第178話 小細工仕上げと言いくるめ。

 帰りにお外でネルと落ち合い、別視点から見たエレオノーラお嬢様のおうちのお役目の話を聞いて裏など取りつつ一旦貴族寮に戻る。


 あんまり何故を意識すると背筋が薄ら寒くなるし習得理由には絶対に思い当たりたくないのでちょっと目をそらしておきたいが、ここ数日色々と聞きまわっているのを見ていたネルがちょくちょく外から見たヴァリウサ政治情勢の話などをしてくれるようになり、ネルが異様に各国内部政治情勢に詳しいことに気づいたスサーナである。


「魔術師の慰撫役は確かに閑職だな。ヴァリウサじゃ長くある役じゃあるが……まあ、伝統だけで維持されてるって各国どこでも思ってるような役職だ。ああ、ちょっと何か動きがあったところで他所が気にするようなもんじゃねえが、何かの際に念の為にちょっとばかし考えに入れる、ぐらいにゃ気味悪がられてるような立場か。」

「……ちょっと改革したぐらいで何か警戒とか、ともかく異国に睨まれちゃう、というようなお役目……というわけでは……」

「百のうち九十九ない。何処も魔術師は不気味だが、なんとかなるとは思っちゃいねえ。まあ、災害扱いだからな。他に気にする部署はいくらでもあるし……そら、例えばミランド公の――」



 ――これって今後確実に腐らせておくべき既得技能ですよね!!

 そう戦慄しつつも今はとてもありがたい。一介の女学生が政治情勢を知る手段はここでは少ないし、王子様たちも護衛たちも結局は同派閥だから抽出元が一箇所なので変な不測の事態があったら避けられないなと心配していた心配性のスサーナとしては歓迎だ。



 スサーナはお嬢様の身の回りのことをいくらかした後に、機嫌が良さそうなタイミングを見計らい、明確に意識して外出許可をエレオノーラお嬢様に直接取る。

 ここ数日、エレオノーラお嬢様が唸っている時にお茶を出すとか適宜肩を揉むなどしつつ、彼女が隣の部屋にいる時を狙ってマレサに対してお嬢様の熱意に感心してみせる、などの小細工を続けている関係上か、そこそこエレオノーラお嬢様のあたりは柔らかい。

 ところで肩揉み行為は文化内にやはり無いらしく、しかし確実に楽になるのを学習させることが出来たので有用性のカードを絵札で一枚切った気持ちだ。


 ちょっとした奸臣の気分のスサーナである。まあ、感心しているのは本当だし、害になるようなことは一切していないはずなので後ろめたくなることでもないのだが、ちょっと結構なんだか申し訳ない。


「ええ、構いませんが……こんな時間から何処へ?」

「ええと、確かめたいことなどがありまして……その確認です。」

「確かめたいこと……ああ、あなた、そういえば宴席について調べているのだそうですね。先日アイマルから聞かされましたが。」

「はい……勝手をして申し訳ございません。アイマル様にはお話してありましたが、私も微力ながら何かエレオノーラお嬢様のお役に立てないかと……」


 スサーナはそっと首を落とし、殊勝な様子で言う。

 エレオノーラお嬢様はどうやらこういう言い回しに弱い。アイマルの許可を得ている、と示すことで一応安全策も取った。

 少しヒヤヒヤしつつもその後の言葉を待つ。


「その気持は感心ですが、あまり危険な場所には近づかぬようなさい。先日のような事もあります。貴女などに大したことが出来ずとも当然のことなのですから。」

「お嬢様の寛大なお心、ありがたく存じます。」


 よし、とスサーナは内心思う。とりあえずこれでやめろと言われたわけではない、という大義名分が立つ。


 飛び出して調理場へ行き、朝買っておいた素材と貴族寮の料理人さん達に分けてもらった色々で魔術師さんたちが食べられそうな食べ物を整えてホールに運び込む。


 ここ数日勝手にやらせてくれた配膳係の使用人さんたちが机を先に用意してくれてあり、お礼を言って置かせて貰った。


「運ぶのを手伝おうか。」

「あ、ありがとうございます。」


 声を掛けられてスサーナは頭を下げる。

 この数日でそれなりに馴染んだ小母さんが正規の食べ物から少し離れたところに置いた机に大皿だのスープ壺だのをスサーナの荷物を見計らって置いてくれたし、別の男の使用人が持ってきた料理を入れ物からそちらに移してくれると請け合ってくれたのでスサーナは次の料理を取りに調理場にさっと戻れてだいぶ助かった。


