第271話 偽物令嬢、謝罪を受ける。
これだ。
スサーナはそっと悪い顔をしていた。
次の日、賓客がある時の最も格式の高い食堂で、使用人たちに囲まれて非常に上品に食事をしながらのことである。
一体何がどうなっているのか、というと、先だってより予告されていた、第四王子の謝罪の訪問がとうとう果たされたのだ。
――いやうん、本当に王子様っぽくなっちゃってますけど、フェリスちゃんにはフェリスちゃんですし。
スサーナは上席で優雅に食事をしている第四王子殿下をそーっと眺め、考えた。
オフィシャルな訪問ではない、ながら、ちゃんと格式に沿い、伴の者を引き連れてやってきた王子様は、迎え入れたミランド公とスサーナに儀礼に従った謝罪をし、練習とはいえ最初の茶会でひどい目に遭ったことについてミレーラ妃がとても心を痛めていることを告げ、いつでも妃宮に遊びにおいでなさい、と言っていた、とまとめる。
もちろんスサーナは令嬢ショシャナの顔をして、全く気にしておりません、殿下と第二王妃様にご心配いただき大変光栄でございます、と許した。そこまでが公的儀礼というやつなのだ。
その後友誼のしるしである会食を王子様が受け、お昼ごはんを――学院のとき時折抜け出して買い食いしたのとは違い、正式なものを――ご一緒する、ということに相成ったわけだ。
というわけでスサーナはフェリクス殿下とお食事をご一緒しつつ、澄ました顔で食器を操っている馴染みの顔を眺め、あっこれはいけるのでは、とピンときたところである。
――まさか男の子だとは! と思いましたけど、男の子だからなにか変わる……わけじゃないですもんね? 性転換したってわけでもないですし、男の子と言ったらあの頃から本当は男の子だったわけで……中身は学院のときとなにか変わるわけではない……はず? うん。はず。
まさか王子様だとは!!!! というのもとても大きいのだが、それも今更だ。周りの人に見られると不味い扱いは増えるだろうが、本人がどんな態度を無礼とするかは特に何か変わるものでもない……ないな? ないはず。多分きっと願わくば。
スサーナはとりあえずそう内心唱え、わるい計画を巡らせる。
スサーナの中ではフェリスちゃんと言えばフリーダム、フリーダムといえばフェリスちゃんだ。壁のぼり、買い食い、授業からの逃亡、いやまあ最後のやつはそう頻繁でもなかったけれどまあ。ともかくいたずらめいたことに知見が深い。
――なんだかこう、王宮周りでもその手のノウハウをご存知だったりしませんかね。ああでも、今回の色々、どこまでお話してもいいんでしょう。
最初、ぶっちゃけて相談して協力してもらおうかと思ったスサーナだったが、レオくんも囮に使われる(のだろう)ということは話されていないようだったしな、と少し悩む。
――まあ、様子と反応を見ながら、ですね。
スサーナは悪役令嬢悪役令嬢と唱え、カツラの後ろ側の巻いたふさを意識してそっと気合を入れた。
食事の後は応接室でご交流である。もちろんフリーダムに振る舞える、というものではなく、社交儀礼に従った会話を小綺麗に楽しむ、というものなのだが、スサーナは同席した大人たちのスキを見て、素晴らしい細工の遊技盤をお見せする、という趣向の最中、駒を取ってわたす素振りで王子様の耳元で極力小声で囁いた。
「(すみません、フェリスちゃん。実は折り入ってご相談が。後でこっそりお話できませんか)」
フェリクス王子はそっと驚いた表情をし、それからまた優雅な笑みを取り繕う。
「へえ、本当に美しい細工だね。ショシャナ嬢はこのゲームがお得意なのかな?」
「わたくしは少しだけ、ルールがわかるだけという程度で、お恥ずかしいのですけれど。この細工は本当に美しくて、用もないのに眺めてしまうんです。」
