第171話 根回しやっぱり右往左往 2

「あらスサーナ。どうなさったの?」

「まあスサーナさん。聞きまして? 魔術師が」

「それは風評デマですので忘れましょう」



 スサーナは楽しげにうわさ話をしていたお嬢様たちに挨拶をし、ちょっとお聞きしたいことが、と切り出した。


「あら、本当にどうなさったの?」

「ええとですね、宴席と言ったらセルカ伯、というイメージがあるもので、わかればで構わないんですけど、一般的にどういう命令系統でやるものなんでしょう、ああいうものって」


 スサーナのイメージだとセルカ伯というと宴席の人だ。

 エレオノーラお嬢様に聞いたとしても多分首を傾げられるだけだが、下級貴族のお嬢様であるレティシアとマリアネラのお嬢様たちはもっと実務に近く、ある程度の雇用や命令系統についても理解している、ということをスサーナは去年の夏に察していた。


 というわけでスサーナは「簡単目の」「人員現地徴用の」宴席、というもののスタンダードについてなんとなく掴めるものがあるのではないか、とお嬢様たちのところにやってきたのである。


 エレオノーラの使用人達に聞けばいいような気もしたが、よく考えたらアイマルもマレサも「お嬢様づきの使用人」であり、宴席の命令系統とは実のところ関わりはない。エレオノーラは後付の責任者で、その直属の使用人が実務にどれだけ関わっているものかはよくわからない。


 それでも聞けば判ることは多いだろうが、やっぱりスサーナはもし聞くならそこはある程度最後の手段にしたかった。

 なぜかというと、彼らにあまり具体的なことを聞くとエレオノーラお嬢様に情報が流れる可能性が高い。

 現状彼女の理解は「なにかしようとしてくれているようだ」ぐらいなものだが、うっかり具体的な外形を与えると、まだ試行錯誤の段階で「別にそんなことはしなくていい」になる可能性があるのだ。

 そうなると立場上それ以上手を出せなくなる可能性が高い。

 というわけで、知らせるならある程度ごり押せる下地を作ってから、である。


「そうですわね。お父様が思いつきでやる宴席なんかは本当に簡単でしてよ? 」


 レティシアが首を傾げつつ、うーん、と何か思い返す。


「執事でしょう、そこから使用人頭。ええとお父様が考えた内実を振り分けるのが執事で、他所は違う気がしますけれど、お父様がやるパーティーですと、家具は執事が直接采配するのだわ。だって変なものばっかりですから。あと使用人頭と厨房係に予算を出して……彼らが要望に応じてどんな方を何人雇うだとか、それぞれ直接の采配をしますわ。それから……」


 しばらくレティシアの話を聞き、スサーナは昼休みが終わる前に上位貴族たちの教室に戻った。


 ――とりあえず、実務なら実務一箇所ごとにまとめ役がいらっしゃる。考えてみたら当然の話ですね。

 スサーナの考えている内容からすれば、ハックすべきは現場で裁量が効く責任者だ。

 ――たぶん、一緒に卵をいただきに行った方がまずそこに結構近い……


 考えながら午後の授業のエレオノーラお嬢様の補助をして過ごしていると、授業の合間にテオと雑談をしていたエレオノーラがぷすぷすと愚痴を言い出した。


「そういえば、どうだった? 久しぶりにお父上と対面だよね」

「どうもこうもありません! 父は自分の仕事ではないと思って勝手なことを言って……」


 なんでも、エレオノーラの父君ガラント公はエレオノーラの采配を褒めつつもあまり威厳を欠くような改革はしてくれるなと対面で直接釘を差したらしい。

 ――まあ、それはそうなりますよねー。

 なにせ、半分は貴族の威厳を示すために宴席を開いているようなものなのだから。

 そこを料理を食べないなら出しても意味がないし魔術師をもてなす理由などないと怒るのは13歳の潔癖さというやつだろう。


「国の役に立つわけでもないにわざわざ逗留場所を用意し、そのうえ食事まで与えるのですよ、それだけで十分すぎるほどではありませんか。」


 魔術師たちも別にそれ以上やってほしいと思っているわけではないだろう、というのがややこしいところだ。とスサーナは思う。


「それを父は「口にしないものはもはやそういうもので仕方ないが手厚く遇しているということは判るようにしなくてはならないのだ」などと!」


 エレオノーラは憤懣遣る方無いという風にふくれっ面をした。


「第一あれらが我が一門の礼遇に感じ入り、厚い感謝とともに与えた食事を大人しく食すなら済む話なのです。食べないのはあの者たちの身勝手でしょう。それなのに何故気を使わないといけないというのです」

「まあまあ、レーナ。彼らにも彼らなりの理由はあるんだろうから」


 宥めたテオにエレオノーラが噛み付く。


「どんな理由があるというのです。その所為で父に私は「成果を残そうとする姿勢は良いことだが別の方面でその意気込みは発揮しなさい」などと言われてしまったのですよ! 」


 ふうむー。

 スサーナはそのやり取りを聞いて思案した。

 ――これ、うまく話を持っていけばエレオノーラお嬢様も得するということですこし話は楽になるかも……

 まあ、まずはうまく話を持っていけなくても回るような下準備からだ。


 放課後、宴席は概念上三日目で、しかして一日目と最終日以外は――エレオノーラお嬢様が意欲を燃やさなくても――極めて簡易的なものになっているらしい宴席にはお嬢様は別に同席も待機もせずにいいらしい。


