第272話 偽物令嬢、もくろむ。

「厨房計画はともかく」


 スサーナはお茶を淹れてフェリクスに差し出すと、意識して真面目な顔をした。


「ん。」

「折り入ってご相談したいこと、っていうのはですね……」


 釣られてフェリクスがごくりと唾を飲み込む。


「ええと、フェリスちゃんは、レオくんのお母様……第三王妃様が亜麻色の髪の乙女を探すらしい、ってお話、知っていらっしゃいます?」

「ああうん、知ってる知ってる。うちの母親もちょっと噛むかもって言ってたし。レオの様子を見た感じ、スサーナは名乗り出ないんだよね?」

「ああー……第二王妃様も……? まいったなあ。……はい。私は名乗り出ないということになってて、色々理由はあるんですけど、身の危険があるからということです。」

「うん、まあそうなるよねー。もっと状況が落ち着いてたらレオ大歓喜なんだろうけど、最初から無駄撃ち決定……と。それが?」

「ええとですね。なんとかしてそれを邪魔……というとアレなんですけど、レオくんが関わる時に……私自身……でなかったら信頼の置ける方がそばで見ていて干渉できる感じにならないかなあ、と思いまして。」

「ええっ」


 フェリクスはあっけにとられたような表情で目をパチパチとした。


「スサーナ、えー、なんかすごい積極的だね!? そ、そっかあ。スサーナにもそういう嫉妬心みたいなのあったんだ……わざわざ邪魔したいなんて……」

「はい?」


 うわぁこれってなんかお祝い持ってかないといけないやつ!?などと口走ったフェリクスにスサーナはぱてん、と首を傾げる。


「だって、レオくんとても困ってらっしゃいますでしょう? あと……色々事情はあるんですけど、わたしの知ってる……とても素行と素性の悪い貴族の方が関わるつもりで居るらしくて。万が一のことがあったら良くないですし……。それで、そのあたりに詳しそうなフェリスちゃんに聞いてみようと思って。一番いいのはさっき言ったみたいに様子を自分で見て干渉できたら良いんですけど……。」

「あっ真顔だ。これはお祝い持ってくと泣かれるやつだ。」


 なにやら生暖かい目で一気にお茶を啜った彼にスサーナは二杯目を淹れ、はい? と聞き返した。うんまあ、色々、と濁したフェリクスはおほんと咳払いをして真面目な顔になる。


「……確かに第三妃殿下は階層を問わず探すおつもりらしいから、クソみたいなやつの名前をめちゃくちゃ聞くけど……流石にだからって、クソの思い通りになるってこともそうそうないんじゃない? 言っちゃなんだけどアレ、半分お妃探しのつもりでしょ? それこそ第三妃殿下のお眼鏡にかなうの、まあ当人っぽさってのも大事だけど、ある程度身分とか礼儀とか気品とかちゃんとしてる、そういう子をストックしたがると思うけど。」


 うーん、でも、とスサーナは言いかけながら、はてどこまで話したものか、とそっと悩んだ。

 暗殺者を差し向けてくるような邪教教団の関係者が関わってくるかもしれない、というのをいきなり言われてもそうそう納得できはすまい。ぱっと飲み込んでそうなんだねと言ってくるのはあきらかに覇王の器とかそういうアレだ。覇王フェリスちゃん、けっこうアリな気もしなくもないが。


 それに納得してもらえたとしても、危ないので関わらないように、と言われる可能性だって高い。当然の反応である。スサーナだってそういう関わりがある可能性があって、そのうえそれが囮の罠だ、というような何かがあるとして、知り合いが関わろうとしたら全力で止めると思う。レオくんが関わるのもこんなに止めたいわけで。


 スサーナがどうにも気持ちが悪い、と思っている教団のやり方は、多分説明してもいまいちピンときては貰えないような感じがするので理由にするのは弱いのだ。スサーナとしてはそこが重要だったりするし、そこの警戒を皆してくれる、というなら変に関わることもない気はする、という最大の警戒ポイントなのだけれど。

 結局スサーナは中間地点を取り、その上は情に訴えていく方針を取ることにする。


「最終的に第三王妃様のお眼鏡にかなうのがちゃんとした方だとしても、その過程と言いますか、……一体どういう形式でお調べになるのかはわからないんですけれど、レオくんも面通しというか、同席されるらしいと聞いたんです。その時に、よくないことを仕掛ける方が出ないとも限りません。評判が悪いぐらいでしたらまだしも、本当に素行の悪い方も関わるようですから……。」


