第153話 小間使い右往左往 2

 それから数日、スサーナはなんとか休息睡眠息抜き夜更かしのバランスを図りつつ小間使いを続け、それなりに様々なことを知った。


 例えば、


「おはよう、皆今日も麗しいですね」

「レオカディオ殿下! 殿下の今日が良き日でありますようお祈りいたします……!」


 手を胸の前で組んだ下級貴族の少女が感極まったように言う。

 現在、朝の登校時間。貴族寮から本館へ向かうルートである。


 ……王子の朝のルートには下級貴族をはじめとする女子の出待ちの列がいて、どうも日替わりで代表一人が挨拶を受けて挨拶を返せる女子ルールらしい、とか。


 似たようなものがあるが、もうすこし気安い地位のテオアル二人には、


「テオフィロ様、父の領地から珍しいものが届きましたの」

「実家でクヴィータゥルフロンの料理ができる料理人を雇ったのです。……アルトナル様の為を思って届けていただきましたの、どうぞ召し上がってくださいませ」

「ああ、ありがとう。お父上にお礼をお伝えくださるかな」

「どうも、ありがとうございます」


 朝の登校ルートからプレゼント攻勢がある、とか。


「まあ、皆様見苦しいですよ」

「あっ、エレオノーラ様」

「おはよう、エレオノーラ。今日も凛としていますね」

「おはよう。待ってたよレーナ」

「おはようございます」

「御機嫌よう皆様。教室までご一緒してよろしいでしょうか。」


 エレオノーラと一緒にいる時には彼らに群がらない、みたいなルールがあることとかだ。


「テオ、今日は多かったですね」

「レオ殿下、どうですか一つ。」

「彼女たちに悪いですよ。……ああ、でもクヴィータゥルフロンのお菓子は興味がある気はします」

「レーオ王子、食べますか」

「貴重な故郷の味でしょう?」

「……いいえ、これはスウェビア菓子で、国の方ではほとんど食べません。」

「ああ……」


 渡された物たちはすぐに従者に渡され、従者控室に持っていかれる。

 名を控え、生物なまものでも親の手の入っていそうなもの――領地の特産品など――はちゃんと一旦開封後内容をリストにして保管。そうではない後に残るものも大抵はちゃんと保管されるらしい。なんでもテオの部屋の倉庫はハンカチ部屋になっているとか。


 対して令嬢から多く渡されるちょっとした食べ物たちは管理が甘い。名前だけを控え、その後は普通に食べたりする。

 ――衛生管理とか大丈夫なんでしょうか。

 間接殺害が効くなら毒殺とかもあるだろうにとスサーナは思ったものの、聞く機会があったため聞いた所、大抵の毒物は無効化できる護符を付けているのだそうだ。

 そういえば氷を食べる時に何かつけていたな、と思い出す。


 それでも髪の毛入りとか血液入りは辛そうだなあ、とスサーナは思ったが、神様が実在する世界のいいところで、その手のオマジナイ物は一定の形式に従っているそうなので、それを避ければいいのだという。


 というわけで、


「おっはよー、なんか美味しそうなものあったー?」


 少年たちに渡されたお菓子のうち相当量はフェリスの口に入る運命だというのも新知識である。令嬢たちは知っているのだろうか。


「へぇースウェビアのお菓子! あっスサーナ、君も食べるうー?」

「恐れ入ります。ご遠慮させていただきます」

「んもー堅苦しいー。もっと気楽でいいのにー、ねーレッくん」

「……ええ、ここではその、問題あるかもしれませんが、もっと気安くしていただいても構わないと僕は」

「殿下、小間使いとはこれで正しいのですわ」

「それ以前に学友なんだってばぁ~。」


 フェリスがどうやら王家の関係の人間らしい、ということも此方のクラスで知った。

 自分の接し方を思い出すと震えが来る思いのスサーナであるが、早朝出会った際にお詫びを申し上げた所抱きつかれ、その扱い、やめるまで離さないよ! 寮監がくるぞー二人で懲罰室だぞー! とやられたのでとりあえず他の目のないところでは接し方は変わっていない。


 フェリスの言によると継承位なんか全然関係ない厄介者だよ☆ということで、確かにスサーナはヴァリウサ王家に王女の噂なんか聞いたことはなかったので、後々認められた非嫡出子か何かだろうか。そういう出自の所為なのか、他の生徒からは少し遠巻きにされている感じがあり、圧倒的に自由にそこら辺をウロウロしている。



