第73話 夜は短し乙女の迷惑 6
「レミ、そこで一体何をしているの」
レティシアの硬い声。
スサーナは反射的にぐるぐると頭を巡らせた。違うんです!と言うのは楽だがどう説明しよう、ベルガミン卿の話をしてしまうのが一番いいだろうか、ああしかしまともに聞いてくれると良いんだけど、下手に話す前に駆け去りでもされたら。
「いえ、これは」
応えかけるレミヒオの声が落ち着いているのがギリギリの希望だ。こういうことは多分堂々としているのが一番……
早々に平静を取り戻していたはずのレミヒオが妙な顔をした。
ん?
土と下生えを踏むさくさくという足音。
「レティ様?」
増えた。
ふるふると震えつつ立っているレティシアの後ろからマリアネラが現れたのだ。
――寝たはずじゃなかったんですかーーー!!?
おのれチータさんめ。スサーナは歯噛みする。
「マリアネラ様……眠られたのでは?」
「神経が高ぶってしまって、よく寝られなくて……スサーナ? レミヒオも……」
「レミ」
レティシアが繰り返す。
「何をしていたのか話してくださって?」
レティシアと二人を交互に見て目をパチパチさせるマリアネラを他所に、レティシアはレミヒオをじっと見つめている。
――ひええ。
「あのう、別にやましいことは何も……」
「申し訳ありませんけれど、スサーナさんは黙っていて」
そうっと口を出したスサーナだったが、ぴしゃりと遮られる。
――ひえええ。
スサーナは小さくなると、そおっと視線を外れて、こそこそとマリアネラのそばまで移動した。
なんとはなしにレミヒオが裏切られたような顔をする。
――すみません、でもこれは仕方ないと思うんです! 刺激しちゃ駄目かなって!
「――相談しなくてはならないことがありまして。」
レミヒオが口を開く。
「こんな時間にですの?」
「はい。前の時間にはいろいろやらなくてはならないことがありました。」
「それで、こんな場所で……と仰るのですの?話ならホールですればいい、そう思うのですけれど?」
「……はい。他の方に聞かれては支障のある話でした。」
「ふうん。なんでそんな話をスサーナさんに? アレナス家に関わることなら
レティシアは憤懣やる方ないというふうにとんとんと片足で地団駄を踏んだ。
その様子でスサーナはほんの少しだけ冷静さを取り戻す。貴婦人の修羅場もかくやとばかりに問い詰めているが、なんというか眼の前の少女は12歳なのである、ということをその地団駄が示しているような気がしたのだ。
――どう落ち着いてもらえばいいですかね、これ。
いっそ実は私達生き別れの腹違いのきょうだいだってことがわかったんです、とかそういうことをぶちあげるのはどうだろう、と、猫騙しめいたごまかしショック療法を大真面目に考えはじめたスサーナをしりめにレミヒオはあくまで平静な口調でレティシアにいらえる。
「いえ、実は――」
「レティ様、もうおやめになってくださいませ」
口を開いたタイミングで決然とマリアネラが一歩前に出た。
「マリ」
はっとしたレティシアの背景でレミヒオが目を白黒させた気配がした。
「思い合う二人を引き裂いてまでわがままを通されるだなんてレティ様らしくありませんわ。これでおわかりになられましたでしょう、レミヒオはレティ様にふさわしい殿方ではありませんわ」
ああん面倒なところで!
スサーナはそっと歯噛みした。
状況がうっかりとマリアネラのたくらみ(たくらみだ。企みではない。)にちょうどいい形に揃ってしまったのだ。一旦諦めてくれたように見えたけれど、そんな、確かに、これだけ状況がちょうどよくなったら当然再燃する。これはアレだ。場がボウルの中のあわだて卵みたいにカシャカシャにかき回されるやつ!
――ほんとになんで起きてきちゃったの!
