第79話 奇禍と僥倖のあいだ 4
次の日からスサーナはセルカ伯のお宅に通うことと相成った。
流石にマリアネラについて島に行った時のように全部本番ぶっつけ、ということはないようだった。
名目上、というべきかなんというか、宴席のもてなしをするために呼ばれたという形であるので、まずは宴席の流れを確認し、使う部屋、用途、料理を出すタイミングと出す際の注意事項、局面ごとに客が何を欲しがるかなどを召使い頭から指示を受け、覚える。
宴席に際してスサーナ以外に雇われた……求人を出して雇われたらしい使用人たちは20人ほど。ほとんどが給仕女中、台所女中であり、まずは彼らと一緒に基本的なことを覚えさせられる。
雇い人のなかではスサーナは特に年少であり、10歳を超えれば働くものはいないでもないのでおかしいというわけではないのだが、それでも結構珍しい未成年の使用人らしい、ということで一緒に新しく集められた使用人たちにはちょくちょく構われ、どうやら可愛がられた。
「ずいぶんとちっちゃい子がいるじゃない、大丈夫なの?」
「感心ねえ、こんな年から働いて。」
「パーティーの仕事ははじめて? そうなの、最初がこんな仕事でよかったじゃない」
いろんな宴席を渡り歩いている、という一人によると、席順もなにもないこの手の宴席は使用人にとっては格段に楽で、晩餐会や正餐のパーティーになるとそれぞれの客が何処の席につくか、どんな身分か、を始めとして、特別に用意するものがあるのか、とか、利き手がどちらか、とか、はては食器は持参するのか用意するのかとか、ひたすら気を使うことが多いのだ、という。
「ダンスがあるのも大変よ。飲み物を勧めるタイミングとか……ご招待客様がよっぽどへんなところに入っちまわないように神経を張ってないといけない、とか」
ある程度立食形式と共通する部分もある舞踏会もじゃあ楽なのかといえば、庭やテラスまで開放することが多いとかそんな理由で気を張ることが多いらしい。
「だから、変わった趣向があるらしいけども、まあ他の宴席よりかは初心者向けだわよ。がんばんなー」
励まされ、いやあ頑張るのは別のことなんですけどね、と思いながらもスサーナはありがたくお礼を言った。
基本的な講習が終わったところで、給仕と雑用に出る者たちが集められ、趣向のための衣装を仕立てるために採寸される。
雑な採寸でスサーナははらはらする。
――何処の店の指示か知らないですけど、うちを入れればもっとちゃんと……いえ入れると叔父さんがうるさそうでアレなんですけど!
仕立てられる衣装は胸の下で切り詰めてしぼったトップスと、体に沿わない形の広がったボトム、そして上につける透ける腰巻きであると説明される。
全体的にベリーダンス衣装を地味方向に全力で振り切ったような印象だった。
――じ、地味では?
こういう趣向なら全力で振り切ってエロティックな格好をさせたりするものではないのか。示された衣装図を見ると露出しているのは多少腹が出ている程度。布地も別に透けるやつとかではなく、麻と木綿主体。脚は足首までしっかり覆われているし、トップスもブラタイプとかそんなことはない、ショート丈のへそ出しTシャツぐらいの長さで、縫製も立体感を出すなんてこともない。スサーナの感覚では非常に地味であった。
「ねえ、これ」
地味じゃないですか、と聞こうとしたスサーナは賛否の声を上げる他のメイドたちに圧倒された。
「まっ、ちょっと破廉恥じゃない!?」
「あらあずいぶんすごい
――えっ、そういうものなんですか。
つまり彼らの感覚ではこれはだいぶ思い切った恰好なのだ。
ぶ、文化差ーーーー!!!!
