第14話 スサーナとそこそこやかましい村のこどもたち 3

 貴重そうに一欠片ずつ配られたオムレツはとてもおいしそうだった。

 スサーナは叔父さんと半分こしたけれど、口に入れた叔父さんがへえ、とつぶやいてもっとほしそうな顔をしたのを見逃さなかった。

 知らんふりして自分も食べる。

 とろっと柔らかく、こっくり卵が濃くて、混ぜられた濃いミルクがいい具合に卵のクセを分散して甘味を助けている。

 塩と卵とミルクしか使っておらず、熾しっぱなしの宿の台所のかまどで雑に焼いたものがなんでこんなに美味しくなるのかスサーナにはわからなかった。


 食べ終わり、さあ、外に行こう、となったとき。

「なあ、まてよ。そのカッコで外であそぶのか?」

 フィートがじろじろとスサーナを見ながら言う。


 スサーナはきょとんと自分の服を見下ろした。薄い黄色の地にジグザク模様を織りだしたワンピースだ。子供服らしく膝丈と半袖で、腰を締め付けていない形。デコルテを露出する代わりにその形をイメージした白いラッフルカラーの襟がついているのがおばあちゃんの工夫というやつだろう。


「なにか変ですか?」

「いやぁ、へんってわけじゃあないけどさあ……」

 もごもごと口ごもるフィートにスサーナが首を傾げると、叔父さんがくすくすと笑った。

「男の子と遊ぶにはちょっと綺麗すぎるかな。待っておいで、確か荷物に麻のシャツが入ってた筈だから。」

 ――ああー、そういえば外遊びですもんね。

 汚れてもいい服に着替えて遊ぶ、と言う概念がすっかりすっぽ抜けていたことにスサーナは気づく。……思えば、外遊びってスサーナとして生まれて初めてではないだろうか。

 これは紗綾の頃に少しでも体験したり本で読んだりしてあってよかった、と思う。まったく予備知識のない状態で外遊びをしたと考えると恐ろしい。きっと、ひっつかまれたカエルとかと対面して泣く羽目になっていたに違いないのだ。

 ……前世から大型のカエルは苦手である。


 上に連れて行ってもらって着替える。

 麻のチュニックと裾に紐が入っていてバルーン状に留められるズボン。チュニックは生成りで、ズボンはぶどう色に染めてある。ぱっと見にはちょっと男の子にも見える組み合わせだ。

