第170話 根回しやっぱり右往左往 1

 待っていたエレオノーラお嬢様は、なんとそんなに怒っていなかった。

 実際のところ、不機嫌には非常に不機嫌で、ぷりぷり怒ってはいるようだったが、スサーナに対して怒っている、というわけではなさそうだった。


「エレオノーラお嬢様、わざわざご足労いただきありがたく存じております」

「ご苦労さまでした。」


 労われてスサーナはあまりの予想外に首を傾げたほどだ。


「まったく、わたくしの使用人だからと軽々に使えるように思われるなど不愉快にもほどがあります。しかし正式な手順を踏んだものとなると苦情も述べづらい! ああもうまったく。あなたも魔術師などに唯々諾々と従う必要など。わたくしの名のもとに断ってもよかったのですよ。確かに? わたくしの使用人として役目を果たそうとしたのは平民ながら感心なことではありますが――」


 どうやらスサーナが眠っている間に、正式に責任者の使用人をひとり借り受ける旨記し、ついでにそれを略式に許可した王家への感謝を示した形の書状が届けられたらしい。


 正式な書状、しかも王家による許可について書いてある以上エレオノーラの立場的には異を唱えづらく、それ故朝まで襲来がなかった、ということであるようだ。


 そして、書状を根拠に「なにやら立入禁止のところに入り込んでひと騒ぎあった」のではなく、呼ばれて出向いたところで無許可で入り込んだ学生と勘違いされた、というような理解になったためにスサーナに怒りが向いていない、……らしい。


 なんという危機管理能力だろう、とそっと第三塔さんに感謝したスサーナであるが、どうも話を聞いているにそれだけが理由ではなさそうだ、と察する。


 どうやら帰ってきたお嬢様が書状を見て怒髪天になりつつ、なぜスサーナはおとなしく従うのかと地団駄を踏んでいたところにアイマルが「スサーナがお嬢様のに過去の宴席について調べていた」「魔術師達に直に問うたらなにか判ると考えたかも知れない」などと、うまい具合に怒りが削げる方向で推測を流し込んでくれたようなのだ。


 ありがたい。


 スサーナが使用人部屋に置いたままにしてあったメモがその裏付けになったらしく、どうもお嬢様はその推測を綺麗に信じ込んでくれたようだ。

 正義と使命感のエレオノーラお嬢様としては、自分のために動いたらしい使用人の労をねぎらいこそすれ違反者として責めるという考えは無くなったようで、怒りの矛先は使用人の使命感をいいことに勝手に雑用に使ったという魔術師たち――個人の誰か、というイメージではないようなのでスサーナは胸をなでおろした――に向いている。

 ――それらしい物証、残しておくものですね……。

 ……実のところ力強い偶然が積み重なった結果であり、その時の立場上の規則を破って侵入したのは事実なのであまり評価されても居心地が悪い、そのうえ別に手伝いをしたわけではなくよく寝ていたので結構本気で後ろめたいのだが、今言うのもな、と思ったのでスサーナはそっと口をつぐんだ。


「まったく。あなたも不愉快な目に遭ったことでしょう。あの魔術師という輩達はひとを敬うということを知らないよう。よく耐えましたね」

「いえ、あの、殿下たちからお聞きになられたかもしれませんが、私の故郷ではええと、商家と魔術師が関わることがあるので……ええと、不快ではないと申しますか……丁寧な扱いでしたので……」


 スサーナは一応そうっと認識の刷新を試みてみたりもするが、どうもエレオノーラお嬢様は「個人として知り合いである」という想像は出来なかったらしい。


「ええ、聞きました。二重に使いやすい建前を用意してしまったようなものなのは癪ですが、慣れたあなたが選ばれたのは不幸中の幸いとも言えるでしょう。」


 結局彼女は、母集団を知っている、という理解をした上で使い勝手のいい場所の人間がいるのを見かけたので便利に使ったのだ、というような解釈に達したようだった。

 こんなところで島の魔術師さん、しかもちゃんとした知り合いに出会う、というのはなかなかレアな偶然であることだし、なんとなく判る気もしないでもない。



 というわけで運良くお叱りはなく、大名行列めいてエレオノーラお嬢様の後に続いて貴族寮に戻る。

 あなたは知らないでしょうけど昨日は大変なことになっていたのですよ、と不機嫌なエレオノーラお嬢様が語るのを聞くと、取り巻きの令嬢二人、イングリッドとカルロッタはあのあと非常なショックを受けて貴族寮で寝込み、そして魔術師側から苦情が来たので三日間の謹慎という追撃を受けたのだそうな。

