第155話 世界観右往左往 1
次の日。エレオノーラは仕事の話をしなければいけない、と授業を休んだ。
スサーナはふらふらになりつつも他の使用人たちが全員お供をするというので支度を手伝い、皆を見送ったあとでさてどうしよう、と考える。
眠くて死にそうなので授業をサボって寝るのも選択肢だが、ただでさえ小間使いになった時に数日休んでいるのだ。現代日本の学校と違って何日休むと単位を落とす、というようなことはないが当然休めば休んだ間に何があったかはわからない。
まだ多少休んでも着いては行ける自信はあるが、あまり調子に乗るのも良くないだろうし、それに今日は授業に出ておきたい。
スサーナはそこまで考えてはたと気づいた。
「……エレオノーラお嬢様がいないのに小間使いだけ貴族の教室で授業に出るって変ですね?」
つまり、元の教室に行くべきところだ。
となるとミアとジョアンと顔を合わせるチャンスであり、休む理由はないな! とスサーナは荷物の中から普段着を取り出し、制服をひっかぶって平民クラスに出かけていくことにした。
10日ばかりいなかった平民の教室は特に変わりがあるようではない。
ミアに飛びつかれたり、なんだよもう追い出されたのかと憎まれ口を聞くジョアンにはいはいと応対したり、ついでに水瓶にいっぱい置いていった水の残り量のことを聞いたりもしつつスサーナは長机の隅っこで授業を受けながらうとうとしたりぺしゃんと机に突っ伏して休み時間に居眠りをしたりした。
貴族の教室では小間使いがそんな事をするわけにもいかないので、そういう意味でも平民クラスの方に来たのは正解だったなあとスサーナは思う。
「そういえばお前さ、採取実習どうするの?」
昼休み、ふにゃふにゃ脱力しながらミアに応対していた所、横の席にやってきて頬杖をついていたジョアンが声を掛けてくる。
「採集実習……?」
「偉い貴族にはないんだろ、採取実習。……やっぱり知らなかったのか。教室の後ろに一昨日から掲示があるぞ」
スサーナはぼーっとする頭でそういえば条件ぎめの時にそんな話をしていたな、とボヤーッと思い出した。
ふらふらと掲示を見に行った所つまり採取実習とは勉強道具を自分で都合するなにかのことだった。
例えば没食子、例えば山鳥の羽、例えば新しい蜂の巣の蜜蝋。そういうものを都合しに集団で森に入る催しらしい。ついでに小金になる薬草やなにかを摘み草して、その利益で麻布紙の材料などの直接作れないものの購入資金にもすると書いてある。
一応の学校行事として行われ、道具の製法を学ぶことも教育内容に入ってはいるようだ。希望者は事務課に名乗り出ること、とある。
「ははあなるほど……」
ぼんやり頷いたスサーナに、ジョアンがなんだかじれたような顔でこそこそと声を掛けた。
「お前も来るだろ。……俺も昨日聞いたばかりだけど、インクなんかは没食子を地道に集めるんじゃなくてミミズみたいな魔獣を捕まえて煮込んで作ったほうが早いってみんな言ってる。余った分は売るんだってさ」
「魔獣!」
少し目が覚めた様子で目を瞬かせたスサーナにジョアンがにんまりした。
「さすが本土だよな。魔獣が居るんだ」
「……ジョアンさんは魔獣、見たいです?」
「まあ、それはさ。島だと一度も見たこと無いし。」
そんないいものじゃないと思うけどなあ。と思ったスサーナだったが、
「魔獣って言ってもちょっと大きなミミズぐらいだけどね。小さめの蛇ぐらいの黒いミミズだよ。ドロハキって呼ばれてるやつ」
ミアが横から注釈を入れてきて、一緒に行けるよね? と言ってきたので頷くことにした。確かその採取授業の時は平民クラスで授業を受けるようにと聞いた気がしたので問題ないだろう。
「ちょっと大きなミミズって、それホントに魔獣なのかよ」
「魔獣だよ、体の横にちっちゃい口が並んでて、掴むと真っ黒な液を吐くんだ。服につくと落ちないの。」
どうやらヨドミハイみたいな危険な魔獣はそこらへんに居るものではないらしい。
「魔獣が気になるの?赤インクにはハネタケがいいんだって。バッタの足がついたみたいなキノコだよ。胞子が真っ赤でね、それを水に溶いてから乾かすと携帯インクにいいらしいよ」
「……それ、人間が触って大丈夫なんです?」
「うん。 食べられないけどね。」
島出身の二人が魔獣魔獣と言っていると、聞きつけた他の寄宿舎の生徒も話に混ざってくる。
なんでも本土の町の外にはそこそこカジュアルに魔獣が居るものらしい。
危険な魔獣も場所によっては居ないこともないらしいが、通常魔獣が来ないところに街というのは発展するものらしく、少し危険なものも定期的に騎士や傭兵が討伐をしているらしい。それらの理由により、街の近場に居るのは大抵はさほど危険ではなく、普通の動物とさほど差異があるわけではない。
