第214話 いっぽうそのころの王子様達。

――――――――


「中の兄上、お招き頂き恐悦至極です……って言いたいけど、またこんな隠れ家作って……。」


 フェリクスは招き入れられた一室を見回しながらため息をつく。

 この中の兄が大人しく国内産業の振興だなんて理由でなにかに出資するとは思ってはいなかったが、まさか出資したホテルに巣を作ってあるとはおもわなかった。

 フェリクスはしばらく調度を眺めたり家具を触ったりし。脱ぎ捨てられた女物の靴が部屋の隅に置いてあるのに呆れた顔になった。


「おやフェリクス、兄様のプライベートがそんなに気になる? 照れくさいね。まあお座りよ。」


 卓の対面に自分を招いてニコニコ微笑むウィルフレドを半眼で睨む。


「で、何の用なの? ボク、こう見えて忙しいんだけど。」

「うん、そう言うなよ。可愛い弟とお茶をしたいな、と思うのがそんなにおかしい?」

「おかしい。ボクと茶を飲む時間があるんならまだ爺どものご機嫌取りでも女の子と茶飲むほうがお前らしいだろ、兄上」


 きっぱり言い切ったフェリクスにけらけらとウィルフレドは笑い声を上げた。

 フェリクスが中の兄上、二の兄上と呼び習わされている二番目の兄、同母のきょうだいからの使いを受けたのが半時ほど前。しばらく王都にいずとも一番下の弟と違って――可哀想なレオは貴族たちとのちょっとした茶話会やら顔合わせやらに忙殺されている――ろくに気にされない身分をいいことに、のこのことついてきた先がこの部屋だった。


「つれないなあフェリクス。まあお前のそう言うところ、わたしは好きだけど。ああ、お茶より強いもののほうが良かったかな? ここで入れてる葡萄酒はそれなりに質がいい。飲むかい?」

「お茶でいーよ。でー? ほんっとーに何の用なの? こんなとこ呼び出して。城じゃ話せない話でもあるって? ってゆっか第一さぁ、ボクこんな薄暗ーいような部屋で飲み物飲む趣味ないんだけど。薄暗くって色よくわかんないしさー。なに入ってるかわかったもんじゃないよねー」

「あはははは、お前のカップなんかに妙なものを入れやしないよ。弱い薬だって結構な金額なんだからね、お前ごときに使うぐらいならもっと楽しい相手に飲ませるもの。」


 ポットを取り上げて手ずからカップ2つに茶を注ぎ、好きな方を取れよ、と言った第二王子は楽しげに弟の顔を覗き込んだ。フェリクスはべえっと舌を出し、一つを乱暴に引き寄せる。


「それでね、フェリクス。わざわざこんなところに呼んだのは、同母の兄弟のよしみでお前に聞きたいことがあるんだ。」

「なんだよう、カワイイカワイイフェリスちゃんの下着のサイズとか知りたいわけ? それとも色? やー、中の兄上がそ~言う趣味に目覚めるだなんてー」


 非常に面倒くさ気な口調で揶揄めいたことを口にするフェリクスを前にウィルフレドは茶を啜り、苦いなあとこぼしてシロップを注ぎ、もう一口飲んで満足げな顔をしてから口を開いた。


「率直に言って、レオのお気に入りとかいう平民の娘、お前から見てどうなんだい?」

「どうって……」


 フェリクスは半眼になる。


「なんでそんな事ボクに聞くのさ? 他人のモノにちょっかい掛けたがるその癖、早く治したほうがいいよ? わざわざ王都まで呼んだりして」

「そう言うなよ。お兄様は可愛い弟たちが幸せに暮らせるように心を配ってるんだよ? 自分で確かめようかと思ったんだけど、さっき声をかけようかと思ったらラウルとクァットゥオルに邪魔されてね。」


 言って、ウィルフレドは肩をすくめた。

 招待された学生たちの予定は当然把握しているため、偶然を装って声をかけようと試みたのだが、何故だか――自分の護衛官は抜けられない用事を押し付けてきたのに――下の二人の護衛官達が人混みに混ざっていて、邪魔されてしまったのだ。

 クァットゥオルが動いていた、ということはこの弟がそう命じたということだ。

 ウィルフレドは同母のこの弟のことをそれなりに自分に近い感性を持っていると考えている。

 いくら仲のいい一番下の弟だといっても、相手に熱を上げているならなんだかんだ素知らぬ顔で冷淡に距離を取るだろう。


「わー油断も隙もあったもんじゃないねー。確かめる、だなんて言ってあわよくば掻っ攫おうとしてるでしょ。いい迷惑。やめてよねそーゆーの。幸せを考えてるならほんと放っといてもらいたいよねー。」

「ああ、バレた? でも少しは気にしているのも本当だよ? 遊ぶならまだいいけど、ちょっと時期が悪いっていうかさ、平民はよろしくないかもしれないからね。それで、どうなんだい? テオフィロも、アルトナル王子も随分と気に入られてるって話だけど」


 ウィルフレドの問いかけにフェリクスは眉を寄せて茶を啜り、鼻を鳴らす。


「どうって……ふつうの娘だよ。だいそれた事を望んでるタイプじゃないし……っていうかそれ一応事実無根の噂だからね? あ。もちろん兄上の好みのタイプかって言うとそれも違うと思うし。」


