第276話 偽物令嬢、急場しのぎの対処をする。

 書庫作戦は初動は比較的うまくいった。


 初日、その後。

 善意で話しかけてくれるのだろう年嵩のご令嬢たちには申し訳なかったが、絶対にご令嬢達好みではない――装飾なし、図版なしの築城の理論書とか――本を数冊居間に持ち込んで、話しかけられる度にその話をすることでまず近寄りがたい雰囲気を演出していく作戦を取ったところ、帰る頃には全体的に遠巻きな雰囲気が漂っていたことだ。

 ――これで、アリバイ的にちょっと居間で過ごしてから消える、という風なのを習慣づければ違和感も抱かれずに済むでしょうか。

 スサーナはしめしめと思う。


 グラシア嬢は最初グリスターンでは女性も殿方に混ざって人足の真似事でもなさいますの、など聞こえよがしに言っていたが、他の令嬢たちが流行りの劇の話をし始めた所そちらの話に飛びついていったので、やはりまず興味を引かれないというのは方針としては間違いでは無さそうだった。


 一応一日目は広間で様子を見ることにしたスサーナはしかし、と内心ひとりごちる。

――来てすぐも思いましたけど、やっぱりややこしいというか、人間関係がありそう、というか。

 見た感じ、この「行儀見習い」の場には独自の支配的規範パラダイムがあり、微妙なバランスで成り立っている関係性、と言うべきか、女子社会どまんなか、と言うべきか。少女たちの間に力関係というのは存在し、それはどうも単純な要素で出来ている、という雰囲気ではない。

 ミレーラ妃や貴婦人たちのお気に入りかどうかが最も意味があり、家格は絶対ではないが多少意識される、長幼の序、年齢での上下関係はそれなりに大切そう、というふう。

 一日目で言い切ってしまうのは性急かもしれないが、会話や行動の感じを見るに、年下の娘は同等ではなく後輩であると雰囲気がまずあり、公の娘の地位よりも年嵩の令嬢達の権威のほうが意識されるようだったし、の社交で重視されがちな家の関係よりもグループ内の横のつながりが優先されるようだ。


 場にいる令嬢たちが大体年上だということは幸いだったかもしれないな、とスサーナは思う。

 ――これならまあ、ミレーラ妃に呼ばれるようなことがなければ変に目立ったり睨まれたりしなくて済みそうな感じはしますけれど。

 あまり意識されない、とはいえやはり公の娘というのは少し気にされる要素であるようだし、ミレーラ妃に呼ばれるかどうか、というのが彼女たちに重視されているようだ、というのを令嬢たちの会話から察しつつ彼女は考える。要素は色々複合し、複雑だが、まあギリギリなんとかなるライン……である気はする。


 多分、睨まれなければ――そしてグラシア嬢の興味が他に向いていれば――そう意識もされずに目立たず居ることは不可能では無さそうだった。

 少女の数年分の年齢差は大きいし、お披露目を済ませた娘たちには社交界に出ていない13の娘は話題も合わず、構って面白いものではなさそうだ。これが同年代の方が多かった場合、そうはいかなかったことだろう。

 それでも散発的に声はかけられるので、そこの対策に難しい本作戦はもうしばらく必要そうではあったが。


 問題は、大人が関わる部分で外の構造が入り込んでくる、と言うべきだろうか。ミランド公お父様とミレーラ妃が挨拶をして自分を受け入れた以上、認識されているのは間違いないし、社交儀礼上、多分いきなり放置される、ということはなさそうだということだ。

 ――そこは、集団内の一人、という形で構ってくれるか……逆にすごく社交儀礼らしく振る舞ってくれればいいんですけど……。

 フェリスちゃんに相談しどころかもしれない。





 ――しかし、さすがお妃様の本棚。あまり令嬢好みじゃない本、というもののバリエーションがないんですよねえ。

 スサーナは帰りがけに本を書棚に戻しながら思う。

 一見、いかにも女子ウケしなさそうな本棚であるが、築城やら治水、開墾の技術書がいくらか混ざっている程度で、流行の恋愛物語、絵物語はほとんど無いようだったが――その類のものは閲覧机に集められているようだった――結構キラキラした内容のものが多いのだ。

 ――ファッションの指南書。こっちは礼儀作法書。これらは結構昔のやつですから実用は出来ませんけど。こちらは異国のお菓子の本。香水の種類について。それから……ここからここは全部周辺国の地誌?