 疲れたので帰って早めに休む、というエレオノーラをお部屋まで送り届け、室内着をご用意した後にスサーナはマレサに申し出て休み時間にしてもらった。


 その後スサーナは荷物からちょっと鞄に持ち物を取り分け、門前町に出て大籠に一杯分、塩羊肉とチーズの包み揚げエンパナーダと大瓶の林檎酒を買い込み、それから時間を見計らって特別棟を目指す。


 今度は正面入口から入ったりはしない。最初から使用人の顔でホール側の通用口から入り、見かけた使用人に声を掛けて先日お世話になった食品担当の方に取り次いでもらった。


「ああ先日の! どうされました」

「この間お世話になったお礼にと思いまして。前の通りの揚げ菓子屋のもので、ちょっとしたお腹塞ぎのものですけれど。よろしければ皆さんで召し上がってください。」


 籠の包み揚げと酒の瓶を示す。喜んだ顔をした食品担当の使用人にスサーナはすました顔で笑ってみせた。

 午後の軽食にしやすそうな時間を見計らったかいがあり、ではこれから一休みなんでいただきます、と返答がある。ご一緒にいかがですか、と声を掛けられて、普段ならお気持ちだけいただくところだが、スサーナはここぞと頷いてみせた。


 ホールからやや離れた待機場所になっている部屋に案内される。お手伝いを申し出たスサーナはちっちゃな持ち運びの炉だけがあったので温めたほうが美味しいものを簡単に温め、ついでに鍋が一つ借りられたので一応お湯を沸かして持ち込んだ茶葉で煮出しのお茶も淹れる。

 簡略化された席だけあり、詰めている人数は然程多くないようなので大きめの片手鍋と炉程度の設備でなんとかなりそうでスサーナはホッとする。


 彼ら実務の使用人たちは平民だろうから喫茶習慣はあまりあるとはいえないだろうが、貴族が飲むお茶を飲める、というのは悪い気分ではないはずだ。


 お茶には煮立てる時に結晶糖を放り込む。結晶糖、つまり氷砂糖だ。何故そんな物があるのかといえば当然それは第三塔さんからの貰い物で、朝届いた薬と一緒に空輸されてきてカロリー補給の観点で持たされたものである。


 ……多分、透明多角形の超大粒のショ糖結晶は魔術師以外が作るにはとても大変そうなので、貴族相手でも珍重されるアイテムになりそうな気がして勿体無い気もするがとりあえずそれからは目をそらしておく。ネマワシには衝撃が必要なのだ。

 魔術師さん達的には珍しいものでもないようなのでまあいいかな、とスサーナは内心言い訳しておいた。


 さて甘くしたお茶とほどよく温めた包み揚げエンパナーダ、ついでにいくらかの林檎酒を集まってきた使用人たちに配膳し、意識的に人懐こい笑顔を浮かべたスサーナはそれなりに迅速に、茶飲み話を始めた使用人たちに受け入れられていた。


「魔術師の方々への宴席ですから、やはり気を使うことは多くて大変でらっしゃるでしょう?」

「いやあ、中の期間の間は簡単なものだから、始まる前に大器おおうつわで料理を出して置いておくだけでね」

「ほとんど魔術師たちも来ないし。」

「それでもいる時に宴会場に出入りするときはヒヤヒヤするよ」


 ちょうどいい時間のおやつと珍しい甘い飲み物に使用人たちは嬉しい驚きを覚えたらしい。打ち解け、それなりに話が弾む。

 スサーナは仕事の話に熱心に相槌を打ち、大人の仕事に興味がある、というポーズをとって仕事がどう回っているかを聞いた。


 そうしてみたところ、どうやら中間期間の簡易化された宴席では立席パーティーすら通り越し、ホテルの朝食バイキングみたいな形式で回されているらしいということがまずわかる。

 ――まあ、メニュー的に判る気はしますけど。

 スサーナが思い返せば最近の中間時期のメニューはパンがドーン茹で肉ドーン大鍋のシチューオーリャドーンという具合で、内容は単純で選択肢はほぼなさそうだったが大皿で供するのに向いていて、少人数の使用人で回す、各人が自分で取っていくには向いた内容だ。

 とはいうものの、向いているからと言ってどうせ食べられない、どころかほとんど魔術師は現れないっぽいのでその工夫も虚無なのだが。


 もうしばらく相槌を打ったスサーナはこの場にいるのは主にいわゆる配膳スタッフだということと、それでも一応名目上は実務の主任、つまり全体の配置やら実働やらを取り仕切り、一段階上の事務をやる人間に繋がっている立場の人もここに詰めている、ということを理解した。


「へー、主任さん、お偉い方なんですね。じゃあ裁量とか効いたりするんですか?」

「あははは、いや出さなきゃいけない料理は決まってるから勝手に減らしたりはできないよ。作るのは他所だし、係が表と照合することになってるからね。お金はお貴族様から出てるからねえ。」

「じゃあ増やすのは?」


 無邪気な顔で聞いたスサーナに主任はきょとんとした顔をした。


「増やす……考えたことなかったなあ。そりゃ……まあ、増やす分には出来るんじゃないかな。皿だの机だのは予備にだいぶ数があるし。まあ、でもね。増やして意味があるわけじゃないけども」


 ふうむー。

 スサーナはそっと腕組みをして考える。

 ――この方向性でいけますかねえ。とりあえず、まずは布石かなあ。

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