スサーナはここ一番の遠い目になった。
スサーナのうちで扱っているような服には確かにそういうものはない。だが、きっと何処かには普通に流通していると信じていたのだ。デコルテはそれなりに出す文化であることだし。
せめてエウメリアが着ている衣装めいた腹と腰を大きく出したものになると思っていたのだが。
――残念……いえ、残念でもないんですが……毒を食らわば皿までと言うか……こんな機会でもなかったら一生着そうにないし……
ちょっとだけ、きわどい衣装を着たくないと言ったら嘘になるスサーナであった。
当日はこの衣装に鎖状とコイン状の金属をつなげた装身具を身に着け、羊毛を使った黒いかつら、もしくは可能なものは髪を黒染めして顔の前に
黒染めをするものは手当金が出ると聞いて真剣に悩む女性たちを見て、スサーナはラッキーなのか何なのか、とボンネットをちょっと気にする。ともあれ、これなら結構な人が染めそうな感じで、でなくとも黒いカツラをつけるのだから自分は目立たないだろう、と、発案者らしいセルカ伯に頭の中で少し感謝した。
そのあとは元からいる使用人たちと引き合わされ、まとめてのリハーサルを繰り返す。動線の確認。配置の確認、各担当の連携の確認。
目的が別のところにあるとはいえ疎かにするわけにもいかない。スサーナは他の使用人たちと一緒に予行演習に駆け回った。
――裏方、大変だなあ!
14になったら催されるという祝いの宴やら成人になったら呼ばれるという
……一通り練習をした後には臨時雇いたちは解散、ということになるのだが、スサーナはまだ帰れない。
スサーナを宴席で雇うことになった、と聞いて大喜びしたのは奥方であった。
「まあまあ、待っていたわ! スサーナとお呼びしてもいいのかしら? それとも愛称を考えましょうか?それがいいわね、グリスターンでは側仕えの侍女は愛称で呼ぶんですって知っていて?スサーナさんですから……スシーでどう?」
「あっ、はい、ええと、はい。」
セルカ伯のもとに挨拶に行った後に奥方のもとに参上しご挨拶をすると、大喜びの奥方にマシンガンめいた口調で一気に畳み掛けられる。
うまく口を挟めずあわあわしたスサーナは流れるように愛称を決定されてこくこくとうなずいた。
――スシーっていうのは新しいパターンだなあ。
スサーナという一種類の名前からスーにスイにスシー、よくもこうあだ名のバリエーションが出るものだ。意外にもまだスサはない。
スサーナが感心していると、奥方がむうっと首をひねった。
「ありきたりかしら。グリスターンの王家では花の名前で侍女を呼ぶというし、名前を元にしない愛称のほうが……」
黒猫ちゃん、だとかビロードちゃん、などとつぶやき出した奥方に、
「いえ、スシーでお願いします! 気に入りました!」
ほっておくと奇矯なあだ名を付けられかねないと察したスサーナは急いで首を振った。タンゴとか、ヤマトとか、ルドルフとか、そういうジャンルのやつだ。
それから二時間ほどスサーナはひたすら飾り付けられた。
途中から呼ばれてやってきたレミヒオは、最初驚いたようだったが、化粧机に満載された細々したアクセサリーやドレス、豪華なシャツなどを見てまるである種のキツネのような凪ぎきった顔をした。
――あっ、被害者二号。
スサーナは勘よく察し、そのカンは100%正解だった。
日常的にこの種の被害を受けているらしく、レミヒオは全く感情の伺えない、もとい、完全に虚無に辿り着いた顔をして飾り付けられていた。
「うふふ、なんて素敵なの」
やりきった顔をして二人を解放した奥方は、非常に満足そうに黒髪二人を見回す。
モノトーンを基本にしてリボンやサッシュ、ベルトをアクセントに白を入れたものにし、白石の鎖飾りをレミヒオに、スサーナには白藤の房飾り。
「やっぱりこの方向性は正解だわ。ねえスシー、旦那様の宴席が終わってからになってしまうけれど、こんどお茶会の給仕をお願いできないかしら、もちろんレミヒオも一緒です。きっとレティシアもマリアネラも喜ぶわ。」
「お呼びになってくださるなら……」
「試作のクチナシの香水もつけてもらいましょうね、たくさん作れるようになったら売り出しますのよ。それまでは
スサーナは、あっこの方宴席だけじゃなくてなし崩しに自分を何回も呼ぶつもりだな、と察したけれど、まあそのぐらいならいいか、と考える。
この間ベルガミン卿から遠ざけてもらったことだし、結構にこの人の印象は悪くないスサーナだった。
それに、パワフルで思いつきをどんどん形にする女性は格好いい。
「うふふ楽しみだわ、今はありものしか無いけれど、その時までにいろいろと衣装を用意しておきましてよ。ああ楽しみ、早速注文を出さなくちゃ!」
服、増えるの!?
前言撤回。スサーナは気軽にOKしたことをほのかに後悔した。レミヒオがとても遠い目をしていた。
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