 談笑する上位貴族の皆様と早速クッキーらしき形状の菓子を齧るフェリス。

 スサーナは他の使用人たちとともに彼らの数歩後を歩いて教室まで行き、エレオノーラの授業の支度をする。


 この広々とした上位貴族の教室にいる身分の高い生徒は大体40人ほど。そのうち13名が留学生で、国内貴族は30人足らずだ。それから員数外の小間使いが10名程度。


 どうも学院というやつは――起源からするとなるほど当然なのだが――どうやら各国各地域に満遍なくある、というものではなさそうで、それがこの教室の国際性に繋がっているらしい。


 普段あまり見ない感じの異国らしい風貌の者や、前にエレオノーラに言われたとおり、手入れの良い髪に宝石飾りをたっぷり飾った黒髪の留学生もおり、すり鉢型の教室内、スサーナから見て前の方の席に座っている。


 ところでスサーナ自身はまだきっちり髪を覆って仕舞い込んでおり、それは王族らしいグリスターンの留学生にうっかり見られて万が一声を掛けられたら嫌だな、という危惧からだった。


 というわけで何の変哲もない小間使いとして午前中を過ごし、昼。


 ――そういえば、フリーダムと言えばエレオノーラお嬢様もフリーダムですよねえ。

 取り巻きのご令嬢たちが居るには居るが、なんだか彼女自身は彼女を学級委員長とするなら取り巻きのご令嬢たちは学級委員、として、同じよき目的に邁進するのは当然である、として周囲に居るのだと認識しているような気がしないでもない。

 その証拠に、彼女は取り巻きの少女たちを待たずさっさと好き勝手なことを始める。


「ちょっと、聞いてまして!?」

「平然として、生意気だわ……!」


 というようなことをスサーナは物陰で取り巻きのお嬢さんたちに詰められながらぽんやりと考えていた。


 どうやら彼女たちは、小食堂に皆で行ったものの、エレオノーラがさっさと食べ終わり彼女たちを待たずにどこかに行ってしまったせいで急いで教室に戻ってきた、らしい。

 急いで教室に戻ってきてきょろきょろする彼女らを見てスサーナはああ悲しみが溢れるやつ、解りますよ……などと思っていたのだが、なんだかボーッとこっちを見ている平民がどうやら気に入らなかったらしい。「ご注意」を受けることに相成ったわけである。


 ぱちんと頬を張られる。さすがに少女の繊手による衝撃はお守りで防げるものでもないようで、少し頬が痛い。


「よろしくて? エレオノーラ様がお心広くあなたを拾い上げてくだすったからずいぶん自惚れているようですけれど、増長できる身分ではありませんのよ、わかっていて?」


 名前はなんと言ったか。長身で、そういえば入学式の日に突き飛ばされたような記憶がある女子が不満げに言った。


「エレオノーラ様は素晴らしいお心ばえをお持ちですから貴方のような汚らしいどぶねずみさんを慈善のお心でお引き上げになることすらなさいますけれど、本来平民が此方に入ることなど許されないことですわ」


 彼女に比べればやや小柄で、ややウェーブしたオレンジブラウンの髪をおでこを出したハーフアップにした女子がツンと胸を張る。確かイングリッドという名前だっただろうか、とスサーナは記憶を掘り返した。


「よろしいかしら、殿下のご方針でとはいえ、なにか愚かしい行為でもしようものなら直ぐにやめさせられるってこと、よおく覚えておおきなさい」

「恐れ入ります。重く心に留めさせていただきます」


 返答したスサーナに取り巻き二人はむうーっとした顔をする。


「まあ、なんて不遜な態度! なんて厚顔無恥なのかしら……!」

「何も知らないからそのような臆面もない顔をしていられるのですわ。足元がグラグラなことも知らずにお可愛らしいこと。」


 正直な所、早く馘首くびにしてほしいスサーナである。


「そうですわね。折角だから教えて差し上げましょう。エレオノーラ様のお兄様が学院にいらっしゃっていた時に、取り入ろうとした厚顔無恥な平民の女にエレオノーラ様のおうちはとてもご迷惑をかけられましたの。一時はお兄様がお父上とも仲違いするほど。」

「ああ、なんておいたわしい……」

「ですから、エレオノーラ様が汚らしい平民にお心を許される事があるはずありません。おわかりになりまして?」

「エレオノーラ様に取り入って甘い汁を吸おうとか、ガラント公にあわよくば抱えていただけるとか思っているのでしょうけど、絶対に上手くいくはずがないということ、心に染みまして?」

