第172話 根回しやっぱり右往左往 3

 それからスサーナはしばらく彼らの話を聞き、時折興味を示したり労ったりしてしばらく時間を過ごす。


「お話を聞いたら興味が出てきたな。見学ってさせてもらえたりします?」

「あっはっは、奇特なお嬢さんだ。特に見るものはないけどねえ、手伝ってくれるならそりゃ歓迎さあ」


 雑談中に冗談に紛らせて言った言葉に結構反応がよく、スサーナはここぞとばかりに準備に紛れ込むことにした。



 準備することは確かに多くない。

 大きな容器で運び込まれた料理をリストと照合して盛り直すものと、会場の準備をするもの。

 会場自体も宴席というイメージよりずっと灯りも少なく、飾りはない簡素なしつらえで、やっぱりスサーナに前世のビジネスホテル朝食バイキングを連想させた。

ディナーではなく朝食バイキングのほうなのは、簡素さと人手のかけなさ故だ。


 初日と最終日は一応楽団もいるらしいが、三日目の今日は当然そんなものはいやしない。BGMの自動演奏などというようなものは当然無いのでホールは静かなものだ。

 ――人手をできるだけ廃していくとなるほどこういう風になるのはわかりますけど。

 第一来ないからこうなっているのだ、ということは理解しつつもスサーナはキラッキラの魔術師さんたちが静かに朝食バイキングをやっている図を想像して謎の面白さを拭えずにいる。


 運び込まれる品は10品ほど。主に細かい取り分けを気にしなくていいものと見えた。

 肉団子とレンズ豆のシチュー。煮崩した玉ねぎとカブの煮込みカスエラ。骨付きの茹で肉。よくわからないパテとソーセージ。酢漬けの鯉。燻製のナマズの切り身。それから種ありパンと種無しの平焼きパン。

 それなりに大量のものが大器に盛り付けられて用意される。


 ――質素すぎる、というほどではないんですよね。

 平民の常食に比べればずっと豪華だろう。一汁一菜も普通なのだしまず肉のない日もあるのだと寄宿舎の食事を参考にすれば十分わかる。

 ただまあ茹で肉も使われているスネ肉は一番安価な部位だし、クズ肉で作れる肉団子とソーセージ、パテ、庶民でも普通に食べるレンズ豆と玉ねぎとカブ、湖沼養殖魚の鯉とナマズは比較的安価に揃えられる材料で、材料費を全力でケチりにかかった上で見た目を整えたんだな、ということが察せられる。

 だが、それでも平民が日常食べているものよりはずっと品数は多くメニューとして見れば宴席料理と呼んで差し支えない。ただし肉団子は邪推ながら臭みがありそうだったし魚は運ぶ際にもう生臭い。パンももしやと確かめたらやっぱり遠くでカビ臭いのだ。他のものにもきっと口にしたら判るような瑕疵があるのだろう。書類ではわからない所で手が抜かれている。


 比べて酒類は量も多く、種類もそこそこ豊富だ。

 白と赤のワインはそれなりに、エールと質の落ちる三度目のポマースワインも豊富にある。林檎酒ともっと強い蒸留酒。例外なく瓶に分けられており、宴席での一般的な扱い――客に自由に注がせる場合、むしろ気軽な宴席だと一般的には大樽で運用することが多いという――とは違う。

 少し不思議にスサーナは思った。


 それらを大机の上にセッティングして、食器を揃えておき、それで前準備は終了だ。

 あとは一定時間が経過するごとに中を確認して減ったものがあれば補充する、らしいのだが、ほぼそんなことはないのだという。


 使用人たちと親交を深めつつ、片付けの時間までホールが見えるバックヤードに陣取ったスサーナは、いくらかのことを察していた。


 まず、魔術師達は全く来ないわけではない。

 料理には目もくれないが、出ているのが長机いくつかだけで広くスペースが空いたホールをどうやら「広い場所」として使っているようで、漏れ聞こえる会話からすれば、別部署の相手との待ち合わせ的なものに利用していたりしていた。


 そして、魔術師達が手を付けず余った料理の実際の処遇。


 スサーナは使用人に配られると聞いていたもののふんわりとしか想像できていなかったが、片付けの時間になって裏に食べ物を引っ込めた後、ぞろぞろと使用人たちがやって来たのを見て驚いた。

