第212話 スサーナ、王都にて先を憂うること 2
エレオノーラはその後ダンスのレッスンがある、と言って、スサーナに待っているように言って席を外す。なんでも、王都でも数本の指に入るダンスの講師がやって来て、僻地でダンスの腕が鈍っていないかを試験するのだとかでどうにも外せないという。
大人しく、はい、お待ちしております、と言ってエレオノーラを見送ったスサーナは、こちらも席を辞そうとするオルランドをあっと引き止めた。
「あっ、あの、恐れ入ります、オルランド様。ええとですね、この後ご用事はありますでしょうか?」
「無いけれど、何かな?」
「ええと……あの、伺いたいことがある、と言いますか……よろしければ、あの、エレオノーラお嬢様のお戻りを待つ間ちょっと一人になりたくなくて……少しお話をお聞かせ願えませんでしょうか? あの、メリッサさんのお話……なんかを……」
被害者的立場なので聞いても大丈夫だろう、という計算の元、首をすくめて問いかけたスサーナにオルランドは一瞬僅かに目を伏せ、いいよ、と応えて椅子に着いた。
「ああ、君には聞く権利がある。何を聞きたい?」
「ええと……あのですね、何からお聞きしたらいいか……あの、じゃあ、まず、おつきあいされた経緯とか……」
「……何から話したものか。……僕が彼女と出会ったのは公学院でだった。そういう話でいいのかな」
――聞く意図は多分、予想とは全く違いますけどね……。
スサーナは、メリッサ……ミッシィの今までの経緯と人となり。そう言うことを念の為に聞いておきたかった。端的なことを聞くのもいいが、まずは大づかみで把握したい。
オルランドがテーブルの上で指を組む。一拍。懐かしげな目で話しだした。
二人が出会ったのは学院に入学してすぐのことだった、という。
オルランドは貴族の長子ゆえに入学の予定は最初なかった――学院に入学するのは貴族の第二子以降が一般的だ――のだが、ひとつ下の第二王子が後継者争いをするつもりがないと示す理由か学院に入学することが決定し、同年の貴族の男子たちが挙って学院に入れられたため、彼も学院に入学することになった。長子として父を補佐し、そのまま貴族社会に出るつもりでいた彼にとっては青天の霹靂だった。
その矢先、本当に入学してまもない最初の月のうち。上位貴族たちが学ぶ学舎の側に迷い込んできたのがメリッサだった。
偶然そこに居たオルランドが外まで彼女を送り、そのときはそれだけ。無礼な平民だと思ったほどだった。
しかし、学院の庭で、年かさのものに連れられていった食事屋で、偶然数度出会ううちに彼女に興味を持つようになり、惹かれるようになるまでは時間は掛からなかった。
貴族の娘たちにはない直截さと破天荒さ。
例えば、小川の水に足を濡らすことを恐れないこと。
例えば、授業をボイコットして昼の街に遊びに出ることを彼に教えること。
大きく口を開けて笑い、全身で怒り、感情を素直にはっきりと示すところ。
学院に入れられたことで、後継者として能力を磨いてきたという自尊心を曇らされたと感じ、閉塞感のただ中にあった……真面目に生きてきた彼にとってはそれはとても新鮮で、心を奪われるには十分だった。
国内情勢の変化で彼が呼び戻されることが決まった時、オルランドがメリッサを王都に連れ帰ると決心したのは当然の帰結といえただろう。
”お金持ちの後援で学院に入った” という彼女は学生としては不真面目で、最初の昇級すらろくに適わぬありさまであり、連れて行ってくれとねだるのには何のおかしなところもなかったし、結婚相手が決まった娘が学院から離れるのはよくある話だった。
貴族としての役目を学びながら二人で暮らし、許される年になったら結婚する。そのある意味でとても無邪気な期待が崩れたのは15の夏頃。今から三年ほど前のことだ。
当時、国内貴族たちの内情は静かに荒れていた。派閥争いは大領地と特権を持つ大貴族達であっても、いや、だからこそ無関係ではあれない事柄だ。
ガラント公と彼に関わる貴族達の方針や内情が他所に渡っている、と明らかになってからその下手人が発覚するまではそう時間は掛からなかった。情報元が家内の人間だと当たりが付けられた後に内容を変えながら振りまかれた誤情報のうち、彼女と他数名しか触れられなかったものが相手に渡ったうちに含まれていたのだ。
彼は当然なにかの間違いだと主張したが、メリッサを学院に入れた市井の富豪とやらにその派閥の貴族の息が掛かっていると明らかになり、それなりに手間を掛けた調査の結果、彼女が知らず利用されているというわけでもなく公家の情報を外に漏らしているのだとはっきりしてはそれ以上庇いようがなかった。
「……それで、秘密裏にやってた調査だったから、彼女がそうだと知らなくて、あぶり出しの話をプロスペロの兄上の奥方がメリッサにうっかり話した、その日のうちに……」