「そう? 僕も初心者だから技量はきっと同じぐらいだね。今度一手お願いしようかな。ねえ、この「貴婦人」の駒の横顔、ショシャナ嬢に似ているね。素晴らしい彫り手が作ったに違いない、とても美しい。」
そう微笑んだ王子はいたずらっぽくそっと顔を寄せ、いかにも理想的王子様らしい――多分、女たらしで有名な第二王子をお手本にした――戯れ方をしたようだったが、その実口説き文句や褒め言葉ではなく、崩れた言葉のコソコソ声で返答がある。
「(おっけー。じゃあ……夜かな。夕食が終わったぐらいに夜遊びに来れると思うけど、一体どしたの?)」
「(ええと、説明はその時に。お願い……というか、聞いてみたいことがありまして。)」
見た目上は王族と貴族の子女らしく優雅に会話を交わしつつ、そっとわるい約束を取り交わし、よし悪役令嬢として十分やっていけるのでは、みたいな気分になったスサーナは、ミッシィにお願いして部屋を整え、市販のものながらお茶菓子と湯沸かしのポット、すぐ淹れられるお茶セットを用意して夜を待つことにした。
流石にフリーダムフェリスちゃんとはいえ、初手窓からのご訪問、ということはない。
通用口の一つにミッシィに頼んでスタンバイしてもらい、そこからそっと中に手引してもらうのだ。
お願いされたミッシィは、えっ王子様を秘密で手引するなんて恋物語の危ういシーン みたいじゃなーい!? と何やら興奮していたが、なんといったってフェリスちゃんなのだからそういう危うさとは一切関係がない。レオくんが来ているタイミングなら久しぶりに皆で雑談も出来るし内緒話以外は同席してもらってもいいぐらいなのだが、残念ながらレオくんはなにやら用事がある日で、来る予定は無いのだった。
予告通り、夕食が終わった時間帯、夜の9時過ぎにそっと辻馬車が通用口に止まり、フェリクス王子が供をつれずそっと現れた。
そっと目立たぬルートで部屋まで案内された彼は、部屋の主が中で待っているのを見て、なにやら数瞬ためらい、おほん、と咳払いをする。
「やー、えっと、スサーナ、久しぶりー?」
「フェリスちゃん。……久しぶりって、さっきお会いしたところでは?」
「うん、えっとこー、なんか気分的に?」
立ち上がった公の令嬢が王子を迎え、部屋の中に招き入れる。
そして王子の身につけた袖のゆったりしたシャツとハンギングスリーブのクローク、細身のボトムを上から下まで見回し、なにやら感慨深げに呟いた。
「フェリスちゃん……昼間も思いましたけど、本当に王子様で本当に男の子だったんですねえ……」
「ごふっ。 ……うんまあ、えっと? まあなんていうか、うん、その、ね?」
フェリクス王子がきまり悪げに視線を宙に浮かせる。
「あっ、でも、心は女の子だっていう噂もお聞きしましたし、そしたら男の子男の子言うのも失礼ですよね……! ええと、どちらなのか今のうちにお聞きしてもよろしいんでしょうか。失礼があってもいけませんし!」
ぽんと手を打ち合わせたスサーナに王子はなにやらアンビバレンツの嵐の海のなかに放り出された、みたいな顔をして、しばらくの葛藤ののちに――やっぱり女子同士の話をしていいかとか重要ですもんね、などと相手が呟いたのを最終通告にしたらしく――うぐぐ、などと呻きながら訂正した。
「え、ええっと、男の子……かな! いやさ、こー、騙すつもりとかはなかったんだよ? えーと、家の事情で……さ? だからそのー、ええっと……怒った?」
ああー、などと呟いた相手に上目遣いで問いかける。
「いえ」
スサーナはぷるぷると首を振った。
「怒りはしませんけど、すごくびっくりしました。女の子のお友達だと思っていたので……。王家のご事情じゃ、教えてくだされなくても仕方ないですよね。」
