図説 ヴァリウサ貴族の暮らしと日常 Vol.3/王宮生活と支える人々
第273話 偽物令嬢、打ち合わせをする。
流石に「あら一人増えたのね、みたいな感じで」というわけには行かなかったらしい。
次の日、「カワイイフェリスちゃん」名義で伝書使をよこしたあとで早速やって来たフェリクスは「えへ、流石に無理があった」と舌を出した。
そのあたりフリーダムではないクァットゥオルさんにじっくりお説教を受けたという。
うっすらそんな気はしていた。
「ミランド公のおっさんが把握してる形にする場合、流石に母が了解してないと不味いみたいでさーぁ。まあ、こないだの顛末でスサーナを妃宮に呼ぶのは違和感ないからそれは問題ないんだけど? 」
「まあ、普通そうですよねーぇ……。」
スサーナは凪いだ目でフリーダムフェリスちゃんにツッコミを入れつつ――どうも彼はご令嬢ショシャナ嬢より素のスサーナのイメージが強いせいでそのあたり見誤った気配がある――とりあえず出来ることと出来ないことを聞き取りする。
「妃宮に呼ぶの自体は多分全然いけるー。ボクからちょっと水を向ければ絶対乗り気になると思うし、でっかい大義名分もあるからなんとでもなるなる。ただ呼ぶ時にミランド公と母が挨拶ぐらいはするだろうし、そうなると流石にしばらく構われるかもー。ただ、そうであっても乙女関係でなにかある時にはこっちで用事を作るとか、居なくても大丈夫なようには出来るはずだし、入っちゃえば雑役の侍女に紛れ込ませるのは簡単ってクァットゥオルが。」
「なるほど。」
つまり、気を使う社交が一つ増えるだけで――だけというのもおかしいのだが――レオくんになにか無いように見ておくのは問題なさげだ。
――第二王妃様と繋がりを持つの、お父様も喜んでおいででしたし、それはそれでアリといえばアリではあるんですね。
「そういえばフェリスちゃん」
スサーナは一応確認することにしてフェリクスに問いかけた。
「アランバルリ家が第二王妃様と縁が出来るの、フェリスちゃん的には問題ない感じですか?」
スサーナとしては文句なしの状況であるものの、お父様が喜ぶ、というのはつまり政治的状況が変わったりする状況とも言えるわけで、妙な禍根が生まれたりしたら困るなあ、と一応、少し心配にならないわけでもない。
「んー、まあそう問題はないんじゃない? ミランド公が王家と繋がりが強すぎる、みたいなこと言う奴も居るけど、本格的に今更だしさ。レオが後を継いだ場合はどうせ付き合いは出来るもん。」
母の親族でいい顔をしないむきもあるだろうけど、何しろ今回は大義名分もあるわけだし?と フェリクスは首を傾げてみせた。
頷いたスサーナにあっ、こっちからも確認、とそれからフェリクスは小さく手を打つ。
「どうしよ、レオには先に話しとく?」
ああ、その問題があったな、とスサーナは腕を組み、ううんと悩んだ。
「先に話しておけばスムーズでいいとは思うんですけど……。」
本当に「なにか起こった」際にそのほうがスムーズだし、なんなら作戦会議を三人で出来たりもするだろうし。
ただし。スサーナには結構なサイズの危惧があった。
「レオくんにバレたら、止められちゃったりしませんかね……」
「それはないと思うけどなー。スサーナがそこまでして心配してるって分かったら大喜びすると思うけど……?」
「そうですか? ああええと、何があるかわからないからやめてほしい、みたいな方向性は……」
「あっ、うーん……。」
フェリクスも少し難しい顔で腕を組む。
「まあ……見られたくはないやつだよねー。」
「はい? ああええと、はい。」
スサーナは一瞬言葉の意味を取れずに聞き返し、それからあっ色仕掛け! と理解した。スサーナが主に阻止したいのはどちらかというと別の方面なのだが、フェリスちゃんの危惧通りそういうことも起こるかもしれない、とすれば、それはもう未遂であっても身内には見られたくないやつなのは間違いない。
――止められるのもそうなんですけど、そういうのも含めて、意識されてレオくんの行動が大きく変わっちゃうのもまずいかもしれないんですよねえ。