「お可哀そう。エレオノーラ様に取り入れば王子殿下たちと仲良くできるとでも思っていたんでしょうけど。」

「ふふ、平民ですもの。考えが甘いのは仕方ないことですわ」


 二人の少女が勝ち誇ったように笑いあい、スサーナはああーなるほどなーと納得した。

 平民と一言言うたびに枕詞にあれだけ多様なけなし言葉がつくわけだ。なんというか頑張って表現を用意して主張している、もしくは周囲の人間がそうしていた、というような感じがしてはいたのだ。

 ちなみに、馘首になっても特に痛手のないスサーナとしては全くショックではない。


「精々お励みなさいな」

「ええ、いつ辞めさせられるか楽しみですこと」


 本当に。

 スサーナは内心頷き、他の生徒が戻ってきだしたためかそそくさと席に戻っていく少女たちを見送った。



 午後、とうのエレオノーラはだいぶ機嫌が悪かった。

 所作もイライラとしており、スサーナの準備、たとえば羽ペンの用意が遅れるときっと睨む。

 辞めさせられるのは吝かではないがイライラしている人間はあまり得意ではないスサーナは、こういう時は出来るだけスムーズな黒子に徹するのが鉄則だ、となんとなく悟っており、目線から必要物を判断するとか、授業の進行から何を用意すればいいか先回りするとか、できるだけノーストレスになるようにそっと立ち回る。


 彼女の不機嫌がわかったのだろう。授業の合間の短い休み時間に彼女の周りに皆がやってきた。


「レーナ、どうしたの? 甘いもの食べる?」

「なにかありましたか? 僕らがなにか力になれることはあるでしょうか」


 エレオノーラは額を抑えるとはあっとため息を付いた。


「ありがとうございます、殿下方。実家から連絡があったのです。どうやら今年は埋蔵遺産調査会とやらが早くなると。それで、父が、もてなしの采配もわたくしがやるようにと言って来たのです」


 ああ、と皆が同情したような顔になる。スサーナはどうやらそれは面倒くさいことなのだと共通認識が出来ているのだな、と察した。


「それは大変だね……。でも、慣例でもう何年もやり方は変わっていないし、慣れた者に任せてしまえばそんなに辛いことはないんじゃないかな」


 テオが慰める口調で言い、エレオノーラが忌々しげに髪を揺らす。


「それが忌々しいのですわ。何の役にも立たないことにそんなに費用をかけて!」

「まあ、毎年やりがいがないって話は出るけど、必要なことだから」


 それなりに興味を持って聞いていたスサーナは、一体何がどうしたのですと聞いたアルにそっとありがとうの気持ちを向ける。


 皆がアルに説明したのを聞くに、こういうことらしい。

 ちゃんと接待をしないといけない人たちがやってくるのだが、これが気難しく、料理にも一切手を付けず、宴席からも早々に居なくなってしまい、これはもう料理の模型でも卓上に飾っておいたほうがいいのではないだろうか、という具合で、それが結構な長期に渡って続くのだそうだ。接待をしない、という選択肢はどうも何らかの国家威信に関わるのでないらしい。


 なるほど、偏屈な大学教授の群れ的な人たちがやってくるのだろうか、とスサーナは理解し、エレオノーラの性分だと虚無だと分かっていて宴席の采配をするとかいう事は怒りたくもなるだろうな、と納得した。


 ぷりぷり怒っているエレオノーラにフェリスが朝のスウェビア菓子を勧めているのをスサーナが見ていると、アルがふと横に立つ。


「興味は納得されましたでしょうか」

「あ、えっと、恐れ入ります。わざわざ聞いていただいたんですね。申し訳ありません」

「いいえ、僕も好奇心はありました。何が主の機嫌を悪くしているのか立場で質問できないのはお辛いでしょう。エレオノーラが早く平穏になるといいですね。あなたが来ないことでミアが寂しがっていますから。」

「恐れ入ります……!」


 そういえばここのところミアと顔を合わせていない。演奏室に行けばいいのだろうが、エレオノーラが不機嫌なうちは「ちゃんとした」振る舞い以外をするのはいかに契約条件内だとは言えなんとなく憚られる気がした。


 その調査会とやら、宴席とやらが長期に続くのなら、その間エレオノーラはずっと不機嫌かもしれない。

 確かに、早く機嫌が治るといいなあ。

 スサーナはそう考えた。

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