 スサーナが言外に含んだよくないことはオルグとか洗脳とかそういうアレ、もしかすると脅迫とか誘拐とか――鉛の棒でぶっ叩かれる、というのも――そちら方面なのだが、フェリクスは別の意図として受け取ったらしい。


「あー、うん、まあ……既成事実作って本筋を有耶無耶にしようって子も出なくはないかー……。色仕掛けにハマるようならまあ合意って考え方もなくもないし、レオってば奥手だから大丈夫だとは思うけど、色々やり方あるもんねー。」


 頷いたフェリクスにスサーナはうわあ生々しい事聞いちゃった! そういうのアリかもしれないやつなんですか! などと思ったものの、納得してくれそうな雰囲気なのでそれを口に出すことはせず、そのまま押していくことにする。


「と、ともかく、レオくんは家族みたいなものですし……フェリスちゃんも大事なご兄弟ですからご心配でしょう? それとおんなじで……。何か良くないことがあったらと思うと心配なんです。護衛の方では……失礼ですけど、行き届かないこともあるかもしれませんでしょう?」


 前の祝賀演奏会の際には護衛が守りきれるだろうという考えで皆いたわけで。そんな気持ちも込めてスサーナはちょっと意地悪い言い方をした。

 ところがこれもちょっと違う理解をされたらしい。


「まあ、いい具合の部屋に誘われて着いていくみたいな状況だと護衛じゃ止めようがないっていうのは確かにあるよね。」


 フェリクスがうんうんと頷いたのにスサーナは

 ――護衛の方、多分ラウルさんだと思うんですけどそういう状況は止めてくれないんですか! ぜひ止めて欲しい!

 内心そっと貴族社会どれだけそういう駆け引きが蔓延っているのか、正直13,4の年齢でそれはないと思うんですけどフェリスちゃんがそういうならあるんでしょうかわあやだあ! などというツッコミを浮かばせたがぎりぎりなんとか我慢する。

 ちょっとあまりに先進的すぎやしないだろうか。男子、13,4でもそういうのアリなんだろうか。後3年ぐらいはそういうのって無理じゃない? あるの? ナシでは? という大いなる疑問を脳内に浮かべつつ、第二王子あたりにフェリスちゃんがすごく進んだ話を聞かされて何かそういうものだと思い込まされている可能性を疑いつつ、とりあえず合わせて首を縦に振った。


「んー、んんん……まあ、レオが変に追い詰められるのはアレだし……レオとは末永くやってくつもりだしなー……んんー……んんんんんん……」


 彼はなにやら思案する、という表情で椅子から立ち上がり、部屋の中をぐるぐると歩きまわりはじめる。スサーナはその姿を首で追った。


「んー……邪魔ねえ……邪魔……」


 そしてしばし。ぴた、っと足を止めた彼がぽんと手を打つのをスサーナは見る。


「そうだいいことがあった! これだー! これこれ、これしかない! ねぇスサーナ、行儀見習い、してみない?」


 これだ! と言う顔をしてフェリスちゃんは言った。


「行儀見習い……ですか?」

「うん。うちの母が数人そういう名目でご令嬢達を普段から身の回りにおいてるんだけどさ。あの人華やかなものが好きだから。多分後一人ぐらいねじ込める。ミランド公のおっさんもそれなら嫌な顔しないだろうし。多分乙女探しは王宮でやると思うからー、まず王宮に入れなきゃしょうがないじゃん?」

「なるほど? ですけど、第二王妃様のところで行儀見習いともなると、予定がしっかり詰まってそれどころではなくなりませんか?」


 スサーナは首をかしげる。一応、ショシャナ嬢は結構な地位のご令嬢なのだ。どういう状況で亜麻色の髪の乙女を探すかはわからないものの、そういう会場でうろうろできたりするものだろうか。


「本気の行儀見習いだったらまあ無理だろうけどー、あの人、そのあたり自由だからさ、たまにお話相手をさせられたり、お茶会に呼ばれたりするみたいだけど、基本放任主義みたいなんだよね。」


 いくつか彼が語って聞かせるエピソードを聞くと、行儀見習いの少女たちは妃宮で自由に行動することが許されているらしい。フェリスちゃんのいうことをそのまま信じると、どうも小動物を愛でるようなノリのようだな、とスサーナは思う。