金目のものとともに彼女は姿を消したのだ、とオルランドは淋しげな微笑みとともに肩をすくめた。
監視の目をかいくぐって逃亡したことで、協力者だろうとプロスペロの兄嫁、そして兄はだいぶ疑われたそうだったが、それらしい証拠はなく、結局辺境に配置換えになる程度で済んだらしい。
「それで、僕自身も領地に下がって……領地の采配をして終わるのかと思っていたけど、未成年だったことが幸いしたらしい。成人して……この夏を機に中央への帰還を許されたというわけだね。……経緯として話せるのはこんな感じか。 まさかプロスペロがエレオノーラの侍女にまで気を張っているだなんて思わなかった。……済まないことをした。」
「あっ、いえ……あの、オルランド様のせいではないと言いますか……ええ、どうかあまりお気になさらないでください」
話し終えて再度謝罪の言葉を口にしたオルランドにスサーナはぶんぶんと首を振る。
大貴族の若君の謝罪の言葉などむしろ厄ネタなので出来たら聞かずに済ませたい。
「プロスペロ様もその、お話ですと今何かあって警戒してらっしゃる、ということなのでしょう? ……娼婦とか言ってらっしゃったようですけれど。」
そろっと話の流れを良いことに水を向けるとオルランドは警戒した様子無くうなずく。
「ああ。ここの所王都で噂されている醜聞のうちいくつかの関係でね、共通点として平民の娼婦に入れ込んでいるというものがあるという話が……おほん、失礼。……ご婦人に話すことではないな」
――ううむ……
スサーナは内心唸る。
正直結構プロスペロの暴走で犯人扱いをされた人、ぐらいの感覚でいた……だといいなあ、と思っていた相手なのだが、話を聞いた感じやや黒寄りの灰色みたいに聞こえる。罪を着せられて逃走した、みたいな予想が結構強力だったのだが、どうももっと信頼の置けそうなプロが調べたみたいな言い方だ。
――とりあえず……対抗派閥の貴族の方、とは繋がりがあったかもしれない、と。
その貴族はどういう人物だったのか、王族に恨みがあったりするのかは確認するべきだろうか。いまここでそれが誰かをぼかして言った当事者に聞くのはちょっと礼儀にかなっているとはいえないのが困ったところだ。
――その王都の噂とかも聞きたいですけど、あんまり根掘り葉掘りしても怪しい人みたいになっちゃうかな……。
現状、エレオノーラお嬢様の態度のおかげで怪しまれては居ないけれど、スサーナもうっかりするとオルランドに怪しまれかねない立ち位置ではある。
無駄に怪しげに振る舞って取りなしてもらう可能性を低めるのはちょっとやめておきたい。
そう考えてスサーナは話題に直接関係無さそうな部分は他の誰かに聞くことに決める。
「ええと、ありがとうございました。あの、オルランド様。」
「なんだい?」
「あの、すごく大変な目にお遭いになったようで、ええと、ご心中お察しいたます。……あの、先日……私を見間違えられた時、ええと、お話をされたそうだなと思ったんです。もし、メリッサ様に再会できたらどうされます?」
そう問いかけたスサーナにオルランドは目を細め、苦い表情で笑った。
「そうだな……何故、と聞きたいとは思っていたよ。一応、他所に内通するよりも僕の妻で居たほうがずっと得だったはずだから。……愛されていた、とは思っていたんだけど、自惚れだったのか……」
言葉の後半はスサーナに向けた、というよりも独り言に近く聞こえた。
――やっぱり、オルランド様はまだお好きな感じがしますよねえ。
「ええと、私もメリッサ様はオルランド様のことお好きだったと思います」
「はは、ありがとう。気を使わせてしまったな」
笑ったオルランドに、実は根拠がある、とは言えないですよねえとスサーナは内心ひとりごちる。
――実は当人に明日外出させるな、と言われている、だなんて。
「いえ、本当に…… あ、あの、急に話は変わりますけど、オルランド様は明日の演奏会へはお出になるんでしょうか?」
「ん、ああうん、行くつもりだ。ウィルフレド殿下が是非……折角戻っているなら胸を張って姿を見せておけと仰るからね。」
「然様ですか。ええと、ウィルフレド殿下……と仰りますと、第二王子殿下ですよね。お仲がよろしいのですか?」
「悪友……程度にはね。なにより元々我が家はウィルフレド殿下を推し立てる立場だったから」
なるほどそれは休めない。
スサーナは、この不穏さが落としきれなかった場合、ごく一応……――機会があってタイミングが合えば――飲み物に睡眠薬を入れるぐらいは考えるべきだろうか、と思考した。それで一応は義理を果たしたことになるだろう。
――何事も無さそう、ということになればいいんですけど。
この後もうしばらく調べてみよう。スサーナは戻ってくるエレオノーラの姿を見ながらそう考えていた。
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