第331話 偽物令嬢、寝耳に水の入るごとし。

 もちろん、わかってくれるだろうけど乗りやしないよ?とウィルフレド王子は笑う。


「ま、色々あってね。ある時、わたしは伯父の支持者を名乗る者たちに接触を受けた」

「伯父……」

「……まさかそこから? ま、伯父のことは貴族社会でも表向きでは話題に出されるものではなかったし、去年今年ですら人の口に殆ど上がってこなかったわけだから、思えば知らずとも仕方はないのか……。そう、伯父上さ。二十六年前、神々の選定を受けられず、王になるはずがそうならなかった、わたしの父の兄。サヴァス王子……王兄と言ったほうがいいのかな。そういう人間がね、いたんだ。」


 スサーナは神妙にうなずく。突貫作業で貴族の常識を身につけたがゆえか、話される予定はなかったことなのか、そのあたりの話は聞かされはしなかった。

 自分が被害者になりかけた件でもあるということからすると、世の中には知らないほうがいいことがある、みたいなことだった可能性もあるので、ここで聞いてしまったのは悪手かもしれないが、とりあえず気づかなかったことにしよう。

 ――詳しい話をもし知りたいなら、……レミヒオくんか、カリカ先生……ネルさんも詳しいかもですかね、これ。

 とくにネルはあちらの内情を知らされていたわけではないと言っていたけれど、各国の仕組みなんかには詳しかったわけだし、彼を使っていたヤローク貴族は意識せずと集まる情報のそのあたりが重み付けされているかもしれない。スサーナは、次に戻る機会に詳しく聞こうと心を決める。


 ちなみに、島で庶民をやっていた頃は当然その手の話など欠片も聞くことなど無かった。これは別にタブー視とか言うことでもなく、島の人間は王様がちゃんといらっしゃるかどうかには興味があっても、その手前の王子様の誰が王様になったかなんて、きっと興味なんか無かったに違いない。


「流石に素直に謀反を誘われたってわけでもなく、わたしの立場があちらに近いと、そういう言い分だったかな。もはや謀反の意思なく隠棲していて、しかし国王陛下と貴族たちはそう信じないだろうから名乗り出ることはなく。懐かしさ故に王族の噂を聞き集めて私を知った、という。私の気持ちに寄り添うことができる身内はサヴァス伯父だけで、会ったらさぞ心が慰められるだろう……とね。」


 まあでもねえ、異国に逃亡してそこで死んだはずの王兄、を名乗ってそんなお誘い、それってどう考えても長期的には謀反のお誘いだろ?と、手を広げ、皮肉げに第二王子は笑った。

 もっと幼い時分のことだし、それ以上の接触を受けることもなく、信用のおける人間がうまく何事もなかったようにしたわけだけれど、そう言いつつも口元に浮かんだ微笑みをくるりといたずらっぽいものに変えてみせる。


「おかげでね。そういうものがいる、ということを知ってしまったわけで、わたしも好奇心旺盛だからさ。興味ぐらいは抱くものなんだよ。わたし達の前では頑なに口をつぐまれる、サヴァス王兄とはどんな人物だったのか、とか、誰が関わりがあるんだろう、とかね。」

「それで……関わることを調べていた? そんなご理由なんです?」

「うん、まさかあちらの主張に心を動かしたりはしないさ。わたしは父の治世に安穏と浸かって育ったし、長兄が一番為政者向きだと思うし、何もなければ安泰なものを無駄に揺るがせたいだなどと思わない。……好奇心と言ったろう? 顔ぐらい見てやりたくなるじゃないか。幸か不幸か、夏のことで……心当たりがあって指先を長く突っ込んでいるわたしなら、誰がか類推するぐらいに動きが増えたからね。」


 だからお遊びだよ、国のすることを邪魔したりしないけれど、そちらになにか関わるわけでもない、個人的な好奇心で首を突っ込むばかりのね、そう言ったウィルフレド王子に、そんな理由ってことある? とスサーナは一瞬思いかけ、それからいやいや、と訂正する。こちらの理由も深遠な陰謀などではなく、非常に単純なものであったわけだし、誰かが何かをする理由など、しごく単純なものなのかもしれないではないか。

 話していないことやややこしい政治事情、一挙両得的に抱えているものはきっとあるだろうにせよ、話してくれるといった事情がそうだと言うのならそうと飲み込んでおくべきなのだろう。


「その、他の方々には、接触を受けた、という話は……?」

「わたしから話すことはないかな。本当に頑是ない頃の話だしね。……接触を受けた、と言うだけでもほら、わたしを追い落としたい者にとっては格好の材料になってしまうし。火のない所に煙を立てるのが得意なやつらは多いからね。……父には多分概要ぐらいは伝わっているだろうが。」