言い方は悪いが、多分レオくんは囮のひとつだ。
まさか襲わせよう、とまでは想定には入っていないと思うから――万が一の時にリカバリが効かないことはすまい――、まずそうな状況で割って入るのは問題ない気はするのだが、まだまずくない状況でレオくんが行動を押さえたりするのは多分、あまりよくないような気がする。
「うーん……、妃宮にいる事が増える、って言うお話はしても、侍女のふりをするつもりだ、というのは言わないでおこうかと。」
「うん、ボクもそれがいいような気がする。まあ現場でバレてもそれはそれ、そこまで行ったら文句も言えないだろうし!」
頷いたフェリクスが、いやあ、なしくずし、っていい言葉だよね、といたずらっぽくニヒヒと笑うのに、スサーナはまあ否定はしません、と消極的っぽく賛成しておいた。
そうと決まると、こんどこそ話はとてもスムーズに進んだようだった。
次の日にはもう、昼食の時にやって来たお父様から「スサナ、第二妃殿下が先日の埋め合わせも兼ねてそなたを妃宮に招きたいと仰ってくださっているが、どうしたい」という話がある。
さて、フェリスちゃんとの悪巧みで聞いたざっとした話はともかく、実際はどういう感じを第二王妃様は考えているのだろう、とスサーナが詳しい話を聞いたところ、「異国からやって来たばかりでまだお友達も少ないでしょうから、妃宮には同じ年頃の女の子たちが幾人もいるから丁度いいと思って」というお話で、お父様の話を聞いても「行儀見習い」という名目ながら、令嬢達は決まったカリキュラムに従う、というようなこともなく自由に過ごしているらしいことは確からしい。
――本当に女子のサークル活動、みたいな感じなんですね。
その上で、よかったら遊びに来てみないか、というようなお申し出らしく、
「せっかくのお話だ、そなたは作法を難なくこなす割にまだ社交の席で硬くなりがちのようだし、力の抜き方も覚えねば疲れてしまうからな。妃宮なら滅多なこともなし、気軽な社交の練習にもいいだろうし行って損はないのではないかね」
……と、事情を知らないお父様もなかなか乗り気のようだった。
形式は朝伺い、夕方には屋敷に帰ってくるという形で、住み込みとかそういうことはないらしい。
夜はネルの報告に備えたいしカリカ先生が鍛錬にやって来るスサーナとしては願ったり叶ったりだ。どうもお泊り会をやることもあるらしかったが、そういう時は事前にわかるようだったし、令嬢達の自発イベントめいていたので参加しない選択肢もありそうだ。
――あ、サークル活動、というか、対応する概念名称がこっちで一般化してないみたいだから行儀見習いみたいな呼ばれ方をしてますけど、これ、大体サロン活動ってやつでは?
お父様から詳しい話を聞くなどしながら、スサーナはふと思う。
集められているのが年頃の少女で、文化文人知識人、というふうではなさそうなものの、聞いた内容を総合するとそっちのイメージにもたどり着かないこともない。
もしかするとゲスト的にそういう層を呼んで語らう日がないとも限らないな、と気づいたスサーナは、デカメロン的に、もしくはサイコロを振ってエピソードを語るバラエティっぽく、なにか鉄板の話を用意していくべきだろうか、と悩んだ。
――お父様にグリスターンの文化風土についてお聞きしてきたのが役立ちそうですね。まあでも、中心的集まりにはできるだけ参加しないで、できるだけほっといてもらえるように動いていかなくちゃいけないんですけど。
さて、どのぐらい放っておいてもらえるだろうか。もしくは、ショシャナ嬢を構うのに第二妃殿下が飽きるのはどのぐらいだろうか。
どうしても駄目だったらフェリスちゃんの手腕に期待だ、と考えつつ、スサーナはお父様に向けて実に乗り気そうに微笑む。
「楽しそうですね。とってもいいお話だと思います。お父様さえよろしかったらぜひお伺いしたいと第二妃殿下にお伝え願えませんか」
そういうことになった。
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