 どうやら特別棟の雑用に配置された者たちらしい。口々に挨拶をして、まず酒の瓶を持ってニコニコ顔で帰っていく者たちが多数。

 ――ああー。

 酒がみな小瓶分けなのはこれのためか、とスサーナは納得する。

 ――仕事後の慰安を兼ねてるとするとちょっとこれは改革すると不満が出るやつかあ……


 冷めた料理をまるごと大きな器に入れ替えて持って帰っていくものもいる。


「そんなに沢山どうされるんです?」

「ああこれ? 俺は下戸だから取り分をこっちにしてもらってさ。下町の残菜屋に売るんだよ」


一応貴族に雇われるぐらいの使用人は平民ではかなり裕福な方の家柄だったりする。

そのぐらいになると食べない、というような質のものでももっと下町の人間なら喜ぶ、なるほど納得がいく話だ。


 そうこうしていると戸口に男の人がやって来て、スサーナとしては絶対近づきたくない材料だろう大量のパンをぜんぶ渡したりもしていた。


「あの方、あのパンをどうされるんです? ……言っちゃなんですけど、匂いを嗅いだ時にかび臭くなかったですか?」

「そう? もう何年も気にしてないからなー。」


 頭を下げてパンを持っていく男性は孤児院の職員だという。

 スサーナは唸った。

 ――残り物が社会に組み込まれている……

 さすが最短50年も放ってあった事態。あちらを立てればこちらが立たず満載だ。

 手伝ってくれたし好きなものを持って帰っていいよ、と声を掛けられたスサーナだったが、とりあえずお気持ちだけ頂くことにする。



「とりあえず、問題を切り分けてみましょう」


 その後使用人部屋に戻ったスサーナは羊皮紙を前に声を上げた。

 事態がややこしくてたまらないので、とりあえず整理をしてみようと思い立ったのだ。


 まず、前提。宴席は貴族が自分の権勢を示すために行っているものである。

 ――その席に魔術師さん達を招いて食事をしてもらうことで何か色々示せるものがある、と。

 かりかりと羊皮紙に書き込む。


 第二に、食べていないのはご飯が口にあわないからで、美味しいものがあったら魔術師さんたちはうれしいし、食べる(かもしれない)。

 昔は少しは食べていたのだから、宴席自体に対して反感がある、とかそういうことはなさそう。ただ、ひたすら美味しくないものがあると理解されているみたいだ。


 第三に、エレオノーラお嬢様は多分魔術師が食事をしたら御本人の気持ちも収まるし、多分もう何年も食べていない事態であるから、魔術師の態度を軟化させた的な意味で実績になる。


 第四。問題点。エレオノーラお嬢様は魔術師がお嫌いらしいので、魔術師の得という点では説得できず、良いものを出したい的な誠意の方向では希求力が弱い。


 第五に、魔術師が食事を長年してこなかったせいで質の良し悪しがバレない、ということからか横領が常態化している。つまり、ただ魔術師さん好みのものを発注する、ということだけで対応はできない。生産者調理者の意識が同じままで発注しても質の悪い品が届けられて結局食べてもらえないのが続く。


 第六に、これがお嬢様にバレたら大粛清が起こりそうで困る。年数の長さと金額の多さのために多分関わっている人間はとても多い。悪いことだとも思ってないはず。あまりお嬢様をやる気にするとこれが起こる可能性がある。


 第七、問題。しかも「食べない」のを前提とした廃品利用サイクルが完全に回っているのでここもなんとかしないと不満のもとになるやつ。


 第八、これも問題。改革したからといって魔術師さんを食べてくれるよう誘導するのはどうしたものか。



「……このぐらいですかね、問題点……」


 うわあ山積み、とスサーナは頬を引きつらせた。

 ――とりあえず、ええと。「ご飯をマシにすることを納得してもらう」「食べないのが前提のサイクルを穏便に解消する」「食べてもらう」ですね……


 心情的に一番解決したほうが良さそうなのは「横領が知られたら大粛清が起こりそう」……やっぱりここだ。

 スサーナはとりあえず優先順位をつける。

 ――次がエレオノーラお嬢様の心情回り。自分としては大事なことだけど、魔術師さん達に美味しくご飯を食べてもらう、っていうのは実のところ優先度低ですね。


 成り行きで気にし始めた出来事がこれだけややこしいとは思わなかった。とスサーナは思う。だがまあ、なんとかなりそうならなんとかしたい。末永く穏便に生きていくのには多分早期の対応が必須だ。

 あとあとなんだか大カタストロフがあるかも知れない、と知っていて放置するのは内臓に良くないのだ。


 スサーナはしばらくううむううむ、と唸り、それから外に出ることにした。


 貴族寮から出て通用門を目指す。

 ネルが住んでいる、と教えられたあたりを目指そうかと思っていたのだが、学院から出る前になんだかそれは必要がなくなった。


「お嬢さん、何処へ行かれる? もう結構な時間だぜ。学内ならともかく街に行くには遅い。」


 学院の外に出る前に声を掛けてきたのは当の本人で、スサーナはいやあまさかずっと待機してたわけじゃないですよねとちょっと心配したが、草かきを持っていたので多分園丁の仕事をしていたのだろう、と思うことにした。多分。


「ネルさん。お仕事ですか? ……ええと、実はネルさんを探そうと思っていた所で。」

「俺を?」

「はい。調べ物ってネルさん、お得意ですか?」

「得意だとは言わねえが、心得がないわけじゃない。どうした?」


 問いかけたネルをスサーナは見上げ、さてどう説明しようかな、と少し考えてから口を開いた。


「調べ物をしてほしくって。ええっと、今……ガラント公から発注されてる、学院の中でやってるおもてなしの席に関係するお仕事を受けてる人たち、食材の発注だけで構わないんですが、二次受けとか三次受けの方々まで調べることって出来ますか? 出来たらで構わないんですけど。」

「ふん?」

「ええと、もう何年も……もしかしたら50年ぐらい。それか、15年ぐらいかも知れませんけど、ずっと同じところに発注してるかもしれなくて、公募はしてないかもしれないんですけど。毎年この時期にやってることで、戦争の間を除いてずっと定期的にしてることです。」


 市内のどこそこの調理場が借り上げてあって、そこで料理をしているんですけど、などとスサーナはざっとネルに分かっていることを説明する。


「雇い主のおうちの発注のお仕事なので自分で調べたら早いかもしれないんですけど、あんまりなんで調べてるの?って思われたくなくって。」

「できないこた無いと思う。が、それでお嬢さん、あんたなんか得するのか」

「はい。それはもう。気持ちよく寝やすくなりますね」


 返答したスサーナにネルは頷き、踵を返した。


「わかった、やろう。」

「やった、ありがとうございます!」


 とりあえず肩の荷一つ。スサーナはよくわからない調べ物を快く引き受けてくれたネルにお礼を言い、さっさと何処かに出かけていくのを見送って、またええとそれから、と考えた。

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