 どっちもね、とフェリクスは内心付け足した。


「そう……。お前がそう見たなら信憑性はあるのかな。好みのタイプかどうかは確かめてみるまでわからないと思うけど。」

「で、妙な言い方してたけどさ、なんかあんの? 思わせぶりな言い方したってことは話してくれる気はあるんでしょ?」

「大したことじゃない……かもしれないんだけどね……」


 第二王子は一旦言葉を濁し、面倒そうな目で自分の方を見る5つ下の弟を眺めた。


「勿体ぶるなよう」

「最近する前に平民のご婦人に引っかかってるやつが多くてね」

「なーにそれ。……そんなの偶然じゃなくて? 商人層の台頭めざましいって皆言ってるんだからそりゃ平民に関わるやつも増えるでしょ? ボクにはよくわかんないけど」

「そうかもね。ただ、わたしを贔屓してくれる市井のご婦人たちは噂話に堪能なんだけど、彼女たちでも後援者パトロンともともとの身元がわからない女性ひとが居るって話があってさ。『慎み深い女友達高級娼婦』というものは秘密主義なものだし、そのほうが箔が付くものだから偶然かもしれないし、仮面舞踏会でっていうのが洒落てるって風潮だしね。確かに今の流行りだからね? それはそう言うご婦人に熱を上げる総数が多ければ、その中で何かあったやつも増えるだろう。でもねえ。」

「誰かなにかしてるかもーってことねー。時期が時期だもんね。」


 この兄が平民の未亡人互助組合だかなんだかに随分金を出しているのは知っていたが、まさか実益を兼ねているとは。そう言う事をやっているからお前こそ疑われるんだぞ、とフェリクスはジト目になる。どうせ何の欲もないだなんてこともあるまいに。


「そう。そんな折にレオの噂を聞いてね。前のオルランドのことに少し似ているだろう? 平民、って言われたら少し気になるさ。」

「そりゃそりゃ。じゃ、ホントに心配してくれたわけ? めっずらしー。ご心配はありがたいけど無関係だと思うよー。」


 真摯、に聞こえる口調でウィルフレドが言い、なるほど、いつもの面白がってちょっかいをかけようというのとは少し違うわけか、とフェリクスがすこし語調を緩めたところでまた彼が言葉を継いだ。


「そう? ならいいが。言ってしまえばいつもの事ではあるだろうし、わたしに関わりない所でやってくれればどうでもいいんだが、今の時期はちょっとねえ。……お前たちも遊ぶなら気をつけるんだよ。恋酸漿ハクスベリーの香りの判別法は覚えているね? それとなくプロスペロにも言ってあるから、オルランドがまた、ということはないだろうけど。」

「遊ばないってば。兄上じゃないんだからさ……」


 託宣が下ってから一年。第一王子はまだ「次の王儲君」ではない。もちろん託宣があった以上ほぼ間違いはないのだが、一年の猶予を経たこの夏から祝賀を行い、年のはじめに叙任を経て正式に王位後継が定まる。

 まだ、事情によっては番狂わせがある、と考えるものも居るし、王太子の周りを固める人事があるのもこれからだ。

 微妙な時期といえば今は微妙な時期だ。疑われるのも巻き込まれるのもまっぴら、痛くもない腹を探られるだなんて冗談じゃない。と第二王子は息を吐く。

 聞いたフェリクスの目線が少し和らいだものからまたじっとり呆れ返ったものへと戻った。


「なんだ、親切ぶった癖に結局自分が面倒を背負いたくないだけじゃない」

「ん? ははは。それ以外何があるっていうんだい。それでお前たちも面倒が減るし、得するんだからいいじゃないか」

「ぇー? 面倒、むしろ増えたよ? ねえ兄上? ところでちょっと聞きたいんだけど。ボクがさー、「彼女の身元はハッキリしていて人格も優良、兄上が気にかけることは何もありません」って太鼓判押したらちょっかい出すのやめてくれる? というかぶっちゃけそっちの話にはほとんど間違いなく絶対関わりないし、太鼓判押したっていいんだけどさ。どーせ明日まだなんかちょっかい掛ける気でしょ?」


 話の主体がミアでもスサーナでもこの兄が気にしているようなには関わりあるまい。ミランド公が関わった話だし、まさか今更彼がそんな迂遠によくわからない工作を仕掛けてくる、だなんてあり得た話ではない。ミアのほうだってこちらに取り入るつもりならもう少しそれらしい人選をするだろう。フェリクスはすこし考えてから問いかける。

 ウィルフレドがきょとん、と無邪気そうな表情を浮かべて目をパチパチわざとらしげにまたたいてみせた。


「え? それと……これとは話は別だろ? それはそれ。これはこれ。怪しくないって言うならわたしも安心してお近づきになれるってものだよ。いやあレオのお気に入りなんてどんな娘なのかな。無邪気そうに見えたけど、一体何がそんなに素晴らしいんだろうね、楽しみだな」

「あーやっぱりー? んっもー、ほんとその癖治せよー!! ボク、だからお前のことキライなんだよー!手当り次第さあー。 変な病気移されちゃえばいいんだ!」


 変なところばっかり行動力があるのは母の血だろうか。ほんとめんどくさい。やっぱり面白がってちょっかい出そうとしているのがメインじゃないか。一瞬騙されかけたがよく考えなくてもどんな相手か見る、だなんてのは第二王子殿下自ら動いて自分でやる必要は一切無いのだ。

 フェリクスは心の底からうんざりと声を上げた。

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