第15話 スサーナとそこそこやかましい村のこどもたち 4
たっぷり桑の実を摘み取った後はメルチェの先導で村の食堂に向かった。
裏手の戸口を叩いて出てきた男性に飛びついたメルチェが、どんなに父さんの作る料理が美味しいかとスサーナに語りだす。
「なんだいメル、藪から棒に」
「あたらしいともだちに父さんのごしょうかいよ!」
娘の父親自慢にてろんてろんの笑顔になって照れに照れる食堂の店主がスサーナには好ましく見えた。
厨房の寸胴鍋に子供達の採った桑の実を全部移した店主は目をむいて驚いてみせる。
「やあ、こりゃたっぷりだな!ジャムにはちょっとばかし多いから今日のメニューに鶏ソテーの桑ソース掛けを足すかね!」
「やったあ!スー、知ってる?父さんのつくるソースはね、甘いのにしょっぱい肉がすごくおいしくなるのよ!」
――なにそれ美味しそう。
スサーナは未知の美味に胸をときめかせた。
明日の朝のジャムを約束されて食堂を出る。もうだいぶ日は傾いているので、これで解散かな?とスサーナは思ったが、
「よっっし! じゃあ川いこうぜー!」
フィートが二股の棒を突き上げて叫んだ。
「おーっ!」
「おー」
ハビとキケが歓声を上げる。
「えっ、今からですか?」
「こんぐらいからのほうが魚がよくうごくんだよ。見てろー? すっげえでかいマスついてメシにマスのあげたのつけてやる」
シュッシュッ、と擬音付きで棒を振り回すフィートをぽかんと見ているスサーナの肩をメルチェがぽんと叩いた。
「フィートは魚とりバカだから、しょーがないよ。アタシもおめつけについてってやんなきゃ、おばさんにたのまれてるんだ」
「メルチェうるせーからなー!」
「フィートがあぶないとこいくからでしょー!」
慣れた様子で言い合いを始めた二人を眺めだしたスサーナに、キケがはいっと棒を渡す。
「え、え? 私、さすがに魚は突けないと思うんですけど」
「ん、それ、ヤスじゃないよ。えっと…上が丸くなってるだろ、アミ」
「あ、あー? ええっと、網部分は……」
「アミはこわれるとたいへんだから、外してほしとくの。ついたらぼくがむすんどくから」
ぐいっと首を突っ込んできたハビが胸を張る。
「それなー、オレのあみだけど、にほんあるから!あみもオレがあんだんだ、すげーだろー。で、オレとオマエが今日はあみがかりな!」
「網係」
なるほど、責任重大だ。スサーナは網の柄を受け取ってうなずいてみせた。
一列になって川までえっちらおっちら歩く。
なるほど、島の川らしく、ファンタジーでイメージするような大河というより日本山地の急流に近い具合で、石灰岩めいた川岸をえぐるような冷たそうな川の流れが少し森に入ったところを流れている。水は水底まで澄み切っており、ゴロゴロとした白い大石と火成岩主体の細かい砂利が川床を構成しているようだ。
ズボンの裾を膝上まで上げて縛るとか、網を枠に縛って形にするとか、それぞれが適当に支度をする。
「みってっろっよーー!!」
一声叫んだフィートが、叫び声とは裏腹に静かな動きで、腰をかがめるようにして浅いところから川に入っていく。
――うわっ、冷たそう。
スサーナが眺める間に、フィートはスルスルと頭まで水に沈んで、20数えもしないうちに戻ってきた。
失敗したのかな?スサーナは首を傾げたが、手に持っているものを見てわっと声を上げた。
「あっ、すごい! ほんとに魚持ってますよ!!」
「ハゼじゃん、スー、だまされちゃダメだよ、あの魚トロいからつかなくてもとれるの」
「ええーっ、そうなんですか?」
「ん、あみでとれるよ、大きめの石をひっくり返して、そいでびっくりしてうくでしょ、ぜったい下にながれるから、そこをすくう。……やってみる?」
「やってみたいです!」
なんだようほめろようとブーたれるフィートを尻目にスサーナたちも靴を脱いで川に入るのだった。
しばらくあそぶうちになんとなくの役割分担が出来た。メルチェが小さなカニと貝を集め、ハビが川岸の水草に網を突っ込んで小エビをたんまり集めていた。
どうやら話を聞くと、カニと貝は鶏の餌にして、小エビは揚げて食べるのだそうだ。結構生活に遊びが直結しているのだなあ、スサーナは感心する。
浅瀬に入ったキケが石を転がし、スサーナが慌てる小魚を掬うという方も、モタモタした動きながら数匹は捕れている。
こちらは油で煮て食べると美味しいんだと言いながらキケが大事そうにバケツに入れていた。
その間にフィートは大きな岩の影や流木の影に潜っては、片手の指の幅ほどのカジカやらウグイやらを突いては戻り、バケツに突っ込むとまた戻っていく。
「フィートー、マスなんかとれないじゃない」
「うっせえ! なんだかだれかがもうとった後みたいで、ピリピリしてて出てこないんだよ」
小さな魚でも捕れるのはすごいのじゃないかなあ、とスサーナは思う。なんといったって網とかではない、先が尖っているだけの棒なのだ。
「こんなとこでほかにだれがとるのよー」
「うーん」
首を傾げながら上がってきたフィートは、シャツを脱いでぎゅーっと絞った。
「っかしいなー」
フィートのぶつぶつこぼす声に小さな笑い声が応えた。
――メルチェ? じゃ、ない、しらない女の子の声だ!
