万が一暗殺に無関係だった場合、不当な弾圧になりかねないという問題がまだ一応ないでもないのだ。


「わかりました。ネルさん、お気をつけてくださいね。無理をしてもらうほどのことはありませんからね。ネルさんに何事もないのに越したことはないんですから。」

「ああ、なに、大したこたねえよ。」

「……本当にお気をつけてくださいね。ええと、例えば……これまでの自分の問題点を話して反省するとか、偉い人がそれを認めるまでごはん抜きとか、叩かれるとか……そういう事が始まったらもう調べるのは中止して逃げてきてくださいね?」


 紗綾が大学に入った頃、なんらかのそういう団体は半分伝説みたいになっていたが、まあ、新入生の通過儀礼としてオリエンテーションで注意されたり、怪談めいた語り口で逸話も色々と聞かされたものだ。


「……よくわからんが、随分具体的だな。だが、その程度どうということも――」

「洒落にならないので。本当に洒落にならないので。」


 スサーナは力を込めて言う。ネルは怪訝そうな顔をしていたが、スサーナが繰り返し念を押すと、なんだかよくわからない、という表情をしながらも了解してくれたものである。

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