 皆どれも少し、もしくはそれなりに古い。第二王妃様が読まなくなった本をこちらに置いているのだろうか、とスサーナは考える。

 ――地誌はあんまり埃が積もってませんから、誰か読んでるんでしょうか。かち合うと面倒かなあ。


 スサーナは他の隠れ場所……居ない間そこにいた、と言い張れる場所も見繕っておこう、とそっと決めた。



 ◆  ◆  ◆



 屋敷に帰った後にも特にゆっくりはしていられない。

 事後の確認と打ち合わせのためにフェリスちゃんがやってくる予定なのだ。


 数時間してやって来た王子様の顔をみるなりスサーナは


「フェーリースーちゃーんーーー!!!」

「えっなにスサーナ ひゃっ、痛い痛い、ひゃんらよぉなんだよう!?」


 学院の頃のノリで飛びつき、とりあえずほっぺたを引っ張った。




「すっごく面倒くさい集まりじゃないですか! アレ!!」


 挨拶代わりに頬を引っ張った後、とりあえず一旦席についてからスサーナは全力でフェリクスに苦情を述べ立てていた。


「え、そう? ゆるいご令嬢達の集まりだなーって思ってたんだけど」

「ゆるいといえばゆるいですけど! 妃宮のご婦人の紹介制だとか、第二王妃様にお目通りするのが栄誉とか、そういうのを先に教えてくれていれば……!」


 まだ心の準備は出来たのに。

 一応フェリスちゃんも女子社会の大変さ、わかってらっしゃるでしょう、とスサーナが指折り指摘すると、聞くうちに彼の表情にああ、と納得が上りだす。


「あ、あー。なんかこう、ボクってば、アレ、ちっちゃい時からああいうもんだと思って見てきたからさぁ……。」


 フェリクスはきまり悪げに頬を掻いた。


「確かに「お気に入り」になろうと競ったりもしてるけど、大半はそこまででもないし。この際関わろうとしなければ済むかなーって。厳格な決まりがあるわけじゃなくて普段自由にしてるのもホントだし、母上も普段は結構ノータッチだし。あんまり家格で力関係が出る感じでもないからいいと思ったんだけど」


 ――んもーご家庭環境!!

 スサーナはぐぬぬとなりつつ、ごめんね? と続けたフェリクスの言い分を聞いて納得してしまう。

 ――フェリスちゃんにしてみれば、ご実家の集まりみたいなものですもんね。大きな不和とかでなければそこまで気にならないか。

 そのうえで大人の監視の目が厳しいわけでもなく、規律が厳格に決まっていて逸れると問題になる、という事でもない。場のルールは強固だが、所詮は少女ルールと言えばそうでもあり、外の社交界に影響するものではない。確かに適当に抜け出すなら最適な場と判断しておかしくないのだ。


 それに普通なら、ミレーラ妃に多少参加したばかりのショシャナ嬢が構われる頻度が高かろうとも、そういうもの――お気に入りとはまた別の社交辞令――として、ちょっと気に食わない程度で済むだろう。やや嫌われる程度なら問題ない。注目されなければそれでいいのだ。面倒だな、と思いつつもなんとか泳ぎきれる範囲かともスサーナだって思う。

 しかし、あまり誰かに嫌われると、なにかにつけてあら捜しの為に注目されたり、居ないのがバレた時点で大騒ぎされたり、でなくともトラブルの中心人物として全体から注目されそうでいけない。


「それは……まあわかります。でも、あんまり注目されると不味いのも確かなので、悪いと思うなら協力してくださいよう」

「協力っていうと?」

「できるだけ速攻で忘れられたいので、フェリスちゃん、王子様の格好でお茶しに来る頻度とかをちょっと上げられますか?」


 私はそのお茶会には当然出ませんので、とスサーナは言い、とりあえずこの間のお茶会であまり良い印象を抱かれなかったな、って言うご令嬢が集まりに居るんです、と鳴いた。


「グラシア嬢って方なんですけど、今日お会いした時もこちらを見る目に険があったといいますか……、さっと消えたい場合、好かれるのもアレですけど、嫌われるのも……意識されるのは困りますでしょう。それで、グラシア嬢はフェリスちゃん……殿のことは好印象だったみたいなので。」