「なあ、これだけ色々置くなら先に言っておいてくれたら皿はあんたの側のやつに合わせて用意するよ」

「いいんですか!?」

「まあ……使わないものなら出しておくだけでいいが、使うんならさ、使いやすいほうがいいんじゃないか」


 配膳係の皆さんはやはり魔術師は怖いらしく、彼らがホールに現れたあとは絶対に出ては来ないものの、なんだか昨日、とうとう本格的に食べ物を運び込みだしたスサーナを見てもうなんとなく馴染みになった責任者のおじさんが重たいスープ鍋を持つのを手を貸してくれたのを皮切りに、魔術師達が現れる前の準備にはちょくちょく手を貸してくれるつもりになったらしい。


「ええと、すみません。皆様のお仕事でもないのに」

「いやあ、やっぱりただ待機しているのも尻の座りが悪いですからねえ。」


 恐縮したスサーナに責任者のおじさんが笑った。


「そうそう、食わないもんを運ぶのもバカバカしいけどさ、こっちは食ってるからね、不思議だねえ。そんなに違うもんかね」

「そりゃ、こないだ貰った甘いのみたいないいもんなんだろ、これ全部。そりゃ食うさ。アタシだっていくらでも食うよ」


 他の配膳係達がなんだかんだと同意し、わいわいと運んでくれるのでスサーナはお礼しきりである。


「料理も昨日余りをちょっと貰ったけど美味かったよ。こっちのが金が掛かってるね。思うにあっちは裏においたまんまで、この子の持ってきてるやつだけ出しときゃいいんじゃないのかい」

「それは勘弁してくれないか、きちんとあっちを出すのが仕事なんだから、叱られちまうよ」


 もうセッティングしてある本来の料理をちょっと指さして一人がわるい顔で言ったのに責任者のおじさんが慌てて手を振り、皆がどっと笑った。


「しかし、魔術師ってのは物を食うんだねえ」

「ああ、俺は毎年この仕事出てるけどさ、神殿の捧げ物みたいなもんだと思ってたよ」

「お供えもの……」

「そうそう、そういうのと似たようなもんだと思ってたけどねえ」


 じゃあ出てる料理はお盆の落雁みたいなものか、とスサーナは粉っぽいお盆の落雁を連想した。あれは和菓子屋の和三盆とかのよい落雁と違って美味しくないのだ。なんとなくその点似ている気がしなくもない。しかしなるほど、お供え物と理解されていたのか、とスサーナはなんだか感慨深くなる。

 ――そうそう。神様とか妖怪じゃなくてごはん食べる普通の人たちなんですよ。

 こういうところから意識が変わればいいのだが。スサーナは思うが、一方使用人バラバラ引き裂き怪談なんかも新規で広まっているのでなかなか難しいことかも知れない。怒らすと怖い人もいるらしいのはこの間体験してほのかに納得してしまったことだし。


 シロップ漬けの生果物と、今日はプラムなど飴絡めにしたものもいくらか。

 それから昨日普通の料理めいたものに手がついたので、オレンジと燻製鴨のマリネ。寮の料理人さんたちのご厚意で用意してもらった種無しパン。炒めた玉ねぎとアスパラとベーコンを卵でまとめて焼いたトルティーリャスパニッシュオムレツと、とりあえずお腹に溜まりそうなものをいくらか置いてみたところ、最初全く減る様子がなかったものの、ふらふらと疲労の極みといった雰囲気を漂わせながら後からやって来た知り合いがすーっと取っていったのを契機に数人が目を見合わせ後に続き、それからよく減った。やはりサクラとは有用だな、とスサーナは確信したことである。