 仮にもそういうところに行くのは上位貴族のお嬢さんたちなんだろうし、いいんだろうかそんなことで、とスサーナは思うものだが、スサーナには実感はないものの、上位貴族であっても子供の数は多く、下の姉妹なんかは結構――とはいえ、上位貴族なりにだが――フリーダムに過ごすものもいるらしい。そういう土壌があってのことであるようだった。


「それでさ、スサーナ。ここからがわるだくみとしてステキな所なんだけど……」

「ステキな?」

「うん。行儀見習いに呼ぶのって、母を通さなくても出来るわけ。クァットゥオルは侍女にコネがあってさー。つまり、母が調べる気にならなかったらあら一人増えたのね、みたいな感じで済むんだよね。……その上、侍女のお仕着せの一枚ぐらいなら、用意できちゃったりするんだよねー!」


 にやり、と笑って言ったフェリスちゃんの言葉の意味をスサーナは数瞬考え、それからおお、となった。


「妃宮と王宮は繋がってるし、侍女ならそこらに居たっておかしなことなんかないでしょ? 行儀見習い中でも侍女のフリしてても、ボクやレオの話し相手にもなってもらえるし、一石三鳥ー!」

「おお! でもいいんですか? それって王宮に部外者を入れるってことになっちゃってよくないことなのでは……」

「そりゃ一般化したら良いことじゃないけど、スサーナが王宮に入ったって悪いことにはならないでしょ。ボクが叱られるー、って意味なら、クァットゥオルなら適当な名前を一つ名簿に足しとくのなんかお手の物だし。そこらのご令嬢なら動きでバレるかもだけど、スサーナなら絶対にバレないし。」


 スサーナはなんでか結構重く考えがちだけど、王宮はそういつもいつも蟻一匹入れないみたいな警備はしてないよ、と彼は笑う。王族は大三項に守られているし、護符も使うのでそうそう害せたりしないし――祝賀の会のアレは流石に特殊だ――大事な場所へ繋がる所へは流石に衛兵が立っているものだし、とざっと説明され、スサーナはなるほどなあ、と考えた。


 そのあたりの考え方は前世の感覚とはだいぶかけ離れているが、たしかにそう考えると合理的ではあるのだろう。

 まさか鳥の民が王宮に入り込む、なんてことも普通はないのだろうし。

 ――バレたらとってもセキュリティ問題ですよね、私!!!

 スサーナはそう考えつつも、たしかにフェリスちゃんが言ったその作戦は成立すれば一番スムーズだな、と納得する。


「そう上手くいくでしょうか……。ええ、でも、ええと、フェリスちゃんさえよかったら、クァットゥオルさんにご相談していただけたら、と思います。」


 彼女が頷くと、なぜかはしゃいだフェリクスはスサーナの腕を取ると高く上げ、ぽんとハイタッチをした。


「おっけーおっけー! うふふ、楽しみになってきちゃったぞっ! 流石にレオにそんな甲斐性があるとは思わないけど、スサーナ、ヤバくなさそうでもどんどん妨害しちゃっていいからね!」

「あ、はい。わかってます! そういえばそうですよね。成立しちゃったらミアさんにも申し訳ないですし……」

「あっその話スサーナも信じてたの……? ……ま、まあ誤解を自分で解くのも甲斐性だ!頑張れレオ!!」


 真面目な表情で意気込んで頷いたスサーナにフェリスちゃんはなぜかちょっと笑顔を引きつらせ、虚空に向けておー!と腕を上げる。


 ――あいつがもう少しスサーナに対して態度をはっきりするなら一足飛びでボクが手伝ってやっても良いんだけどね。そのあたり、ハッキリしないからなー。あんまりハッキリしないとボクだって母上の前でスサーナと親しく振る舞っちゃうかもしんないぞ? 男の子でもスサーナ気にしないみたいだし。

 まだ「そんなんじゃない」って言うんだから、ボクから誤解を解いておく、ってのはナシだよねー、とフェリクスはそっと内心考えていたが、そんなことはスサーナには当然、一切伝わらない。


「では、ええと、上手く出来そう……ということになったらご連絡をいただけますか?」

「うんうん、りょーかいっ。 じゃあその時は手紙を出して遊びに来るねっ!」

「わかりました。レオくんも居る日だったら一緒にお茶に出来ますね!」


 スサーナはやっぱりフェリスちゃんに頼んでよかったなあ、と思いつつ、頼もしい思いで頭を下げたのだった。

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