じゃあ魔獣の定義ってなんなんだろう、と思ったスサーナだったが、基本的には慣習による分類なのだという。
一応、要素要素が変に組み合わさったもの、変な増え方をするもの、見た目から解らない変な挙動をするもの、もしくは変な能力があるもの、普通の動物が避ける、などの見分け方はあるらしいのだが、そのあたりは完全になんとなくのものらしく、これはカモノハシが発見されたら魔獣扱いをされるな、とスサーナはなんとなく直感した。
なんだかワクワクした顔をしたジョアンにそうかジョアンさんも男子だったんですねえ、とスサーナはほのぼのする。男子は魔獣とか怪獣とかそういうものが好きだという偏見があるスサーナである。
「ああ、そうだ。採集したものは規定量を超えたら裁量で売っていいんだってさ」
ふと思い出した、というようにジョアンが言った。
まるでもののついでのような言い方だが、裏腹に目が輝いている。
「売る……っていっても、どこでです?」
「蜂蜜が取れたら寮母さんが買ってくれるって。その他にも二の青葉の月のはじめにはバザーをするんだって!」
弾んだ声でミアが言う。
「バザー! それはいいですねえ。学内です?」
「んーん、街中でだよ。広場で毎年するんだって。学院が開くバザーで昔は授業でとったものだけ売ってたらしいんだけど、今は街の人も物を売ってよくってね、貴族の人たちもお家から届いて余ったものとかを売るから、掘り出し物を探すならその時なんだって! ものすごく人が集まるらしいよ。そこで稼いだお金は自分で使っていいって言うから、私きっと古着のいいの探すんだ」
うっとり言うミア。側の席で話を聞いていた商家の生徒が興味のある分野だったらしく注釈する。
「先輩が言ってたけど貴族の奴らの出すものは値付けなんかメチャクチャらしいから、安く買ったやつを商人に売るだけでも結構な差額になるって」
「いいけどさ、程々にしろよ」
ジョアンが嫌な顔をした。なんというかそこで清廉な態度をとるのがやはり少年だなという感じがするなあ、とスサーナは思った。
スサーナとしてはアコギだなあと思うものの中間業者もれっきとした商人なので特に言うことはない。まあ、お祭り感がメインの催しであまり利益を求めていくとお祭り感が損なわれそうなのでそれはちょっとよろしくなさそうだが。
「商家の目端ってやつだぜ」
「来年の規定から禁止事項にされないぐらいにしましょうね。……商家の人は毎年いるんですし、きっとやってる方は毎年居るんでしょうけど。 それで、どんな物が出るんでしょう。先輩方はなんて?」
肩をすくめた商家の少年にちょっとだけスサーナは釘を刺しつつも先輩に聞いた話を引き出しにかかった。どんな物が出品されるのかは気になっている。
「貴族の出すもんだろ? 陶器の器の揃いのやつとか、古着とかさ。アクセサリーを出すやつもいるらしいぜ。ネックレスとか指輪とか、型が古くなったとかそういう奴。」
「貴金属なんだろ? 安く売るやつの気が知れないな」
「いいなぁ、出したものが一杯売れたら買えるかなぁ」
ジョアンが肩をすくめ、ミアが目を輝かせた。
「ねえスサーナ、採取品以外のものも出していいらしいから一緒に何か考えよう? 毎年皆なにか考えて出すんだって。私、一曲二アサスぐらいで演奏したらどうかなって思ってるんだけど」
「……それさぁ、演奏してる間はずっと動けないんだぞ」
「あ、そっか……」
ジョアンのツッコミに眉をへの字にしたミアにスサーナは笑い、主な目的は採集品を売ることなんでしょうからまず採取品をたくさん取ることを考えないといけないと思いますけど、と言いながら、じゃあ私は端切れでなにか作って出すことにしましょうかと言った。
ジョアンが半眼になる。
「それ、ちょっとずるくないか?」
「そうです?」
「だってそしたらお前のとこだけ凄くマトモな物が出るだろ。他のやつが出す自分で作ったものなんか手遊びみたいなやつばっかだろ?」
「商家の方々で、同じぐらいに針仕事できる人はいくらでもいそうですけどねぇ」
「そうそう居てたまるかよ……。」
「あ、もしかして今褒めていただいたんでしょうか」
スサーナが言うとジョアンはは?と声を上げ、ぷいと横を向いた。
「全然褒めてないからな。専門の仕事だったんなら当然だろ」
「むう、まあそう言ってしまえばそうですけど。手厳しい。」
「スサーナ、わたしスサーナが布でなんか作るんだったら絶対買うね!」
弾んだ声を上げたミアにスサーナはそう言ってくれるのはミアさんだけです、とうざ絡みをし、とりあえず授業が終わった後に一緒に事務課に希望を出しに行くことにした。
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