 彼女たちは入り込んだ動機について口を割らなかったらしく、教師が聞き取りに行ったところエレオノーラ様のお役に立ちたくてあそこに、というようなことを言っていたようで、おかげで、と言うべきか、スサーナの件とは別件とエレオノーラお嬢様が判断したというわけだ。

 ――流石に平民生徒の荷物を投げ込みに、とは言えませんもんねー。……まあ、その所為で私の方にはお怒りが向いてないから逆にオーライな感じですけど。いやでもだいぶマシな事態なんですね。性格悪目に立ち回るなら絶対こっちを巻き込むでしょうし、こちらの所為だと言い張ったりすると思いますけど、そういう感じはないし。


 ただそれどころでなく気が動転しているのか、エレオノーラに知られると気まずいと思っているのかはわからないが、その点は評価してもいいとスサーナは思った。


 第三塔さんに貰ったものを自分の荷物に入れ、それからいつものように支度をして貴族の教室に行く。


「レーナ、おはよう。昨日はお疲れ様でした。その、スサーナさんも。」

「おっはよーレーナー。スサーナもね!」

「二人共おはよう。昨日大変だったんだって?」

「おはようございます。どちらも元気そうなお顔でしてよろしかったですね。」


 いつもの皆が先に揃っていて、エレオノーラに挨拶をし、スサーナを見てホッとした顔をした。


「おはようございます。殿下、昨日は雑事を代行していただいてしまったようで、御礼申し上げます」

「ああ、レーナ、何方かから聞いたのですね。その、友達の事ですからいいんです。結局何事もなかったのでよかった」

「あら? 何の話です? 責任者としての許可を代行してくださったのでは?」

「それで合ってますよレーナ。」


 ああ結局何が起きたかの詳細はこれはお嬢様聞いていないのだな、とスサーナが確証を得つつ、王子様が詳しく教えると面倒になると察したかほどよくエレオノーラに口を濁したりしつつも授業を受ける。


 スサーナが休み時間にそっと抜け出し、昨日あの後何があったのか、ついでにジョアンは変な処分を受けていないかを平民クラスの方に確認しに出たところ、ジョアンには別にお咎めはないようだった。

 ついでに事の発端、スサーナの筆記具鞄の話をレオ王子達にも話していないことが明らかになったりして――ハッとした彼が言い忘れてたし今からでも洗いざらいぶちまけてやろうと勇んで貴族クラスに向かおうとしたのをスサーナは頑張ってまあまあまあと止めた――あとあと波乱がなさそうだ、と確認したスサーナはほっと胸をなでおろした。


 ――つまり、私昨日から最高に運がいいのでは?完全に得しかしてない!!

 スサーナはそうっとはしゃぎ、これは宴席料理のねじ込みもなんだかんだうまく行っちゃいそうですね!などと調子に乗っていい気分である。


 命令系統の調査と色々な小細工のことは放課後に考えることにして、とりあえず残り時間でレティシアとマリアネラのもとに向かったスサーナはしかし、下級貴族の教室で

「魔術師は常民をバリバリ食べるらしい」

 とか、

「昨日だれそれが血まみれで引きずられていく学生を見たそうだ」

 とか、

 果ては

「いや血まみれどころかバラバラ死体だったのでは!!」

 などという真夏の怪談チックなよくわからない噂が取りざたされているのを耳にし、

 ――よ、よくわからない風評被害が! いいことしか無いと思ってましたけどこんな弊害が!! 禍福糾える縄のごとし!

 原因を何となくうっすら察しつつ、全力の遠い目になったのだった。

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