「……それでは、私に話してしまってよろしかったのですか? よくないことだったのでは……?」


 まさか、いつの間にかそこまで信頼される材料がどこかにあったとは思わないのだが。


「うーん。ま、いいかな、という気がしてね。ほら、わたしは直感は鋭いから。……とはいえ、そちらもわたしと同じ立場……謀反人の接触を受けたからこそそうして調べているのではないかと思っていたんだけどね。今回はすっかり外したらしい。……とはいえね、君がここにいるということだけでも一蓮托生のネタにはなるし。君が誰かに余計なことを言ったら、わたしだって火のない所に煙を立てるのが大得意な奴らに余計なことを言うかもしれない。……北のミランドといえば我が国と一つになって二百年とはいえ、元は独立の小国。謀反を疑われるなら立場的なまずさとしてはそう変わらないわけだからさ。もちろん、ブラウリオと父の仲良さは我々としては周知のものだけど、貴族連中の邪推が得意なやつのうちにはそうは思わないものもいるだろうしね」


 相互確証破壊ってやつだね、などとにこにこと言う王子様に、わあ、となり。

 ――話されてみればなるほどという感じですけれど、くそ、なるほどなあ!!

 安全マージンというかなんというか。つまり事情を話すことに対しての保証の心当たりがあちらには最初からあったからこそのこのスムーズさだったわけか。思い至らなかった自分の迂闊さにスサーナは全力の遠い目になった。


 ――いえまあ、そのあたりのことを今意識させられてとても良かったというか、知らないままにされていたのに一苦情ぐらい入れていいことかなという気はしますが!

 失敗するとまずい要素がもう一重ねあった、ということではないか。布巾になるのにも細心の注意が必要そうなものを、うっかり知らずにいるところだ。


 国境沿いの大領地で領民は同胞意識が強く、独自の文化も盛ん、なんて土地はもともとそんな履歴に決まっているのだ。いや、一応年号を覚える感じでかつて統合したらしいという知識はあったものの、同時にミランド公というのは緊急時に大きな権利があったり、最も古い五公家に数えられたりもするので、なにか名目だけ他国だったりとかそういうことかと思っていた。しかしながら今の言われ方としてはなにか経緯があっての併合なのだ。つまり、なにか非常にややこしい歴史的経緯の存在が手を振ってくるやつ。

 うっすらとしかそのあたりを伝えられていなかったのは、島の人間が国内地理にどれだけ詳しくないかを意識せず、既知のものだと思われていたか、他国生まれの娘が「不平があるような歴史」には詳しくないほうが忠誠深いという周囲へのポーズだったのか。それともそこまで含めてなにかの仕込みだったのか。

――最後の可能性は低いかな……。教えておいて知らんふりするよう言い含めておいたほうが制御できますもんね。わかってると思われてたのが正解でしょうか。



「……お互い、良い関係を保っていきたいデスネ……。」

「うんうん、よろしくね」


 ――まあ、なんというか、そんな立ち位置の方が綱渡りをして実娘として私のようなものを迎え入れて、さらに好きに振る舞わせてくださるわけですから、なにかそのあたり打破する材料はたくさんあるのか……今の物言いがハッタリで、実はもう気にする事の少ない出来事なのかもしれませんが。

 帰ったら ちゃんと勉強し直そう。

 スサーナはそう誓い、気を取り直して言葉を継ぐ。


「そういえば……その、ウィル殿下が……立場が近い、というのは?」

「ああ、うん。私としてはサヴァスと立場が近いとは思わないけれど……一の兄、つまり第一王子と私が生まれたのはほんの少ししか違わなくてね。……兄は予定より二月早く生まれたし、私は一月遅かった。それで、私が不満に思っている、と思うものもいたんだ」


 わたしとしては王なんてまっぴらだし、彼らが思うように軽んじられていたりはしないんだけどねえ、そう言ってウィルフレド王子は口元を曲げる。


「まあ、それはどうでもいい話だね。……さて、これがこちらの遊びの内容かな。折角一蓮托生の身分になったんだから、他に聞きたいことはあるかい? 夜は長いし付き合ってあげよう、楽しむ時間はたっぷりあるからね。」


 さてこれでこの生き物は何を言い出すかな、と、なにかおもしろい暇つぶしを見つけたぞ、めいた表情をしてみせた第二王子の目を見上げ、スサーナはさて、ともうひと思案するのだった。

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