スサーナが周辺をぐるぐる見渡すと、近場の大岩の上に少女がひとり座っていた。
だいぶ沈みかけて赤くなった陽を背に、ゆうゆうと足を組んでいる。
夕日を受けて赤いスカーフが燃えるよう。首と腰に幾重にも重ねた真珠と削り貝殻の飾り紐がきらきらと光っている。腰に巻いた黒いスカートにはこちらでははじめて見る、太いラインの赤い花ととりどりの鳥の刺繍。
背中に無造作に流した髪は、強くウェーブを描いていて、カラスの羽のように真っ黒だった。
「ここのお魚は、みんな逃げちゃったわ? 」
――
噂ばかり聞かされて、なんだか概念上の存在のような感覚すら覚えだした母の民族。
スサーナは、実は実際出会うような気が全くしていなかったためになんだか虚をつかれたような気がしてまじまじとその少女を見つめる。
年の頃なら8つか9つか。この場にいる子供達より少しだけ年上に見える少女は、スサーナの視線に気づくと面白そうに小首をかしげる。
「あらあら、鳥の民をあんまりじっと見ると、呪われてよ?」
そのまま手を広げてぽんっと岩から飛び降り、からからと石を蹴立てて歩いてくる。
「なんだよエウメリアじゃん、魚おまえがとったの?」
「あたくしじゃないわ」
「しっ、知り合いなんですか!?」
スサーナはなんとなくガサガサとフィートの後ろまで下がった。
「ふふっ、怯えちゃって、かーわいー。」
「いじめんなよ……こいつちょくせつお前らのせいじゃないけど、
「あら、そうなの?」
「こいつ街の子だけど、ぐうぜんかみの色強かったから、かーちゃんがおまえらとまちがえてうでつかんで泣かしたんだよ」
「あらあら、それはかわいそうだけど、あたくしのせいって言われてもね」
どうやら子供達の知り合いらしい、
「ほら、怖くない怖くない。……ふふ、お子ちゃまじゃわからないか。」
なんだか男の子と間違えられている気がするスサーナは、ガサガサとまた2、3歩後ろに下がった。
「けっこうお前んとこのせいだろ……羊食っちゃわなければみんなおこってねえのにさあ」
「そうよそうよ、ちゃんとお店にきて食べなよ」
ぴゃっとやってきたメルチェが加勢する。
「しょうがないでしょう。犠牲祭のダンスをキャンセルされたからお金がないんだもの」
「タンスの服持ってちゃってなかったらそのままたのんでたって父さん言ってたよ」
「それはあたくし達じゃないもの」
言いながら、あ、そうそう、と彼女は指を一本立てた。
「そんな話をしにきたのじゃないのよ。占いで、ここにこのまま居るとあなた達にとっても恐ろしいことが起こるってわかったから、教えに来てあげたのに」
「恐ろしいことって」
その時、少し下流でガサガサを続けていたハビがぎゃあっと悲鳴をあげた。
「ハビ?」
「あ、あれ」
ハビの指差す向こう。木々の間に、黒い、小山のような影が――
「なに、あれ……」
「おれ、みせものごやでああいうの見たことある」
「ぼく、おみやげのえほんで見た」
「クマだーーーーー!!!!!!!」
顔色を変えた子供達は何もかも置き捨てて脱兎のごとくその場を駆け出す。
「あっ、急に走ると」
クマの習性に思い当たったスサーナが一瞬押し留めかけるが、木々の間から見える巨大な生き物が大岩が転がるようにこちらに走り出しかけるのを見て顔色を変えて脱兎のごとく後を追う。
「おいっなんで島にクマがいんだよ!」
「それはね、飼えなくなって見世物用のクマを放したやつらがいるからよ」
「おまえらのせいじゃんかーーーー!!」
「あたくし達じゃないわよ」
走りながらもひょうひょうと言う少女に、スサーナは全力で、
「なんとかできるならなんとかしてくださいーーっ!!!!」
叫んだ。
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