「ねえ、叔父さん」

「なんだい?」

「思うに、この服にはボンネットは合わないんじゃないかって思うんですけど」

「……そうだね」

 ちょっと思案した叔父さんは、荷物から大判のストールを出して、ターバンスタイルにしてくれた。

「よしよし、似合う似合う。」

 満足そうに言うと仕上げに数カ所を麻糸を使って止める。

「これで外れづらくなったし、外れちゃっても帽子みたいにかぶり直せばいいからね。じゃあ行っておいで。」


 下に降りていくと待っていた子供達に囲まれる。


「ふつうのふくなのにまだなんか金もちっぽいんだよな……なんでだろ」


 腕組みをしてなにやら唸るフィート。

 対してメルチェは


「わあすてき!よその国の王子さまみたいじゃない!」


 手を打って喜んだ。


「そ、そうですか?」

「うんうん、ちょっと飾りをつけたらもう夏まつりのおしばいに出てくる王子さまみたいよ」


 少し照れるスサーナに、横からキケが言う。


「いつまでいるの? えーっと、5日あとまでいるなら、夏まつりあるから、見れるよ」

「ばーっか、だめだよ」


 そのキケを肘でつつくハビ。


「あー、いるかどうかはわからないですね……2日は居るのは間違いないんですが、絹布と絹糸の納品待ちなんです。」


 そう長くはならないだろうと叔父さんが言っていたのは伝えずに答え、それから首を傾げる。


「ダメってどうしたんですか?」

「ああ、うん、今年はなー、漂泊民カミナにあたりつよいからさぁー……毎年漂泊民カミナが来ておしばいしてたんだよ。」

「ね、ことしはおしばいあるかどうかわかんないなぁ」

「そういえばそうだった……」


 男の子たちが口々に答える。

 メルチェはぷうっと頬を膨らませた。


漂泊民カミナも羊、かってに焼いて食べちゃわないでうちに来たらいいのよ!」

「しょーがねーよー、やいたらタダだもん」

「でも父さんの料理は世界一おいしいんだよ?」


「メルチェんちはしょくどうなんだ」


 憤懣やるかたない、と言う様子のメルチェを眺めているスサーナにこそっとハビが解説する。


「メルチェがいちばんおしばい好きなのに、くわれちゃったのメルチェんちが買った羊だったからおしばいなくってももんくいえないの、かわいそうだよな」

「ああー……」


 子供も色々大変だ。スサーナは思った。




 外に出ると、こどもたちはまずわっと散った。おたおたするスサーナにメルチェが笑って声を掛ける。


「あそぶじゅんびをしてくるから、ちょっと待ってて」


 すぐにあの二股の棒とバケツ、それから背負籠ふたつを持ってフィートが戻ってくる。


「ん」


 スサーナに小さな方の背負籠をぐいっと差し出す。


「かご、ですか?」

「おう。かしてやる。」

「はあ。」


 受け取って背負うとフィートは満足そうに頷く。

 籠を持ってする遊びってなんだろう、釣り……じゃなくて魚突きだっけか。スサーナは内心首を傾げた。


 少し待つと三々五々子供達が戻ってくる。

 それぞれ籠やら袋やらを手にし、小さいハサミやら長い棒やら、スサーナには用途のわからないものを籠にぶら下げたり帯に挟んだりして所持していた。


「それじゃーいくぞー!」

「おー!」


 スサーナも一拍遅れて、慌てて おー!と声を上げた。




 遊びはスサーナの予想とはまったく違うものだった。

 フィートが川へ行きたがっていたのは知っているので、川遊びだとばかり思っていたし、それいがいにすることと言ったら鬼ごっこだのかくれんぼだの、そういうものなんじゃないかと思っていたスサーナだったが、ずんずん進んでいく子供達の後をヒヨコのようについていった先にあったのはやってきた時に見た低い木の畑だった。


「じゃあ採るぞー!」


 フィートの号令一下、子供達は木に飛びついて黒く熟したベリーみたいな実をもぎ取る。


「えっ、これ勝手に採っちゃっていいんですか?」

「ん? ああそっか、おまえしらねーのか。いいんだよ、これ使うの葉っぱだけなんだ。エサだよ」

「あたしんちに持ってって、父さんにジャムにしてもらって、フィートんとこに持ってくよ。アンタの明日の朝ごはんには間に合うと思う。」

「へーえ!」


 スサーナは試しに一つ摘んでみたその実をまじまじと眺める。

 前世の知識と照合するとこれはつまり桑の実ってやつか。だが、記憶にある桑の実よりもだいぶ大きいように思う。なんといっても親指と人差指でぐるっと作った円ほどのサイズもあるのだ。


「あ、食べてみなよ、甘いから」


 言われて口に放り込んだそれは、少し埃っぽい後に口いっぱいに果汁を溢れさせ、酸味と甘味が強く、なかなか素敵な味をしていた。


 あら美味しい。思わずニッコリするスサーナの口元を見て男の子たちが笑う。

 ――ん? あっ、なるほどやられた!

 はっとして指で口元をこすると見事な紫が手についた。これは唇はすごく紫になっているに違いない。


「これでわかった!おまえかおがきれいすぎんだ!」


 ハビに潰れた桑の実の汁がついた手でにーっと頬を擦られる。


「わーっ、ちょっとおー!」

「あははは! これで村の子じゃないなんてわかんないな!」

「あー、うん、村っ子っぽくなった!」


 子供達が自分たちも口に桑の実を放り込み、互いの頬を擦って紫に染めて笑い合う。

 真面目に悲鳴を上げたスサーナだったが、その様子を見ているうちになんだか楽しくなってきて、いつの間にかなんとなく頬いっぱいの笑顔を浮かべていた。

 ――あ、こういうの、なんだか悪い気分じゃないですね。


 無心に桑の実を摘む。

 一列にぞろぞろ並んで木の通りの間を歩き。大きな実を選んでは、潰れないようにそっとつまんで枝から離して、籠の中に放り込む。

 潰れかけた実はかごに入れると痛む原因になるからその場で食べてしまうのがいい、とメルチェが教えてくれたので、強くつまみすぎた実はどんどん口に入れた。これは口の周りは紫を通り越して黒くなっているのではないか。スサーナはそう思う。

 男の子たちは潰れてない実もどんどん口に入れているようで、半分ぐらい食べている気がする。

 ――まあ、遊びならそれでいいのか。

 大きな実を一つ摘み取ったところでとなりにあった大きな実を摘んだメルチェと目が合って、どちらからともなくきれいな傷のない実を口に入れてこっそり笑った。


 木々の間を時折さあっと涼しい風が吹き、葉の間を通ってきた夏の日がチラチラと緑に染まっている。

 スサーナは紫色がつくのも構わず顎下に浮いた汗をぐっと手で拭った。

 小さな羽をきらきら光らせる名前も知らない羽虫が時折舞い上がり、桑の木の上の方からは針のないハナバチがのんびり飛ぶ重低音。

 夏だ。


 桑の実を摘んでいると、時々農作業中らしい村の人が近づいてくる。

 彼らは子供達が抱えている籠よりも何倍も大きな籠を背負い、それにいっぱいの桑の葉を入れている。


「おやチビたち、桑の実摘みかい。」

「おう、そうだよおじさん」

「なんだかしらない顔がいるねえ」

「街の仕立てやの子だよ、買い付けについてきたんだ」

「へええ、そうかいそうかい」


 そんなことを10度ばかり繰り返してスサーナは

 ――あ、これ私を村の人に紹介してくれてるんだ。

 はた、とそんな事に気づいたのだった。


 こうして街の子と紹介をされてからなら漂泊民カミナと勘違いされることは減るだろう。

 あんなに川に行きたがっていたのに、まず最初にここであそぶということを決めたのはフィートだった。


 スサーナは、一見何も考えていないように見える――ハビの籠に手を突っ込んで桑の実を貪り、盛大にブチ切れられている真っ最中の――フィートにちょっと感謝した。

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