 説明に続いた作戦にフェリクスは苦笑する。


「ボクを囮に使うつもりだなー? スサーナ、そういう思い切り良いタチだったんだ。っていうか、前回言い忘れてたけど、そういう発想出来るタイプだったんだねー……ボクちょっとビックリだよ。ホントにミランド公のおっさんと血縁じゃないの? なんかちょっと似てるかもって思い出したぞーう」

「うっ……普段からそんな考えてるわけじゃないんですよ。緊急事態だからであってですね……? お父様と似てるだなんて恐れ多い。」


 そう言えば学院ではわるだくみを見せたことはなかったろうか。最近ずっとそんな事ばかり考えているものでそっちの思考に慣れてしまっている気がする。フェリスちゃんの話が早くてさくっと侍女のフリが通ったものだからなんだかこう。

 ごきごきした動きでスサーナは目をそらし、フェリクスはぷっと吹き出した。


 さて、レオはこういう面を見たことがあるのだろうか、と彼は少し考える。そこらへんの令嬢とは違うタイプだってのは確かだとこの間からわかってきたけど、あいつが崇拝したみたいになってるのってこういう所? 違う気がするけどなあ。まあこの方がずっと楽しいけど。

 懐かしの「レオカディオ王子の心を奪った庶民の娘について」の侍女たちの噂、「海の泡の妖精のような」とか「木漏れ日に咲く薔薇」とか、そういう呼び名を思い出して、いやあこれ、一致しないよなあ、とフェリクスはそっと目を細める。もちろん、学院で接していた頃も一致すると思った瞬間が一瞬でもあったわけではないのだが、なおのこと。


「まーヒナギクみたいなご令嬢より全然イイよね、さあっすがボクの親友! とりあえずりょーかーい。母上と一緒にそっちにお茶しに行って……その子を入れたり入れなかったりしながらスサーナ以外の子何人かと談笑する、だね?」


 不可抗力でミレーラ妃の訪れが増えそうで、それがショシャナ嬢に絡むものだというなら、そうでない訪れを増やしてもらえば目立たないかもしれない。大人気の王子様とお茶をする栄誉も付随していればなおのことだ。スサーナはそう説明した。

 ショシャナ嬢をずるいと思いそうなご令嬢皆をいい気分にできれば何よりだが、とりあえず一番注意をひくべきはグラシア嬢のような気がする。


「はい。変にやりすぎると不和を誘いそうでフェリスちゃんにはとても申し訳ないですけど、全員を呼ぶお茶会とかですと私が居ないと目立っちゃいますし。不味くならない程度に様子を見ながら……」

「おっけーおっけー。それとなく母も誘導しとく。……ま、ボクが言い出したことだし、レオのためだし。見事デコイになってみせましょー!」


 そういうの、実は結構得意なんだよねー!と彼はどんと自分の胸を打ち、けふけふと噎せた。


 その後、明日はクァットゥオルが侍女のフリについて説明するって言ってたから妃宮に行く前に王宮に寄ってね、と予定を言いおいてフェリクスは帰っていく。


「さて、この後は」


 あまり部屋に籠もりきりも問題なので、少し屋敷の広間で寛いだ様子を見せて、それから寝室の支度をしてもらって……カリカ先生を待つ。そろそろネルさんから次の報告があるぐらいの間隔でもありますね。

 スサーナは予定を数え、うんと伸びをする。


「それから明日の支度ですね。クァットゥオルさんと会うなら妃宮に行かなくても誤魔化せますかね、ちょっと聞いてみて……そのまま侍女のフリをしてみるという手もあるのかな。」


 少し慌ただしくなってきたなあ、と、今晩は数日ぶりにロコを捕まえて毛皮をよく揉んでおくことに決めたスサーナだった。

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