マリアネラは勢い込んで言葉を続ける。
「考えてみてくださいませ、クラウディオ様ほどレティ様にふさわしい方はおられませんわ!ルーゴ候の後継でらっしゃいますし、学園でも素晴らしい才覚を示されているそうではありませんか!美丈夫におなりだと皆おっしゃいますし、 狩りも乗馬もお上手で、剣だって使われて……これ以上何を望むことがありますでしょう 」
「そんなことありませんわ、マリ、レミヒオはお父様の覚えもめでたいし、尊い血も引いているの。一緒にお父様を支えることを思えばこれほど
――所々12歳判断基準ムーブが交じるのが微笑ましい、と言ってていい場合なんでしょうか……なんなんでしょうこの状況。
完全に背景に追いやられたスサーナが深夜の庭で言い合う少女二人を眺めつつ釈然としない顔をしていると、レティシアの糾弾の対象から外れたレミヒオがそっと脇にやってきて、勿怪顔を見合わせる。
スサーナのどうしたらいいんでしょう、の顔にレミヒオはそっと首を振った。
落ち着き払って年の頃と一致しない態度を見せるレミヒオであるが、今は当惑しきった13歳の少年らしい顔つきをしているように見えた。
「クラウディオお兄様とはマリが一緒になればいいのだわ! お父様の血筋の
「バカなことおっしゃらないで!許されることではありませんわ!わたくしなんか娶ってもクラウディオ様が笑いものになるだけです!レティ様じゃなくてはみんな祝福してくださらないわ!」
完全にスサーナとレミヒオを忘れたかのように貴族の少女二人は向かい合い、一歩進めば抱き合える距離で言い合っている。
レミヒオを糾弾し始めたときには存在していた慎み、つまり声を抑えることは今はすっかり忘れられていて、全力の声での言い合いだ。
――庭の結構奥でよかった……ここ。ただそろそろ声を抑えるように言わないと誰か起きてきちゃうかもしれませんよね……、流石に屋敷から話の内容がわかる距離じゃないですけど。
スサーナは発見直後とは違う理由でハラハラし始めた。
ちょっと人に聞かせるにはあけすけな内容の言い合いだ。使用人であれセルカ伯たち保護者であれ、これはちょっと聞かれたら家庭内会議になったりしばらく気まずかったりする内容なのは間違いがない。
――とはいうものの、これどうやって割り込んだらいいんでしょう! 無理!!
うっかり割り込むとせっかくそれていた矛先が戻ってくるかもしれないし。スサーナは苦悩した。
「
「どうして!わからない、なんでですの! 聞き分けのないことおっしゃらないで! レティ様とクラウディオ様なら絶対物語みたいな似合いの夫婦になりますのよ! それを!そんな馬鹿なこと!」
ぱん、とレティシアがマリアネラの頬を叩いた。
――うわっ。
なんとか沈静化出来ないか思案していたスサーナがひゃっとなる。
「なにを馬鹿なことだなんて! マリ、わかっているの!
レティシアの瞳からぼろぼろと大粒の涙が溢れる。その顔を、自分の頬を抑えたマリアネラが呆然と見上げた。
「あなた、結婚させられてしまうかもしれないのよ! ベルガミン卿なんかと!あんな方とよ!!!そうでなくてもあなた……!!! バカ!マリのバカ!!
――お、おう。
わやくちゃになった事態に微妙についていけずちょっと棒立ちになっていたスサーナの横をレティシアが身を翻して駆け抜けていく。
スサーナは数秒遅れてなんとか正気に帰り、同じく横で場に飲まれていたレミヒオに声を上げた。
「レミヒオくん!追いかけて!」
「えっ」
完全に虚を突かれた感じで問い返してきたレミヒオにスサーナはレティシアが走っていったほうを指差す。
「いいから! 何処行っちゃうかわかりませんよ!はやく!」
「っと……はい!」
はっとして後を追ったレミヒオを見送り、その場にしゃがんですすり泣き出したマリアネラの傍に駆け寄って背中を擦りつつ、
――えーと、怪我の功名……ですかねえ?
スサーナは釈然としない顔で首をひねっていた。
一応なんというか互いの感情的背景みたいなものは見えたわけだし。理由がこれならなんとかうまくまとめると言うか、解決の方向の糸口が見えたりはしているようなしていないような……。
――そうかあ?
スサーナは天を仰ぎ、遠い目になる。
面倒事の巨大なテトリスブロックが絶妙な形で高速で降ってきたような気しかしなかった。
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