 感想でも聞けるかと声をかけようと思ったが、話しかけてくれるなという感じですっと前を行き過ぎられたので我慢する。まあ、多分不味くはないはずだ。


 ついでに、出来心で昨日大量に仕込んだポトフもどきを濾して、干したタマゴタケだのヒラタケだのシメジだの――見た目と味は似ているのでそう呼んでいるが実際近縁種かどうかはわからない。食菌なのは確かなのだがこちらではキノコはマッシュルームみたいなやつ以外市民権が薄く、皆一緒くたにキノコよばわりだ――と干昆布をぶちこんで煮出し、更に鰹節の代わりに青魚の腹身を蒸して干したやつを削ってぶち込んだのをさらに濾して味を整え、ブイヨンか疑似お吸い物かというものにしたのを寸胴一杯拵えたところ、味見をした料理長がなんだか卒倒しそうになっていたが――コンソメに比べれば非常に簡便なのでそこまで驚くものではないと思う――、魔術師さんたちには概して受けたらしく、浮身に香草を散らしただけのスープがさっと空になってスサーナを満足させた。

 ――うん、いえ、これは島料理関係ないですけど、やはり魔術師さんたちには旨味文化ありましたか……

 魔術師さんたちの美味しいの基準は雑味とアクのなさ方面にだいぶ振れていると予想したものだが、正解らしい。

 制作過程がだいぶ荒いので、もっと丁寧に処理すればもっと受けるかもしれない、とスサーナは内心に刻み込んだ。


 そんな感じで八日目の夕食を無事終え、スサーナは貴族寮に戻る。

 戻った所、先に「八日目の食事を出し終わった」報告書、つまり特に騒ぎもなく食材の搬入と片付けが終わった、というものが来ていたらしく、エレオノーラお嬢様はここ数日恒例の報告書を書いていた。


 タイミングを見計らい、付属の台所でそっとスサーナは小細工をする。

 玉ねぎとベーコンをバターでじわじわ炒め、先に寮の調理場で取り分けておいて持って帰ってきてあったスープを注ぐ。


 奸臣ッツラでエレオノーラお嬢様の集中力が切れたタイミングで一休みなさいませと声を掛け、出す直前にエレオノーラお嬢様のために用意されている発酵パンを炙って小さめに刻み、煮えているところに入れ、チーズを削って乗せて熱したスプーンを当てる。

 まずマレサに声を掛けて毒味兼味見をしてもらうと普段かっちり寡黙な彼女に珍しくあらまあとうっとりしたので余程口に合ったらしい。

 ――ふふ、完璧。

 これでお嬢様に食べさせるお許しが出たも同然。スサーナは内心悪い笑顔になり、粛々とオニオングラタンスープもどきを部屋に運んだ。


 エレオノーラお嬢様が報告書を上げるのは結構遅い時間になる。

 夕食の遅い夏のヴァリウサ貴族でもそれなりに小腹が空く時間だ。


「お嬢様、お夜食を用意いたしました。よろしければいかがでしょうか。」

「それは?」

「はい、故郷の料理なのですが、疲れによく効くというものです。」


 嘘は言っていない。

 ぐつぐつ言ういい匂いのものの誘惑に抗しきれなかったエレオノーラお嬢様はスサーナのすすめに従ってスプーンを取り、大人しくスープを口に運ぶ。


「熱いのでお気をつけくださいませ」

「っ……つ、」


 口にしたお嬢様がスープを吸ったパンとチーズに目を輝かせたのを確認してスサーナは内心わるいかおを深めた。


 魔術師達に出すならあっさりと油脂分を少なめにしたスープを選択するスサーナだが、多分彼らとは味覚の方向性が違う本土の民であるエレオノーラお嬢様に出すということでバターとベーコン、そしてチーズと少し焦がしたパンで油脂とコク、香ばしさを補強したのだ。


