第213話 スサーナ、王都にて先を憂うること 3

 その後、戻ってきたエレオノーラがプロスペロに宛てて抗議の書状を書くと宣言し……その勢いがなんとなく薄れてううむ、とばかりに腕を組むのをスサーナは眺める。


「と言っても……困ったこと。正式な書面にしてお父様に署名をいただくのはできません。お兄様……にお願いするとプロスペロ様はお疑いになって話が拗れますかしら」

「正式な抗議にするとプロスペロが可哀想かもしれないけど、父上に書いてもらってもいいんじゃないか。流石にエレオノーラの侍女に難癖をつけるのはあいつ、少し神経質になりすぎだ。」

「……実は、お父様には雇ったと伝えていないのです。わたくしの裁量で雇って、わたくしの動かせるお金の中から何もかも出しているので……」


 エレオノーラが目をそらしてもぞもぞと言ったのを聞いて、オルランドがなんでそんな面倒なことを、と呆れたような声を上げる。


「お父様も……平民と聞くとあまり反応はよくありませんから。まさかこんなことがあるだなんて。」

「エレオノーラ、じゃあなんと言って別邸を使ったんだい。その時に父上に説明した名目でなんとか……」

「今はわたくしの持ち物ですもの。お父様に全部お話することはないかと思ったのです。一人だけですから。メイドも管理の者たちがいれば足りますし……タデオに世話するよう話を通して……」

「待ってエッレ? ……じゃああちらを使っていると本邸いえの者達は知らないの?」

「……マレサとアイマルだけ……。でも、そう使ったとしても誰に責められるようなことではありませんでしょう」

「そうだね……でもエッレ、エレオノーラ、それじゃあプロスペロも勘ぐるよ……」


 ――押入れに隠した捨て猫が見つかったみたいな話になっている……

 兄妹の会話を聞きつつ、スサーナはあああれは状況が絶妙に妙な方向に噛み合ったのだな、と薄々想像がつき、遠い目になった。


 まず、勢いで雇用されたのでエレオノーラお嬢様はご実家の方に雇用契約書を上げていない……ようだ。まあそれはなんとなく予想していた。さらに、カンニング用アンチョコ作成という目的というちょっと後ろ暗い用事、こっそり裏方という事情なので友人を招いた、と言う形で家人に紹介するようなこともない。さらに泊める先はこっそり準備した。と。

 まあ、それは聞いてみれば当然といえば当然、薄々予想の範囲内で、スサーナとして文句を言うようなことではない。それに多分エレオノーラお嬢様の自分の裁量で泊められる場所だというのも合っているのだろう。

 だが、スサーナとしてはほぼ確信に近く予想している事柄であるが……普段、エレオノーラはおうちの人に隠し事をしないのではなかろうか。なんだかすごくそんな気がする。

 ――なんて説明しましたっけ。学院の生徒でエレオノーラお嬢様に泊めていただいた、って言ったような。


 ぴりぴりしているプロスペロ氏のことだ。何かを彷彿とする状況でそんな風に言われたとしても疑うだろう。一応本邸に問い合わせなりしたのではなかろうか。

 ――そんな宿泊客は聞いていません、が出ちゃった、という想像がなんでしょう目に浮かぶよう……

 しかも学院の生徒でエレオノーラが連れてくる、となれば普通貴族だと想像するはずで。家人への紹介もなし、というのは珍しい事態だろう。

 そこで更に平民バレ、しかもあんまりよろしくない態度で王子殿下に絡んでいるのを見られた、と。

 ――これは警告で済んでよかったねって思うべきなやつな気がし始めましたね! なんとかにも一分の理! わあややこしさしかない!!!


 スサーナは頬を引きつらせる。だからといってプロスペロ氏への評価が上がるかと言うとそんなこともないが、いきなり捕縛されたり切り捨てられたりしなくてよかったのかもしれない。


 スサーナが思案している間にも会話を続けていた兄妹は、とりあえずエレオノーラが抗議の手紙を書き、それをオルランドが渡しに行く、という形でまとまったらしい。


「ええと、君」


 オルランドに声を掛けられ、スサーナはどよんとした表情を引き締め、はい、と返答する。


「その、プロスペロに事を説明するにあたって……念の為に。君の身元を証明できる人はいる?」

「ええと、一応……」


 ――第五王子殿下、とか言うと……それはそれで取り入ろうとしている、とか疑われますかね……?