「うぐっ、うん、そのなんていうか? たしかにその、性別を嘘ついてたのはアレだけど、繊細な話題とかは気を使ったしその、悪い感じにはならないようにはしてたし……友達だと思ってたのには違いないっていうか……」
なにやら冷や汗をかきながらへどもどと弁解しかけるフェリスちゃんにスサーナはあっ、じゃあよかった! と手放しで喜んでみせる。
その反応に彼女……彼はなにやらぽかんとしたような顔をした。その顔にスサーナは親愛を込めて微笑む。
「性別とか、王子様とわかったからもうお友達じゃないって言われたらどうしようかと思ってたんです!」
「えっ、あっうん、それはない、それはないってば。レオだって王子だけど関係なく仲良くしてるよねー? ボクだけそうじゃなかったらズルいもん。スサーナさえ気にならないんだったらボクらってば変わりなく親友ってことで……」
「レオくんはだいたいきょうだいなのでちょっと別ですけど……フェリスちゃんさえそれでいいんでしたら。あ、フェリクス殿下ってお呼びしたほうが?」
「レオがきょうだいならボクだってだいたいきょうだい類似でいいじゃん! だいたい一緒だよ! 呼び方だってフェリスちゃんでいいしさ。」
スサーナがぽやぽやと何やら首を傾げたのに意気込んでフェリクスは言い募り、わあいじゃあそれで、などと返答があったのに勢いづいてハグしかけるようだった。
「あっ流石に一応それはちょっと……?」
「ぶえ」
流石に節度と慎み、という顔をした彼女に一歩下がられ、当然その腕は空を切る。
王子はそんなぁ、とふにゃふにゃし、情けなげに泣き真似をした。
「うっ……スサーナが冷たい……えーん、親友なのにぃ……やっぱり隠してたの怒ってるんだー!」
「いえだって、男の子の格好のときだと皆様から誤解とかされるやつじゃないですか! 駄目ですよ」
「じゃあ女の子の格好ならいいってこと!? 次はドレスで来るからー……は、冗談として……。一応気を使う年も近いし、いいんだけど……ちょっと寂しいなぁ~~~。」
「あっ、ううん……。遡及して中身は変わらないんですし、いまさらといえばいまさら……なんでしょうか……。フェリスちゃんはフェリスちゃんですし……? やましい気持ちもあるはずないですもんね……?」
手持ち無沙汰な腕をぶらぶらしつつ泣き言を言い、拗ねたポーズを普段どおりの様子で取ってみせる。それにスサーナがううんと思案した――もうひと押しすればほだされるのではないか、という具合の――顔をしたのを見て、彼はまあしょうがないっか、と声を上げて首をぱっと上げた。
「親友のハグが出来ないのは寂しいけど、貴婦人のハグもそれはそれでとっても価値があるーって二の兄上とかも言ってるしね! それってばトレードオフらしいからアリっちゃアリだ!」
「……フェリスちゃんがおっしゃってる意味がよくわからないんですけど、多分真に受けたらいけない系統のお名前が今出ませんでした?」
「んー、まあ、大人って難しいよねー。」
その後、フェリクスは「ともあれ、ご用事ってなーに?」と満面の笑みで微笑んでみせる。スサーナは、あっ、実は折り入って頼みたいことがありまして、と彼にコート掛けと椅子を勧め、お茶とお茶菓子を用意しだすのだった。
「それ、スサーナが焼いたやつ?」
「残念ながら、厨房に入れて貰えないんです。買ったものですけど、良い店の品だそうですからきっと美味しいですよ。」
「えぇー、ザンネン……。家の人にレオに言ってもらったら? ボクから言ってもいいけど。最近の貴婦人はお菓子ぐらい作れるのが流行りだし、男ウケするらしいよーって。そしたら菓子用の厨房ぐらい建ててもらえるんじゃない?」
「スケールが大きい!?」
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