 パンを浸したスープは貴族の令嬢に出すにはやや下賤な食べ物だが、夜食なら下賤なものも許されるというよくわからない不文律もあるので問題ない。文句をいうならマレサだが、うっかりうっとりしてしまったせいか何も言ってこない。


 ――美味しいものは油脂と糖質、それから旨味ですよねー。


 魔術師さんたちにも出せないことはないと思うが、ともあれ今はこれがエレオノーラお嬢様に受けたという事実が大切だ。

 スサーナはエレオノーラお嬢様が満足げに器を空にしたのを受け取り、静かに台所にさがりながらほくそ笑んだ。




 9日目もスサーナは同じように出かける前に外出許可を取り、出したものと同じ料理でエレオノーラお嬢様に夜食を出すことを続けた。

 シロップ漬けの果物を白糖を利用した焼き菓子にするなどの少しひねりを利かせたりもする。

 そして10日目。


 アイマルがエレオノーラのもとにこれまでと違う書類を持ってきたのを確認し、スサーナは何気なくお嬢様に声を掛けた。

 最終日の宴席の決定は形骸化した形式上であるが、5日前。ネルが調べてきたとおりだった。


「エレオノーラお嬢様、今日は書かれるものが多くてらっしゃいますようですから、羽根ペンをお研ぎ致します。」

「ええ、任せます。」

「随分な量ですが、お役目の関係のものでらっしゃいますか? ああ、ええと、重要な書類のための鷲羽わしばねのペンをおろしたほうがよろしいでしょうか?」

「いいえ、必要ありません」


 エレオノーラお嬢様はふんと鼻を鳴らす。思い出し怒りの気配。


「終日の宴席の発注書類です。どうせ食べもしないものの為に、馬鹿馬鹿しい。父も父です。口にもしないものなのに削るなと言ってこんな無駄なことを……」

「さようで御座いましたか。あの、エレオノーラお嬢様。恐れ入りますが、お聞きしたいことがございます。」

「なんです?」

「恐れ入りますが、ええと。もし魔術師達がもてなしを口にするならエレオノーラお嬢様としては食べ物を出す意味はあると思われますか?」

「何を言うかと思えば。あなたも調べたのでしょう? もうあまりに長い間あれらは宴席をないがしろにし続けているのですよ? 口にするはずがありません。」

「はい。もう50年も前からそうだというのは調べました。ですが、ええと、もし、エレオノーラお嬢様の代で魔術師がもてなしを受けるようになったとしたなら……ええと、どうでしょうか?」


 眉を寄せたエレオノーラが不可解そうな面持ちでスサーナを見る。

 スサーナはここでエレオノーラが馬鹿げた仮定を持ち出すなと怒り出さないかどうかヒヤヒヤしつつも頭を下げて返事を待った。


「つまらぬ仮定ですね。……ええ、それならまだ面目は立つでしょう。しかしそのような事、あのふてぶてしい様を見ればありようはずがありません。最初の日、経費削減が間に合わずに変わらぬものを出したにもかかわらず彼らは一顧だにしなかったというではありませんか。皆「そのような生き物」だとか言って咎めもしない。全く腹の立つ……」


 そんな急に彼らの態度が殊勝になる理由がないとエレオノーラは膨れる。

 スサーナはさて、と内心考えた。とりあえず、それなら面目は立つ、と彼女が仮定したのでそこをポイントにしていきたい。ここからが言いくるめどころ、というやつだ。


「ええと、それが、わけがある、としたならどうでしょうか。」


 エレオノーラは不快げに眉をひそめた。


「わけ、ですか。今日は貴女、ずいぶんとおかしなことを言うのですね。魔術師にどのような道理があると? 言ってご覧なさい。」


 スサーナはさてどう論を運ぼうかと考えながら口を開いた。

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