「ええと……学院に推薦くださったのはミランド公様……だというお話です、けど……」


 応えつつ、スサーナはプロスペロの反応を想像してううん、となる。

 ――これはこれで「ミッシィさんが学院に入ったのは貴族が関係していた」のとオーバーラップとかしちゃいます……?

 気がかりが多い。


「あ、あのですね、ええと、元々セルカ伯という方の所でお勤めしておりましたので、そちらにお問い合わせくださるといい……とは……。とりあえず……あの、エレオノーラお嬢様のおうちから持ち出したと疑われて取り上げられた私物さえ帰ってくれば私は問題ありませんので……」

「私物?」

「はい。ええと、腕輪……の形をした、護符と……あとええと、紙なんですけど……。」

「それは……なんとも……。どこでそんなものを?」


 訝しげな顔になったオルランドにスサーナはああええと違うんです、と手を振った。


「ええとですね、私、実はええと、諸島……あの、魔術師が沢山いる所の生まれで。普通に売っているんです。ええと、貰い物なんですけど……多分その、そちらのおうちにあるという貴重な品よりもずっと弱いものだと思うんですけど、見た目が似ているみたいで……」

「それは……そんなことが? 一度二度働くだけの安価なものがあるのは知っているけど……」


 オルランドは首を傾げたものの、とりあえずあいつの頭も冷えた頃だろうし、まず実物を確認しろと伝えるよ、と頷いてくれたのでスサーナはホッとする。お守りが腕にないのは本当に久々で、夜も昼も寝るときも基本的にずっと付けっぱなしで生活していたので無いとなんとなく落ち着かないし、不穏な夢のこともあるしではやく返してもらいたい。


「あいつももう出ているだろうし……夜には戻ってくるかな。明日の朝には返事を出来ると思う。」

「明日の朝、ですか。わかりました。ええと、こちらのお屋敷に来ればよろしいでしょうか?」

「いや、僕は流石に本邸ここにはいられなくてね。街中に……ホテル・アジャラに泊まっているから、そちらのほうがいいかな」

「あれ、その、プロスペロ様も……」

「ああ、同じところに居るよ」


 オルランドが出した名前は午前中に行った先、第二王子がいて、学院の皆が泊まっているあのホテルだった。

 オルランドも第二王子の知人らしいのだから、彼の紹介だったりするのかもしれない、そう思いながらスサーナはふとあそこにミッシィが居た理由を思う。

 ――もしかして、ミッシィさんがあそこにわざわざ居るのって、オルランド様を見張ってます?

 もしかしたら最初は自分でなんとかしようとしていたのではないか。

 なんとなく直感めいた類推をしつつ、スサーナはうなずく。夢がもし当たるとしても演奏会のメインは夜に始まるのだ。朝にお守りが戻ってくるならそれでまあいいはずだ。


 スサーナはその後しばしエレオノーラが手紙を書くのを待ち、それから馬車をアイマルに呼んでもらってお屋敷を辞した。

 行く先がある。


 ――貴族の噂とかに詳しそうで、多分こっちを信用してくれて、ついでに色々聞いても理由を聞かれなさそうな方、そういえば居るじゃないですか!

 先ほど名前を出して思い当たった。

 セルカ伯は明らかに事情通で、スサーナが多少おかしなことを聞いたとしても疑ったりはされない気がする。

 ――それに、事がええと、三年前に貴族の方々の間で色々あったのが発端だとすると……すごく詳しい可能性もあるんですよね。

 スサーナには正直な所詳しい事情はわからなかったが、セルカ伯は三年前に島にやってきて、多分貴族と、それからヤロークが関わった何かの所為で殺されかけた人だ。


 ――何か手がかりになるかもしれない。

 レティシアが確かセルカ伯は王都に居るのだと言っていた。


 スサーナはセルカ伯の屋敷へと御者に頼み、馬車に乗り込んだ。

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